「千空ちゃんVS司ちゃんでどっち勝たした方がオイシイのかなぁ? 俺はそこしか興味ないからさ、君らも本命はどっちが好みよ?」
千空率いる科学的アイテムで発展はするが労働が過酷の化学王国。対して仕事は楽で男には嬉しいハーレムが作れる司帝国。女にとっては旨みのない条件なので結局は私は千空派になるのだけれども、もとより推し贔屓があるから無意味な選択とも思える。
ハーレムという言葉に興味を示したスイカをゲンから遠ざけてチラリと視線を送ると、遠い目をしたゲンと今にもゲンに襲いかかりそうなコハクの姿があった。
「あさぎりゲンと言ったか? 貴様のように薄っぺらで身勝手な男はやはり殺すか幽閉するべきだ」
「やあ怖! ちょっと茉莉ちゃんも引いた目で見てないで助けてよ!」
「んー無理かな。 うん無理」
「こいつ司んとこに返さなかったらご本人降臨でソッコー詰みだろが!」
対人戦を私がするとか思わないでいただきたい。それに何よりコハクが本気で殺しにかかったら既にゲンは死んでいただろうし、まだ対話の余地があるのだから気にすることもないだろう。
嘘かほんとか分からないが怯えるゲンに他所に千空は笑い、そして100億%科学王国へ入りたくなる理由があるから安心しろと断言した。
何だろうと小馬鹿にするゲンに対して落とされた爆弾は、それこそ核の如し威力だったのだろう。
「発電所」
ピシリと空気が凍り、流石のゲンも声も若干震えているようにさえ感じられるほどだ。
「ジーマーで、イッちゃってんの?? いや、無理ゲーすぎるでしょ!!」
「──だから覚悟しとけって言ったのに。 あれくらい簡単にいうのが千空君だと覚えておきなよあさぎりゲン?」
「いや! 何で茉莉ちゃんはそんな普通の顔してんの? え? 驚く俺がおかしいのかな?」
「うん、おかしい」
いやだって何様推し様千空様だよ。神だよ。3700年とか数えられちゃう人間だよ。脳の作りが違くてもおかしくはないでしょう。
ため息を吐いてゲンを見ると俺がおかしいのかなと頭を悩ませるメンタリストが目の前にいて、ウケる。
けど顔に出すことはしない。
さて、製鉄も終わったとこだしさっさと帰るかと踵を返したところで、上空から目が痛くなるほど眩しい光が降り注いだ。それは現代人ならよく知る雷ではあるが、この村ではまだ『空の怒り』と呼ばれているほど馴染みのないもので、皆一斉に家のある方へと駆け出し逃げ出した。
なので私もバレないように紛れて駆け出す。
ゲンにさよならは言えなかったが、どうせ春になれば会えるだろうとは思っているし寂しくはない。
それに何より私がここにいても出来ることはないし、言ってみればいてもいなくても一緒なのだ、居ない方が問題は起きることはないだろう。
推しの元気な姿も見れたことだし、ほんの少しだけだが澱んだ気持ちも晴れた気もする。
だから当分さよならだ。
うっかりこぼれそうになる涙を堪えて駆け出して、何処かに雷の落ちた音だけを聞く。
第二のツリーハウスに帰った時には既に辺りは暗闇に包まれており、急いで寝袋へと潜り込んだ。
寂しくはない、辛くはない。
私は大丈夫。
そう呪文のように言葉を繰り返し、また一人の日常へと戻るだけ。
その日から二、三日たった後の夜、南の空からとても美しい光がみえた。
その光を目撃してしまった私は不意に足の力が抜けてその場に座り込み、たった一粒分の涙だけを流してしまったのである。
それでも私の日常は続いていく。
ゲンが現れたせいで投げ捨ててきた感情が私自身の敵になりつつあるが、気にしていたらキリがない。
感情を殺し、当たり前のルーティンを繰り返し、春が来るのを待つ。それが一番大事なことだ。
それまで一人でやる、大丈夫と心を決めていたはずなのに、それをあっさりと壊してくれやがったのは前回も私の合理的思想を打ち砕いた男であった。
