嗚呼、この後先見ずに話してしまうお口を縫い付けてしまいたい。いくら久しぶりの人間だとしても、流石にメンタリストに話しかけるなんて詰みじゃないか。
なんて今更いったところでどうしようもない戯言なのだけれども。
もくもくと焼けた肉を食べながらチラリと左方を確認してみれば確かにそこにメンタリストのあさぎりゲンが存在していて、私の都合の良い夢ではないことが理解できる。いっその事夢であればいいのにと隠れて皮膚をつねってみたが痛みはあり、これがどうしようもない現実だと知らしめた。
夢といえばあの日から良くない夢を、強いて言えば目の前で推したちが無様に死にゆく姿や何故どうしてと自分を責める夢ばかりみるせいか、あんまり寝れていない。それのせいで精神状況が大変悪く、よりいっそうお喋りになっているようにも思えるものだ。
一応本心を隠すために通常の1.5倍ほど笑みを増やしてみるが、相手もニコニコ笑うのでキリがない。
なのでしょうがないと一旦笑うのをやめ、頬の筋肉を緩めてゲンと向き合った。
「んで、あさぎりゲンは何しにここへ?」
おっとまたお口が勝手に。
まぁゲンは有名人だったからわたしが知ってても不備がないと思うが、フルネームで呼ぶのはいかがなものだろうか。だがしかし、あさぎりと呼ぶのもゲンと呼ぶのも馴れ馴れしいし、どう呼ぶべきか悩む。
さてどうしたものかと一人で勝手に頭を悩ませていると、彼はにっこりと笑って言葉を吐き出した。
「俺も石化が解けてから一人でようやく君に会えたんだよー? だから何しにって言われても困るなぁ」
「んな嘘つかなくても……。 司になんか言われてきたんじゃないの? そう言う嘘やめよ、面倒だし」
「えぇ? 嘘じゃないってば」
どう考えても分かる嘘をつかなくても。
私がそう呟くとゲンはさらに笑みを深めた。
ゲンの嘘は私じゃなくても分かる単純なものだ。
私が彼らと離れて二ヶ月程度。その間にツリーハウスもどきと安定した食料採取が出来る様になってきた頃合いだ。けれどもこれは衣類がある事とナイフ系の刃物ができていたからだとも言える。
ゆえに仮にゲンがたった一人で目覚めて生活していたとしたら、それなりに早く目覚めていないと今回の言動とは釣り合わない。
何せゲンは千空と同じく筋肉極小のもやしっ子だ、サバイバル知識は私や千空よりないと考えて、一人で生活できるわけがないのである。
それに何より彼がきている服はどう見ても杠製だとしか考えられないほど綺麗な作りをしているし、それだけの皮が取れるほど狩りには困ってないはずなのに肉を久しく食べてないと言われても信じ難い。付け加えて、手足の傷のなさから一人で苦労して生きてきたとはとてもじゃないが思えなかった。
結果、どう足掻いてもゲンは司から復活させられた人間の一人だと推測がつく。
と、ここまでは簡単にゲンに話してあげるとニコニコと笑っていた顔は急にゲス顔に変わり、私のテンションも上がっていった。
「そこまでわかっちゃうんだ、司ちゃんから聞いてた話と全然違うねぇ。 焚き火がみえたからもしかしたらここに千空ちゃんがいるかなと思ってたんだけど、その話からするとここにはいないのかぁ」
「んまぁねぇ、いるわきゃないよ生きてたとしても。 私、千空に嫌われてるし、ないね絶対」
「そこまで断言できるなんて、なにがあったのさ」
「いや別に、嫌われる行動しかしてないから? 嫌われてる自信はあるけど好かれる自信は全くない、むしろマイナス」
「ジーマーで?」
「ジマジマ」
なんか普通に会話してるけど、これもメンタリストの術中にはまってるのかね?
