過ぎていってほしくない時間ほど、あっけなく進んでしまうものである。
私は建物の隅でぼんやりと青空を見ながら、空虚感をただ抱いていた。どうにもやる気が出ない。いや、やる気自体はあるのだが手が出ない、のほうが正しいのかもしれない。これも全て千空のせいだと恨みながら、膝を抱えてさらに丸くなった。
本日は晴天、来るべき十月十四日。千空達が隔離生活を迎えて二週間ほど経った皆が待ちに待ったロケット打ち上げ日。私を含めほとんどの人間が打ち上げ場所である宝島に移動済みなのだが、こんな時でも私は千空と顔を合わせられる自信がない故の逃走中。
何があるか分からないからあっていたほうがいいのは分かる。だがそんな心配はいらないだろうと思っている私もいるわけで、人目につかない建物の隅に隠れたのが小一時間前。
きっとこのまま会うことなくロケットは打ち上がるだろうななんて考えて、私はまた綺麗な空を見上げた。
「おそら、きれぃ」
もはや脳内の幼女が出てくるレベルだ。何もしたくない。
考えるだけ無駄だと知っていても思考してしまうのだから、千空が言っていた『恋愛脳は不合理的』発言は的確に的を得ている。何にも知らない、考えない頃であれはロケット打ち上げヒャホー!いってらー!なんて内心ハイテンションだったに違いないはずなのに。
「はぁ……」
お豆腐メンタルな自分が嫌になる。
別に千空が私をどう思ってようと関係ない、そう思って生きてきたというのに今更そんな可能性を聞かされてしまった私の身にもなって欲しい。どんな顔していってらっしゃいと言えと?何も知らないふりして会ったとして、笑いかけられでもしたらしちゃいけない期待だってするに違いないこのクソ精神。恋愛なんて脳のバグなのだから、私の思考を邪魔をするなと頭を振る。
会いたい、会いたくない。
寂しい、平気。
大好き、だけどそれは求めてはダメなもの。
違う、そうじゃない。私の思いはそれじゃないとグッと心の奥底にしまい込む。出てくるな求めるなと蓋をして、私は幼馴染であり続けるしかないのだから。
「──ったく! こんなとこに居やがったのかテメーは⁉︎」
「ぅおっ⁉︎な、なんでぇ?」
「いいから行くぞ!」
自問自答を繰り返していれば強い力で引き寄せられた体は宙に浮き、ガッチリとマグマの肩に固定される。ジタバタと手足を動かし逃げようとするも、力でマグマに私が敵うわけもなかった。
「なして? え、打ち上げは?」
「だから探したんだろが⁉︎ アイツら俺様にこんな事頼みやがって‼︎」
言わずもがな、誰が何を頼んだか察することはできたので素直に謝っておく。女子は強いよね、しょうがない。だがしかし、だ。別に私なんていなくてもいいじゃないかと思うのだ。
「行かなきゃ、ダメかなぁ」
ボソリとそんなことを呟くど舌打ちをしたマグマは一旦歩みを止め、思いっきり私の背中を叩いたのである。
「イッタァ!」
「うじうじうじうじしやがって! 見てるこっちが腹が立つんだテメェよぉ! アイツと何があったがしらねぇが、さっさと会っちまえばいいだろうが!」
「ぅえー? なんでそんなことマグマさんに言われないといけないんすか?」
「見ててうざいんだよテメェーらは! さっさとくっついちまえ!」
「え、えぇー」
まさかのマグマなの。なんでマグマなの? てかあなたもゴシップネタお好きだったの?
そう思いつつ痛む背中を持ち上げて反抗しようにも、再び走り出したマグマのせいで逃げる隙などなく。そしてまたしてもガッチリと拘束はされていたのである。
マグマは私を抱えているのにも関わらず打ち上げ場所まで走り、私は揺れる背中の上でさらに頭を悩ませた。何せあのマグマにさえもそう思われているのだ、きっと周りの人間の中にもそう思ってる人がいるのかもしれない。そんなの解釈違いなのだから勘弁してほしい。
元を正せばきっと、精神崩壊してて一緒に住み出した私が悪い。あの時はこんな事になるなんてちっとも考えてなかったけれど、ちゃんと考えればこうなる可能性も理解できていただろう。それに加えてゼノが変なことを広めたのも悪い。
いやまてよ、もしかして私と千空は一緒に住んでしまったせいで勘違いしたのでは……?
