大丈夫、私は平気。外に出れる。大丈夫、大丈夫。
「……やっぱやめといた方がいいんじゃねェのか」
「──だいじょうぶ」
ここで甘えたら、本当に外に出られなくなってしまう。千空さんがお優しいのはわかっているが、ここは心を鬼にして見守っていて欲しい。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ……」
私はやればできるこ!とは言わないが、それなりに頑張ればやれるだろう。アメリカでもそうだったのだ、頑張ればできるはず。
故に朝から何回も大丈夫と唱えて、扉の前に立っていた。今日から私は、千空の手間をかけさせないで外で朝ごはんを済ますのだ。そうすれば千空の自由時間も増えるし一石二鳥、頑張れ私。
「……ほれ」
「ん?」
「手、繋ぐだろ」
「ん、つな……がない!」
「あ"?」
「もう、つながない」
夜と違って人目がある場所で、手を繋いでいたら千空に迷惑がかかるに違いない。何より千空ラブのルーナがいるのだ、手を繋いで歩く愚行などできやしない。せっかくできたお友達を無くすわけにはいかぬ。
だから私はポシェットからぬいを取り出して、ひたすらムギュムギュして落ち着いた。手が寂しくなったらぬいを掴む、これで大丈夫。
「よし、いく」
大丈夫大丈夫と口にだして、千空が開けてくれた扉をくぐると太陽の光が私へ向かって降り注いだ。部屋にこもっていたせいで目がチカチカするが、すこし歩けばなれるだろう。それにフードを被れば人の目もすこしは削減されるはず。足は若干震えているが、前ほどではない。だから大丈夫なはずなのだ。
「……とりあえず、ご飯はフランソワのところだっけ?」
「──こっちだ」
「ん」
やや不機嫌の千空の背中を追ってみんなが食事するであろう場所へ向かい、私はもう一度大丈夫だと心の中で唱えた。何人かとすれ違ったが知らない顔ばかりで、ありがたい事に私に興味がないのか視線が向くことはない。これならば食堂でも上手く過ごせるんじゃないかと思っていたが、どうやらそれは甘い考えだったらしい。
「千空ちゃーん、今日もご飯持ってく、の?」
「いつもより遅いのだな、せん、くう?」
室内に足を踏み入れてすぐ千空へと声をかけたのはゲンとコハクで、残念な事にその視線は千空の背後にいる私へとゆっくりと移っていく。ゲンがコハクを止めるより早く彼女は私の前に現れて嬉しそうに笑った。
「茉莉じゃないか! 体調はもういいのか!?」
「あー、うん。ヘーキヘーキ」
「なら一緒に朝餉にしよう!!」
躊躇いなくコハクちゃんはそこへ手を伸ばし掴もうとし、掴めたものは私がきていたポンチョだけ。
「っすまない茉莉、軽率だった!」
「……まーよくあるよね、問題ないよ」
本来そこにあるはずの右腕はないし、それを掴もうとしてももう掴みとれることはない。気まずそうに唇を噛むコハクと僅かに視線をずらしたゲンに、そんな顔見たくなかったんだけどなとも言えず私はただ笑った。大丈夫、こんなのアメリカで慣れた事だもの。
今日のご飯なんだろうね、だなんて何も気にしてない素振りで笑ってフランソワから食事を受け取ろうとすれば、それは司に取られて運ばれてしまうし。本当にその気遣いはやめてほしいと願わずにいられない。片手でも運べるよと声をかけても、俺がしたいだけだからと拒否られてしまうし一体私にどうしろというの。
でもまぁ、大丈夫。慣れてるし。だから、大丈夫。
「……ありがと」
運ばれた先で席につき、いただきますと挨拶をして無心に咀嚼。いつのまにか隣にきた千空がいつも通りに私へ向けてフォークを向けたが、ここは部屋じゃない故にそのまま食べるのはやめた。千空の沽券に関わるもの、あーんする千空を見せてやるものか。
