はるか昔の記憶だった。
何にもない部屋のベッドに寝ていて、父さんの声で目を覚まして。お母さんが作ったご飯を食べるためにリビングへ向かう。粗食な私のために用意されていた朝食は味気ないものであったけど、私はそれに対してなんとも思っていなかった。だってそのうち文明は滅ぶのだ、これくらいの方が丁度いいとお母さんの苦労にも気付かずに、有り難がらずに食べて。
心配している両親の顔など見ないで己の欲を満たす。
祖父母の家にいるときもそう。近所のおばさん方が可愛がってくれても変わらずに。それが当たり前になってしまって。自分が生き残るための努力だけ積み重ねていった。
私を馬鹿にしてたクラスメイトも呆れていた先生も、みんなどうせ石化しちゃうんだと他人事のように考えて。勝手に私も被害者ぶって。
何もしない私はどちらにもなり得ないのに、いや、何もしない分加害者に近いというのに、くるべき時に死なぬ様に努力して。
その結果にみたものは、ゴロンと転がる冷たい母の首。
石化したから母はそうなった。もう会えないのだと思い込んでいたが、そうではない。そうなることを分かっていながら私は何もしなかった。もう会えなくしたのは私。嫌われるのが怖くて気色悪くおもわれるのが嫌で、親にさえも言えないで。その結果がこれならば、やはりお母さんを殺したのは私に違いない。
変えないことが正しいと思っていた。だから、身内がこうなるなんて考えていなかった。だって記憶には、そんな話なかったから。
何もしないのが正しいとは、今でも思っている。
私がいなくてもお母さんはこうなっていたかもしれない。でも、そうならない可能性すら潰したのは他でもない私でしかない。
そんな私が、人類を救おうとする彼らと同等の価値がある人間になれるわけがない。
ともに歩めるわけがない。
『────』
記憶の中のお母さんは笑って私の名前を呼んだ。
その笑顔に似つかわしくない言葉が、脳裏に焼きついた。
『どうして、助けてくれなかったの?』
そんなことお母さんは言うはずないのに。確かに私を愛してくれていたはずなのに。その言葉が、正しいものだと思えてしまう私自身が憎かった。
ゆっくりと思考は巡りだす。目覚めたくなくとも目は覚めるものだし、逃げたくとも現実から逃げ出す術はない。ぐるぐるとゼノとの対話を思い出しながら覚醒していく脳に、それと同時に苦しくなっていく呼吸。
嗚呼、もうここにはいられないな。なんて今更ながら思っていれば、左手をギュッと握られた様な気がした。
「──茉莉」
誰かが私を呼ぶ。その誰かが分かっていながら理解したくはなかった。
視線だけ動かしその人物を確認してみれば、やっぱりそこにいるのは千空でもう終わりなんだなと全てに対して諦めた私が出来上がる。
きっとゼノから話を聞いてるだろうな、何せ科学の源は探究心。そこにこんな良い題材がいれば話さないわけがない。いつから知っていてどうやって生きてきたか問いただされて、最後はポイっと捨てられちゃうんだ。だって私は、何もしなかった人間だもの。役に立つ立たない以前に、千空の大好きな人類様を見捨てたクズだもの。もう近づくなと言わればそうするしかない。
いっそのこと殺してくれてもいいのにと考えて、それは無理かとまた諦める。どんなに役たたずのゴミであっても、不殺を掲げる羽京がいる限り生かされてしまうのだろう。じゃあどうするかと考えてれば、痛くて怖いけど自殺しかないのかなとも思えてくるもので。一発で死ねるとこを探すしかないのだろう。
きっとみんなは、こんな奴が視界の端に映るのは嫌だろう。だからさっさと、誰もいないところで、気づかれないうちにこの世界から退場してしまった方がいいに違いない。
私はいらない子で、できない子なので。さっさと消えちまえばいい。
「茉莉……」
千空がまた、私の名前を呼ぶ。
もう逃げられないのは分かっているのだから、はっきりその口から罵られればすっぱり全てを諦められる。だから早く終わらせてくれと縋る思いで、千空を見つめた。
でも、おかしいんだ。
どうして、なんで、千空が泣きそうな顔をしているのだろう?