「──すとっくほるむ?」
いや違うな、でもそれに似たやつがあったはず。監禁した相手が、対象者を好きになってしまうそんなやつ。コレに違いない。だからきっとこんな間違いを犯したわけだし、この簪をくれたのではないか。
そう考え、そうなのだと理解することにした。
間違いを犯す前に気がついて良かったと、深々と息を吐く。これで互いに黒歴史を作ることはないだろう。
「──ッチ!」
「……舌打ちは、ないんじゃないでしょうかね? そんなに怒らなくとも」
背中でため息にも似たものをしたせいか、後頭部付近からマグマの不機嫌そうなぼやきが聞こえてくる。なんで俺がとか、ちくしょうだとか。本当に迷惑をおかけして申し訳ない。
「──テメーは」
「ん?」
「白菜抱いて寝るくれぇアイツが好きなんだろうがっ」
「……なぜそれを知って? え、誰に聞いたの?」
「ハッ、人前で寝てた奴がよく言う!」
いつだ、いつ見られてた。
白菜を抱いて寝てるのなんて……。いや、もらってたな白菜。マグマにも貰ってたわ。
「──あのですね、白菜とセンクウは違うんだよ? 好きと言ってもみんな好きだからね、私! それは解釈違いだよ!」
「んなこと知るかっ⁉︎めんどくせぇなテメェはよぉ! うじうじうじうじしやがって! 茉莉、テメェがンな顔すんのは大体アイツが絡んでんじゃねぇか!」
「してないもん!」
「してんだよ! 見てりゃぁわかんだよこっちはなぁ!」
なんでそこまで私はマグマに怒られないといけないのでしょうか。絶対に君、こういう色恋ごとに興味ない人間じゃん。村長になるために手段を選ばずルリを嫁にしようとしてた時もあんのに、人ごとだと気になっちゃうタイプだったの?人は見かけによらないね。
「あーめんどくせぇ! さっさと千空のとこにいっちまえ!」
「は、うぇ⁉︎ おまっ‼︎」
ポーイと投げられ宙を浮く私。
「見つかったんだね」
「流石マグマちゃん!」
「うっせぇ‼︎」
そして私をキャッチしたのは司で、ゲンは笑いながらマグマを褒めていた。怒った顔をしたマグマはその場からいなくなってしまったし、これ以上口論することは不可能だろう。
なんであそこまで不機嫌なんだと思いつつも司から降りると、今度はフランソワが側にやってきて身だしなみを整えてくれた。
「茉莉様、簪を」
「──え、と」
「簪を、挿しましょう」
「ア、ハイ」
圧が強いフランソワに負けてポシェットから簪をとり出して渡せばあっという間に髪は纏められてしまうし、尚且つ背中を押させる形でみんなが並んでいる列の前の方に移動させれていく。みんなだって近くで見たいから集まったのだからそんなことしなくていいのにと思っても、私を見つけて手を振ってくる杠達には敵うはずもなく。
「茉莉ちゃん! こっち!」
「おぉー! 間に合ったんだなー‼︎」
「……おかげさまで」
最前列に配備されてしまったのである。
ロケット発射準備を進めている施設はゴウンゴウンと音を立て、ビニールで区切られた通路に三人が現れたのはそれからすぐのこと。本当に時間ギリギリに間に合ってしまったのだなと、少しばかり緊張すらしてしまう。
重装備の宇宙服に身を包んだコハクにルリが声をかけ、スタンリーへゼノがシガレットを模した噛みタバコをプレゼントして。ビニール越しで司とコハクが、スタンリーと龍水が話しているのを私はただ見ていた。
ふと誰が小さな声で本当に大丈夫なのかと漏らす。その不安を拾った千空が宇宙での死亡率は五%ほどだと言い切るが、思っていたより高い数字にスイカは今までみたいにロケットが失敗したらと言葉をこぼした。
