凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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121 凡人、壊れてる。

 

 

 

 

 モゾモゾと何かが動く気配を察し、私の脳は覚醒しだす。久々にまともな睡眠をとった気もするが、そういえば昨夜はいつ寝たのだろう。

 ポヤポヤとした思考で目を擦ると若干の痛みを感じ、それは随分と疎遠としていた感覚でもあった。

 

「んんー? ──ピ」

 

 むくりと頭を上げ、目を開けて最初に目についたのは、鮮やかなカーマイン。その瞳がやけに見覚えがあるなと思ったのとほぼ同時に、それが誰の瞳かを理解する。思わず声を出して驚き重心を右へと傾けてしまえば案の定支えるのは不可能で、ゴツゴツとした千空の腕が倒れかけた私を支えたのである。

 

「ったく、帰国早々怪我する気かオメェは」

「……スイマセン」

 

 クククと喉を鳴らして笑う千空を眺め、そういや寝落ちする前にギャン泣きしたんだったと思い出してしまった。散々支離滅裂なことを言った覚えしかなくて、穴があったら入りたい。むしろ自分から掘って身を隠したい。

 うっかりツンとしてきた鼻を啜れば、一度緩んだ涙腺はこうも容易く機能をなくす。宝島の時といい、なんでこうなるのだと自分自身を恨みたくもなるものだ。

 

「ん"──ッ」

 

 ポロポロと流れ出す涙を堪えようとするも簡単に止められるわけもなく、千空は相変わらず微笑みながら私の涙を拭う。ぽんぽんと背中を撫でられると涙は空気を読まずに倍増し、どうしたらいいかわからなくなってきた。

 泣き止まないといけないのに止められなくて、千空も泣いとけというし、全く優しすぎではないだろうか。

 

「ごめっ、いぞがしいっ、のに!」

「問題ねぇよ、元から今日は予定入れてねぇしない」

「きちょ、な、やすみぃ」

「あ"ぁそうだ。貴重な休みだからテメェの口から今までの報告を聞かなきゃなんねェんだわ」

「っ──」

 

 何があったと問われてしまえば、ウグウグと唸りながらも私は話すしか選択肢はない。

 故に呼吸すらままならなくとも千空と離れてからのことを話していく。

 別に対したことではないし、泣くようなこともなかった。怪我だって順調に治っていた。

 千空がいなくなってもちゃんと復活液も作ったし、アメリカ組とも仲良くしてて。

 だと言うのに何かの役に立ちたいとは思っていたから、ヘマをやってしまったのだ。その結果──。

 

「ッうで、とんでったぁ」

 

 言葉に表せないくらい痛かったけど、それで千空が勝てるのならば良いとも思ったのだ。石化したおかげで腕が無くなる事については諦めついたし、それに関して千空やみんなに誰かを責めてほしくはない。あれは多分、必要な戦いだったはずだから誰のせいでもないはずなのだ。

 誰かのせいだとするのなら、勝手に腕を飛ばした私が悪い。

 

「みんな、がんばってくれた、もんッ! めいわく、いっぱいかけっ! だから、いっちゃいけなくてぇ」

 

 目覚めてから訪れた幻肢痛も、痛がればそれだけみんなに心配をかける事を分かっている。だから必要以上に言葉に出すのをやめた。仕事も欲しかったけど、腕の方を見て大丈夫と困った顔で断られる度に役たたずの烙印を押された気がしていた。でもそれを言ってしまえばみんなが責任を感じ困るのも分かっていた。

 

 月日が経つにつれて復活していく人類に負い目も感じ、何もできない自分を恥じて。それでも復活させてもらった以上、生きていなきゃいけなくて。

 

「も、いやだったんだもんっ」

 

 ペショペショと幼子みたいに泣き止まない私を千空は抱き留め、私もそれに抗うことはなかった。

 

「それにっ、にほん、もどっても、やくただずだしぃ──。やくたちたい、のにぃ、できないっ」

 

 何かやってないと嫌なことだらけで脳が埋め尽くされる。だから何かをやりたくとも、できることは少なすぎて。

 