私の存在が許せないのなら怒ればいいだけなのに、どうしてその瞳の奥底に不安な色を漂わせているの?
「茉莉」
ギュッと握られた手はやけに冷たくて、いつも暖かい千空の手とは思えないほどで。
「俺は、必要か──?」
自信なさげに声とその言葉に、意味がわからなくなる。
千空はこの世界に必要だ。必要でしかない。どうしてそんな事を言うのかわからなくて、でも何故か声がうまく出せなくて。それに応えることはできずにいて。
「テメェに、俺は必要か?」
何も答えない私に向けて紡がれた言葉は、更に理解ができないものであったのだ。
私に千空が必要か。それは一体どう言う意味なのだろう。千空の手助けが必要かという事なのか、はたまた死ぬための介錯が必要だという意味なのか。
「……茉莉、テメェが生きていくのに、俺は必要かって聞いてんだよ」
私が無言でいると千空はもう一度てをぎゅっと握り、眉を下げてそんな事を言ってくる。
生きるとは? 生きてていいのか? こんな私が。何もできずに、いや、何もしないで見捨てた私が生きてていいとでも。
おかしい。そんなことあるわけない。だって私はこの世界で生きるに値しない。するわけがない。それも千空の隣でなど──。
「頼むから、そんな顔すんじゃねェ」
私は一体、どんな顔をしているのだろうか。
千空は何も答えない私の手をただただ握り、私はなす術なく千空の言葉の意味を考える。
考えて考えて考えて。でも意味がわからなくて。
たとえ私が千空を必要としたとて、それを享受する未来などないわけで。あっていいわけないわけで、必要とか不必要とか、そんなこと言える立場にいなくて。
でももし。そう、もしもの話。
こんな私が生きていけるのであればと、一度だけ千空の手を握る。たったそれだけのことなのに千空があまりにも消えそうな笑顔をつくるから、私はどうしたらいいのかさらにわからなくった。
「──千空、そろそろいいかしら?」
「……あ"ぁ。念のために言っとくが、勝手にいなくなんじゃねェぞ。わかったな?」
「──」
返事もしようにもカスカスの音しか出なくて、とりあえず頷いておく。約束はしていない。多分、返事しなかったら千空はここを出てかない気もするし、これであっていたのだと思う。勝手にいなくなるな、と言うことは大人しく罪状が決まるまで待ってろってことかもしれないが大人しく待っていられるかはわからない。
千空と入れ替わる形で医務室にやってきたルーナに脈を測られたり気分はどうかと聞かれたりしたが、残念なことに声がうまく出せない。ルーナはそのことに勘づくと千空と同じ様に、眉を下げて不安そうな表情を作る。
どうしてそんな顔をするの。私のことなんて気にしないで。むしろ怒りをぶつけるべきでは?