「大丈夫、大丈ー夫! ジーマーで♩」
周りにいたみんなも今更ながらそれに気づき顔色を悪くするも、ゲンが悪い顔で大丈夫と言い切った。万が一の時は散らばった破片集めてくっ付ければいいと、コレまた恐ろしい発言も飛び出したがそう思わないといられないってのもあるのだろう。
「失敗などしない! 万に一つそうなった時は俺が何十年かかろうと石片を集めてみせる! そして杠が必ず組み合わせる!」
「ククク、テメーら地道組ならマジでやりそうだ」
「やりそう、じゃあないぞ千空。必ずだ! 必ずそうする!」
「……あ゛ぁ、かもな」
うっすらと瞳に涙を浮かべた大樹と杠の隣で、私はそれを見て笑った。
相変わらずおさなな組は尊いと心の中で拝んで、それから千空へと視線を向けたのだ。
「センクウ、あのね……」
何言ったらいいかなんてわからない。気の利いた言葉なんても言えない。
私に言えるのただは一つ。
「お土産は月の石がいいな」
「──他にいう事ねェのかテメェはよ」
「んー、だってセンクウは帰ってくるでしょ?」
未来を知らずとも、私はそうなるのだと信じている。否、信じるしかない。それだけが私の取り柄でもある故に。
「ブレねぇな、相変わらず」
「私以上にセンクウを信じてるのって百夜さんくらいだよ、きっと。だって、そのおかげで今があるんだからねぇ」
宇宙から陸地を選ぶ時、ゼノがいるアメリカや他の国周辺を選ぶ事だってできたはずだ。それでも百夜は他のどこでもなく千空のいる日本を選んだのだから、千空に全てをかけたと言ってもいい。
だからこそ私もそれに倣って、千空にその全てをかける。ただそれだけ。
「──よく、考えとけよ」
「ん?」
「研究」
何がとは言わずとも、それは千空が言っていたアインシュタインの残したエネルギーの事だろう。
わざわざそんなこと言わなくても人生賭けてお手伝いしてあげるのになと思いつつ、私はわかったとだけ答えたのである。
「あと」
「なにー?」
「それ、似合ってんぞ」
「……あ゛」
トントンと頭指差す千空に思わず変な声が漏れた。
忘れてた、わけではないがそうであったと。
この問題もあったのだと思い出し目を逸らしたものの、クククと愉快そうに千空が笑う声が聞こえればもう一度変な声が出てしまう。本当に勘弁してほしい。
「じゃあな、行ってくる」
「いって、らっしゃい」
一度こちらを見て笑った千空を見送って、私はブラブラと打ち上げまでの数時間を一人で過ごした。
クロムやスイカは司令塔に行ってしまったし、大樹や杠とはなんとなく側に居づらい。何せ研究とか簪のことをやんわりと聞かれてしまったのだ。ちょっとだけ涙ではないもので杠の瞳が光ったのを察して、見ないふりをして逃げてきたってのもある。問い詰められたくない。
少しずつ太陽が傾いて、ロケットの上層部で何度目かわからない緑色の光をみて。
そして鼓膜を揺さぶる音を立てながら、千空達を乗せたロケットが打ち上げられたのを私は一人で眺めたのだった。
うだうだするのは茉莉です。パイセンは色々やって一時的にスッキリはしてる。ホワイマンなんとかしたら行動するけど、自覚はさせておこ。くらいな感じには思ってる。
あと余談だけど、本編には書かないけど、察した人いるかもだけど。
別に茉莉ちゃん好きなのはパイセンだけじゃないって話。
ストックホルムと逆の症状はリマ症候群っていうらしいです!
でも大丈夫!自覚したのお世話前だから!ちっこい頃の初恋思い出しただけだからぁ!