凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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せんくーさいど!


116 ただ会いたいと。

 

 

 

「今更になって嫌になってきた。陽、代わってくれない?」

「ぜってぇヤだ」

 

 時は二年前ほどまで遡り、羽京と陽がオーストラリアへ向かっていた時のことである。

 羽京はその日十数回目のため息をつき、もうすぐ再会してしまう千空に対してなんと説明すればいいものかと頭を悩ませていた。

 アラシャを、出た三ヶ月前ならこんなこと知らずに悩まずに、みんなで頑張っていこうと軽く言えただろう。でもそれは今や気休めにしかならない。もしあの事実を千空に伝えてしまえばどうなるか、そんなことは羽京にはわからなかったのである。

 

 北米からコーン等々を詰め込んだ船は羽京の想いと裏腹に軽やかに進み、あっという間にオーストラリアへ到着をした。すでにアルミの街の再建のために働いている彼らに届けられたのは、大量のアルコールと食料。これでまた多くの者が復活し、ロケット制作へ加わっていくだろう。

 

 届けられたばかりのコーンを使い颯爽と料理をするフランソワに、それを食べつつ騒ぎ出す陽。新たに復活を果たした人々も長らくなかった宴に喜び、それは日が暮れるまで続いた。

 夜が深まれば主要メンバーは甲板へ集まり、目的の一つでもあったメデューサを千空へと受け渡し羽京らの任務は完了となる。

 そして千空はそれを使って宇宙へ行くと、石化をする事でホワイマンの元へ一日でも早く行けるようにするのだと、同時に宇宙へ行った者は地球へ戻ることを諦めるのだと告げた。無論一生月にいるわけではなく、文明が発達するその日まで石化するだけで、地球へ帰ることを諦めるわけでない。

 しかしながら片道切符であることには変わりないと、決定事項のように伝えられた。その事実に打ちひしがれるクロムやスイカ、千空自身もまたいつもにも増して険しい顔をしている。

 

 羽京は皆の様子を確認しながらも、メデューサの話題が上がった今しかあのことを伝えるチャンスはないだろうと意を決した。どうやっても逃れられない、千空にとって、否、彼女を知る人物であれば目を背けたくなる現実を突きつけるのは、今この時しかないだろう。乗組員の石化といい暗い話を続けるのは忍びないが、そんな話題は小出しにするには辛すぎる。

 そうして羽京は重い口を開いたのだ。

 

「──千空、君に。いや、みんなに伝えなきゃならないことがあるんだ」

「あ"? なんだ」

 

 険しい顔のまま首を傾げた千空の視線から逃げるように帽子のツバを下ろし、ひと呼吸して彼女の名前を呼ぶ。するとピクリと千空が反応したのがわかった。

 

「茉莉の、ことなんだけど──」

「アイツがどうした」

 

 言いたくはない。けれど、言わなくてはいけない。

 なぜと責められる覚悟を決め、羽京は千空としっかりと目を合わせてその全てを吐き出した。

 

「結論から言わせてもらえば、茉莉は右手が欠損した状態で復活させたよ」

「──なにを、言っているのだ羽京。貴様は!」

「そのままの意味だよ、龍水。彼女は北米で、人類の命運をかけてメデューサを起動して大怪我を負った。そしてそれは石化が解けても治ることがなかったんだ」

「治らなかったとはどういう──」

「当時の話をニッキー達に聞いた限りだと、石化前に腕を切り落とされたらしい。断面が綺麗だったら修復できた可能性はあったけど、僕の見立てじゃ不可能に近かった。杠たちが三ヶ月頑張って半分も修復できなかったからね。だからそのまま──」

「ッ時間いっぱいかければ直ったかもしれないんだよ⁉︎」

 

 辺りからなぜと次々と声が上がるなか、千空から言葉が発せられる事はない。

 それでも希望を持たせる事は良くないと、羽京は続けた。

 

