家を出ると決まればやることは山積みだ。
まず初めに荷物の整理。もとより衣類はそれほどなかったが、山のようになっている白菜ぬいの大移動をしなくてはなるまい。仕事として預かっているメモ紙とタイプライターも運んで、あとはチェルシーの部屋の掃除。住ませてもらうけど元々彼女の家だから、荷物はそのまま置いてってもらって私と荷物と分ければいいだろう。
善は急げと家にかけ戻り、荷物を大きめのカバンに詰めていく。コレはアメリカから帰国する時に用意されていたもので、そこそこの大きさはある。ゆえに着替えなんかは全部収納できた。
問題は白菜だ。小さいものならばどうにかなるけれど、中くらいのサイズと大きいのは一度に運べない。かと言って何度も往復するのは手間がかかる。ならばと一度ラボに顔を出し、カセキに片手でも引けるサイズのソリを作ってもらう事にした。ロケット制作の合間に申し訳ないと詫びをいれると、気にしてないと笑ってくれるしマジで神。大好きカセキのおじいちゃん。
「でもコレ、何につかうの?」
「荷物を運ぶ、の!」
「──一体どこへ運ぶんだい?」
カセキの質問に返していればいつのまにかゼノは背後にいるし、そしてその使用用途を聞いてくる。まぁ隠す必要はないしと引っ越しをするんだと伝えれば、それは大層驚かれたものである。
「あの家じゃ手狭に? まぁ、元から単身用ではあるから二人では手狭かもしれないが……」
「ちがうよ? 私だけ、引っ越すの」
「ん?」
「ん?」
互いに首を傾げて見つめ合うこと数秒、ゼノは目を閉じてスゥーっと息を吐いて首を傾げた。
「僕の聞き間違いかな? 君だけが引っ越すと聞こえたんだが」
「そうだよ」
「──聞き間違いかな?」
「ちがうよ?」
なんでそんなに間違いにしたいんだと怪訝な顔をして見せれば、カセキさえもそれはちょっとと私の行動を止めようとする。一体引っ越すことの何が悪いんだと意見を求めてみれば、二人揃って千空に許可をとったのかと詰めてくる始末だ。
「別に、私が引越すだけだし、許可、要らなくない?」
「いるに決まってるだろう? おぉ、丁度いいところに! サイ! 千空を呼んできてくれ! 茉莉がご乱心だ!」
「いや、ご乱心て。どこで覚えたの、その日本語」
拙い日本語で悪いね、と言っていたゼノはどこに行ったの。そして先程はどうもお兄さん、おかげで解決策がみつかりました。
揃いも揃って大袈裟に物事を捉えすぎなのでは? もとより居候してた人間が引っ越すだけじゃないか。そう言ったところで頷いてくれるゼノではなく、むしろコイビトなら一緒にいるべきだと言い出してくるし。誤解を解くにはいい機会だろう。
「それが、間違い。そもそも付き合ってないよ、センクウと」
「今更誤魔化さなくてもいい。周りの目なんて気にしなくてもいいだろう?」
「いや、違うんだって。なんで誤解、するかなぁ?」
「あんなに一緒にいるのに?」
「一緒にいる、のは、私が不安定だった、から。もう大丈夫、問題ない。だから独り立ち、するの。センクウも訓練、大変でしょ、私の世話、してる暇ないよ」
「世話をしているようには見えないね。君を思ってのことだ」
「それは幼馴染、だから! 日本では、そうならないの! 詳しくはスタンリーに、聞いて!」
本当にな!
元を正せばゼノの勘違いから気づかせてもらったようなものだけど、思い込みが激しすぎないか?