「も、わかんないっ」

「──そりゃあ、そーなるわな」

 

 エグエグと喉を鳴らし昨日と同じように支離滅裂なことを言う私に呆れることなく、千空はただただ私の話を聞いてくれた。

 思う存分泣いちまえとの言葉を貰ってしまえば枯れてしまうのではと思うくらい涙は出るし、口からは言葉が出なくなっていく。

 でもどうしても聞きたいことがあって、必死に喉を震わせたのだ。

 

「わた、し、まだっ、せんくー、いっしょ、いら、れるっ? やくた、だず、ゴミでも、い?」

 

 駄目と言われれば大人しく身を引く。元からそのつもりで今まで生きてきたのだ、私はモブらしく世界の隅っこで細々と死ぬ時を待つだろう。

 でももし、側にしてもいいのなら、そんな我儘を今更聞いてもらえるのならば、千空の邪魔はしないからそばに置いて欲しかった。

 残念な事にここ数年で私の心はぽっきりと折れてしまったようなのだ。どうしようもないくらいに寂しくて辛くて、誰かにそばにいてもらいたい。助けてもらいたい。そしてそれが千空であればいいとさえ思ってしまうほどに。

 長年千空の背中を見て生きてきたせいか、そんなことを願うのは間違いとわかっていても願わずにいられない。

 この流れ出る感情の止め方があるのなら、是非とも教えてもらいたいものである。

 

「……ンなこと、誰が言った」

「ん"、いって、ない! でもっ」

「茉莉、何言ってんだテメェは。昔からココなんだよ、テメェの居場所は。いつだって俺の隣だったはずだろ」

「ッ──でも」

「テメェがどんな人間で何が出来ようが出来なかろうが、あの日からなんも変わっちゃいねェんだ。だから安心してココにいりゃいい」

「ヒッ──ん"、せん、くー、ごめっ」

 

 千空は優しい眼差しで、でも真剣な表情で私を抱きしめてそういうのだ。

 

 たくさん酷いことをした。

 幼い頃、挨拶を無視して呼ぶ声を無視して、伸ばされた手を振り払って。挙げ句の果てに目さえ合わせない名前さえも呼ばなくなった非道が私だ。

 それなのに千空は、理由もなく聞かずに私がここにいてもいいと言う。そこが私の場所なのだという。

 

「ッン、ヒゥ──ッうぇ」

 

 嬉しくて、また溢れ出した涙とさらに乱れた呼吸。上手に呼吸出来ない私をヨシヨシとあやす千空の胸に向け、私は盛大に吐き出してしまった。

 だというに千空は嫌な顔ひとつせずに、私の頭を撫でるのをやめなかったのだ。

 

 

 

「ちぃーと待ってろ、飲みもん持ってくる」

 

 ある程度呼吸が落ち着いた時、千空は汚れた私のポンチョを剥ぎ取り、自身も着替えるために船外へ向かった。

 私の目からは相変わらずポロポロと涙は出ているが、先ほどよりもずっと少なくて左手で拭えるほど。なんとなく落ち着かなくて、ポシェットの中から白菜ぬいを取り出してムギュムギュしていれば、千空はバケットを持って戻ってきた。だか私がぬいをムギュムギュしていると怪訝そうに眉を顰めたのである。

 

「……それ、なんだ?」

「はく、さい?」

「白菜?」

「みんながくれた」

 

 なんでだろうねと首を傾げつつもムギュっていると、千空はゴシゴシと私の顔を布で拭う。そして差し出されたコップで出した分の水分を補給していれば、目の前にとあるものが置かれた。

 それは日本人にはお馴染みで、だけど今の日本にはなかったものだった。

 

「ごはん」

「三期作で作ってんだよ、これで食いもんにも困らねェ。ってもろくに食ってねェだろう茉莉にはコレだ。……無理に全部食おうとすんじゃねェぞ」

 

