ずりずりと空っぽのソリを片手に、もはや懐かしく思えてしまう千空の家へと向かう。夕食はすでに済ませたからお腹は一杯だし、あとは書類をもらえば今日の仕事は終了なのである。
「センクー?」
ドンドンと扉をノックすればややお疲れ気味の萎びたお浸しヘアーの千空が顔を見せ、部屋の中へと招き入れてくれた。これが普通の男女ならば逢引きとかにされるんだろうが、相手は千空さんだぞ。んな心配はない。
たまに揶揄ってくるモズや銀狼はいるが毎回冷めた目で対応していたら冷やかされることは無くなったし、私以外にもここを訪れる人はそこそこいるわけで。
なんというか、私が気落ちしている時はみんなが気遣ってくれて訪れないようにしてくれていたのだと分かるようになってしまった。その節は誠にご迷惑をおかけしました。
「そこにあんの全部なんだが、持ってけっか?」
「モーマンタイ。箱に入れて引きずってく。アパート着いたら誰かに頼むよ」
「──そりゃおありがてぇ」
机の上に山になっているメモ紙をみて、どれだけのクラフトをすればこうなるのだと疑問にさえ思えてくるもので。むしろこの量の文明品生み出したとか、寝る時間は足りているのだろうか?
箱詰めを手伝ってくれている千空の横顔を観察してみればうっすらとクマもできているし、みんなの為に頑張るのはいいがゆっくり寝て欲しい。
「……あ"?」
ぷりすりと千空の頬を突き、そのまま指を目の下の窪みへ沿わせる。千空はその行動に不愉快そうであったが、なんとなく気になってしまったのだから致し方がない。
「クマ、凄いよ。ちゃんと寝てる?」
「問題ねぇ。今作ってるもんひと段落すればあとは隔離生活が始まっからな。バッチし睡眠管理までされっし、打ち上げまでにはどうにかなんだろ」
「まぁ、そうなんだけど……」
千空が大丈夫だというのならばそうなのだろうけれど、少しくらい心配するのは許して欲しい。
無茶だけはしないでねと小さく呟けばわかってるとだけ返事が返ってくる。千空の事だから私生活やロケットの打ち上げに影響するような行動はしないはずだろうけれど、当分会えないせいかムズムズとした、意味のわからない気分になってしまう。言葉に喩えようにも寂しいとは少し違う感情のような気もして、どう言葉にしていいか分からなかった。
「──嘘が本当かはわかんねェが」
ふと千空が手を止めて、窓の外に浮かぶ月を眺めながら言葉を紡ぐ。私はそれをただ黙って眺め、その言葉に耳を傾けるだけ。
「アインシュタインのオッサンが娘にあてた手紙っつーのがあってな、そこには今の科学じゃ表せないエネルギーってのあるって書いてあんだわ」
「ほぉん?」
それでそれでと私も手を止めて同じように月を眺め、たまに千空の凛々しいお顔を見ながら話を聞く。ロケットとは関係ない話であったが、もしかしたら重要な話なのかもしれないと思い、ただただ千空をじっと見つめた。
「あらゆるものを説明し、命にすら意味を与える。人類が長い間無視してきた変数であり、恐れてるエネルギーってのを人間は持ってるっつー話で」
「──んん?」
「正直いって、俺はンなものねェと思ってたもんでもある」
「ほう?」
「……まぁ、なんだ。今更になってその答えを知りてぇと思っちまったわけだ」
「なる、ほど? じゃあ色んなものがひと段落したらそれの研究でもするの?」
ロケット打ち上げでホワイマンと会って。その先のとこはわからないが人生は長いのだ、研究する時間がないわけじゃないだろう。人類が解析できていない未知のエネルギーとやらがあれば、石化を解くことが出来ない人達もどうにかできるのかもしれない。
そういうことなのかと首を傾げて問うと、千空は首を横に振る。そしてゆっくりと月を見ていた瞳がこちらに向いて、私の視線と重なった。
「そのエネルギーがどう作用すんのかはわかんねぇ。だだ、そん時は茉莉、テメェが俺のそばにいろ」
「……なんで? 研究とかならクロムくんとかスイカちゃんがいるじゃん。私、科学的知識皆無だよ?」
「別に知識云々の話じゃねェからな。それにアイツらじゃ研究対象になんねェし、個人的な興味にまでつき合わせられっか。アイツらはもう一端の科学者だ。やりてぇことも出来んだろ」
「──そなの? んー、ならいいけど。センクウの役に立つなら一緒にいるよ」
私なんかで役に立つかなと再度首を傾げていれば、わしゃわしゃと髪を乱された。何をするんだと少し睨みつけてみると、千空は目を細めて優しげに私を見ていてギュッと胸が苦しくなる。
どうしてそんな表情をしているのか察することができなくて、そんな顔をする意味を知りたくて。でも結局、それを尋ねることすら私にはできない。
「よぉく考えて決めるんだな、一生を棒に振るかもしんねぇぞ」
「──考えなくても、もう答えは出てるんだけどな」
「……後悔しねぇように考えろっつってんだよ。わぁたな?」
「……わかった」
ただ千空の言葉に頷くことしか、私にはできる事はなかった。
それにいくら念を押されても、私は千空の役に立つ事ならなんでもやってしまうだろう。でもまぁ、考えろというならば考えてみようとは思う。答えなんてもう既に出てるけれど。
