凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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125 凡人、まだなれぬ。

 

 

 

 こりゃやばい。とにかくやばい。

 ある日の昼下がり、私は一つの問題をどう解決するか悩みに悩んでいた。いつものことならば千空に頼ろうとするのだろうが、こればっかりはいかんとうちなる私が叫んでいる。でもだからと言って他の誰かに頼むのもと悩むこと数十分。今日もなんとなくで乗り切ると決意したのだが、やはりどうにもならなったのである。

 

「せ、せんくー」

「──なんだ」

 

 夜、訓練等で大変お疲れな千空が帰宅した際に、私はそのどうしようもない悩みをついに打ち明けた。

 

「あのね、かみをあらいたくてね」

 

 別にシャワーの際洗っていないわけではない。むしろ今はシャンプーとトリートメントも常備してあるくらいだし、施設は充実してるのだ。洗おうと思えば洗える。だがしかし、そう! だがしかし! 私の稼働範囲は人より狭い。ついでに言えばヌルヌルの手でシャワーを取って蛇口を捻ってと、大変手間が掛かる状態なわけで、何を言いたいかと言えばうまく洗えていないのだ。よって頭の一部が非常に痒い。もう辛い。こんなこと千空に言わなきゃいけないのだ。もー、クソほど辛い。

 

「ひとりで、あらえなくて。でもよくじょういくとみんなみてくるから、いけなくて」

 

 何かいい方法はないかと教えをこうたのである。

 千空はしょぼしょぼになっている私を眺め、少し視線をずらし考えるそぶりをみせた。そして疲れているのにも関わらずちょっと待ってろと私に言い残し家を出る。何かいい案があったのかなと玄関の前で大人しくしゃがみ込んで待っていれば、あっという間に戻ってきて一度私の体調を確認し、外へと連れ出した。

 時はすでに宵時、作業を終えた人たちは帰路についたかフランソワの元で食事でもしている時間帯。そのためかすれ違う人は少なかった。

 一体どこに行くのだろうと手を引かれていれば、足が止まったのは先日案内された理髪店。すでに明かりも消えていて中には誰もいないように見えたのだが、千空はどこからか鍵を取りだしその中へ入り、私もそれに続く。

 

「茉莉、こっちに横んなれ」

「ん? あ、しゃんぷーだいだ」

 

 千空が指差したのは懐かしく思えてしまうジャンプー台で、椅子にもたれ掛かれば髪が洗える代物だ。一体いつの間にこんなものを作っていたのだろうと考えつつも、まぁロケット作るくらいだし、作れるもんなのだと納得。千空に言われるがままゴロンと椅子に横になって、そのまま全てを任せたのである。

 

「おねがいしまーす」

「──ほんと、無防備だなテメェは」

「──? だめなの?」

「ダメじゃねェけど、他所でやんなよ」

「ん!」

 

 目を瞑って、でもなんとなく左手が寂しいのでぬいをモギュモギュしながら頭皮にお湯がかかるのを感じて。千空の指がシャカシャカと私の髪をすき洗ってくれる。どうももとより髪を触られると眠くなりやすい体質なのか異常なほどの睡魔が襲ってきたが、ここはひとまず堪える。必死に耐える。

 

「きもちー……」

「おー、よかったな」

「んー」

 

 シャンプーが終わればトリートメントをつけて、さらに洗い流して。最後にドライヤーといきたかったがそれは使えないとのことで、タオルでガシャガシャ雑に乾かした。そしてあっという間に頭はさっぱりとしたのである。

 宝島でもコハクと千空の髪がしなやかになっていたように、私の髪もツルツルしっとり。久々の感覚に嬉しくなった。

 

「ありがとーせんくー」

「またいつでもいいやがれ、変に虫湧くとやべぇかんな」

「わかた! でもなんでりはつてんこれたの?」

「あ"? あー、鍵、借りてきたんだよ」

「なるほどー」

 

 シラミとかでだすとあいつら勝手に移動して増えてくもんな。今後は恥ずかしがらず千空に頭洗ってもらおう。

 にしてもわざわざお店の鍵借りてまで洗ってくれるとは、全くもってけしからん。もっとやってくれ。頭洗われるの気持ちいから好き。

 

