ゔ、顔がいい。
私じゃなきゃきっと死んでたぞ千空。そんな見下す顔で私を見るんじゃぁない。これでも反省してるんだ。
眉間に皺を寄せた千空にむぎゅっと両頬を摘まれた状態で、私はただごめんなさいをする。何故ならここ二、三日の間に、転んで怪我をしたのは両手の指の数をとうに超えてしまったからである。多分ぼんやりしていた時に舌を噛んだり火傷したりした数を加えれば倍の数はいく。故に怒られてもしょうがないと諦めるしかない。
「テメェは少しそのポヤポヤ脳を治せ! せめて気ぃ抜くのは家だけにしろっ」
「──ふみまふぇん」
頬を伸ばされながらも、千空の口からポヤポヤという可愛らしい単語を聞けてしまって思わずニマリとしてしまう。これがダメなのがわかっているのだが、緩みきってしまった精神では咄嗟に反応できなくなってしまっているのだから仕方がないのだ。
よくよく考えてみて欲しい。
私は千空をものすごく推して推して推しまくって大好き人間でもあるが、その前に箱推しでみんな好き。そんな人間がみんなに嫌われてないと知って、尚且つ好かれている可能性を前にしてしまったら頬の筋肉を制御できるわけないだろう。推しのこと考えてるとニヤけてしまうなんてオタクとしてのさが。それを抑えていた今までの自分を褒め称えたいくらいだ。
「ったく、また顔に傷つくりやがって。バランス崩しやすいのはわかっけど、もうちぃっと気ぃつけろ。そのうち大怪我すんぞ」
「んー、左手だけで、かばーできなく、て」
「じゃぁ走んのやめろ」
「んー」
転けても手が出れば何とかなるのだ、一般的には。
ただ今の私には右腕がない為、どうしても顔の反面を強打することが多い。それにいくら生活するのが慣れたといっても、バランスを取りながら走ることはまだまだ無理がある。そのためある程度ロケット開発関係が落ちつき尚且つホワイマンとのいざこざも解決した暁には、医療関係者達の協力を得てのリハビリが開始されてしまうそうな。千空もそれに付き合ってくれるらしいが、何ともまぁ申し訳ない。一度は断ったのだけど今後似たようなケースの人間が復活しないとは言い切れない為、被検者として記録も残す必要もあるようで。それなら仕方がないなと諦めた所存です。
ルーナじゃ駄目なのかとも聞いたのだけど甘やかすから駄目とはっきり断られてしまったし、もうどうとでもなれ。
寝る前の日課となりつつある怪我の手当を千空にしてもらい、その後は大きな白菜ぬいを抱いて就寝。となるかと思いきや、深妙な顔をした千空に手招きをされれば私の意思など関係なしに動く身体。
もうあれね、逆らうようには出来ていないらしいのだこの身体。無意識に千空が呼んでるなら行くしかないってなっている、自分の脳と体をどうしかしたい。
「どしたの?」
「あ"ー、一応聞いておくが、スタンリーについてどう思ってンだ」
「すたんりー?」
一瞬誰だっけと頭を悩ませて、その後浮かんできたのがゼノの顔。そこまでくれば芋づる形式で思い出すことはできたが、私とスタンリーの接点は全くといって良いほどないわけで。どう思うと聞かれても特に何とも思っていないと答えるしかない。まぁ、ビジュがいいとは思うが、それをいってしまえば千空さんは百億点ですし。思うところなんて本当にないのである。
「……とくに、は?」
「まさかスタンリーが誰だかわかってねェわけじゃねェよな? テメェ、撃たれてンだぞ?」
「んん? でもそれは、千空を狙ってたわけで、私が、あたりにいった、のでは?」
「──怖いとか会いたくねェとか、アイツに対して思うところは?」
「……べつに? だってあれは、仕方がない行動、でしょ? 方向性の、違いがあった、だけだし? んー、銃はこわいけど、スタンリーが格別こわい、とかはない、よ?」
確かに撃たれたことについては痛かったし、怖くはあった。けどそれは知っていながら突っ込んでいった私にも問題があるわけで、スタンリーが悪いわけではない。むしろ撃つように指示したのはゼノだし、軍人としての責務を果たしただけにすぎない。故に彼に対して恐怖心など皆無。後若干ゼノの幼馴染フィルターがかかってるしね。
でも何故そんなことを聞くのか気になっていると、千空は私の頭をわしゃわしゃと撫で回した後きちんとそのわけを教えてくれた。
どうやらスタンリーを起こす話が出ているそうな。
「──月に行くメンバーは俺とコハク、それと龍水でほぼ決まりだったんだがな。パイロット様が意見を変えたらしい。まぁ、そう言われちまえば効率的に考えてそれがいいに決まってる。だがテメェの事もあっから確定してるわけじゃねェ」
「……じゃあもう、確定だね。私はへいきだし。最優先は月、でしょ?」
「そりゃなぁ」
気にかけてくれたことが嬉しくてニヘラと笑うと、千空も困った顔をしながら笑ってくれた。そしてそのままベッドに押し込まれて背中をポンポンとされてしまう。
相変わらず私をバブちゃん扱いする千空には困ったものだが、そうされてしまうと欠伸が出てしまう私の脳の素直なこと。
「──明日、一緒にゼノんとこ行くぞ」
