あまりにもズル賢い考えだったとは理解しているが、何も言わずに月に向かうわけにもいかなった。ほんの少しでも茉莉がその意味を知り考えてくれれば良いと、一方的に思いを投げつけてきたともいえる。
千空は宇宙船の窓からぼんやりと外を眺め、その青い星に置いてきた一人の女の顔とそれに連なる日々を思い出していた。
「茉莉ってね、サイコーに、そして変態的に千空のこと好きすぎるでしょ」
「……は?」
ロケット制作中にそんなことは態々千空に伝えにきたチェルシーは、少し困り果てた顔をしていた。それ故に何を言っているのか理解するのに、千空は多少の時間を必要としたのである。
「だからね、茉莉は千空のこと好きすぎるんだって。あんなふうに思われてるなんて、千空はどう茉莉に接してきたの? 気になりすぎて夜しか寝られないんだけど!」
「はぁ?」
言っている意味が理解できなく眉間に皺を寄せていると、チェルシーは千空の隣に腰を下ろし言葉を続けていく。どうしてあんなふうに想われているのと、千空はどうしたいのと。
「普通はさ、誰かを好きになったらずっと一緒にいたいって思うじゃん。私を一番にしてってなるじゃん⁉︎茉莉にはそれがないんだよ! もう! 他の誰かと千空がくっついても茉莉は千空が幸せならそれで良いんだって! もーわけわかんない!」
「──それ、誰が言ってたんだ?」
「誰って茉莉だよ! だから独り立ちするって言って聞かないんだもん! 千空のカノウセイ? 潰しちゃダメなんだって! 千空からグイグイ行かないと茉莉は千空から離れていっちゃうよ⁉︎いいの?」
全く意味がわからないとでも言うように、チェルシーはそんな顔を千空へと向けていた。千空も千空でチェルシーの言葉の意味をどう受けとるか頭を悩ませた。その言葉を率直に受けとるのならば茉莉は自分を好いてはいるが、自分が幸せになるのならとその思いに蓋をする。幸せならばと他の人と結ばれても反論などないのだろう。
もし仮に自分がそうなってしまったらと考えて、千空は目を伏せることしかできない。
俺だったら、それを容認できるか?それで良かったと笑っていられるのだろうか?誰かの隣で幸せそうに過ごす茉莉の前に、不満を漏らさない確証はない。きっといつまでも引きずって、隙あらば引き離そうとするはずだ。
何故ならば自分にはきっとそれが出来てしまう。茉莉は他の誰かよりも自分を選ぶという考えが、今までの経験上出来上がってしまっていたから尚更だ。
もし千空がこの感情を自覚する前であったのならば、また違った行動が取れただろう。それこそ茉莉と同様に博愛の精神で、彼女の幸せを願えたかもしれない。
けれどももう遅いのだ。その思いがなんたるかを知っている、隣にいる自分を思い描けてしまう。今更誰かに奪われるなんて、許せるわけがない。
「──他にアイツはなんて言ってた」
「そうだねぇ……、あ! 千空と自分の好きは違うって言ってた! けどどうなの実際?」
「あ"ー、まぁ、ちげぇな」
きっと自分の思いはそんな純粋で綺麗なものではない。曲がりくねり寄り道をし、ようやく辿り着いてしまえば全てを欲する厄介な感情故に、彼女への執着はそれは酷いものだろうと自覚している。今は優先すべき事柄があるから茉莉が離れて暮らしていても平気な顔ができているが、正直に行動していいと言われてしまえば連れて帰る自信しかない。目の前に彼女がいない生活など、もはや不満でしかないのだから。
そう考えて、自虐的な笑みを作る。チェルシーが言っていたことが本当ならばこのままではどう足掻いても同じ土俵に上がることはないのだろう。ならばしのごのいわず、行動するしかない。
優先事項は変えずとも、茉莉を自覚させれば良いだけだと舵をきった。
「……一つ、頼みがある」
「なに? どんなこと? あ、今更家貸さないとかは無理だよ?」
「違ぇよ。今の日本なら鉱石の一、二個取れんだろ。──ガーネット、頼めっか?」
「──何に使うの?」
