分かってはいる。分かってはいるんだ、このままではいけないと。ぐるぐると室内を練り歩きながら、私はどうしたものかとため息をついた。
日本に戻ってきてはや七日、あの日以降千空は宇宙に行くための訓練を日々行なっている。主に体力作りがメインであるが、家に帰ってくる度ににしおしおおひたしの姿がみれてしまうのだ。こりゃいかん。
家で仕事をしてていいと許可が出たものの日常生活はほぼほぼ千空に頼りきりで、ごはんなんかも運んでくれるし髪も結ってくれる。大浴場はちょっとと顔を顰めて見ればラボのシャワー室の使用許可をとってくれて。でもそこにすら一人で行けないのは私で、どっからどうみても足手纏いです。
カーテンを取り付けにきてくれた杠は何かあったら声をかけてねと言ってはくれたが、彼女も彼女で仕事が山積みだ。何せ復活者の衣類と、そういった製品は縫製チームが手掛けている。そのリーダーたる杠にわざわざ声を掛けるのはいかに。
「──っ」
今日こそはと意気込んで、外へと繋がる扉に手をかける。けれども結局外へは出れなくて、今日もまた引きこもり生活を継続中。
一体どうしたものやら。
「前より食えるようになったじゃねェか」
「んー」
もぐもぐと夕食のおにぎりを咀嚼していれば、お疲れモードを隠した千空に褒められた。ここ数日でおもゆやお粥を卒業し固形物質を食べられるようにはなってきたが、やはり箸はいまだに使えない。それ故もっぱらおにぎりが主食となりつつある。
ってかお疲れな千空さんにご飯を運んでもらうとか、贅沢なのでは?いや、迷惑だな。やはりさっさと外に出れるようにしなければなるまい。
そう意気込んだものの寝るぞとベッドに転がされてしまえば、白菜を抱きしめて寝るしかない。変に意地を張って千空に手間をかけさせるのは大変よろしくないのだ。
よって隣のベッドへ傾れ込んだ疲れ果てた千空さんからスヤスヤ寝息が聞こえたところで、むくりと起きて白菜片手にベッドから離脱。物音を立てないように窓に近づき、ぬいを抱きしめてあたりの電気が消えていくのを待った。
流石に電気が普及しはじめてきてはいるが、夜通しついているわけではない。場所によってはまだ蝋燭を使ってもいるようで、時間が経つにつれてポツポツと光は消えていく。どれくらい時間が経ったかわからないが、少なくとも月明かりだけが室内を照らし始めたところで行動開始である。
私はバカなりに考えたのだ。
外に行けないのは人に会いたくないからだ。なら夜中の誰もいない時間から、外に体を慣らしていけばいい。徐々に活動時間を変えて、恐怖心をなくすのだ!と。
「……っ」
万が一のためにポンチョのフードは深く被った。ポシェットにはちゃんとぬいもいる。
だから大丈夫、やるんだ私と意気込み手を伸ばし──。
「……何してんだ、テメェは」
「ヒッ!」
その低音の声に驚き腰を抜かした。
「せ、せんくー」
「で、茉莉。なにしてんだ? どこにいく気だ、こんな夜中に」
お疲れモードだったからぐっすりスヤスヤだったはずの千空な眉間にははっきりと皺が寄っていて、機嫌が悪いのが大変よく分かる。
こんな時間に起こしてしまって申し訳ないと謝るとそうじゃねェとほっぺたを摘まれるし、てんてこ舞いだ。
「──また、いなくなんのか」
「んひ?」
「あ"ー、ここじゃ嫌なのかって言ってんだよ」
「んん?」
何故そうなる?
ポカンと口を開けていれば千空は己の髪を髪をグシャグシャと掻き回すし、いまだにこちらを見る瞳の険しい事。
もしかして家出しようとしてると思われているのではと察し、自分の過去の行動を呪いそうになった。
「ちが、えと。そと、なれようとおもて。ひるはむりだから、よる」
「……は?」
「だれも、いないから」
「────なら、俺に声をかけろ。一人で行こうとすんな、何があっかわかんねぇだろ?」
「せんくー、おつかれだし」
「仮眠したから問題ねェよ」
問題しかねぇんだが?
君は私を甘やかしすぎではないか?
