凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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113 決断。

 

 

 パチリと、動かなかったはずの瞼を杠が動かすと懐かしい光が目に入る。

 数年ぶりの光を浴びた瞳には懐かしいその人物が映りこみ、杠と名前を呼んだ。それに応えるように伸ばされた手を掴むより早く、杠は大樹の体をしっかりと抱き止めた。流れ出る涙が頬をつたうも、それは悲しみではなく嬉しさからくるもので。彼らの勝利と無事を安堵したものに違いなかった。

 

「──大樹君!」

 

 暗闇の中何度も思い描いた人の温もりにホッとしたのと同時に、辺りのざわつきを鼓膜が拾う。杠と同じように復活を果たした仲間達は各々に互いの今を喜んでいるのだ。彼女のもまたそこへ加わろうと視線をずらすと、表情を固くした羽京は此方へと向かってくる姿がある。

 

「──杠、早速で悪いんだけどすこしいいかい?」

「……羽京くん、どうしたの?」

 

 帽子のツバを下げ視線を隠した羽京は、首を傾げた杠を連れて別室へと向かった。

 これから彼女が対面する現実は今までよりも過酷なものであろうと知っていながらも、それを回避する術はない。自分の不甲斐なさを感じたとて、うつ手がないこの状況を羽京は誰よりも理解しているつもりではいた。

 きっと杠も大樹と同じように出来ると、やってみせるというだろう。それがどんなに無謀な事だとしても。それ故に羽京は皆の納得を得るために、杠を呼んだ。そして彼女が試しさえすれば羽京の言い分に納得してもらえるだろうと踏んで、茉莉がどんな状況であるかを知らせたのである。

 

「できるだけ直して欲しいんだ。茉莉の右腕を……」

 

 個別に安置されている茉莉の石像は、その姿に似つかわしくないほどに穏やかに微笑んでいた。その姿だけみれば、そこにあるべきもがないとは思いやしなかったに違いない。

 

「──茉莉ちゃんっ」

 

 ゆっくりと思い出されたあの時の記憶。

 そこにいるはずのなかった茉莉が手を伸ばし、振り下ろされた斧。飛び散る血と崩れ落ちる体。ゆっくりと広がった血溜まりに、どれだけ恐怖と絶望を抱いたか。

 あの日を思い出しゆっくりと茉莉に近づき、杠はグッと唇を噛み締めて彼女に触れる。石像故に温かみはなくひんやりとしていて、ポタポタと自身から溢れた涙だけがほんのりと温かく、それがまた悲しみを増幅させた。

 

「──あの時のメデューサを発動させたのは茉莉の持っていたイヤリングだったよ。保管庫に、右手と共に一緒に入っていたからやるべき事をしてくれたんだと思う」

「──っ、腕! 私がっ!」

「うん、そのつもりだよ。でもね杠、よくみて欲しいんだ。そして僕がこれから言うことを落ち着いて聞いて、理解して欲しい」

 

 羽京はゆっくりと、けれども残酷な現状を杠へと言い聞かせ始めた。

 目の前に差し出された、切り離された腕と切り口があっていない事や、砂のように細かくなった破片が多い事からきっと元には戻らないと。

 

「でも、でもっ!」

「──やるだけはやってみよう。でも万が一に備えて医者は探すし、その時がくれば僕は躊躇わず茉莉を今の姿のまま起こそうと思ってる」

「それは、どうして? ちゃんと元に戻るまで待っていても──」

「……茉莉は千空を信じて今でも起きてるんじゃないかな? そしてもう一度目覚める事を待ち侘びてる。もし仮に腕が全て直ると仮定しても何年後になるか正直僕には予測できないし、多分、一人だけ起こされなかったらそれは茉莉にとっても辛い事だと思うんだ。……杠、君はこんな状態の腕を、文明を復興しながらも組み立てられるかい? あの時と、わざと砕かれた石像とちがって細かく、砂のような破片を」

「……それはっ」

 

 千空は月に行くともう決めている。そしてそれにはもっと科学を発展させるも必要があった。

 宇宙船を作るにあたって手先の器用な杠は確実に働きを期待されているに違いなく、それ故に茉莉を組み立てる時間が取れるかは怪しいものである。そしてそれは他のメンバーにも言える事柄であり、少なくとも以前にもまして作業が増えることは確定だろう。

 羽京はそこまで伝えたところで、一度深く息を吐き出した。今から伝えなければいけない事はより一層残酷で、けれどもそうせざる得ない理由でもあったのだ。

 

「──時間が経てば経つほどに茉莉が復活できる保証はなくなっていくと思うんだ。僕らは五体満足の人間を選んで起こしているから、きっと、腕のない茉莉を優先的に起こせるとしたらメデューサを使って千空をゼノに勝たせたという"功績"がある今だけだと思う」

「っ──」

「肘から上の破損は、日常的にもできることが少なくなるんだ。多分きっと、茉莉は今までのように動けない。こんなこと言っちゃいけないのは分かってるけど、働けないって事は──」

「茉莉ちゃんは必要だよ! 絶対に! 私たちに、必要なのっ」

 

 杠とて羽京の言葉が意味がわからないほど子供ではない。

 腕が無いだけならまだしも、働けない、復興に貢献できないと言う事は石化を解く優先順位が下がる事を意味している。何せまだこの世界の文明は復興途中。五体満足で精一杯働ける人間が優先されるのが当然でもあった。それ故に羽京の言っている功績が何を意味しているのかも、杠はきちんと理解できていた。

 

「今なら、茉莉ちゃんは腕を無くしてでもみんなを救ったからって理由で起こせるって事。なんだよね……?」

「そうなるね」

「っでも、それじゃあ──!」

「これはね、僕が決めた事だ。千空でも杠、君達でもなく僕が。恨まれるなら、僕だけでいいんだ」

 

 どうして直してくれなかったの? 

