凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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119 凡人、自尊心などない。

 

 

 

 いや、ほんと、無理だって。ほんと無理。

 

 人類が再びインターネットを手に入れたことにより、ロケット作りの作業速度は格段に上がった。テレビを映すために作られた電子ビームは改良され、画面に図が描けるようになりそのまま送信も可能。世界中の技術者がリアルタイムで画面を共有出来ることとなったのだ。もはやオンライン作業といっても過言ではない。

 

 で、そこまでくると何が起こるかって? 

 それは宇宙へ行くための人選の選抜と、世界各国に散らばった連絡員の帰国ラッシュ。それはすなわち、私たちコーン街メンバーの日本への帰還も含まれていたのだ。

 

「忘れ物はないようにしなよ!」

「取りに戻るのも送ってもらうのも大変だからね!」

「引き継ぎはちゃんと終わらせておきなさい!」

 

 日本に戻ることに対して嬉しそうに笑うみんなの姿を、私は一人吐き気に耐えながら微笑んだ。

 だって私は日本へ帰りたくないんだもの。

 

 みんなのようにあっちに行ってもやることがいっぱいあるならともかく、日本で私が出来ることとは? すでに復興も進んでいるようだし、サバイバル知識ももはや役には立たないだろう。酪農なんかの経験もないから生産者にまわるのも難しいし、片腕でできることは多くはない。きっとそっちに流れても迷惑しかかけない自信がある。

 ブロディには悪いが、このままここで面倒見てほしいと頼み込んでみると少し怒った顔をして強烈なデコピンをしてきたし、本当に嫌になる。

 

「──茉莉、日本にはお前の帰りを待ってる奴もいるじゃねェのか?」

「んー、どうだろね」

 

 役に立たないゴミクズを待つ人間なんている? いなくね? 

 もし待っていてくれた人がいても、その人に迷惑をかけるくらいなら帰らないほうがいいと思う。だってその人もきっと後から後悔するよ、面倒なヤツが帰ってきちゃったって。後悔先立たずだよきっと。

 ああ、でもそう考えるとアメリカに残ってもブロディにはずっと迷惑をかけて生きていかなきゃならないのか。そっか、そりゃブロディもさっさと帰ってほしいと願っててもおかしくないわな。

 

「へんなこと言ってごめんね」

 

 だとしたら私はどこに行けばいいんだろ。誰にも迷惑をかけないとこらなんてあるのかと、ぬいをムギュムギュしながら考える。

 どこに行ってもダメなのはわかりきっている。居場所がない。できる事もない。じゃあなんで私は生きているのか──。

 

「……どうしても無理だったら帰ってくればいい。俺は拒絶しねェよ」

「──うっかりパパって呼びそうだよ、ブロディ」

 

 ほんとにね。実の父親も正直望みが薄い事は理解しているから、余計にその優しさがありがたくて苦しい。本当に役たたずで申し訳ない。

 

「──悪かねェな」

「そこは拒否して?」

 

 私を慰めるために笑ってそんなことを言ったブロディに、私も作り笑いを見せただただ虚しくその日を待った。

 

 そしてくるなと願っていた日はあっという間に訪れて、次々にみんなは船へと乗り込んでいく。談笑している南には悪いが、嬉しそうに空を眺めている杠にも悪いが、逃げたい。帰りたくない。

 ブロディは帰ってきてもいいって言ってたから帰ろうと踵を返すと、そこには仁王立ちしたルーナとブロディがいて。

 それもブロディにいたってはなんか荷物を背負っていて。

 

「いやぁ、俺も働きすぎだからちぃっと旅行に行こうかとおもってな」

「そうそう、みんな行ってきなさいって言ってたのよ。だから茉莉、みんなで日本に行きましょうね」

 

 裏切ったな、ブロディ。お前は日本に行かないって言ってたじゃん、拘束を解いて? 

 無理やり特大白菜を渡されて、それを抱えた私をブロディがかついで船へ搭乗。呆れたようにニッキーが笑っている。

 

「悪いね」

「いいや、これくらいなんでもねェよ」

 

 コイツらグルだったのかと頭を垂れた。

 なんでも私が頑なにインターネット会議に顔を出さなかったり、帰る準備をしてなかったりしていたことからもしかしてと怪しんでいたようで。そして万が一のときは意地でも連れて帰れるようにと、わざわざ日本にいるゼノにまで許可を取りブロディの力を借りて拘束。マグマや金狼からは逃げるだろうと、私の思想を読んだ上での作戦を立てられていたようなのである。そんなのってないよ。

 

「別に、そこまでしなくても……」

「そこまでしないと、茉莉は帰ろうとしなかったじゃない! みんなで、一緒に、帰るのよ! 日本へ‼︎」

「……」

 

 やや怒り気味の南には悪いが、今の私は笑顔すら作れない。作れるわけないじゃない、本当に嫌なんだもの。どうしようもないクズにそこまで求めないでよ。

 

 どんなに私が嫌がったところで船は出航し、かつて辿った航路を猛スピードで突き進む。あの時とは違いエンジンもついていればより正確な機器がある船なのだ、半月もしないうちにたどり着いてしまうのだろう。