グヌグヌ唸っていれば左手を繋がれ、本当にいけるのかと確認をとられる。多分きっと大丈夫だと頷けば、無理になったら言えと千空は私をまた甘やかすのだ。ここは少し無理でも頑張るしかないというのに、全く困ったものである。
ともはともあれ、私は一度深呼吸をして再度扉の前へたつ。左手は千空と繋いでいるから扉を開けられそうもないが、そこは問題ない。当たり前のように千空が開けてくれたから、私はただ覚悟を決めて外に出るだけなのである。
今回の目的はラボではない。
ただブラブラとするだけで、目的などはない。つまり本来であれば出歩く必要がないおでかけなのである。正直言って足がすくんでいるが、アメリカじゃ一人で行動できていたんだ。日本でもできて当たり前に決まってる。
いざ参らんと外へ一歩踏み出せば、ほんのちょっとだけだがようやく自分の意思で外に出れたのだ。やったね。
「ふ、わぁ」
「──っし、そのまま行くぞ」
どこに行くなんて決まっていなくて、ただブラブラと千空ともに日本の拠点を探索。あそこは誰の家で、あっちは洗濯場でと要所を説明されてなんとなくの場所を頭に入れる。やはり夜中のせいが人の気配がなく、こそこそと小さな声で千空と会話を交わした。
「せんくー、あれは?」
「アレが浴場だな、基本的に入れる時間が決まったる」
「じゃあ、あっちは?」
「理髪店、流石に髪切りてぇって奴が多くなってきたからな。ちょうど良く復活した奴らでやってもらってる」
千空はちょっと悪い顔をしたし、これは選んで起こしたな。まぁ、そう言った仕事の人も必要だものね、致し方がない。
「そこはルーナがいる病院、ってか医務室だ。今度そこで健康診断してもらえ」
「……ルーナ、あめりかかえらない?」
「アレでもテメェの主治医らしいかんな。ブロディのおっさん近々帰るみてぇだが」
「ブロディ……」
まじか。行ってしまうのか、私の第二のパパ。
ブロディには良くされていたから割と本気で父親みたいだと思っていたのに、残念だ。でもお仕事ならば仕方がない。わがままダメ絶対。
ほんのちょっぴり寂しいなと顔を伏せていれば千空はちょっと強めに手を握ってきてくれるし、そういうとこだぞ。注意しろ。と気持ちを込めて握り返しておく。ぬいがムギュれないから、大人しくムギュムギュされてくれ。
時間にして十数分だけ外に繰り出した私であったが、ありがたいことに千空は私のやる気ならばと夜のお散歩を日課に組み入れてくれたのである。もちろんヒトケがある時間帯はできないので、一度仮眠をとってからと条件はついたが進歩には違いない。
「がんばる」
「頑張りすぎんなよ」
「ん」
でも頑張らないといけないんすよ、本気で。
毎日毎日クタクタになるまで体力作りを行っている千空に劣らぬよう、私も家の中で簡単な筋トレやストレッチをはじめ体調を整え。久しぶりにルーナのところで体重を測ってみれば少し増えていた。良い傾向である。ご飯もちゃんと食べてるよと伝えるとルーナは自分のことののように嬉しそうに笑ってくれるし、本当に良き友人を持ったものだ。
後ろで控えていた千空にはもうちょい肥えろと言われてしまったが、それはまぁ追々。
資料作りに没頭して筋トレもして、お昼寝もしつつ千空の帰りを待って。ご飯を食べたら仮眠。からの夜のお散歩はかれこれ二週間ほど継続できている。そろそろ別の時間帯に慣れたほうがいいのかもしれない。
こうやって千空と一緒に散歩するのは正直に言って好きだが、いつまでもは無理だろう。
そろそろこの月も見納めかなと眺めてみれば、運良くその日は満月であった。
「つき、きれー」
するりと千空の手を離し、そしてまんまるの月に手を伸ばす。子供じみた行動だと思うが、あまりにも月が綺麗なのだから致し方がない。
「いまなら、てがとどきそうだね。せんくー」
「ククク、手が届くってか近々行くんだよ、あそこに」
「たしかに」
腕を伸ばしてみれば親指に隠れてしまうほどの大きさの月。あんなとこに千空は行くのかと感慨深くなって一人で云々頷いていれば、千空はまた喉を鳴らしてわらった。そして私と同じように月に向かって手を伸ばした。
