凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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134 芽生え。

 

 

 見た目も中身も日本へ帰ってた時よりもだいぶ丸くなったものだと、コハクは茉莉を眺めながらそう思わずにいられなかった。

 

 数年ぶりにあった彼女は一目見てわかるほどにやつれていた。コーン街に残った仲間達から話を聞きろくに食事をとっていなかったと聞かされたのは随分経ってからで、日本へ帰国後すぐに千空が茉莉を隠してしまったせいで話しかけることすらできずにいたのも認知できなかった原因なのだろう。

 しかしその対応があの時の彼女には合っていたのだと理解したのと同時に、うっかり間違った反応を返してしまった結果、拒絶にも似た行動を取られてしまったわけである。

 大丈夫、問題ない。繰り返されるその言葉と、表面だけ繕われた貼り付けた笑顔。

 出会った当初はよく見ていたその偽りの姿もアメリカへ渡るまでに取り払われていたような気がしていたが、知らぬ間に出来上がってしまった見えない壁の存在で振り出しに戻ってしまったともいえた。

 それを無念と呼ばずになんと呼ぶのか、コハクは知りやしない。

 

 どうしたら前のような関係に戻れるかと考えて、それでも何もできなくて。

 千空一人に茉莉のことを任せてしまっていいのかとも思考し、結局自分は何もできないのだと悔やむだけ。

 そして何より、それを取り払ったのは茉莉の幼馴染である千空ではなくゼノとチェルシーであったことを知るや、例えようもない気持ちが溢れ出てきたのは確かなことである。

 

 茉莉が倒れたと聞いた時はゼノが何かをしたのかと緊張の糸が張り巡らされ、失踪した際には責め立てる声も上がった。

 ただ言葉を交わしただけで意識を失うとは何事だと怒りをあらわにしたコハクではあったが、茉莉が一貫してゼノは悪くないと言い切っていた為責めるに責められず。自身が司の元で人質になった時も千空の代わりに撃たれた時も、そしてその腕がなくなった時でさえ、彼女は誰も責めなかったと思い出してしまうもので。

 コハクは茉莉にかける言葉も浮かばずに、見舞いに行っても大丈夫かとしか聞けない自分自身が虚しくなったのは紛れもない事実でしかない。

 

 その後は姿を消した茉莉がひょっこりとチェルシーとともに帰ってきた事に安堵し、彼女の表情が幾分か柔らかいものになっていたことに目を見開いて驚いた。つい先日までどんよりと曇っていた瞳はわずかではあるが煌めいていて、いったい何があって何を言ったのだと強めにチェルシーを問い詰めてしまったほどだった。

 

「別に大したことはしてないよ? ただ通訳してもらって、みんなが茉莉が大好きなんだよって伝えただけ」

「それだけ、なのか? 本当に?」

「本当本当! でもまぁ、なかなか信じてくれなかったけど!」

 

 あっけらかんとしたチェルシーの態度に思うところがあったコハクであったが、それよりも先に嫉妬に近い感情が湧き出てくる。

 私の方が茉莉の事を分かっていたのに、それなのに何もしてやれなかった。彼女の気持ちを楽にできたのは私ではなく、チェルシーなのだ。

 そう思えば思うほど、ぽっかりと心に穴が空いたような気持ちにもなる。

 それと同時に茉莉がゼノの元へ足繁く通う姿に、更にモヤモヤと嫌な感情が現れ始めて思わず顔を顰めて。

 何を言われたが分からないが、どうしてそんな風にゼノのそばで笑えるのかと。いったい何が茉莉を変えたのだと気になってしょうがない。もちろんそれはコハクだけではなく、ゲンや羽京といった仲間達も同じ気持ちだったのである。

 

「──千空は、虚しくないのか?」

「あ"? 何がだよ」

「……茉莉の、事だ。ゼノはこうも簡単に彼女の支えになったじゃないか。茉莉が元気になったのは嬉しいが、私は何もできなかった自分が情けなくて仕方がないっ」

「まぁ、コハクちゃんの言うこともわからなくないよねぇ。俺なんかも普通に警戒されてたし、今はちょっと違う感じだけど」

「チェルシーといると笑うことも増えたしね。僕もまぁよかったと思う反面、何も出来ない自分が悔しくはあったかな」

 

 各々がそう口に出し、思い浮かべたのはやつれてしまった茉莉の姿。そして同時に思い浮かんだのはチェルシーとともに帰ってきて、ようやく笑うようになった今の彼女の姿だ。その変化を嬉しく思う反面、よく笑う姿が見られるのがゼノかチェルシーの隣なのが否応なしに気になって仕方がなかった。