そう考えたところでルーナは私を責めなかった。
「これ、置いとくね」
手渡されたのは小さなぬいぐるみひとつ。
それをぎゅっと握りしめるとなんとなく落ち着くが、正直なところ逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。千空やルーナはまだ優しくしてくれるけれど、他の人は違うかもしれない。
何故何もしなかったと責められるつもりでいなければ。
そう思っていたのに、ゲンもクロムもスイカも。様子を見にきたと言った杠も大樹も司も、あの氷月さえも私を責めることはない。
何故そんな顔していられるの。なんで何も言わないの。恨み言一つぐらいあるだろうに。
だから私は、カスカスの声で必死に尋ねた。
どうしてと。何故何も言わないのかと。
「……茉莉がゼノに何か言われたんだろう?」
そう答えたのはニッキーだった。
「Dr.ゼノが茉莉を責めたって聞いたけど」
南は不愉快そうにそう言った。
医務室に閉じ込められること二日、どうやらゼノが悪行を働いた様な噂が立っているらしいと私は理解する。
何故そんな噂がたち誰も私を責めないのかと考えて、その答えを簡単に導くことはできた。
ゼノは、誰にも言っていないのだ。私のその過ちを。
どうして言ってしまわないのだろう。言ってしまえば、ゼノが悪者になる必要なんてないのに。私が悪いだけなのに。
度々医務室を訪れるみんながゼノが悪いと口を揃えていうものだが、私の罪悪感は増していく。
違う、そうじゃない。ゼノは悪くないのだと、声を出そうとしても聞き取りにくい音しかしなくて。もう全てが嫌になってしまった。
私だけが助かって生きていて、今度はゼノを悪役にして逃げるのか。そんなこと許されるわけがない。この世界に必要なのはゼノであって私じゃないのだから。
「茉莉ちゃん、どこいくのぉー?」
「あ、ち」
医務室からこっそりと抜け出したと思いきや現れたのは銀狼で、私の後ろにピッタリと付いて歩く。多分逃げられない様にされてるんだろうなと思ったが、銀狼ならばなんとかなるだろう。医務室から然程遠くないトイレ付近まで近づき指を刺せば、銀狼はここで待ってるねと入り口の前に立つ。別に私はトイレに用事があるとは言ってないし、勘違いしたのは銀狼だ。騙したようで悪いと思いつつも、トイレの小窓からスルリと外へ出る。最近また痩せたおかげで小窓から通り抜けやすくて良かったものだ。
一度深くフードを被り、森の方へ走る。復活者が多い今ならば人気の多い今の時間帯ならば、顔さえ見られなければ人混みに紛れるのは難しくはない。
私が勝手に逃げたのだ。だから悪いのは私だ。ゼノは悪くない。何処に行けばいいかは分からないが、とにかくラボにいてはいけない。宇宙に行くのに必要なのはゼノで私じゃないのだがら、勝手にいなくなった人のことなど忘れてくれればいいだなんて。
走って走って走って。
武器一つもない丸腰できてしまったが、これで獣にでも襲われればあっさりと死ねるかもなんて考えて。ただ何も考えずに木の根元に座り込んだ。
頭の中は未だに疑問でいっぱいで、どうしてゼノは私の事を話さなかったのか気になって仕方がなかった。あんなに楽しそうな顔をしてたのに、どうして誰とも情報を共有しようとしないのか。謎でしかない。
ぼんやりと空を眺めて息を吐き、どうしようもないこの感情を嘆いていればガサゴソと前方の草むらが揺らぐ。
そしてそこからピョコっと現れたのは、かぼちゃの様なものを被った女の人。
「──あいたたた、あ、ちょうどいいとこに人がいるじゃん! さいこう! ねね、英語話せる?」
「──ん」
「今頷いたよね? てことは通じてるってことでいい? ちょっと助けて欲しいんだけど! あ、私チェルシー、よろしく! でね!」
彼女とは初対面なはずなのにグイグイくるし、早口の英語で通訳と翻訳を頼みたいとか言ってくるし。
伸ばされたては私のポンチョを掴み取り、あれ?とチェルシーは顔を傾げて躊躇いなくポンチョの裾を捲り上げる。そして中を確認すると一瞬動作が止まり、かと思えば次の瞬間には私を指さして大声を上げたのである。
「もしかしてみんなが言ってた"茉莉"⁉︎ メンタル最高に変態の大好き茉莉であってるー!?」
「──ん?」
メンタルが最高に変態とは、どう言った意味なのか是非とも教えていただきたい。
あと何、大好き茉莉って。意味わからん。誰情報だ、教えてクレメンス。
私,チェルシーもすき。ただ話し方わからないからフワッとします。
そしてGW中は多分更新ないと思います。予定は未定だがど、多分。そろそろお絵描きしたーい。