凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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 ドン、とやけに響いた音がしてラボから飛び出してみれば、そこにはモズに組み敷かれ必死に弁解を求めるゼノと、その隣に倒れたまま動かなくなっている茉莉がいた。

 

「茉莉っ──!?」

 

 クロムより先に飛び出したのはスイカで、ゼノを気にするより先に茉莉へ駆けより名前を呼ぶ。けれどその声に彼女は答える事はない。

 くもった声を出すゼノはモズに締め付けられていたが、どう考えても自分がかなう相手ではない。それにクロムには一体何があったのかはわからなかったのだ。

 

 何が起こってこうなった? モズの反乱? 今更になってか? 

 

 一瞬不穏な考えも浮かんだが、モズは静かな声でゼノに問う。茉莉に何をしたのだと。

 

「君が何か言ってあの子、倒れたよね。何いったの」

「ッ──」

 

 この場でモズを止める事は不可能だ。

 クロムは状況が最悪な事を理解し、それ故走った。この状況をなんとかするために、止められる人を呼ぶ事を選択し走ったのだ。

 

「千空ヤベー! 茉莉がッ!」

「あ"?」

「ともかくヤベーんだ! すぐきてくれ‼︎」

 

 何が起こったかわからない。だがモズはゼノが茉莉に何かしたと言っていた。数年間ともにロケット作りをしてきた仲間を疑いたくはないが、少なくとも原因はゼノにあるに違いない。

 クロムが千空達を引き連れて帰ってきたところで相変わらず状況は変わっておらず、むしろ悪化しただけのようにも思えてしまう。

 何故ならばその場面だけ見てしまえばモズがゼノを襲っているようなもの。視線を鋭くした羽京が弓を構え、モズとゼノの間に一本の矢を飛ばす。二人を傷つける事なく飛んでいった矢は壁に刺さり、二人の視線はこちらに向けられた。

 

「千空! 助かった、彼を止めてくれ。何やら誤解が生じているようだ!」

「誤解、ねぇ? 君が何かしたからあの子が倒れたんでしょ? ごめんって謝ってたの、俺聞いちゃってるんだけど?」

 

 物理的に離れた距離は、またもや一瞬で詰まり剣呑な雰囲気が漂い始めた。だがそれを引き離したのは羽京でも千空でもなく、スイカの叫び声だったのだ。

 

「そんな事どうでもいいんだよ! 茉莉が、茉莉が倒れちゃったんだよ!?」

 

 ぐったりとしたままピクリともしない茉莉を抱えてスイカの声のお陰で、皆の視線はモズから彼女に移る。千空は急いで茉莉に近寄り脈を測り、荒い呼吸もあってか何故倒れたのかと原因も模索した。

 記憶を整理してみれば彼女が倒れたのはこれで二度目ではなかっただろうか。あの時は確か宝島でプラチナを見つけて、今思い返せば母親の石像を思い出すきっかけがあったせいで倒れたともとれる。だとすれば今回のコレもまたストレス由来の失神の可能性が高い。

 ゼノがなにを茉莉に告げたかは分からないままだが、原因となったのはゼノに違いない。彼女が謝っていたのなら、尚更そうなのだろう。

 

「──モズ、そっちはいいからコイツを医務室に運んでくれ。スイカ、テメェはルーナ呼んでこい!」

「わ、わかったんだよー!」

「……コイツ、離していいわけ?」

「あ"ぁ、問題ねェ。ゼノ先生にはコイツに何を言ったか聞かねェとなんねぇからな」

 

 本音を言えば、千空は倒れた茉莉と共にいたかった。目覚めた時どんな精神状況かわからないのだ、対処を都度都度変えながら接した方がいい。けれども原因が分からなくては同じ轍を踏むかもしれない。

 ならば優先すべきはゼノの事情聴取。それからでも遅くはないだろう。

 

 渋々ゼノを離したモズは茉莉を抱きかかえ医務室へと向かう。モズを信用してないわけではないが念のために羽京をつけておけば、目覚めたさいに取り乱したとしてもなんとかなるだろう。あえてゲンをつけなかったのは、茉莉が彼を苦手としていると察した千空なりの考慮でもあった。先日村から帰ってきた茉莉がげっそりとしていたのが、ゲンに苦手意識を持っている何よりの証拠だろう。