 少し湿った髪は纏めると癖がつきそうだしと乾かす意味でそのまま放置し、お店の鍵を閉めてまた一緒に帰路へ着く。ありがたい事に帰りの道も知り合いと会うことはなかった。流石に手を繋いでるのはおかしいと思ったのだが、途中から離すのは忍びなかったので本当に誰もいなくて助かった。

 

 家につけば遅めの夕食をとって、二人してその日やっておいた方がいい作業を終わらせる。私の最後の仕事はムギュりすぎて毛玉ができてしまったぬいを綺麗にしてから、定位置に戻すことである。これをしないと毛玉だらけの白菜になり、千空にポイだとされてしまうのだ。いっぱいあるから平気だろうと。ま、そうなんだけど白菜が可哀想になるからな。千空みたいな白菜だもの、大切に扱わなくてはならぬのだ。

 

「せんくー、おわたー」

「ンじゃ寝っぞ」

「んー」

 

 灯を消してベッドに入った千空を追って、ゴロンと横になる。最近ではもっぱら千空のベッドに潜り込んで寝るのが日常になってしまった。

 最初は少し困った様子だった千空だったが、昼間に溜め込んだストレスのせいで夜中にうっかり腕の痛みに耐えられなくなった日が二、三度あり、その度に千空の眠りを妨げぬようにと外に出ようとしたのがまずかったらしい。真夜中に一人で外に出るなと怒られたし、いなくならないようにと千空のベッドに詰められた結果がいまである。

 そのおかげか千空の隣で寝ていると睡魔はすぐ訪れるし、今のところ一緒になるようになって幻肢痛は減り、夜中はまずない。

 千空セラピーと心の中で名づけたが、あながち間違いではないだろう。

 

「おやすみぃ」

「おー」

 

 大変恐縮なのだけど、ぬいの代わりに千空に抱きついていれば夢見も悪くない。むしろ悪夢も見ることは殆どなくて、ルーナにはクマがなくなったと褒められた。このまま色んなものが回復に向かっていければいいななんて。

 そうなったとしたら私は、今度はみんなと一緒とやっていけるのだろうか。一歩引いた世界で皆の背中を眺めるのでなく、みんなの、あわよくば千空の隣にいられるようになるのだろうか。

 

「──せんくー、わたし、ひつよう?」

「……百億パーセント俺には必要だな、いてもらわなきゃ困るつってんだろ」

「へへっ」

 

 そうなればいいななんて思いつつ、千空の掌を額に感じて目を閉じる。

 今日も一日頑張った、また明日も頑張ろうと心に決めて私は夢の中へ旅立ったのである。

 

 

 翌る日もまた、当たり前のように千空の腕の中で起きて目を擦る。大体は千空が起きる方が早くて、おはようと声をかければすぐに返ってくるのが当たり前で。

 朝ごはんは大抵スイカが迎えにきてくれるので三人で向かい、そこそこ集まりのいいメンバーでご飯を食べる。最初は気まずかったが今はそれなりに話せるようになったし、初日のような嫌な感じはない。家に帰って吐くこともかなり減った。

 

「じゃあ、また後で」

「気ぃつけて帰れよ」

「ウッス」

 

 訓練に向かう千空に手を振って別れ、私はいつも通りに家へ戻る道を辿るのだが今日は少し違うらしい。

 

「──おい、茉莉テメー、ちょっと面かせ」

「え、なに? え、もっとソフトに持ち上げて!」

 

 目の前に現れたマグマはいきなり私を担ぐと走り出すし、その衝動でうっかり吐きそうになる。前から思っていたが、マグマはもう少し運び方を優しくした方がいい。私じゃなきゃ怒ってるぞ。

 圧迫される胃から必死に中身が溢れないように堪えて、連れてこられたのは今や懐かしいパン焼き広場。何台のもの窯が稼働している場所でもある。

 なぜこんなとこに連れてこられたのかと首を傾げていればこちらに向けて手を振っている銀狼もいて、どうしたのと問い掛ければパン窯が一台壊れたとのこと。

 

「前からヒビが入ってたのは知ってんだけど、いきなり壊れてさぁ! ……茉莉ちゃん、直せる?」

「んー、見てみない事にはなんとも」

 

 そろそろ降ろして欲しいかなとマグマに視線を向けても降ろしてくれなくて、渋々そのまま壊れた窯まで運ばれて。ようやく降ろしてもらった先には一部が崩れている窯が一つ。

 まぁ素人が作って約十五年、そのうち七年近くは稼働してなかったのだ。壊れてもいた仕方がないだろう。

 

