凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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北米のたーん


117 良かれと。

 

 

 

 

 氷月にとって茉莉という人間は、今でも苦手な分類に分けられる人種である。

 

 出会いは最悪で、あの時言われた言葉には今でも納得がいっていない。何せ服を作っていたのは杠なのだ。詳しくどんな服をと指定しなかったのは悪かったが、氷月は仕上がった服をただ黙って着ていただけで文句を言われる筋合いはない。文句があったならば杠へ言うべきだったと今でも思っている。

 まぁ氷月の衣類を手がけた杠としてはほむらの服をあえてピンクに染めたのと同様に、千空にみつかりやすければ、戦いにくければと考えぬかれ作られていた品物でもある。それを知らない氷月からしてみたら確かに名誉毀損されたようなものだったのだが、その真実を茉莉が知ることは一生ないだろう。

 

 それはさておき、ともかく氷月は茉莉が苦手だ。けして嫌っているわけではない。

 司に捕えられた時の働きと、その後氷月が拘束されていた期間の行動も把握していた。船作りに始まり調味料の製作や、宝島では復活液作りにも大変貢献したことも承知している。

 つまり、氷月風に言うならば『ちゃんとしている』人間だとは認めていたのである。

 

 それ故に今回の騒動が気に食わなかった。

 彼女が何を行なったかを知らない凡夫が、恩人でもある茉莉に手を出していたのだ。それは如何なる理由があったとしても罰せられるべきである。たとえ彼女がそれを望んでいなくとも、脳が溶けた無能に分からせる必要だと手荒に扱った。

 

「アンタねぇ、いくらなんでも怪我はさせちゃいけないだろ?自分が何したかわかってんのかい?」

「……お言葉ですが、彼らが何を行なったか理解した上で私を責めて欲しいものですね」

 

 けれどもそれをよしとしない人間がいるのもまた事実。今は独裁者ゼノではなく人間大好き千空が人類復興の舵取りをしているわけで、その最中怪我をするような罰を与えたとなれば蟠りも出てしまうだろうと懸念する声が上がったのだ。

 バチリとニッキーと氷月の瞳は絡み合い睨み合い、それを止めたのは、否、氷月を援護したのはほむらとモズである。

 

「彼ら、茉莉に掴みかかってた」

「ほっぺたも赤くなってたし、叩かれてたよねアレ」

「──はぁ? 一体どうしてそんなことに……」

「羽京くんが言っていたじゃないですか。茉莉君だけが、特別だからですよ」

 

 羽京が言っていたこととは。

 一瞬何を言っているのかと悩んだが、答えは簡単に出てくるものだった。

 茉莉はこの世界でただ一人だけ、五体満足ではない。それを疎まれたという単純な答え。まさかそんなことがあるなんてと悔しく思う半面、どうしてそんなことにと自分自身を呪いたくもある。

 ニッキーは茉莉のことを頼まれていたのにと人一番責任を感じ、両手を力一杯握りしめて俯いた。そしてそれを横目で眺めていた氷月はわざとらしくため息をついたのである。

 

「もちろん、悪いのは彼女に手を出そうとした彼らです。尋問したらそれは最近始まったわけでもなかったようですし……。私達がちゃんと彼女をみていなかったのも問題だったのでしょう」

「ッそれは──」

「少なくとも私たちは、彼女の行動についてもっと深く考えるべきだった」

 

 元を正せば茉莉の自由行動を許してしまっていた自分たちにも責任はある。

 ニッキー達からすれば彼女が人の目を避けてフラフラと行動するのは当たり前であったし、今までそれは悪いことではなかった。いないなと思っていても動物を担いで帰ってきたり山菜を取ってきたり、知らないところで物の修繕をしたりと働いていたからだ。

 けれどもそれはまだ右手がある時の話で、今と全く状況が違いすぎる。

 それなのに彼等は、茉莉なら大丈夫だろうと無意識に考えてしまった結果がコレで。

 茉莉に信頼と信用があったからこそ起こってしまった弊害。日本であれば、彼女を知る人だらけであったゆえに許された怠慢。次々と復活者が増えるアメリカで、それがどう映るか知らずに──。

 

「──私たちの、せいだ」

 

 羽京の言葉をきちんと理解していれば、茉莉に更なる苦労などかけなかったのにと杠は後悔する。

 そして同時に思い返してみた、自分達の態度を。少なくとも一人を好む茉莉にとって良かれと思っていた行動は、距離を置かれたと思われたに違いない。

 

 腕を無くした茉莉を特別視してしまい、遠ざけた。もう頑張らなくていいんだと気を遣ったつもりが、逆に傷つけてしまった。

 それはきっと他のメンバーも同じでその姿を瞳に映せば負い目を感じ、負担をかけたくなかったのも事実。

 そういった気遣いも考えもその全てが、裏目にでてしまったのだ。

 

 自分たちの行動に間違いがあったのだとどんよりとしだしたメンバーの背を眺めて、ブロディは盛大に息を吐いた。

 正直言って彼等がそこまで純粋だったことに、能天気だったことに驚いたのである。

 

「──お前ら、ホントに知らなかったんだな」

「ブロディは気づいてたの?」

「ま、割と早い段階で兆候はあったしな。だからちゃんと対策は打ったつもりだぜ?」

 

 最初の違和感は茉莉が辿々しい英語でブロディを頼ってきた事。いくら敵意がないと分かっていても、わざわざ同郷の人間ではなく言葉のわからないブロディに指示を仰ぐのは些かおかしく思えた。負の感情を向けられていると知ったのは用具の破損があった時である。転んだだけ問題ないと繰り返されたとて、転んだだけで壊れる作りにはしていない。とならば故意的に壊されてると考えたほうがあり得る話。