おにぎりを一旦皿に置いて、突き刺されたフォークごと奪いトマトを咀嚼しフォークは返した。できるだけフォークも私のを使って欲しいし、あとで話しておくとしよう。
いつもならワイワイ楽しそうに話していそうなメンバーの集まりなのだが、多分私がいるせいで会話が続いていない。
聞きたいことがあるなら聞いてくれた方が楽なんだけどなと思っても、自分から言い出すことはない。アメリカでは自分から話して何人か泣かせてしまったもの、同じ過ちは繰り返さない。
私の今日の目標はここでご飯を食べること。なので食べ終わればミッション終了。だからひたすらおにぎりを咀嚼する。いつもは美味しいと思うご飯の味は、なんとなくわからなかった。
ある程度食べ終わってそろそろお家に引き篭もろうかと食器を片付け始めていれば、おーいとこちらに向けて手を振る人物がいる。
「千空ー! お、今日は茉莉もいんじゃねェか!」
「あ、ずるいんだよ! スイカだって茉莉とご飯したかったんだよ!」
なんで誘ってくれないのだと口を窄めるスイカが凄く可愛くて、とりあえず撫でておく。これくらいしてもバチは当たるまい。癒し枠だ癒し枠。
「ね、ね、茉莉! 今度から一緒にご飯食べられるだよ?」
「んー、そうだね」
「じゃあ、スイカがお迎えいってもいい!?」
「えーと」
そこはどうなんでしょうか千空さん、と視線を向ければいいんじゃねェかと返答。ある意味スイカはひとりぼっち生活が長すぎて、私にグイグイきすぎても邪険にできない。何せ私の中じゃまだスイカちゃんは十歳程度で止まってるんだもの。てか実際一人で過ごした期間が長いんだから精神的にはまだ子供だと思うし、これを邪険にするのは大人じゃねえ。故に子供扱いさせてくれ。
それでね、んとねと私に話かけてくるスイカが現れたからか食器を片付けるつもりがそのままになってしまって、それを見かねた千空が片付けてくれた。そして帰ってきた時にはマグカップが握られており、どうやらここから逃げる選択肢を断たれてしまったようにも思える。
いくら人に慣れるようにすると決めたといえ、初日からこれはないんじゃない?辛たん。
「そういやよぉ、茉莉に聞きてぇことがあったんだけどよ」
「ん?」
「右手にどんな機能つけて欲しいとかあっか?」
「スイカ達、ロケット作り終わったら次は茉莉の手を作るって決めてたんだよ!」
「んあ? ドユコト」
「ねぇと茉莉のしてぇこと全部は出来ねぇだろ? でも手がありゃ出来んだろうよ! ロケット技術を使えばスゲェーのができるぜ!」
「──クロム君、実は楽しんでる?」
「おぅ! 手なんか作る機会、そうそうねぇだろうしな!」
「ちょ、クロムちゃん!? 言い方!!」
まぁね、手なんて作ろうとしないもんだよね。普通に生活してりゃあ尚更。きっと私がいなければ義手なんて言葉をクロムは知らずにいたかも知らない。
彼らからしたら手に大怪我をするイコール死ぬだった可能性もあるし、それを超えて生きてる私はそりゃ珍しい人間だろう。コハクは割と悲観してる方だけどクロムとスイカはキャッキャしてるし、見てる方向が違うようだ。どっちかというとクロム達は私を哀れむより、どうすればまた前と同じ事ができるかを考えてくれている。なんとなくだが、それが嬉しい。
そいや前に誰かが義手でも作ってやるって言って気もするが、あの時は受け入れなかったけどそういう意味だったのかななんて。
てか誰から義手なんて知恵が流れたのだと、隣に視線を移せば──。
「俺じゃねぇ、そいつらが先に言い出したことだ。──要望あんなら伝えとけ。月から帰ってきたら作ってやるよ科学の手をな! どうせいま作ろうとしてもヤなんだろ、テメェは」
「よく、わかっていらっしゃる」