互いに自分の主張を通そうとしても暖簾に腕押しで、一向に話は進まない。カセキもゼノ側の意見だし、本当にもうどうしたら良いものか。まぁ私が悪いんだけど、甘えまくっていた私が悪いのだけど。
「──何やってんだテメェらは」
「センクウ!」
「千空聞いてくれ、茉莉がおかしな事を言うんだ」
「ゼノがいうな?」
まるで私の考えがおかしい様に言い出すゼノに憤りを感じながらも、頑張って表情を固める。感情は外に出してはいけない、じゃないと緩み切った頬が制御できなくなる。頑張れ私。
ゼノが私が引っ越すと言い出した事やらコイビトがどうこう言い出したあたりで千空は事情を察してくれたのか、一度私を見て、そして深々とため息を吐いた。
「まぁ、あれだ。あ"ー、まず俺と茉莉はコイビトでもなんでもねェよ。それはゼノ、テメェらの勘違いだ」
「──嘘だろう?」
「マジもんだ。ンで、茉莉。テメェはなんでそうなった?」
「なんで、とは?」
「家を出る経由だ」
「だって、独り立ちしないと、甘えちゃうし、センクウの負担、になっちゃうし、早くなんとかしないと。センクウだって、そう言ってた、じゃん」
「……そうは言ってねェ」
いや言ってたじゃん。ポヤポヤ直せと。
そばに居ては治らないのだ、甘えてしまって。だから離れなきゃならないのだ。
「そもそも住む場所ねェだろ」
「チェルシーが、住んでいいって。使ってないから」
「──っても今すぐってわけにもいかねェだろ。テメェ、風呂とかどうすんだ? 浴場行けんのから? 髪は? チェルシーんとこってんならアパートだろ、人多いぞ? 目立ちたくねェんだろ?」
「ング。で、でも、センクウと一緒でも、目立つし! ゼノみたいに、勘違いする人いるかも! それはよくない、でしょ?」
「別にどーとでも思わせとけ」
「んな、人ごとみたい、に」
どうとでもいいとおっしゃいますが千空さん、みんなそう思っていたらゴシップ記事は売れないんですよ。そう言う情報こそ他人にとっては暇つぶしになってしまうのだから、気をつけるに越した事ないのに。
しかしまぁ、千空の言っている事も理解できる。一緒に住んでるからとラボのシャワー室を使わせてもらえてるわけで、髪も洗ってもらえてるわけで。アパートに住むならば浴場に行くしかない。誰も居ない時間なんてあるか怪しいし、右手が人目に触れる確率は上がるだろう。仲の良い人ならまだしも、知らない人に不憫なものを見る様な目で見られた暁には凹む気はする。けれど、それでも。独り立ちはしなくちゃならない。甘えてていい期間はもう終わったのだから。
「ずっと一緒には、いられないでしょ? センクウだって、訓練大変で、一人の方が休めるし。私は、邪魔したくない」
「邪魔だっていつ誰が言った?」
「言われてない、けど。でも、ひとりでできるもん……」
今までも一人でできたし、一人でできなきゃいけないはずなんだ。そうしなきゃいけないんだ。
ギリっと奥歯を噛み締め目を逸らすと、ゆっくりと伸びた千空の右手が私の髪を乱しそして仕方ねぇなと言葉が呟かれた。
「家を出んのはいい、でも今すぐは駄目だ。少なくともテメェが入るアパートに知り合いがいっか調べて、生活補助してもらえるか打診してからにしろ」
「でも、それじゃあ」
「甘えると、助けてもらうは違ぇんだよ。いつか一人で出来るようにする為に手ェ貸してもらうくれぇならいいだろ。それにそもそも手助けすんのを嫌がる奴らじゃねェ」
「──それは、そうかもしれませんが」
「前のようにしろなんて俺は言ってねェし、誰もそんな事思っちゃいねぇ。出来る事をやってりゃ花丸なんだ。テメェだって苦手なことがあるやつにやれって強制したこたねぇだろ、それと一緒だ。生き急ぐな」
「ハイ、ごもっともです」
「わかったなら一旦この話は終わりだ。詳しくは夜話せ」
「ウッス」
千空さん、何か怒ってらっしゃる?
眉間に皺を寄せて舌打ちでもしそうな形相な千空を恐れつつも、自分の意見は変えなかった。
訓練に戻る千空の背中を眺めながらまた迷惑をかけてしまったと落ち込んでいれば、何処からともなく現れたスイカに心配してるんだよと慰められるし、本当に駄目な人間だと自覚する。引っ越すにしろ報連相はしておくべきだった。訓練中に呼び出された千空の身になって考えてみれば、迷惑行為でしかない。
「茉莉、大丈夫なんだよ?」
「……うん、大丈夫」
情けない。何から何まで、情けなさすぎる。
スイカとゼノ、カセキにご迷惑をおかけしましたと謝り、出来上がったソリを引きながら帰路に着く。道中すれ違った陽には面白いもん運んでんなと言われてしまったが、こちとら死活問題なんだわ。これ以上千空に迷惑をかけて生きる意味とは? とか、考え出したらキリがない。
家に着いた頃にはすでに夕暮れで、今日は食欲がなくそのままベッドへダイブ。部屋の隅っこには衣類を詰めた鞄がぽつんと存在していて、そのままにして置けない為一旦それらを取り出ししまう。いつになるかは分からないが、来たるその日にまた詰めればいいだろう。
そして私は大きなぬいを抱きしめ沈み、何をしたいのかと思考を巡らせた。