 隣でおにぎりをパクつく千空から与えらたのはお粥。というよりおもゆだろうか。

 ブロディ達に食事をまともにしてないと聞いていたのかは知らないが、確かにおにぎりを食べたら吐く気もする。ただでさえ、さっき泣きすぎて吐いたのだ。お腹に優しいものにしたほうがいいに決まってる。

 

 スプーンで掬って口にしてみればほんのり甘い懐かしいお米の味がして、その懐かしさに思わずホロリと涙すると、千空は皆そうなったわと笑った。

 久々に美味しいと思える食事をしてみたもののやはり量は食べれなくて、残りは当たり前のように千空に奪われ食される。現状食料は過分にあるわけではなく、残すのは勿体ない。でも食べさしを食べられるのは、相変わらずなんとも言えない気分になってしまうわけで。今度からちゃんと食べられるようにしようと密かに誓ったのである。

 

 ご飯が終わると千空はまた私に向き合い、しめった布を瞼に乗せて私を床に転がした。

 

「腫れが引かねェと出れねぇだろ。そのままにしとけ」

「ん」

「ンで、そのままちゃぁんと俺の話を聞いとけよ」

「ん!」

 

 なんでも言ってくれて構えていると千空の口から出たのは私の仕事についてで、今カセキにタイプライターを作ってもらっているとのこと。慣れない左手で文字を書くより楽に資料をまとめられるだろうから、ここ数年でクラフトしたものの冊子を作るための打ち込み作業が私の仕事になるらしい。

 

「科学者やら技術者はいんだがな、事務員がほぼほぼいねぇのが現状だ」

「わたし、そんなにできないよ」

「本格的なやつは求めちゃいねェんだ、誰かが何かを作るときに見れる資料を作っておきてぇ」

 

 それはつまり、宝島に行く前にやっていた作業と同じことだろうか? それならなんとなく出来そうだから、できるかもしれない。

 

「あと、は?」

「あとって、何年分のクラフトが溜まってるか分かってんのか?」

「そんなに」

「ヤベェほどにあるんだよ。基本家でやってりゃいいから、できた分だけ俺に寄越せ」

「……いえ?」

「──あんま人と一緒に仕事したかねェんだろ? 家を作業場にすりゃいい」

「んん? いえ、とは」

「テメェは当分俺の監視下で生活しろってこったぁ。どうみてもストレスでヤベェ顔してんのわかってんのか? 資料作りもそうたが、それよか体調戻すのが先だバカ」

「ごめんて。でも、いえ?」

 

 どっからどう聞いても、その家は千空パイセンの家なのでは? 

 監視下で生活ってことは一緒に住む、てコト? 理解できかねます? 

 

「──嫌なのかよ」

「イヤ、ではないよ。でもじゃまじゃ」

「邪魔だったらんな事言ってねェわ。少しは心配してる俺の身にもなれっつてんだよ」

「──ふぁあ」

 

 百歩譲って同じ家に住むのはいい。ツリーハウスに二人で住んでた時期もあるもの、なんとなく状況は理解できる。多分住む場所が足りないから、そうなるってことだよね? 

 ただ一緒に住むってことは千空に多少なり私の面倒を見てもらう事になるのではと、苦しくなる私もいるわけで。

 てか心配とは? 

 やっぱり一人で何もできないと思われてる? 

 

「──何度でも言ってやる。テメェの居場所はココなんだよ、黙って心配されてめの届く範囲にいろ。いいな?」

「────はい?」

 

 あまりに千空が真面目な顔してそういうものだから、大人しく返事をしておく。

 

 でも、いったいどういうことだってばよ? 

 

 




ストレス過多の結果、特定の人物だけに甘えたり行動が幼くなる退行症状はあるらしいです,実際に。つまりそれが今の茉莉ちゃん。
パイセンは長年声も聞けなけりゃ姿も見せない+人伝に聞いた茉莉の状況から無自覚過保護発動。目の届くところ、もしくは自分のテリトリーにいないとガチで心配しすぎてやばぁい。ま、撃たれたり腕とんだり暴力振るわされそうになってたらそーなるよね。仕方がない。ドンマイ。
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