凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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割と一話で年数とぶよ。


115 凡人、はけぐち。

 

 

 

 どうやら私が思っていたよりもずっと、現実は辛いものらしい。

 

「──ッ」

 

 月明かりだけを頼りに寝室を離れ、誰もいない物置の隅にひっそりと身を隠す。私はそこでしゃがみ込み、ようやく深々と息を吐き激しい痛みに耐えた。鋭利な刃物で何度も突き刺すような痛みや押しつぶされるような痛みが現れ始めたのは、目覚めて割とすぐのこと。

 初めてその痛みに襲われた時には誰もそばにいなくて、それを都合よく思いながらひたすらにシーツを噛み締め朝を迎えた。痛みが引いた後にニッキーを頼りに医師にこれなんなのだと質問をしに向かい、それが幻肢痛という四肢をなくした人の八割が経験するであろう現象だと説明を受けたのである。これは確立した治療法が旧時代にもまだない症状であり、痛み止めだけが処方され数ヶ月は様子を見るしかないと診断を受けた。

 

「茉莉、大丈夫かい?」

「んー、問題よ。早ければ数ヶ月くらいで無くなるんでしょ?」

 

 なんて医者の言葉を信じていたものの一向にそれは消えることも痛みが減ることもなく、数年後まで私を苦しめる要因となる。

 

 右手を失った代償はそれだけではない。

 片腕がないというだけで体のバランスが崩れよく転ぶようになったし、利き手がないために文字も書けなければ食事も上手くできない。アメリカ故にスプーンとフォークで食べればいいと軽く考えていたが、慣れるまでテーブルを散らかしまたみんなに迷惑をかけてしまった。その後はサンドウィッチを中心に食べることで難を脱したが、そのうち食堂からも逃げ出して一人で食べるようにしたいものである。

 日常生活では着替えさえもうまくいかず、杠はコンピーター作りが忙しい最中脱衣しやすいワンピースとポンチョを用意してくれて。シャワーが上手く浴びられないと分かった際には南やニッキー、キリサメがお世話についてくれる。正直そこまでする必要はないと抗議したのだが、万が一お風呂場で転んだりしたらと押し切られてしまったのである。本当に、申し訳なく思う。

 

 仕事の面に関しても同様にできないことだけが増えた。動物のお世話も作物の世話も片腕だけでは難しい作業ばかりで、唯一できたのは草むしり程度。しかしそれも抜いた草を一人で運搬できない事からマグマたちの手を借りなきゃいけなくて、仕事を止めてしまうことになってしまう。サボりの口実を見つけたとモズが手を貸してくれることもあるが、気分屋ゆえに途中放棄することもあるので頼みづらい。

 石化前にした処理してあった豆も全部腐っていたし、味噌と醤油もどきもお預けだ。アレも力仕事だから一人ではできないから諦めるしかないだろう。

 

 それでも何かがしたくてみんなに声をかけたのだけれど、最初のうちは『今は休んでて』と言われ、徐々に『できる仕事があれば頼むね』になり、今では『できることだけで良いよ』と変化しつつある。みんなが気を遣ってくれている事はわかってはいるが、何もできない事は辛さしか生まない。

 一方的に仲が良かったとおもっていた子らも次第に視線を逸らし始めてきたし、多分、私の扱いに困っているのだと思う。

 肘から下があれば荷物を運ぶこともできただろうけれど、私の残された右腕は役に立たない。肩下げ鞄で運ぼうものなら、うっかりずり下がって終了。もうどうにでもなれ。

 

 日に日にできる作業がなくなっていって、断られるのを分かってるから声もかけづらくなって。

 じゃあ私ができることは何かと考えて。結局やれることがなくて。

 みんなは未来に向けて前進しているのに、私だけずっと後退し続けている。せめてみんなの邪魔にならないようにできる範囲の掃除をすることが日課になっていった。

 

 私がそんな状況でも月日は流れていくもので、石化が解かれていく人は増えていく。それ故にそれが起きるのは必然だったとも言えたのである。

 

 その日はいつも通りに部屋の掃除をし終え、次の場所へ向かおうとしていた私の体に影がかかった。目の前にいたのは知らない人物で、何故か声を荒げている。流石に一年以上こっちで過ごしていれば若干の英語は聞き取れるようになり、それが罵倒だということが分かった。けれどまぁ、それがストレス発散になるのならば受け入れるしかないだろう。そんなことしか私には出来ないし。

 何度かそんなことがあり、イラついている人はいつもふらりと現れ罵倒していく。それだけなら良いのだけれど、掃除用具を蹴り飛ばすのはやめてもらいたいものである。今月に入って壊れたバケツは三つ目だ、そろそろブロディに怒られるにちがいない。言い訳も新しいのを考えておくとしよう。

 

「──ブロディ、バケツ欲しい」

「……また転けたのか」

「うん」

 

 呆れた様に頭を掻いたブロディは私から壊れたバケツを奪い取ると新しいものを用意してくれた。このバケツ、絞り機が付いている奴だから少し作るのが面倒らしいが足で踏めば絞れる故に私でも使えるのだ。モップをかけるのに非常に助かる。

 ありがとうとお礼を言って立ち去ろうとすれば引き止められ、薬の予備はあるかと、ちゃんと食ってるかと世話だって焼かれてしまった。

 もしかして私はバブに見られてしまっているのかと眉を下げていると、大変大きなため息を吐かれたのだある。

 