千空は今だになんとも言えない顔で見てくるし、どういった表情を作れば正解なのかわからなくてとりあえず笑っておいた。
「あ"ー、それと、な」
「なぁに?」
「──ちぃっと、うしろむけ。髪グシャグシャじゃねェか」
「センクウが今さっきしたのだが?」
一瞬言い淀んだ千空は私の髪をさらに乱し、纏めていた簪を抜き取る。はらりとちった髪を手櫛で整えると、少し間を置いてくるりともう一度まとめて直した。しゃらんと小さく音を立てたそれに違和感を感じ手を伸ばし触れてみれば、今までものと違ったひんやりとした質感なものが刺さっている。
「あれ?」
「──欲しいもん、何も言わなかっただろ。だから勝手に用意させてもらったわ」
「なんと」
どんなものをくれたのか確認してみたいが、一度付けてしまっては外すのは躊躇われた。何せ今では自分一人で髪をまとめることができないのだ。それにこうやって千空自らまとめてくれたのに、それを外すなんて勿体無い。
どうしたものかと一瞬考えて、そっと手を下ろす。家に帰ってからじっくりと観察することにしよう。
「ありがと」
小さく笑ってお礼を言えば千空も満足そうに笑うし、またそれが嬉しく思えて笑った。
その後はさっさと荷物をまとめてソリへと置き、ズリズリと引きずってアパートに戻るだけ。だったのだが、千空は訓練で疲れているであろう身に鞭を打って運ぶのを手伝ってくれたのである。
「一人で運べるのに……」
「アホか。夜に一人にできねェだろ」
「別に平気なのに」
相変わらず過保護だなと思いつつもほんの少しの時間でも一緒にいれるのが嬉しくて、他愛もない話をして歩く。今日はどんな訓練をしただとかなんのクラフトの清書をしただとか。それ今話す必要ある?と思える些細な出来事を話していれば、あっという間にアパートの玄関まで着いてしまった。
「流石に女子寮に入れねぇからな、誰か呼んで運んでもらえよ」
「うん、わかった。──じゃあ、おやすみセンクウ」
「おぅ、ちゃんと寝やがれー」
「それはこっちのセリフだが?」
こちらに背を向け手を振る千空に私も手を振り、その背中が見えなくなるまで見つめていた。千空がいなくなってから一旦アパートの中へ入り、誰に手を貸してもらおうか悩んでいればそこへちょうど通りかかったのが南。運良く出会えた事に感謝して、躊躇いなく声をかけた。
「ミナミ、ちょっと手ぇ借りてもい?」
「! 任せなさい! こんなものちょちょいのちょいよっ!」
そう言った南であったが、木箱そのものの重さもあるそれを持ち上げるのに力が足りなかったらしくニッキーを呼びに走って行く。私はその隙にソリを専用の場所に戻し、サワサワと新しい簪を触って早く全容が見てみたいなどと考えていた。
南はそれから五分もしないうちにニッキーを連れて戻ってきて、ニッキーは軽々と木箱を持ち上げて部屋まで運んでくれたのである。
「助かったよ、ありがと」
「別に構わないさ! でもまぁ、まだそんなにあるんだね……」
「多分、今後も増えるんじゃないかな?」
「茉莉、アンタも無茶すんじゃないよ?」
「あんたはすーぐやりすぎるんだから! 書類作業は目にくるわよ? 視力落とさないように気をつけなさい?」
「はいよー」
なんやかんやで世話焼きな二人にも手を振って別れ、簡単にメモ紙を整理したのちにベッドへ飛び込んだ。そしてそこでようやく私はソレを手に取ることができたのである。
「きれー……」
前まで使っていた簪は漆が塗ってあったが木製のもので、石化した際に割と風化してしまっていた。気に入ってはいたがあと数年もてばいい方だと思っていたから、これをもらえたのは大変喜ばしい。ものがものでなかったら神棚に飾っておきたいくらいだ。
いや、まて。今まで使ってたやつは神棚にしまえるのでは?
そう思ってポシェットを漁ったのだがそこにははいっていなくて、千空のところに置いてきてしまったのだと気づいた。
推しからもらったものを置いてくるとはなんたる失態。そう思いつつも、代わりに手にしたキラキラとしたそれからは目が離せない。
今までの木製のものとは打ってかわって、今回もらったのは金属、銀を主に使ったシルバーアクセサリーと呼ばれるものに分類されるであろう。それに赤いガラス玉?もしくは宝石の一種が付けられていて、そこからしゃらしゃらとなる飾りがついている。簪のことはよく知らないが、昔の記憶の中にあるしゃらしゃら簪とやらに似ている気もする。
「……忙しいのに」
一人で使うことすらできないのに、こんな綺麗なものを貰ってしまっては髪がまた切れないな。なんて思いつつ頬が緩んでいくのがわかった。
正直に言えば、どんなものでさえも千空からもらえるものは宝物にしかならない。使うのが勿体無いと思う反面、ちゃんと使っているところを見せなければとも思うわけで。
「明日から、これ付けてもらお」
まぁ、これしか手元にないんだけど。
ニンマリと緩みきった笑顔など誰にも見られることがない故に、その日は枕元にその簪を置いて、白菜を思う存分抱きしめて私は眠ったのであった。
旧青い鳥で夢子を描いてくれるかたがいて、テンション爆上がりです。そのため設定資料描きました。はー、供給ウレシ。
さて、そろそろパイセンには動いてもらおうねー。