 ブロディやルーナは茉莉に対する周囲の目の異変を初期の段階で気づき、周りの行動に目を光らせた。そしてその結果、『勉強』と称して出来るだけブロディ達から離れないように、手を出されないようにと遠巻きに茉莉を守ってきたともいえる。

 この行動がなければもっと早いタイミングで彼達の知らないところで、何かしら手を出されていた可能性もなくはない。

 

「アンタらがいた日本じゃ茉莉はそりゃあ有能な人間だったんだろうけどよ、今は違う。お前らはもっと人の汚ねぇとこを理解しといたほうがいい。じゃなきゃまた同じことが起きるぞ」

「──私達が甘かったよ。ブロディ、ルーナ。茉莉を守ってくれててありがとね」

「……気にしないで。私は茉莉と仲良くなりたかっただけだもの!」

 

 胸を張ったルーナだが、その気持ちに嘘はない。

 故に茉莉が英語を習得するよりも早く、日本語を覚えるだろう。それくらいにルーナは茉莉のことを好いていた。

 

「──あ、そうそう。それでね杠、この前頼んでたアレって出来てるかしら?」

「え? ──あ! アレですな! ここにあります!」

 

 ルーナは勿論茉莉に手を出した同胞に憤りはある。がしかし、それ以上に茉莉と仲良くしたいという想いが勝つ。故にあえて皆の顔が強張っていようが真面目な話をしてようが、空気を読まずに自分の目的を果たすために動いた。

 私はできる女だもの。

 そう思いつつ杠から受け取ったそれは、思った以上にふわふわで思わず笑みが溢れた。

 きっと茉莉も気に入ってくれる! 

 にっこりと笑うルーナを不思議そうに眺めるのは杠だけでなく、ブロディもまた同じ。きっとこの思惑がバレていたら、また特別視されることをするなと怒られただろう。だけれどそんなこと知るものか。私は茉莉ともっと仲良くなりたいの!とそう言い切るつもりで満足げに笑った。

 

「……ルーナちゃん、それって」

「ふふっ! プレゼントするのよ! 茉莉に! 喜んでくれるかしら?」

 

 ニコニコと笑うルーナに対し、杠は少し困ったように眉を下げた。

 多分喜びより困惑が勝つんじゃないかな? なんていえやしなかったのである。

 

 フンフンと鼻歌を歌いながらその場を離脱したルーナは、早速その足で茉莉の所に向かう。

 ニッキー達が自分たちの行動に後悔していようが、ルーナには関係ない。自分のできることをするだけなのだ。

 

「茉莉! これ、使って‼︎」

「んー?」

 

 マックス(見た目はナードだが実は強い。そのため今はルーナと茉莉のボディガードである)に英語を教わっていた茉莉に向けて、ルーナはそれを押し付けた。簡易的な袋に入っているせいでプレゼントに見えないが、早く使ってほしかった故に包装は諦めたのだ。

 首を傾げた茉莉はゴソゴソと袋からソレを取り出して見て、小さく白菜と呟いたのである。

 

「──茉莉は隠してるつもりだろうけれど、腕、まだ痛むんでしょ。私同室だもの、よくいなくなるのも知ってるわ! だからこれ、つかって! これ以上肩を握りしめてたら跡が残っちゃうわ」

「……ありがと。でもなんで、白菜?」

 

 ルーナが杠に頼んで作ってもらっていたのは八十センチほどの大きさの白菜のぬいぐるみ。何故可愛い熊やうさぎではないのかとマックスは疑問に思ったが、どこかデジャヴを感じるその色合い。

 ホワホワと脳裏に思い浮かんだのは、とある人物である。

 

「これが一番落ち着くかなっておもって──。やっぱり可愛いのがよかったかな?」

「──ううん、これが良い」

 

 どこか懐かしむように左手でソレを抱きしめた茉莉に、ルーナは安堵したような笑みを見せた。

 

 流石に千空のぬいぐるみつくって、なんていえないもの。

 

 ルーナは知っている。幻肢痛で夜も寝れない茉莉が自分の身体をキツく抱きしめ、痛みに耐えていることに。ようやく寝たと思ったら、寝言で謝り千空の名前を呼ぶことを。

 ルーナは茉莉と千空の関係なんて知らないが、互いに大切な存在なのだとはなんとなく分かったつもりでいる。

 

 故に少しでも茉莉が安らげればとルーナは考え、ソレを用意した。

 ストレスが掛かればかかるほど、幻肢痛は悪化する一方だ。げんにアレから三年近くたった今でも、茉莉は痛みに耐えるために姿を消すことが多い。ルーナとて医者の端くれでぬいぐるみに痛みを軽減する効果はなくとも、ストレスを減らすホルモンを出すことは豆知識として頭に入っていたのだ。

 だからこその、ぬいぐるみ。

 

 少しでも、茉莉の負担が減りますようにと願ってソレを用意した。

 

 

 ルーナの企みは功をなし、茉莉は前よりもずっとベットで寝付くことが多くなった。いまだに体を抱えて寝る癖は解けていないが、少なくともストレスは軽減されているのだろう。

 ふとそんなことをルーナが杠に漏らした結果、小さな白菜のぬいぐるみが量産され代わるがわる茉莉に押し付けられることになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 




わたし、ブロディもルーナも好き。
余談だけど、大人の幼児退行にぬいぐるみを手放さないってのがあるらしいんですよねー。
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