「こりゃ見事に壊れてるね。んー、新たに作った方がいいかもしれない」

「えぇー!」

「すまんね、役に立てなくて。でもまぁこの窯だけじゃなくて、他のも壊れる可能性あるだろうかならなぁ」

 

 問題は老朽化だけでなく、稼働率もあるかもしれない。いくら米が手に入ったところで、麦は主食の一種。復活者が増えていけばパンを焼く回数も増えるわけで。そりゃオンボロになってくわな。

 

「確か旧ラボに窯の作り方まとめたのあるはずだから、それ見て作るしかないかなぁ。一応聞くけど、本職の人誰かいない?」

「どうだろ。ねぇー! 誰か知らなーい?」

 

 銀狼があたりにいたみんなに声をかけるも、ここにいるのはパン焼き職人だけだった、無念。

 私が窯作りを手伝えればいいんだけど、煉瓦をこねたり組み立てたりするのはどうしても無理があるし、みんなに頼るしかない。誰かできないかなと小さくぼやけば何人か手を上げてくれて、やってみると言ってくれた。

 

「前の窯作り、俺ら手伝ってたんでやってみます!」

「──ほんと? ありがとう、助かるよ」

 

 にっこりと笑ってみれば別にあんたのためじゃないんだけどね!的な、できるから!やるだけッス!っと体育会系な返事が返ってきた。

 

「俺ら、ちゃんと見てたんで! やれますから! 楽しみにしててください!」

「ん、よろしく」

 

 張り切っているその人物らに激励の言葉を送り、私も一応資料を探しておくねと約束した。

 その後はそこにいても役たたずなだけなので、早速旧ラボへ資料を取りに足を向ける。テコテコと歩いていれば後ろから今度は金狼がついてきて、別に一人でいいよと言っても首を振る。

 

「──前みたいなことがあっては、困るだろう」

「大袈裟だなぁ、別に死にはしないから平気だよ」

 

 多分。殺されはしないだろうし。

 復活者が多くなってきた日本であったが、初期メンバーが、特に司が目を光らせているうちは平気だろう。何せ霊長類最強の格闘王がいるんだよ? うっかり暴力ふるいましたーっていったら、あのイケてるフェイスから恐ろしい攻撃が飛んでくるに決まってる。私に、でなく他の誰にでも暴力をふるえばタダじゃ済まされない。氷月とかモズだったらボコボコで済めばいい方でない? 

 

「茉莉、貴様はもう少し危機感を持て!」

「持ってはいるんだけどね?」

 

 いや、私が人一倍危機感持ってるよ。じゃなきゃ今頃、てか復活してすぐ死んでるんだわ。

 そんなこと言えないからただ黙って旧ラボに向かい、まとめてあった資料の中から窯作りに関するものを用意する。ペラペラと中を確認してみたが、多少紙に劣化はあるものの読めなくはない。

 

「はい、これ。あとは見ながらやるしかないかな」

「……俺に渡されても困るんだが」

「持っていってくれてもいいのだけど。しゃあない、自分で行くよ」

 

 相変わらず私を警護するかのように金狼は後ろからついてきて、それは資料を渡し終えても続いて。結局のところお家に着くまで金狼は一緒にいてくれた。

 そんなに気にしなくてもいいのにと何度言ったところで、反論しかしてくれない。もうちょい気を緩めていただきたいものである。

 

「……そういえば、なのだが」

「んー?」

「返ってきてから、村に顔を出してないだろう? あるみ達が心配していた。時間があったらでいい、顔を見せてやってくれ」

「──わかった」

 

 村に顔を、てか殆ど知り合いも会いにこなきゃ会わないスタイルだったからな。気にしてなかった。

 でもアレだ。お年寄りっ子の私からするとあるみ達に会いたい気持ちもなくはない。前までだったら会いたくないって思えただろうけど、今なら会えるかなって思えてしまう。

 

「センクウに相談してみるよ」

「──頼んだぞ」

 

 家のドアの前で金狼を見送って、姿が見えなくなれば室内へ戻りベッドに突っ伏す。大きいぬいを抱きしめることも忘れない。

 

「んー、なれたとおもったんだけど」

 

 人混みはやはり疲れる。

 それが、いまだに私の感想だったりする。

 まだ私に懐かしむ暇はないらしい。

 

 

 

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