「肘から上を切断されていて、残った右手の断面は石化とともに押しつぶされて粉々だった。それこそ砂粒ほどに。スイカはそれを直せると思うかい?」

「そ、それは──」

「無理だったんだ。かき集めて、一粒ずつ合わせようとして。僕たちだって何もせずに諦めたわけじゃないんだよ。──千空、本来ならば君に指示を仰ぐべきだったかもしれない。でも、君に伝えたところで現状は変わらないと僕が判断して茉莉を起こした。もしその決定が不服だったら言ってくれ、何をしても償うよ」

 

 帽子をとり深々と頭を下げる羽京と、左手で表情を隠す千空。一度開かれた唇から音は漏れる事はなく、束の間の静寂が訪れた。

 

「────くれ」

「せんくう」

「……ひとりに、させてくれ」

 

 絞りでた言葉は震えていた。ゆっくりとした足取りで甲板をさる千空の後ろ姿を見送ることしかできずに、皆は唇を噛み締める。

 メデューサは、石化は万能だと思っていた。けれどもそれは誤りだった。それがもっとも最悪な形で示されてしまったのである。

 

 

 一人船を抜け出し、千空は木にもたれ掛かってしゃがみ込む。脳内では羽京の言葉が何度も巡り、思考の邪魔をする。

 あの時メデューサを使うように指示したのは確かに自分だった。それしか勝つ方法が見出せなかった。ゆえに間違っていたとは思えない。

 しかし蓋を開けてみればその選択のせいで茉莉は右手を切り落とされたのだ。そしてそれのお陰で今があり、スタンリーに勝つ事ができた。それはきっと間違っていない。

 

 しかし、でも。

 一体何を間違った、どうすればそれを回避できたのかと考えてもしまうのだ。正解がでることなんてないのに、それこそ過去に戻るしか茉莉を巻き込まない方法はないというのに。

 アラシャで目覚めたあの日、千空は確かに安堵した。自分を守って撃たれた彼女の怪我が治ったことに。痛みで顔を歪める事はないと、庇った傷そのものがなくなったのだと自分勝手に思い込んでその結果がこれなのか。全くもって笑えない冗談である。

 

 石化前に切り落とされたのならば、どれほどの痛みを与えられたのだろうか。目覚めた時腕がないのを見て絶望もしただろう。救ってくれなかったと恨まれても仕方がない。

 正直そんな状態の茉莉を何故起こしたのだと羽京を責めたい気持ちもなくはない。けれども意味のない行動を彼がするとも思えなかった。

 どうして、何故。そう決断した理由は──。

 

「──ッ、俺のせいか」

 

 宇宙に行く。それも月に、なるべく早く。

 そのために人類を順次目覚めさせていくと決めたのは自分自身だった。怪我のない五体満足の人間を起こし、マンパワーを確保すると決めたのも自分だった。

 故に、羽京がそう決断しなければ千空は合理的に考えて、彼女を起こさなかったかもしれない。

 

「…………いや、違ぇな。俺でも起こすわ」

 

 無理だと分かりきっていれば、たとえ戦力外だとしても起こしただろう。

 しかし人類復興を掲げるリーダーでもある千空がそんなことをしていては規律が取れない。何故茉莉だけ特別視するのだと声があげられてしまえば、その対応に追われるだろう。

 その可能性を羽京が考えられないわけがないのだ、だからこそ、羽京はそうした。千空に決断させなかった。

 責められるのは自分だと、今後出てくるであろう問題と責任の全てを背負ってくれたのだ。

 

「──情けねェ。アイツ一人、満足に守れねぇのかよ俺は」

 

 もしもアメリカに連れてこなければ、怪我などせず日本で千空が帰ってくるのを茉莉は待っていただろう。でもそれを拒否し連れてきたのは他でもない彼自身。すぐそばにいるからこそ守れると思い込んで、大丈夫だと手放して。結局傷を負わせただけ。それもそれは生涯癒えることはない。

 情けない。守ると決めたのに、守れやしなかった。むしろ守られてばかりだ。

 

「────」

 

 小さく彼女の名前を呼ぶ。

 返事が返ってくることはないというのに、千空は茉莉の名前を呼んだ。

 

 