 

「で、ゼノ。テメェはアイツになぁにいいやがった?」

「おぉ、千空。そんなに怒らないでくれ。僕はただ、彼女を褒めたつもりだったんだ」

「褒めて倒れるわきゃねェだろ。で、なに言ったんだテメェはよぉ」

 

 指を交差し考えるそぶりを見せるゼノに対して千空は苛立ちを隠せていなかった。

 しかしその一方茉莉に対して興味の熱の冷めたゼノは、何故彼女が倒れてしまったのかと考え始めたのである。褒めたつもりであったが、迫りすぎたと言われてしまえばそうなのだろう。けれどあの程度で倒れるとは如何に。

 ゼノがどう思おうと茉莉は過呼吸を起こし、倒れてしまったのは事実だ。とならばこれば血管迷走神経性失神、早い話極度のストレスによる失神によるものと推測するのが一般的だろう。

 それほど彼女にストレスを与える会話だったかとその時のことを思い描き、思い出したのは青白くなった顔と『ごめんなさい』の言葉。

 

 あれは一体誰に対しての何に対しての謝罪だ? 謝る必要なんてないだろう。彼女は千空を、はたまた世界を救って──? 

 

「……千空。もしかして彼女は君に隠し事をしてはいないかい?」

「あ"? ンなこと聞いてどうする」

「もしそうであるのなら、確かに僕は彼女を怖がらせたのかもしれない」

「それはどういうこと? ゼノちゃん」

「つまり、彼女が誰にも触れてほしくないところ。核心をついて暴こうとした、ともいえる」

「──なんつーことしてくれてんだ、テメェは!」

 

 ゼノにとって茉莉が未来を見えていたのならば、それは素晴らしいことであった。この世界で生きるためにコツコツと努力を重ね知識を蓄え、この時代の立役者となったのだから。

 だがしかしその努力が恐れからくる行動であったのならば、また違うものが見えてくる。茉莉はただ生きることに必死だった。ただそれだけ。誰に理解されなくともただ一心不乱に学び、この世界で覚えたことを実践したに過ぎない。ゼノからすればそれだけでも充分賞賛されるべき偉業でもある。

 だが茉莉は『ごめんなさい』と言ったのだ。

 その言葉の意味を考え、誰に向けられたのだと解釈を広げていけば行き着く先はそう多くはない。いや、それしかないと言えただろう。

 あくまで推測の域でしかないが茉莉のその謝罪は、石化された人類に向けられているのではないか。

 そう考えれば、納得がいく。自分は石化せずに生きていて、尚且つ右手程度の犠牲なら誰も恨みもせず憎まない。己はこうなることを知っていて、それ故の代償ならば支払ってもいいと考えたのかもしれない。

 自分だけが知っていて生きているからこそ、今だに石化したままの人類に対しての謝罪。それが全てではとゼノは推測したのである。

 

「Mr.ゲン、それとクロム。申し訳ないが君達は席を外してくれないか?」

「──それは、俺らに聞かれちゃまずいってことかなゼノちゃん」

「いいや、僕としては聞かれても問題はない。だが、彼女はどう思うだろうね」

 

 含みを持った言葉であったが、それは茉莉のことを思ってのことだった。

 少なくとも彼女がソレを隠していたとすれば、ここで多くのものに知られるのはよしとしないだろう。顔を真っ青にするほど、知られてしまう事に対しての恐怖があるとするのならばソレを知るものは少ない方がいい。可能であれば千空にさえも教えない方がいいのかもしれないが、瞳の奥底で怒りを隠す千空に教えないわけにもいかない。何故ならばゼノもまた、我が身が大事なのだ。

 

「──ゲン、クロム」

「……わかった。おいゼノ! ちゃんと千空には話せよ! 茉莉が倒れたわけをよぉ!」

「──千空ちゃんがいいならそれでいいけど」

 