 

「──ゼノに対しては茉莉も思うところあんのか一緒にいるんだろ、テメェらがさっさと警戒とかねぇのが悪ぃんだよ」

「それはゼノが茉莉を──!」

「それが間違いだって示すための行動だろうが。よぉく見てみろ、絶賛仲良しアピールで飯食ってんじゃねェか」

「にしても、近すぎない? 茉莉ちゃんとゼノちゃん」

「チェルシーは通訳の仕事があるしわかるんだけど、ゼノとはあまり関係性なさそうだし……。千空はそこんところどう思うの?」

 

 視線の先には仲良く二人並んで昼食を取るゼノと茉莉の背中がみえる。ほんの僅かに聞こえる会話も弾んでいるようで、小さな笑い声も羽京の耳には届いていた。

 羽京としては千空にゼノと茉莉の関係性を不安に思わないのかと、一度は尋ねてみたかった。それ故にこの機会にと言葉を吐き出したのだ。

 何せある意味茉莉はゼノの指示のせいで撃たれていると言っても過言ではない。千空を庇った、とはいったものの、その指示がなければ怪我をすることなんてなかったのだから。あの時千空が陥ってしまった状態も人伝では聞いてはいたし、思うところは何もないのかと不安を感じるのは致し方がないことだろう。

 

「──茉莉にとってゼノは、信頼できる大人、なんだろうな」

「それはどういう──」

「ある意味、アイツがああなった諸悪の根源をゼノはしっちまったんだよ。だからアイツも懐いた。ただそれだけだ」

 

 その千空の言葉に、コハクは何故と首を傾げた。知られたくないこと知られてしまったのならば、普通は嫌われるのではないのかと。それ故にその思いをそのまま口にする。

 

「……何故懐くのだ? 知って茉莉が仲良くしてくれるなら、私だって知りたいぞ?」

「あ"ー、やめとけやめとけ。テメーが知ったところでどうこうできる話じゃねェんだよ。知ってどうにかなんならとうの昔に吐かせてんだコッチは。アイツが意地でも言わねェって事を暴いたのがゼノだった。そしてゼノもそれを誰にも言う気もねェ。だから懐いたって話だ。無理に聞いたら今度こそマジで失踪すっからやめろ」

 

 ギロリとコハクを睨みつけた千空の瞳は真剣そのもので、知ってはいけない何かがあるのだと納得せざるを得ない。

 でもそれならと、疑問を口に出したのはゲンである。

 

「──千空ちゃんは、ソレを知らないの? むしろ千空ちゃんは知っとくべきじゃない?」

「……アイツにあんな顔させるくらいなら知る必要ねェ」

「そう、なんだ」

 

 どこか寂しそうな、悔しそうな顔をする千空を前にしてしまえばそれ以上の言葉は続かなかった。あの千空がそういっているのならば、自分たちも踏み入ってはいけないのだろうと納得するしかない。

 

 

 

「あ、センクウ、とみんな、何してんの?」

「なんでもねェよ。飯食ったんか」

「食った」

 

 先ほどまでの殺伐とした雰囲気は、話の渦中にあった茉莉が現れたことにより消え去った。

 ポヤポヤとどこか気の抜けた彼女がみられるようになったのは数日前からで、モズが面白いものを見たと皆に話していたのは記憶に新しい。ストレスが過剰にかかった結果失声症にかかってしまった茉莉ではあったが、日に日にソレは良くなっておりしゃがれ声が治る日も近いだろうと千空は診断はしている。そのため今ではそのたどたどしい話し方を、治ってしまう前にと聞きにくる者も少なくはない。まぁその代表は主に銀狼であったりモズであったりするのだが、決してバカにしに来ているわけではない故に茉莉自身も気にせずに放っておいているのが現状である。

 

「ん? どったの?」

「なんでもないよー♩」

 

 首を傾げた茉莉の表情はどこかあどけない。

 警戒心がどこにいってしまったのかゲンですら悩みたくなるくらいに、彼女の表情は変わっていた。

 少し前であれば作り笑いが貼り付けられていたいうのに、今やふんわりと目を細めて笑う。それを見てようやく茉莉が帰ってきたのだと認識したものも多かったぐらいだ。

 そう思えてしまうほど、前の彼女の表情は堅かった。

 知らない人物のように、彫刻のように作られた表情の彼女はもうそこにはない。いるのは喜びを浮かべたような温かな笑顔の茉莉で、それを見てゲンも頬を緩めて笑う。心の底からその笑顔を見れるようになって良かったと胸を撫で下ろした。