 翌る日から千空の表情は哀愁を帯びる事が多くなった。言わずもがな原因は彼女のことであろう。

 いっその事どうしてだと自分を責めてくれればと羽京は思いながらも、言葉にする事はない。

 千空も茉莉も、少しは誰かに感情を預けて欲しいものだ。羽京からしてみれば二人はまだ子供で、こんな世界だからこそ大人にならなきゃいけなかっただけにすぎない。もっと頼ってほしいと思っているというのに、その想いが届く事はない。

 

 オーストラリアにアルミの街を樹立後すぐ千空達はそのままインドネシアへと向かい、ゴムの街として復興を進めていく。何度かコーン街へと通信を行う事はあったが、千空は茉莉の状態を聞く事はなかった。それを不審に思ったゲンが何度もいいのかと問うこともあったが、千空は険しい顔のまま答えることもなかった。

 千空とて人間だ。恐怖心はある。

 直接茉莉の手を奪ったわけではないが、元を正せばその原因は自分の出した指示である。それも良かれと思って作ったイヤリングもまた、要因の一つでもあった。

 

 もし仮に、茉莉がそんなことを言うとは思ってやいないが、お前のせいでと千空と関わったせいでと責められでもしたら。

 幼い頃は一緒にいたが茉莉は、原因は不明であるが千空と共にあることをやめた。この世界で目覚めた時でさえも、適度な距離を保ってもいた気もする。

 百夜の言葉もあって近づいていったのは他でもない千空からで、あのまま何もしなければ関わらないでいれば、こんな事にはならなかったのではと考えてしまっているのも事実だ。

 

 会いたい思いはある。けれど、会って昔のように拒絶でもされたら──。

 そう思えば思うほど、茉莉の話などできやしなかった。

 

「千空ちゃーん、そろそろ寝たほうがいいんじゃない?」

「──あ"ぁ、もうちょいしたらな」

「そっかぁ。じゃあ、俺もここにいよ」

 

 月明かりの下作業を進める千空の前に座ったゲンは、用意してあったお茶を注ぐ。本来であればフランソワの仕事でもあるのだが、譲ってもらったのだ。馬鹿みたいに隈を作る千空と話すためだけに。

 

「……もうさ、茉莉ちゃん、連れてきちゃえば? ホラ、羽京ちゃん達今度物資取りに行くじゃない。その時にでも、さ」

「──」

「……羽京ちゃんが言ってたんだけどね、茉莉ちゃん、目覚めてすぐに俺たちのこと心配してたんだって。自分の腕の心配より先にだよ、困っちゃうよね」

「……」

「それでね、よかったって笑ったんだって。千空ちゃんが勝ててよかったってさ」

「──よかねぇだろ、全然」

「そうだよねぇ、全く。それにさ、スイカちゃんのことすごく誉めてたみたいなのよ。自分だってそれと同じくらい凄いことしたの、分かってないのよ茉莉ちゃんは。だから、ちゃんと千空ちゃんが褒めてあげなよ?」

「あ"?」

「茉莉ちゃんのこと、褒めてあげてねいっぱい。多分それは、千空ちゃんの役目だと思うわけ」

 

 誰よりも何よりも、この世界で一番千空を信じているのはきっと茉莉なのだろうと、ゲンは理解したつもりでいる。

 だからこそ、千空がもしかしてと不安に思っている気持ちを知った上で、それを託す事にしたのだ。

 

「茉莉ちゃんはね、誰も恨まない。そんな子でしょ? ……千空ちゃんと一緒でね」

 

 そういうとこそっくり、幼馴染だからかな。

 なんてふざけた顔で笑って、ゲンは千空の肩を叩いた。

 

「早く会いたいね、みんなに」

「……そーだな」

 

 きっと"みんな"の中で一番会いたいのは彼女なんだろうけれど。

 ほんの僅かだが、千空の瞳が柔らかな色を帯びた。

 会いたい、それは本心だった。

 

 

 故に羽京に次の定期船に茉莉を連れてくるように頼んだ千空であったが、その思いも虚しく、茉莉がやってくることはなかったのだ。

 

 

 




茉莉ちゃん、逃走中。何故ならば役に立たないと思っているので。腕のことを怒られる(自分のせいなのに千空達が後悔しそうなのも嫌)と思っているので。かくれんぼは得意だもの。
※いつもコメント・感想うれしいです。やる気が増してます。
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