「あの無自覚タラシに使うんだよ、そろそろ自覚してもらわねェとな」
「いいね! 面白そ! サイコーじゃん!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるチェルシーに呆れつつも、千空は確かにこの時に、その想いを告げると決めたのである。
それからは訓練の合間に必要な素材を集めてはソレを作り、また加工し。僅か数日でチェルシーから届けられたガーネットを取り付ければ、簪は早々に完成してしまった。何故それにしたかと問われれば、どこからかそれを贈ることの意味を聞いたからにすぎない。
いつ何処で誰にかは覚えていないが、確かに簪を送るのには意味があるとそう言っていた。初めて贈った時は意味など知らなかったが、今となって思えばその頃からソレは目的を果たしてはいたといえるだろう。
あとはいつそれを手渡すかが問題であったが、それも難なくクリアできた。皆の要望の品をクラフトした際に、ついでに作ったといえば茉莉は躊躇いなく受けとってくれたのである。
ただ一つ問題があるとすれば、きちんと言葉で好意を伝えられはしなかった事だろうか。直前に本当にそれでいいのかと、縛り付けても良いのかと脳で誰かが囁いた。
失敗する確率は低くとも、打ち上げ時や宇宙での死亡事故は少なくはない。もしここで思いの丈を伝えたとして、万が一のことが起こってしまえば茉莉はどう思うだろうか。一生自分を引きずって生きていくのも悪くはない、けれど辛い思いをこれ以上させるのはとも考えてしまったのである。
その結果千空は思いを伝えるのをやめた。そして茉莉が気づいてくれることに賭け、もう一つ、用意しておいた話をしたのである。
それはアインシュタインが娘に宛てたとされる、愛についての話。どんなエネルギーも愛には勝てないと、愛こそが動力だと以前ならば呆れて笑っていたものでもあった。けれど今思えば百夜が血のつながらない息子、千空へ向けた無償の愛もまた、ある種のエネルギーともいえるのだろう。そうでなければ3700年もの間、語り継がれた百物語も系譜もなかったかもしれない。そこにいない息子を思ってプラチナを集める事も、愛と言わずになんと呼ぶべきなのか千空には分からなかった。
だからこそ知りたいと思ったのだ。愛こそがエネルギーだというのならば、今の自分がそれを向ける相手は一人しかいない。大樹や司、ゼノや杠たちは向ける友愛も確かにあったが、一番の想いは彼女に向いている。その想いが伝わり繋がった時、自分はどれほどのエネルギーを手に入れるのだろうか。
何も知らずに研究を手伝うと即答した茉莉に良く考えろと言いつつも、全てを理解してもなおそう言ってもらえたならばと期待するしかない。
宇宙へ飛び立ちかつて父が見た景色を網膜に焼き付け、千空は想いを馳せる。全てを終わらせて地上へ戻った時、そこにいるであろう彼女の答えに期待しながら。
「──千空、そろそろだ」
地球を出て、ロケットを完成させてから約三日。ようやく辿り着いたその場所で千空は一度気を引き締めた。今は目の前の事柄に集中しなければ、次のステージには進めない。恋愛にうつつを抜かすなんてあってはならない事だ。
「月だ。本当に、ああ、こんなにも近くに──」
石化から解かれたコハクと龍水とともに、月の裏側へ向かうための準備を始める。裏側に入ってしまえば地球からのサポートを受けることはできず、自分たちの手で遥かなる宇宙を航海するしかない。
「着陸するメンバーだが、航海不調で片道特攻のケースに備え、月着陸船の定員は三人のはずだ」
「あ"ぁ、科学屋の俺が司令船に残って──」
「いや、司令船には俺が残る。新世界ストーンワールドの科学者代表として千空、貴様は月面へ行け」
龍水は月に降り立つ名誉よりも司令船を一人で操るトロフィーが欲しいといいきったが、果たしてそれは本心だったのだろうか。