 

 一日、また一日と朝日は巡り月が顔を出す。雨の日も晴れの日も、変わりなく船は進んでいく。

 ただ時間が経てば経つほど、面白いくらいに私の体調は崩れていった。それこそ最初は船酔いかとルーナは心配してくれていたのだけど、そうではない事を私は理解している。この体はストレスに大変弱いのだ、日本へ戻るという事だけなのに吐き気や頭痛が絶え間なくやってきた。ついには水分しか取れないくらいになってしまい、杠達まで心配をかけてしまったのである。

 

「茉莉ちゃん、大丈夫?」

「ん、だいじょぶ」

 

 そうとしか答えられない。

 今更アメリカに帰してって言ったところで返してもくれないんでしょ? ならそういうしかないじゃない。

 

 そんな顔をさせたいわけじゃなかったんだけどなぁ、やっぱり私がいないほうがみんな幸せじゃん、なんて思うのは間違いなのだろうか。私なんていなくてもみんなは幸せになれるんだから、みんなで幸せになっててよ。私はひっそりと陰からそれを眺められればいいからさ。

 だなんて思考が読み取られる事はないだろうけど。

 

 ぐったりとした私をベッドに貼り続けたまま、船は前方に見えてきた陸地を目指す。もうあれだね、陸が見えた途端発狂だよね、みんな。そりゃあ四年? 五年? 石化含めれば十年ぶりの故郷だもの。

 私はベッドの淵で腹の中身をぶちまけて、みんなが外を見ているうちにこっそりと医務室から逃げ出した。このままここにいたら抱えてでも降ろされるのは目に見えている。大樹はきっと杠を迎えにくるはずだし、それはそれで見たいけど、私は船を降りたくはない。

 もし降りるとしても辺りが暗くなってからがいい。暗闇に紛れて降りれば、そのまま石神村、もしくは石化が解けてすぐ作った拠点に向かえばいい。

 その後の生活は後で考えるとして、みんなと一緒にここに住むなんて無理だ。どう足掻いても足手纏いになるし、そんな私の世話をし出しそうな人たちがいっぱいいるのだから。ルーナなんかその筆頭だし、私のお世話なんじゃなくて、医者としてみんなの健康を守ってほしいのだけど。

 

 ガタンと船が止まり、ガシャガシャと碇の降ろされる音を聞いて。私は倉庫の端っこで丸くなる。こんな時だというのに大きいぬいを医務室に忘れてきてしまったものだから、仕方なしに小さいぬいをモキュモキュし心を落ち着ける。

 まだ昼前だったはずだし、四、五時間はここで時間を潰すしかないだろう。遠くで私を呼ぶ声が聞こえる気もするが、それには答えずにうずくまる。

 何時間もじっとしてるなんて石化で慣れてるしと軽く見ていたら、すぐに体は痛くなるし散々だ。

 

 辛い、嫌だ、逃げ出したい。ここにいたくない、どこかに消えたい。

 もう嫌だ。誰かの負担になるのも、可哀想な子として見られるのも。

 

 私は確かに間違ったと思う、腕がなくなるなんてうっかりレベルじゃ済まされない。

 でも後悔はしていないのだ。他の誰かが怪我するより、これでよかったって思ってる。だから私は可哀想じゃない。

 それでもその結果みんなに心配されて、大丈夫と声をかけられて、仕事ができなくとも気にしないで気遣われ、役にも立てずにここにいて。正直言ってもう生きてる意味すらわからない。

 私は何がしたいんだ。何のためにここにいる。

 全部捨てて千空との関係を切ったくせに、結局その優しさに付け込んで仲良くなって。それで散々見て見ぬ振りしたのに変に手を出して。私は愚かだ。

 知らない未来が怖くて行き方がわからなくて、誰も知らない場所で朽ち果てたい。でも痛いのも嫌だ。怖い。どうしたらいい。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ。

 ぐわんぐわんとさまざまな思いが脳をめぐり、考えも纏まらなければ、何をしたいのかもわからない。

 ただ一つわかっているのは、全てから逃げ出したいということだけ。

 

 じっとして、どうにもならない事をひたすら考えて。ひだり手にある感覚だけが安心できる唯一で。

 早く夜になれと私はただただ願った。

 

 倉庫の中は薄暗く、体内時計は狂っていてもおかしくない。時計代わりにしていたイヤリングはもう手元にないし、私に残ったのはこのぬいだけだ。

 カツンカツンと私の耳に音が届き始めたのはきっと隠れてから相当時間が経った後で、船の整備をする人がきたのかと思っていた。

 けれど私の予測とは虚しく、そこに現れたのは私が誰よりも会いたくて仕方がない人で、けれども誰よりも会ってはいけない人。

 

「──茉莉」

 

 その声を聞いただけで思わず涙腺が緩みそうになる。だけれど泣くまいと必死に耐えたのに……。

 

「──────」

 

 その言葉を聞いた時、押し留めていた感情がぶわりと溢れ出してしまった。

 

「茉莉」

 

 君は生涯、その言葉で私がどれほど救われたか知ることはないでしょう。

 

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