 納得していない様子でありながらクロムとゲンは離れていき、残ったのはゼノと千空の二人だけ。ゼノはこんな場所で話す内容ではないと一室へ移動し、誰もいないことを確認してから口を開いた。

 

「──千空、君は彼女の行動を不思議に思ったことは?」

「……何がいいてぇ」

「目覚めたのは君や僕より先だといっていたね、その事について思うところは全くなかったのかい? そしてよく生きてこれたと感心を抱いたことは?」

「あ"?」

「まるでこの世界に対応するために培われた能力と知識、それを疑問に思わなかったことは?」

「……」

 

 ピクリと千空の眉が動く。

 ゼノが発したその言葉に思うところがないわけではない。確かに茉莉の行動を不思議に思ったことは多々ある。けれどもそれは彼女本来の性質から来たものだと千空は思い込む事にしていた。その方が何かと都合がいい合理的だと判断し、茉莉が"言わない"事柄に対して深く追求することはなかったのである。

 

「こんなことを僕がいうのはおかしな話だが、千空、君を彼女が助けられたことが何より不思議でね。君だってそう感じたんじゃないのかい?」

 

 射撃はやったことない。

 そう言っていた茉莉は見事にスタンリーの狙撃に対処してみせ、千空を庇い撃たれた。千空でさえもいつどこから撃ってくるのかと一瞬で判断して起こした行動も、茉莉は把握していたかのように動いて見せた。じゃなければ咄嗟に作った防弾壁を奪い取ることなどできやしなかっただろう。

 

「千空、彼女は──」

「それ以上、言わなくていい」

 

 それ以上聞かなくとも、ゼノの言いたい事が理解できてしまう。

 未来視なんてオカルトじみたものを信じているわけではないが、確かに科学で証明できない事は3700年前からあった。そしてその能力を茉莉が所持していたとしたら。

 

 千空が司に使ったコールドスリープでさえもそのSF世界の代物で、実用化には至っていなかった。けれども茉莉はそれができると信じていたし、実際メデューサを手に入れた結果司は今も生きている。

 あの時、茉莉は良く信じたものだと思ったものが、それすらも知っていたとすれば……。

 

 いつからだ。

 

 いつからそうだったと記憶を掘り起こせば、全ての始まりはあの日につながる。3744年前の四月。千空が宇宙へいくと宣言したあの日に。

 

 茉莉が変わったのはあの日以降。

 それからはずっと、いずれくるその日のために生き残るための技術磨き上げだ。何度怪我をしても誰かに嫌われようと。

 泣きながらごめんなさいと謝って。

 

 今まで何度も寝言で聞いた謝罪も、今回の『ごめんなさい』も全て同じ。

 きっとそれは、何も出来なくて『ごめんなさい』な意味なのだろう。

 

 あのビビリの泣き虫が、たった一人で立ち向かえる現象じゃねぇ。人類が石化すると知っていたとして、ソレを伝える術もなけりゃ、信じる人間もいない。

 

 幼い頃の、仲が良かった頃の自分にそんなことを打ち明けていたとして、茉莉の言葉を信じただろうか。くだらないと切り捨てはしないだろうが、笑って済ませる可能性の方がまだある。何せ自分はそういう人間だ、きっと茉莉がどんなに勇気を持って伝えてきたとしてそれを本気と捉えていたかも危うい。

 今だってゼノから伝えられ、自身が見て体験した事実があるからこそそうなのかもしれないと思えるもので。あの日あの時の、科学に没頭していた自分が、茉莉の隣に立って手を引いていられたとは思えはしなかった。

 

「それ、他のやつに言うんじゃねぇぞ。ゼノ」

「──その方がいいだろう。彼女はとても、この事実を知られてしまうのを恐れているようだからね」

 

 もし仮に茉莉がさまざまな未来を見えていたとして、彼女はそれを意図的に隠していた。何が起こるかわかった上で行動し、ことの成り行きを見守っていたともいえる。

 

『蝶にならず混沌の中で生きていれる』

 