でもまぁ、会話はいいものだ。今までの暗い気持ちが、すこしは何処かへ流れていった。
それにゲンがここに居るということは司が千空の死を疑っていると言う事で、わたしが知っている知識と変わりない。
ゲンが仲間になる条件をラーメンとコーラだと私の記憶ノートが示してあるが、残念なことにそこのところは記憶が抜けているので確かな事はわからない。ただ一つ分かっているのはゲンは千空の味方だという事だけ。
全くもって中途半端な記憶だと自分を責めたい。
自分の不甲斐なさに一度深く息を吐き出すとゲンはこちらを見てまたにこりと笑った。
何か考えてるんだろうなと私も笑みを返してみれば、またもや笑顔対戦の始まりだ。
いやね、いいんだけどね。
私、ゲンもわりと好きだもの。ゲスい顔も人を騙す顔も、生き生きとしてる顔も、全部好きだもの。だからずっと笑っててくれても構わないんだぜ。
なんて口に出しては言わないが。
「ねぇ茉莉ちゃん。 よかったら俺と千空ちゃんのところ行かない?」
「んー、嫌。 会いたくない」
「えぇー? 千空ちゃんのこと嫌いなの? それに茉莉ちゃんいてくれた方が千空ちゃんを探しやすいと思うんだけどなぁ」
「嫌、絶対。 今更会ったところで千空君にも私にも利益ないし、無意味だよ」
「──でもさぁ、茉莉ちゃんは"会いたくない"って事は千空ちゃんが生きてるって信じてるわけだよねぇ?」
ワォ! 知らぬ間に墓穴掘ってたよ。死んだら会えないのが普通じゃないか。
嗚呼、詰んだ。
「……むしろ、千空君が死ぬとかどこぞのファンタジーよ。 あさぎりゲンの方こそ、すでにわりと千空君のこと好きなくせに?」
こうなったら開き直ってやる、と真顔で返答してみれば、ゲンの怪しい笑顔がぴたりと固まった。
悪いな、ゲン。君のわりと好き発言はノートになくても記憶しているほど良い場面だったのだよ。萌えの本能を甘くみるな。
食事を終えた後、私はゲンをツリーハウスの上へと登らせて寝袋を渡す。今は夏頃だと思うがもやしっ子のゲンに地面で寝る野宿は辛いであろうと判断した結果だ。
そう考えると司はよくゲンを千空の元へ送り出したものだ。どう見たってこの子が一人で夜を明かせるとは私は思えないだけれども、霊長類最強様はそこのところの空気は読めないようである。
「茉莉ちゃんの寝袋本当に借りて良いの? ってか俺と一緒にいてもなんとも思わないわけ?」
「自分より身体面で弱い人間に考慮しただけなのでお気になさらず。 それにあさぎりゲン自体は悪い人間じゃないでしょ、疑うだけ無駄無駄」
「何それドイヒー! 馬鹿にされてるのか信用されてるのか分からない反応!」
「馬鹿にはしてない」
むしろ可愛い可愛いって言わないのを我慢してますが何か?
にっこり笑っておやすみと言い、私は一人空を眺め寝ることにする。うつらうつらと船を漕ぎ始めたとき、不思議と今日は悪夢を見る事はなさそうだと私の中の何かが告げた。
それは多分、ゲンが来たことによる安心感と人と会話した事による満足感。
どんなに強がって生きようとしていたにしろ、気づかないようにしていたにしろ、弱者である私にはこの二ヶ月は辛いものだったのだろう。
「せん、く──」
消えゆく意識の中、好きでたまらない推しの名前を口にしていたなんて私は知らない。
それを聞いてた人物がこちらを見ていたのも、私は知らなかった。
翌る日、太陽が上がり切る前に私は目覚めた。
久しぶりに良く寝たと感じるほどで、背伸びをすると気持ち良い。水筒から水を一口飲み、その後は簡単な朝食の準備をする。
とは言ったものの、昨日取れた肉の残りなのは確定なのだが。
「あさぎりゲン、おはよう。 ご飯お肉だけど食べる?」
「んん……、えっ、もう朝? 茉莉ちゃん、早起きすぎじゃない?」
「日の出と共に行動、これ基本。 その代わり夜は明かりがないから早く寝るんだよ。 電気ができるまではこれが普通だったと君は知らないのかね?」
ちょっと小馬鹿にしたように声をかけるとゲンはドイヒーと業界用語を使って反論してきて、それがすこし心地よく、久々に作り笑顔じゃない顔をした気がする。
その安心感からかうっかり涙腺が緩みそうになったのを気合で止め、焼けたばかりの肉へ食らいついた。
「──ねぇ茉莉ちゃん。 やっぱり俺と千空ちゃん探しに行こうよ。 俺一人じゃ不安だし」
「嘘コケメンタリスト。 でもまぁ、散歩なら付き合ってあげても良いよ」
ハイハイ、絆されましたよ。
いや、ゲンにって訳じゃないけど、ゲンと離れたらまた一人かって考えたら心臓が痛くなったからだ、と言い切る。
いかんせん私の精神的苦痛の方がかなりきていたと今更ながら知ったわけだ。
ゲンと出会わなければなんとか一人で冬を越し、生きていけたかもしれない。
でも人を知ってしまえばそうもいかなくなってしまった。
3年間一人で過ごし、推しと、千空と出会いその優しさに触れて離れ難くなってしまったように、私はまた一人になるのを恐れてしまっている。一人になりたくないと脳が叫んでいる。
「──結局私は何者にもなりきれてない、出来そこないにしかなれないってか」
こんな世界に生まれ生きて、合理的にもなれず自ら運命を変えようともせず、ただ自分の欲のままに、誰かから、誰かの命から目を背け続ける愚か者。
「クッソ笑えるわ」
なんて、軽蔑するように自身を笑った。