第一に考えるのは千空の邪魔にならない事。宇宙に、月に行く為に訓練している千空に負担をかけるのは絶対に駄目なのだ。この先の未来を知らない故に何が駄目で良いか分からないが、下手に関わるのはよろしくはない。それなのに今の今までお世話をしてもらっていたのだがら、この使えない脳みそをどうしてくれよう。
第二に考えるのは私自身のこと。いくら自分にできると言っても限度はある。千空の言う通り誰かの手を借りなければ、今の私は満足に生活ができない。家に引きこもっていたせいで体力も落ちているし、運動量を増やす事も考えに入れておく。
第三に、まぁこれは考えても意味がなさそうだけれどもこれからのこと。みんなと関わりたいと強く思ってしまっている私であるが、何処まで踏み込んでいいのかきちんと考えなければなるまい。前のように線引きをしたところで、きっともううまくいかない。千空を庇った時から私の心は前のように自分中心ではいられなくなっている。というか、みんなが大好きすぎてもう無理なのだ、関わらないで生きるのが無理難題。仲良くしたい仲間にいれて欲しい、そばに居たい。そう願って行動してしまうほどに大好きなのだからどうしたらいいか分からない。考えれば考えるほど底なし沼に沈んでいく感じでもある。
知らない故に自分の行動がどう影響するか分からないが、今更離れるなんて無理ゲーすぎるのだ。
「生きるのって、難しい──」
ぎゅうっとぬいを抱きしめ顔を埋めていると、いきなりわしゃわしゃと髪を撫でられた。勢いよく顔を上げるとそこには呆れた顔の千空がいて、どうやら訓練を早上がりにしてきたらしい。本当に、申し訳ない。
「センクウ、あのね──」
「リストだ、受け取りやがれ」
手渡されたのは名前と番号が書いてある紙で、一体それが何を意味しているのか分からなかった。でも千空は頭を悩ませている私に向かって、それがアパートに住んでいる人間のリストだと教えてくれたのである。
「本来なら個人情報だがな、まぁバレなきゃ問題ねぇだろ」
「ぅわあ、悪い顔してる。でも、ありがとう」
リストに目を通してみれば見知った名前が幾つかあって、アパートに知り合いがいることが確定された。そして二重丸がついているメンバーがいるのはどうしてかと問えば、千空は事前に事情を話し手を貸してくる人間をピックアップしたとのこと。
「テメェにやらせたら遠慮すんだろ、俺から言っといた方がマシだ」
「──ありがと」
行動が読まれている。
千空の言う通り、私はきっとわざわざ手を貸してくれるかなんて聞きにいかないかもしれない。本当に無理ってなった時にだけ、誰かに声にかけた可能性しかない。
「──なんで」
「あ"?」
「なんで、千空は私に優しくするかな」
「……ンなの、茉莉テメェを心配してっからに決まってんだろうが」
「しん、ぱい?」
「その心底理解できませんっつー顔やめろ」
いやだって、理解できませんし。
「はぁー、テメェの中で俺がどんな人間か知らねェけどな、本音を言えば家を出てくのも反対なんだコッチは。人の気もしらねェで予想外の行動ばっかしやがる茉莉様に心臓バックバクだわ」
「なんて?」
「前までは違かったんだよ。テメェは自分本位に動いてた、そうだろ? でも今は構わず突っ込んでくっから、手の届く範囲に置いておく方が安心できる」
「それは、その」
「心境の変化があったのかしらねぇけどな、テメェに怪我されんのは不本意なんだよ。頼むから、一人で突っ走って怪我すんじゃねぇぞ。わかったな?」
「──うん」
あまりにも千空が優しい顔でそう言ってくるから、すごく心配されていたのだとようやく察する事ができた。なんと言うか、まぁ、悪い気はしない。
「だからな茉莉、どうしようもなく無理だったらそっこー帰ってこい。テメェが気づいてねぇだけで寝ながら魘されてる事もまだあっし、幻肢痛もなくなったわけじゃねェ。泣き虫ビビリなテメェにストレスは天敵でしかねぇんだ、一人でどうこうしようとすんな。俺を頼れ、いいな」
「でも──」
「俺が必要だって言ったのは嘘か?」
「……うそじゃ、ない、デス」
「ならほれ、指切りすんぞ。ククッ、嘘ついたら一生茉莉ちゃん呼びしてやっかんな」
「あまりにも非道では?」
互いの小指を絡めて子供のように歌を唄い、それが離れた時少し嬉しくて、でも寂しくてグッと歯を食いしばる。ここでニヤけてしまったら元もこうもない──。
「俺の前では、弛んでていい」
「んん?」
「その顔、やめろ」
頬をむぎゅっと両手で挟まれてグイッと上に持ち上げられて、そのまま綺麗なガーネットの瞳とかちりと視線が合わさった。
「せんくーが、きぃぬくなって、いった」
「外ではな。アパート行っても気ぃ抜きすぎんなよ。抜きたくなったら帰ってこい」
「……わかっ、た」
またそうやって千空は私を甘やかす。君は本当に私に甘すぎだ。激甘だ。それに頼らないように私は生きていきたいのに、それに頼りたくなる自分もいて辛くなる。
離れないと辛いのに、全くもって決心の弱い人間だな私は。
でも、千空の邪魔はしないよ絶対。
だから、千空には気にせず前に進んで欲しいものである。
うん、私頑張る。頑張るしかないのだから。
原作と睨めっこしてて書いてますが、あれ、そろそろパイセン宇宙に行っちゃうのでは?となってる私です。
本格的にラストスパートなので、そろそろこいつらなんとかせなあかん。