 そう言っていたのはいつの事だったか。あの時は意味のわからない言葉だったが、今ならそれを正しく理解することができた。

 バタフライエフェクトと呼ばれるそれが起こらぬように、知っていながらもただ見守る事にする。そういう意味だったに違いない。

 

「っとなると、テメェへの誤解はどう解くか……。こんな話できやしねぇし」

「流石に敵視されるのは勘弁して欲しいものだが、語るわけにもいくまい。彼らが気が済むまで睨まれるとしよう。こうなった責任は、僕にもあるからね」

「むしろテメェにしかねェんだよ。あいつのメンタルぶっ壊しやがって」

「こうなるとは思っていなかったのだから、仕方ないだろう?」

 

 ゼノとて茉莉の心を暴こうとしていたわけではない。ただ純粋な興味と未知の能力を持った彼女への探究心の結果が悪い方向へと転がり落ちてしまっただけ。ゼノはいまだに楽観的に考えているように見えたが、一応は気にはしている。何せこう見えても茉莉のことは気に入っていたのだから。

 人伝に聞いた茉莉の所業は素晴らしく、努力する姿勢は大変好ましい。未来を見ながらも驕ることなく進んできた事にも好感しか持てなかった。

 それ故にそのうち打ち解けられると信じてやまなかったし、話し合えば分かり合えるものだと思っていた。

 

 ゼノは知らない。茉莉がどれほどそれを恐れていたかを。

 ゼノは知らない。茉莉にどれだけの傷を負わせかを。

 

 ゼノは知らない。

 ゼノの言葉で傷を負ったのは、一人だけではなかったことを。

 

 

「俺は、アイツにとって必要なのか──?」

 

 そう呟いた言葉は誰にも聞かれることなく消えた。

 

 千空はその後ゲン達にゼノは茉莉を傷つけようとしていたわけではないと、ただ彼女との間に齟齬があった故にこうなってしまったらしいと簡単に説明をすます。内容を伝えなかった事により、今だに警戒をしている人間もいたがそれ以上詳しい話をするつもりはなかった。

 

「アイツにだって言いたくねぇこと一つや二つあんだろ。まぁそれをゼノ先生が踏み抜いてくれたっつーわけだ。これ以上は聞くな。アイツに嫌われたくねェだろ」

「……その説明で、僕らが納得するとでも?」

「テメェらが納得しようがしまいが、他に言えることはねぇしな」

「──はぁ、危険はないんだね?」

「ねェよ、何一つ」

 

 もうこれで終わりだというように千空は目を背け、そのまま真っ直ぐと医務室へと足を向ける。今だに真っ青な顔をした茉莉の様子を伺っているルーナに後は俺が引き継ぐと伝え、強制的に追い出して寝ている彼女の隣に座った。

 時折うなされ声が荒くなる呼吸が、どうしようもなくやるせない気持ちだけを増幅させていく。

 

「──茉莉」

 

 千空は彼女の名前を呼んだ。

 

 返事はまだ帰ってこない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足
ゼノ先生がなんでそこに至ったか。もちろん頭がいい人だし、千空より大人故に柔軟な考えができる。世界を救ったのに何故ごめんなさい?謝る理由は?→石化することを知っていたなら、防ごうと行動することまできたはず。でもしなかった。否,できなかった。それ故の謝罪。と認識。
隠し事をしてたのでは?→もし対面で話していた時、驚いた後過呼吸になって真っ青になったから。別に知られてもいいと思っていたならこうならないよね?と。
ちゃんと大人のなので、これ以上茉莉の心のなかで土足でタップダンスはしないはず。

千空→SAN値ピンチ。だって全部知ってたらビビリで泣き虫な茉莉ちゃんが正気でいられたわけない。だから早々にぶっ壊れてたと認識する。ぶっ壊れてなきゃ、いくらなんでも学業とか人間関係を疎かにしないでしょ。
ついでに言えば,過去の自分に言ってくれてればと考えて。いや、信じたか怪しいな?ってなった結果SAN値ピンチ。だって誰より理解してると思ってたのに、茉莉には頼ってもらえなかったからね。ソユコト。
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