 そう彼女に恨まれる覚悟はすでにできていた。

 なんで起こしたんだ。

 そう彼に怨まれるのも一人でいい。

 

 文明が発達して、科学が進んで。割れた石像を直せるほど、茉莉の右手を元通りにできる技術が生み出された時に起こすのがきっと一番良い。でもそれは何年後か何十年後か、それこそ何百年後かなんて分かるわけもなく。

 だからこそ羽京はそれを選択する。

 何故治せなかったと恨まれても、茉莉を含めた皆んなで共に歩んでいく事を。

 

 

 この日、杠と羽京が茉莉に対して決めた事柄はすぐに仲間内にへと伝わった。ニッキーや南から反対する声も上がったが、彼女が起こされない可能性を含めて話せば渋々だが納得はしてくれたのである。

 

「でもアタシらは諦めないよ」

「絶対に、元に戻してやるんだから!」

 

 定められたタイムリミットは石化装置の輸送が決まるまで、千空らから装置をもってこいと言われた時に茉莉がどんな状況であっても起こすと定められた。

 何故ならば腕がない状態で復活液をかけた時に傷口が修復されるかはまだ分からない。その為、万が一傷口がそのままであればその場で四肢形成手術を行なった上での石化がベストだとブロディから提案があったのである。石化装置が手元にあり、使えるならば使わない手はないだろうと。

 

 無論このことは千空に伝えられることはなく、彼の知らないところで茉莉の修復は進められていく。コンピューターの基礎原理を作る為に作業をしながらも、空いた時間に誰かしらが茉莉の元へ向かい。その中にはブロディたちアメリカ陣の姿も見えた。

 何故協力してくれるのかとニッキーが問えば、彼は呆れた顔でこう言った。

 茉莉は初めから敵ではなかったからだと。

 

「少なくともお前らは俺たちに対して敵意はあった、そうだろ? でもコイツは違う。最初から敵意も何も何もなかったんだよ、目がそう言ってやがったからな。バカみてぇに友達って言い出すし頭を疑ったぜ」

「──まぁ、茉莉だしね」

「そう、茉莉だからね」

「アンタらの中でもそんな認識なのかよコイツは。でもまぁ、だからだ。負い目もあるが、助かって欲しいと思ってんのは俺らも一緒だ」

 

 ドーナツ型コンピューター・パラメトロンを作成しつつ、同時に医者を探しながらの復活者を増やし。回路図を送る為に今度は本物のファックスを作成。

 みんなの無事を知らせる為に最初の一枚に写真を送ったが、そこに茉莉の姿がなくても問題はない。何せ彼女が写っている写真などないと南が言い切るほど、カメラから逃げていたことを千空は知っていたから。

 通信も基本モールス信号を使っているうちは、誰かがわざと言わない限り真実が伝えられることはない。

 千空が心配しないように無理しないようにと、杠と大樹、そして羽京が茉莉のことを隠していることは誰もが知っていたし、黙認していたのも事実。何せ彼らは皆、千空のことも茉莉のことも好きだったから。

 

 だからこそ、思っているよりも遥かに早くその日が来たことに誰しもが絶望し悲しみ、どうにかならないのかと打診もしあった。

 

「もーだめだろ、千空に正直に言っちまおうぜ? 流石に千空も茉莉のことがあればまだ俺らで持ってて良いっていうだろ?」

「アンタ何を見てたんだい? 茉莉が撃たれた時の千空の顔、覚えてないわけないだろ? これ以上心配させてどーすんだよ!」

「心配っていうより、後悔しちゃうかもしれないからね」

 

 茉莉をこのまま石化しておくことは勿論考えた。でもそれは果たして、未だ目覚めない彼女にとって有益だと言えるのか。

 それに何より腕の修復が見込まれない以上、下手に引き伸ばすのも躊躇われた。何せ日に日に復活者の人数は増えている。

 世界を救ったという功績が、言い訳が効くのは当時の戦闘を経験した人間が多い場合のみ。復活者が増えれば、何故彼女だけと不満の声が上がってもおかしくはない。

 

 なにより事実を伝え先延ばしにしたところで、千空は自分が下した決断を後悔するかもしれない。

 誰よりも仲間想いな彼が、幼馴染が腕を犠牲にして世界を救ったと聞いて正常でいられるだろうか。

 

「──当初の予定通り、茉莉を起こすよ」

「羽京くん……」

 

 羽京は帽子を深々と被り直し、そしてルーナを含めた医師に声をかけて万が一に備えるように指示を飛ばす。

 

 この選択に悔いはないかと問われれば、悔いしかない。

 羽京にだって、苦渋の選択でしかないのだ。

 けれど誰かが決めなければ。誰かが背負わなければ。

 

 

「──あの時の行動を、戦いを、選択を。間違いなんて言わせない」

 

 それは羽京にとって、大人としての彼らを守る為の意地でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




羽京さんは割と自衛隊員だから現実が見れてると思うんですよね。無理なことは無理、だから最善を尽くす。みたいな。大人にならざるを得なかった千空や茉莉のために憎まれ役くらいやってのけそうというか。そんな感じ。
仲間だから腕がなくても茉莉ちゃん復活させたいのは分かってるけど、復活者が増えればそれが正しい行いでもないのもまぁ,ねえ。一人許したら俺の家族もってなる可能性もあるわけやし。って話でした。マル。徐々に始まる真綿だよー
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