「あと少しだ」
あと少し。千空が幼少期に月に行くと決めてから約3700年。その願いがたとえどんな形であったとしても叶うのならば、それは素晴らしいことである。
「『宇宙に行く、ソッコーで行く』っていってたもんね」
「……それ、いつの話だ?」
「ななさい!」
「よく、覚えてたな」
「わすれるわけないでしょ、せんくーのゆめだもの」
私と千空が離れたのはあの時だ。
だから忘れられない記憶となって、傷になってずっと脳の隅っこに焼きついたままになってしまった言葉でもある。
「わすれられるわけ、ないでしょ。せんくーのことだもの」
思いださなければずっと、普通の幼馴染でいられたんだもの。
ポヤポヤと月を眺めて笑ってみれば、千空はおどろいた表情をしたあと深々と息を吐いてしゃがみ込む。体調でも悪いんかと同じようにし隣でしゃがんで声をかければ、チラリと私と見てさらにもう一度ため息を吐いたのだ。
「マジで、なんなんだよテメェは──」
「……ごみくず?」
「違ぇわ! そうじゃねェんだよ、本当に」
グリグリとし頭を撫で回されたが、千空はなんだが嬉しがったからよしとしよう。なんだろね、情緒不安定か? 私に言えたことじゃないけど、最近の千空は優しすぎるから、もうちょっと私に冷たくしてくれ。泣くかもしれないが、甘えすぎはよろしくない。
「せんくー、あしたからそとでる」
「あ"?」
「がんばります」
「無理、しなくていいんだぞ」
「つきにいくでしょ、せんくー。だから、わたしもひとりだちする」
じゃないと千空が宇宙に行っている間にあの家で干からびることになりそうだもの。少し無理してでも、人前に出れるようにしなければ。
「でも、きょうは……」
「……なんだ?」
「いっしょにねてもいー?」
明日から頑張るんで、前払いでご褒美をいただけたらと。いやね、わかってるよ。いい年した奴が添い寝ねだるなって。キモいって。
でもさ、なんか寂しくなっちゃったんだから、仕方がないと思うの。なんか、思考がブレてんだって本当に。わかっちゃいるけど、止められないんだよこの行動。
「はぁ、茉莉テメェ……。ほんとなんなんだよ──」
「……ごみ?」
「そうじゃねェっつんだろ。あ"ー、まぁいい。ホラ、帰って寝んぞ!」
「ん!」
ぎゅっと繋がれた手に満足しながら家に帰り、そのまま大っきい白菜を持って千空の寝床に潜り込めば白菜はポイされた。
酷い。私の抱き枕返して。
「ただでさえ二人で狭ェのにでけェの持ち込むな」
「……あれないとねれないかもしれない、かも」
「ここにあんだろ、丁度いいデカさのが」
丁度いいものとは?と考えてじっと千空を見つめていれば、何故だか感じる既視感。
「っ! せんくー、はくさいだったのね!」
「クッ、テメェマジでふざけんな」
何故だか笑いだす千空に唖然としつつ、そのままモゾモゾと寝る体制を整え。ペトリとくっついてみれば、なんとも言えない安定感。千空の心臓の音がいい感じに子守唄になっていて、ウトウトと船を漕ぐ。
そこに追い打ちをかけるかのように背中を撫でられれば、もう寝るしかなかった。
そういえばここに住んでから、酷い幻肢痛はないかもしれしれない。あれかなぁ、やっぱり心因原因ってヤツ。
「んんー」
「どした?」
「て」
「痛てぇのか?」
「いたくないぃ? すとれす、ふりぃ」
なんだかな。
多分ストレス和らいでんのは十中八九千空パイセンのおかげでは?
そう思いつつ、睡魔に勝てずに私は寝たのである。
「──マジで人の気も知らねぇで寝やがったな、コイツ。危機感どっかに捨ててきたんか?」
千空がスヤスヤ眠る私の髪をすき、どうしようもないくらい優しく微笑んでいたことなど知る訳ないのである。
絶賛退行中茉莉ちゃん。
自分の意思関係なしに甘えてしまう茉莉ちゃん。
そのうちほんとのストレスフリーになった時、自分の行動で首が締まりそうな茉莉ちゃん。
楽しいのはパイセンだけですね。
次あたりから原作絡めて、もっかいくらい地獄見てもらわんと。