最重要事項は月に行くロケットだもの。そんな暇ないでしょっていうに決まってるじゃん。
でもそれが終わって、月から帰ってきたならまた話は違うのだろうか。ホワイマンとの関係がどうなるかわからないが、悪化して戦争ってなったら困るけどそうならなかったら、まぁ、頼んでもいいのかななんて。
「でも、なんで義手なんて作ろうと──」
「だってワシら、ものづくり友達じゃもん! 茉莉ちゃんだって作りたいでしょ、色々と」
ニッコリと笑って現れたカセキの言葉に、思わず声がつまる。
みんなやらなくていいよと、俺がやるよとか。右手だった場所を見て首を振る人間が多かった中、カセキ達は私をまだ対等に見てくれているのか。友達というには、いささか歳が離れていて弟子ポジがベストな気がするが、まぁそれも嬉しいものである。
「それにアレ! なんじゃったっけ? オートミール」
「オートミール、麦……。あ、もしかしてオートメイル?」
「そうそれ! ワシ、作れちゃうかも!」
「いやそれ、漫画のやつ。誰だよカセキのおじいちゃんに変な知識入れたの」
読んでそうな人間はまぁいるし、元漫画家もいるわけで。多分知識はそっからだな? でもアレ漫画のですからね、そう簡単に神経に接続とか出来ませんて。
「出来ねぇのか、オートミール」
「オートメイルね。機械の鎧って書くから割と頑丈そうだし、どうなんだろ?」
「ま、出来なくはねぇな。一応似たような筋電義手ってのがあっが、今作ろうとすればかなり重ェし、ゴツい」
「うわぁ」
文句は言いたくないが重いのは悩みどころだ。何せ右手がなくなってバランス感覚がおかしくなったのだ。ようやく慣れたところでまた重さの違う手がついたとしたら、訓練が大変そう。
「ククク、金はいやってほどあっかんな茉莉センセェは。金にもの言わして最新式目指してつくったるわ」
「ワァ」
すっごい悪い顔をしている千空とウキウキしながらどんなの機能がいいと聞いてくる三人に、とりあえず肘からロールケーキでたりロケットパンチ機能つけたりするのはやめてとお願いしておく。ハガレンは通じるくせに日常は知らないのか、はたまた存在してないのかは謎だが、んなもんつけっかよとクロムに飽きられられた。解せぬ。
なんだか外にいるのにポヤポヤした気持ちになっていれば、いつのまにか現れたフランソワがデザートをくれた。
「いいの?」
「本日はサービスとさせていただきます」
「……ありがと。あ、おもゆ、助かりマシタ」
アレがなかったら絶対胃がやられてゲーゲー吐いてた気もするし。
小さく切り分けられたスイカをもぐもぐ食べて、視線を感じて振り返ってみれば目頭を押さえたルリ達や仲良くしていたパンづくりチームなんかがいて、どう足掻いても腕がないことはみんなにバレてんだなと色々諦めがついた。
頼むから哀れんでくれるなと願いつつも、とりあえず笑っておく。それくらいしか、できないもんで。
私の名前を呼んだ人たちは大変だったねとか、辛かったね。頼ってねって言ってくれたけど、私が辛いのはみんなと同じことができないことで、足手纏いなことで。頼っていいなら構わず仕事をくれと思うんだけど無理なんだろな。うん、わかってる。だから言わない。大人しくおうちで仕事してる。
胃が徐々にムカムカしてきてしまったが、とりあえず悟られないように笑っておく。
「センクウ、私そろそろ戻るね」
「──おー、任せたぞ」
「んー」
席を立ち手を振って、静止の声など聞こえないふりをしてひたすら家へ向かう。
すれ違った人の中に知り合いもいたかもしれないが、とにかく笑ってやり過ごし、家の中に入った瞬間に腹の中のものぶちまけた。
「っぅえ、つらい、も、いや」