「飯、くってるか?」

「──少し」

 

 素直に吐くと伝えれば怒られるのは分かりきってるから言わない。

 

「アイツらに会ってかないのか?」

「みんな、忙しいから」

 

 私のように暇ではない。

 だから何も言わないのが正解。

 そんな会話をしていればブロディは今度は頭を抱えてため息を吐き、私にポイっと何かを投げて寄越したのである。

 それはまっさらのノートらしきものと、歪な日本語が書いてある辞書的なもの。

 

「──何?」

「茉莉、お前英語覚えろ。そして俺に日本語を教えろ。ギブアンドテイクだ」

「んー?」

「あと何年、ここにいるつもりだ?」

 

 帰らなくていいなら、日本に戻る気なんてとっくのとうにないのである。

 何せ日本はそのうち千空が戻ってロケット作りの本場となる国だ。そこが一番忙しくなるに違いない。なのに私みたいな役ただずのタダ飯食いが帰ってなんになる? 良くてただのオブジェ、悪くてゴミじゃん。ならここにいたほうがまだマシ。

 そう考えればブロディのいうことも一利あるだろう。カタコトだけど聞き取れるし、簡単な単語ならギリ読める。永住するなら英語は覚えたほうがいい。多分日本が復興の拠点になる気もするし、日本語と英語が話せる人がいれば役に立つかもしれない。まぁ、ちゃんとした通訳者が復活し出したらそれまでだけど、今よりは役に立つと思いたい。

 

「ブロディ、教えてくれる?」

「ルーナもだ」

「わかった、覚える」

 

 やれることがあるなら、役に立てるならば。私はそれを受け入れよう。

 なんて頑張ってはみたけれど、英語嫌い。嫌いじゃ済まないの分かってるけど、正直ちゃんと話せる日が来るのか謎である。杠とか主要メンバーのなかにはここ二年でスラスラ話せるようになった人もいるみたいだけど、私はそうなれるか怪しいものである。

 ブロディとルーナの好意のもと彼らと行動することになり、英会話中心にしているからかまぁ成長はしてると思うんだけど実感はない。掃除してる暇があるなら勉強しろ、基本一日中英語だけの毎日。それ故に脳がパンクし鼻血をだしたのだが、これは秘密にしておいた。心配されるとまた木偶の坊に戻されてしまうもの。

 

 そうしているうちに私の英語力は上がったのは確かであるが、それに伴い問題が起こってしまったのもまた事実である。

 

「──なんでアンタだけっ!」

 

 そう叫んで私の頬に平手打ちをかましてきたのは、10代の女の子だった。なんでも彼女はモデルさんだったらしく、やはりと云うべきかこの社畜のような復興作業が気に食わないらしい。彼女とともにいる子らも多分、そう云うタチなのだろう。

 

「初期組だかなんだかしらねぇけど、お前だけズルいだろ!」

 

 胸ぐらを掴んできた少年の親友は、五体満足ではないから復活させてもらえなかったそうだ。そりゃ私みたいのがいれば希望を持つよねと同情をしつつ、申し訳なく思った。

 別に彼彼女等の行動は珍しくなく、割とあったことだ。ただ今まで手を出された事はなく、舌打ちとかで。今更でもある。

 でもまぁ、状況が良くなかった。大変よろしくなかった。

 たまたまそこを通りかかってしまったのが氷月達三人だったのもまた、最悪だったとしかいえない。

 彼らは即座に行動を咎められ、捕らえられ。暴力を振るったと処分を受けることになってしまったのである。

 

「別にそこまでしなくてもいいのでは?」

「──貴方は腹が立たないんですか」

「別に、仕方がないことだし。言ってる事は正しいからね。実際私はまともな作業できてない」

「でもそれはさ、茉莉のせいじゃないじゃん? てかそのお陰でアイツ等復活できたわけだし、もっと重い罰でもいいでしょ」

「同意」

「世知辛。でもま、私は慣れてるから平気だよ。それに吐口は必要だし、ホントに気にしなくていいんだよ」

 

 いまだに不機嫌丸出しの顔をしている三人に笑いかけながら、しょうがないのだからと説き伏せる。

 それにあの子等からみたらブロディに引っ付いてるだけの日本人だもの、そう思われても本当に仕方がないのだ。三人のようにちゃんと仕事ができていれば流石に不満に思っただろうが、そんなこと思う資格さえ私は持っていない。

 

「でもまぁありがとう。世話かけてごめんね」

 

 へらりともう一度笑って、私は三人から離れて歩き出す。多分氷月達もこれから仕事か、もしくは稽古があるに違いない。それを邪魔しちゃダメだ。

 

 今日もまた英語の勉強がんばろうとぼんやり空を眺めていた私は、背後で険しい顔をしていた三人のことなど知る由もなかったのである。

 

 

 

 




原作は人間の汚い感情はほぼほぼなかったけど、陽くんだってサボってたくらいだもの。絶対復活したくなかったて人がいてもおかしくないと思いましてね。となるとサボってるように見える茉莉は弱そうだし、色々あってみんなと距離とってるからサンドバッグになっててもおかしくないよね。って話。
つぎはパイセンとブロディサイドかけたら書きたい。そこ書き終えれば自尊心ぶっ壊れ茉莉ちゃんのターンが終わるかもしれない。
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