「んー、わぁた。でもせんくー、わたしひとりでねれる」
「すでに寝そうなヤツが何言ってやがる。それに変に思い出したから魘される可能性もあんだろ、ここで寝とけ」
「んー」
ウトウトと船を漕ぎ始め、千空がそういうのならばそうなのだろうと大人しく目を閉じる。さわさわとぬいを探すも見つからなくて、その代わり掴み取ったのは千空の腕。モキュモキュと握っていればいつの間にか握られ返されて、その感覚に安堵しゆっくり意識を落としていく。
ルーナが甘やかすって言ってるけど、一番甘やかしてるのは千空だと思うんだけれども。なんて口が裂けても言えぬ。
「おや、すみぃ」
「おー」
最近の千空さんは安眠枕です。
きっと昔の私が聞いたら失神するだろうなと思いつつ、そのまま深い眠りについたのである。
翌る日、パチリと目を覚ますとお綺麗なお顔がそこにあった。眉間に皺を寄せていることから、難しい夢を見ているのかもしれない。
人差し指でその皺を伸ばしていると千空は唸りながらゆっくりと瞼を持ち上げ、そこからキラキラしたガーネットの瞳が現れた。
「おはよ」
「……おはよーさん」
背伸びをして起きた千空に続いて私も身体を起こし、大きな欠伸をする。そして今日もまた一日が始まったのである。
衣類を整え千空と共に朝食へ向かい、今日はそのままゼノ達の元へ。そしてそこで昨日千空としたような話をもう一度して、今度は皆んなを集めて正式にスタンリーを起こすと告げられたのだ。
「スタンリー・スナイダーを起こしてパイロットにする……⁉︎」
「タターン♩司ちゃんがゼノちゃんにつきまーす」
みんなの反応を見るにどこにもその情報は出回っていなかったようで、唖然とするメンバーの多いこと。
「うん、名目上は要人のボディガードになるかな」
「スタンが反旗を翻すようなことがあれば、僕は司氏にボコボコにされるだろう。人質でもあるというわけだ」
「なんでぇぇえ⁉︎起こしたらいきなり撃ってくるかもじゃん‼︎茉莉ちゃんも嫌だよね⁉︎」
「ん、別に? ヤじゃないよ? センクウがそう決めた、なら、それでいいかな?」
「スタンリーは軍人だからね、ミッションに則って仕事をしてるだけだよ。今までもこれからも──」
チラリと私に視線を寄越した羽京には問題ないと手を振って、意味深げに私を見てくるゼノには苦笑いを向けるしかない。
すまん、ゼノ。私、この展開知らない。だから君は知ってたんだね! みたいなキラキラした目で見てこないでほしい。一体どこからくるの、その私への信頼感。謎でしかないのだが。
「そーゆーこった。俺らは今から凄腕パイロット様を起こしにいってくる」
「いってら」
「茉莉テメェーはチェルシーと一緒にいろ、いいな?」
「ウッス」
言われなくともすでにチェルシーに拘束されてますのでご安心ください。
もう一度いってらっしゃいと声をかけてスタンリーの元へ向かう千空を見送って、私はチェルシーと共にその場を離れた。彼女は彼女からなりに思うものがあるのか、いつもより口数が少ない。
「ねね、茉莉」
「なぁに?」
「茉莉は、平気なの? こわくない? 撃たれたんでしょ? ヤバいじゃん!」
訂正。全然口数少なくないわ。
「センクウにも、同じこと聞かれたけど、問題ない、よ。それにね、チェルシー」
「なに?」
「センクウがそう決めたなら、私は、それでいいんだよ」
なんてったって、我らが千空パイセンですもの。我が道をいってくれ。
「──茉莉って、本当に千空のこと好きだよね! ラブなの⁉︎やっぱり⁉︎」
「なして君は、そこに飛ぶ? まぁ、好きだけど、みんな好きだよ、私は」
「うんうん! 知ってる! みんな大好き茉莉で、茉莉も皆んなをサイコーに好きだもんね!」
「そーそー」
きゃっきゃっと飛び跳ねて笑うチェルシーに釣られて笑っていれば、後方からクスりともう一つの笑い声が上がった。一体誰の笑い声だと振り返ってみるとそこには羽京がいたのである。
「ほんと、茉莉はチェルシーと一緒にいるとよく笑うね」
「もう私達マブだからね! ね、茉莉!」
「え、いつのまに? そう、だったの?」
「そーだよ! 仲良しじゃん!」
まぁ確かに仲良しですが。
ぎゅむっとチェルシーに抱きつかれていれば、後ろから私へ抱きついてくる人物がもう一人。それはコハクで、少し口を尖られながらも笑っていた。
「何をいってるがなんとなくでしかわからんが! 私も茉莉が好きだぞ!」
「──へへ、嬉しい。私も、コハクちゃん好き」
「!」
「あと、羽京さんも、みんな好き」
にへらと、また千空にポヤポヤしてると怒られてしまうであろう笑顔になってしまえばコハクとチェルシーは力強く抱きついてくるし、中身が出るかと思った。
でも何故か羽京とフランソワが目元を押さえて視線をずらし、銀狼は隙あらば私たちに抱きつこうとしてコハクに怒られてる。
その様子を見てもう一度私は笑った。
なんだ、ここは楽園か?
ほんのちょっと見えてる世界が変わっただけで、色んなものが意味まで以上に綺麗に色づいて見えたのだ。
やっとスタンリー!
そして素直に?限界オタに?なりつつある茉莉さん。