けれども龍水がそういうならばと千空は頷き、スタンリーとコハクとともに月へと降り立った。地球ではゲンを主導に月に降り立って最初の言葉は考えた?などとなかなかおもしろい話が飛び交い、雑頭とされる大樹がかの有名なアームストロングのセリフを叫ぶ。流石に聞いたことはあったのかと笑みが漏れるとともに、次々に上がる大喜利にも似た台詞たちに呆れもしてくる。実際に何か決めたのかと問いかけたゲンには何も決めてないと、そして二十世紀と今では月に降り立つ意味もまた違ってくるのだと返すだけ。
「人類の未来を賭けて新科学に足ブチ込む、勝負の一歩だ! 『唆るぜこれは……‼︎』」
そのセリフを聞いた彼女が一人悶えて苦しんでいることなんて、千空も他の人間も知る由もないだろう。
原始世界から一歩一歩科学と文明を築きようやく辿り着いたその場所で、感動する暇もなく向かうのはホワイマンのもと。用意された武器は少なくネットを飛ばし爆発をするネットガングレネードに、カプセルに詰められたメデューサ。それだけが千空たちの武器だ。石化光線は回復にも使えるため、使用しない手はない。カプセル内は空気が詰められインカムの音声で起動することは可能で、いざという時はホワイマンに投げつけ石化させてしまえばいいだけでもある。
そんな考えのもと千空たちは四足バギーに飛び乗って、ホワイマンらしきものが観測された場所へと向かったのである。
『目的地はタウルス・リットロウ渓谷!』
『月のうさぎの首らへん〜』
そこに敵がいるのならば月面移動は丸見えだと噛みタバコを咥えたスタンリーがいい、その後方の席ではコハクがかつてアメリカが建てた星条旗を発見する。
「ククク、妙ーな話じゃねぇか。このだだっ広い月面でよ、偶然には必ず合理的な理由がある」
「敵、想像すんな。思い込みでやられんぜ。行って実物、見んしかねぇのよ──」
敵を想像してしまえば、実際に会ってしまった時の対処がおくれる。それは軍人だから指摘できることでもあった。
千空たちを乗せたバギーはかつての栄光を後にして進んでいく。そしてコハクの無線に千空の指示が届いたのである。
「カプセルメデューサを開封してください」
「? どうしたのだ千空、突如めっぽうあらたまって」
まるで他人行儀な話し方に違和感を抱いたコハクであったが、急いで開けろと言われてしまえば従うしかない。
不審に思いつつカプセルを開けようとしたその時、コハクの手首を掴んだのはスタンリーだった。そして千空は目を見開いて驚きながら、何の話だと、スタンリーもまた千空は何も言ってないと告げた。
カシュとカプセルが開く音とともに聞き慣れた千空の声に似たソレが、『開いてくれてありがとう』と意地の悪い礼を言った。つまりのところその指示は全て、ホワイマンからの通信であったのだ。
「投げろ、コハ……」
千空が言うまでもなく全てを察したコハクはバギーを蹴り飛ばして舞い、高々とソレを宙に投げ捨てた。そしてそこから溢れたのはあの忌まわしき緑の光。一歩遅ければホワイマンと対面することなく、千空達は石へと変えられていたのだろう。
「ハ! そしてついにお目にかかれたな! これが禍々しき黒い染みの正体というわけだ──!」
コハクが指を刺した先には黒々とした人工物が蠢き合い、そして──。
「──そうか。全部やっと繋がったぜ謎がよ!」
数千年前のあの光。地球人類を石化させた張本人はそこにある。
「ずっと、ずっといたんだな俺らのすぐ側に──。テメーだったのか、ホワイマンは……‼︎」
3700年もの月日を用いて、漸く人類はそれと対峙することとなったのだ。
タイトルは某米氏の歌詞なんですけどね、三千年前のこの現象が起きなければと思ってる人間もいそうだなと思いつつ。そして尚且つ石化しなければif話のように茉莉ちゃんは苦しまなかったんだよな、という千空の隠された感情です。
今回は夢とは言えない話なのだけだ、これ書かないと進めないのでね。
そして旧青い鳥でFA if漫画もらってテンション上がったので独自設定のFAの FA小説書くね。うれぴ。