頼むから哀れんでくれるな。私が間違ったことをしたみたいじゃないか。
間違ってない、そう思いたいのに思えなくなる。私がした事は現状を悪くしただけだと、責められている気分になる。誰一人としてそんなこと言っていないし、自分勝手の被害妄想だってちゃんと分かってはいるのに。
「も、やだぁ」
吐瀉物に塗れながら嘆くしかなかった。
その後はなんというか、外に出た弊害なのかやる気が起きなくて仕事がほぼほぼ出来ない状態に陥ってしまって罪悪感だけが増していくし。それなのにお昼頃にはスイカちゃんがご飯食べいくんだよー! っと誘いにきてくれて。
まぁ笑顔作って行ったよね、帰ってきて吐いたけど。本日二度目の掃除と罪悪感。
迎えにきていいよとは言ったけどまさか三食だったかと遠い目をして、夜がきてしまうのをビクビクしながらまった。
流石に夕ご飯は勘弁してくれと祈っていると家の扉が開く音がして、思わず机の下に隠れてしまった。居留守よりタチ悪い行動してんじゃねぇよと思いつつも、今日はお外出たくないと身を潜めていればコツコツと足音が近づいてきて息を殺す。
「──なにやってんだ、テメェはよ」
「せ、せんくーだぁ」
思わず涙がでた。
グズグズ泣き出してしまった私を千空は机の下から引き摺り出すと落ち着かせるために背中を撫で、何があったと優しい声音できいてくる。
なのでご飯を吐いちゃったことと、スイカがお誘いしてくれるのが有難いけど辛いと話せば深々とため息を吐かれた。
「悪かったな、やっぱ夜は俺と食うっつって正解だったな。スイカには朝だけだっていっとくわ」
「すいかはわるくないんだよー、わたしがゴミカスだからわるいんだよー」
「ンなこと言うんじゃねぇよ、テメェはゴミでもカスでねぇんだわ。──飯、くえっか?」
「きょうはいいー、はいちゃうかも」
「なら水分だけとっとけ」
大人しく渡された飲み物だけ飲んで、千空が持ってきてくれたおっきい白菜ぬいを抱えてなんとか落ち着いて。もう情緒のジェットコースターで辛い。
なんでこんなに弱くなったんだと考えればまた涙が出てくるし、何がなんやら。あんなに今日から頑張るぞって気合い入れてたのに、すでに挫けそうである。
「ん"ん"ー」
「ほれ、無理しねぇで泣いとけ」
「ん"ー、せんくー」
「あ"? なんだ?」
手を伸ばし、多分言わない方がいい言葉を私は言った。絶対後から後悔する気もするが、今はそれしか縋るものがない故に。
「ぎゆーしてほしいぃ」
「──ったく、他の奴に言うんじゃねェぞ」
「せんくーとしかしないしぃ」
むしろここには千空しかいないのだがら、他の選択肢はないのでは?
呆れたように両手を広げた千空にのそのそと近づき背中に手を回して、ゴリゴリと額を胸に擦り付ける。不思議と千空にくっつけば落ちつくのはすでに実証ずみだし、なんならデカぬいより効果がある。
「ん"ー」
「よく頑張った。なんなら明日は家から出なきゃいいだろ。無理すんな」
「むりしないとあしでまといだし」
「休むのも仕事なんだよ、テメェの場合は特にな」
「ん"ー」
「スイカがきたら、なんとでも言っといてやる。だから安心してここにいりゃいい」
ぽんぽんと背中を叩かれ、そのまま抱きしめられ。うっかりとそのまま寝落ちしたのは言うまでもないだろう。
でもまぁあれだ、私ってこんなやつだったかと疑問を抱き始めたのは進歩なのかもしれない。
退行茉莉ちゃんとパイセンのやりとりが好きすぎて先に進めない。弱り茉莉ちゃんの需要はあるのだろうか?
まぁ、原作でいうとトータル五ヶ月は一緒に住んでるし、やりとり多くてもいいのか?でも先な進めないと、幸せになれない。なんてこったい。
でも徐々に自分がヤベェ状況だってことは気づき始めた茉莉ちゃんでした。