 

「茉莉! 今日の夕食は食堂に行くのか? 行くなら私と行こう!」

「ん、んー?」

「……行ってこい。俺も後から行く」

「じゃあ、行く」

 

 行動一つ一つに千空の許可をもらう姿も今では見慣れたものであるが、当初は何があったと千空に詰め寄った過去が羽京にはある。

 人に対して警戒を不信を抱くきっかけなど山ほどあったのは知っていたが、全ての行動を制限するのはと何度か抗議もした。けれどその全ては自己判断が鈍っていた茉莉のための行動だと知った今ならば、不満に思うことは何もない。むしろ頑張りすぎな茉莉を思っての制限なのだがら、自分が口に出すまでもないと今では思っている。

 

「じゃあ、私は家、で、書類やる、から。またね」

「あぁ! 夜に迎えに行くぞ!」

「んー」

 

 バイバイと手を振る茉莉は小さく微笑む。

 それを見て口元が歪んだのはコハクだけではなかっただろう。

 

「うむ! 気に入らないことはまぁあるが、茉莉が元気ならいいか!」

「それもそうだね」

「千空ちゃーん、茉莉ちゃん元気になってよかったねぇ」

「……むしろノーテンキになってやがんだよ、アイツ」

 

 ちったぁ警戒しろ。

 そういった千空に対し、それはそうと頷いたのは羽京とゼノだ。

 

「千空の気持ちも、なんとなく僕も分かるね。彼女は気が抜けすぎだ。先ほど舌を噛んで悶えていたよ」

「あ"ー、ルーナにいっとくわ」

「千空。茉莉、この前転んで顔面強打してたよ。一応処置はしたんだけど……」

「それはもう見た。茉莉のヤツ、マッジで気ぃ抜けてやがる。──クソ、目ェ離したら何すっかわかんねぇ」

「──うーん、これはこれで困るのか。茉莉ちゃん、早く元気になるといいね?」

 

 確かに今は元気だ。

 たが気が抜け過ぎている。

 ゼノという秘密を共有できる者の存在が茉莉には大きかったのは分かるが、何がそこまでゼノが彼女の支えになったのかを理解できるものはいないだろう。

 一人で抱えていた"原作"という知識の重圧のせいで、それが知られれば忌み嫌われると思い込んでいた茉莉。それがゼノの行動によって否定され、解き放されたといっても言い過ぎではない。それに付け加えて茉莉の記憶にはないチェルシーの存在が、皆に嫌われていないと客観的に伝えてくる事からもしかしてそうなのでは? と思考できるようになったのも気が抜けてしまう要因の一つでもある。

 つまるところ前のように周りの人間の反応を気にし過ぎず生きていけるように、順応してきているとも言えた。

 

 茉莉が精神的に楽になっていたことくらい、千空にもわかっている。だがだからと言ってそこまで警戒心無くす必要があるのかと問い詰めたいところであったが、生憎千空は"知らない"事になっている故にかける言葉がない。

 

「──頼むから、これ以上アイツにちょっかい出してくれるなよゼノセンセェ」

「善処するよ、一応は」

 

 信頼を勝ち取ったゼノが気に食わない千空ではあったが、それが茉莉にとって必要であったのならば文句は言わない。

 むしろゆっくりとだが確実に、彼女本来の性質に戻っていっているのならば良い事だとは思ってはいる。

 

 まぁ、面白くはないが。その場所に自分がいない事に対し、心底腹が立ってはいるが。

 

「ったく、これだから──」

 

 恋愛脳は。

 千空は非合理的なその思考に困惑しながらも、自身に芽生えていたその感情を認めてはいる。ただ先に進むのにはまだ早いと、目に見えた行動には出ていないだけで。

 好きとか嫌いではなく純粋に、優先すべき事柄から進めていかなければならない。それが人類が生存出来るかどうか、行末を決める者なら尚更だ。

 

 故に自分の私欲など押し込めて、今はただやるべきことを。

 そう決めて、どうしようもなくゼノをやっかむその感情を胸の内にしまい込んだ千空である。




間話だよ。
ちょいちょいゼノずるい。となってるメンバーはいるって話。
茉莉ちゃんからしてみらば何にも言わないゼノ、しゅき。状態なだけ。
元から知ってからね、ゼノのこと。思い出して、彼女の箱推し。だから仕方がないの。推し補正かかってる。
という言い訳です。次事すたんりー出すぞ!
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