「──み、水……」
人の目の前で倒れ込んだのは怪我だらけの男は間違えようのないその人、あさぎりゲンで、そこで事情を察することができた。記憶ノートには記されていなかったが、たしかゲンが襲われる描写があったと脳内が告げている。
本当に私の脳は役に立たないのだなと諦めにも似たため息を吐き出し、ゲンを背負って家へと運んだ。
既に泥だらけになってる肌をぬぐい、ヨモギを練って作った薬もどきを新しく貼り付けて、水筒を口元へと運び水を飲ませる。一度むせたゲンの背中をさすり、落ち着くのを待って声をかけた。
「そんなに急いでどこまでいくのっても言っても、いき場所は一つか。 怪我人がウロウロすると獣の良い的になるよ」
「──そう、かもね。 でも行かなくちゃ……」
「そう、なら途中まで送ってくる。 ──ごめんね、あさぎりゲン」
記憶が残っていてもいなくても、私は彼を助ける事はなかっただろう。こうして怪我の手当てをするだけで手一杯なのが悔やまれる。それなりの薬草の知識は覚えておいたが、医者でもない私にできる事は限られているのだ。
痛みで唸るゲンに再度水を飲ませいったん寝るように言いつけて、髪をそっと撫でつける。それでもなお手に力を込めて立ち上がろうとするゲンと頭を抱いて動き止めて語りかける。
大丈夫大丈夫と言い聞かせ歪な子守唄を歌い私の心音を聞かせれば、ゲンの体からゆっくりと力が抜けていき、数分も経たずに寝息が聞こえ始めた。
その寝顔を眺めながら子守唄とか羞恥プレイしてんじゃないよと自分にツッコミを入れるも、やはり顔が良いゲンが悪いとすべて責任転嫁する。
実際に悪いのは誰かなんて既に理解のできる範囲を超えていたが、少なくともゲンではないだろう。
「おやすみ、ゲン。 良い夢を」
せめて私のような悪夢は見ませんようにと祈りながらもう一度顔のいい男の頭を撫でて、私もゆっくりと瞳を閉じた。
翌日目を覚ますと直ぐにお湯を沸かし、そこに千空からちょろまかしたブドウ糖と塩を混ぜて簡易経口補水液をつくり水筒に入れる。この世界では皮水筒は洗いにくいし、水や酒以外を入れたら使い捨てになりそうだが、長距離を歩くなら水よりもこちらの方がいいだろうし消耗品だと諦めよう。
その後うなされているゲンの塗り薬を貼り替えて、ついでに革の靴を履かせる。
裸足でいるポリシーも結構だが、とりあえず今回の移動はこれを履いててもらうとしよう。その方が見てて私の気持ちが楽だし、これ以上怪我をされたくはない。
「あさぎりゲン、起きられる? とりあえず水でも飲んで大丈夫だったら行こうか? 無理なら明日に伸ばそう」
「──大丈、夫。 行こう……」
「ん、肩貸すからつかんで。 じゃあ行こうか」
何も荷物のないゲンの代わりに私が必需品を持ち、半身でゲンを支えて森を歩く。有難いことに肉食獣と出会う事はなく、歩みは遅いが確実に司の元へと近づいてはいた。ゲンの怪我の様子を見つつ一日じゃきついと判断し、一度は野宿を決行。私は不眠症気味なところもあるので寝るのをやめ、ゲンだけを寝袋にぶち込んでポンポン叩いて寝かしつけることに徹した。けれどもこのメンタリスト、なかなか寝やがらないのである。
「体は休息を求めてるんだから寝なきゃ。 明日は司君のところに着きそうだし、体力温存してうまい具合に騙すんでしょ? って事で寝ろや」
「……ドイヒーだね、茉莉ちゃんは。 そういえば茉莉ちゃんに伝えとかなきゃならない事があったんだけどなぁ。 そんなドイヒーな茉莉ちゃんには教えてあーげない」
「そすか、じゃあ寝ろや」
「え、ちょっとは気にしてよ!」
めんどくさい奴だなと顔に態度を出してみれば、ゲンは困ったようににこりと笑う。
どうせその笑みも偽りなんだろうけれども、笑うまで体力が戻ってきたのは良い事だとしみじみ思う。
仕方なしに何を言いたいのか問いただせば、今度は企んだようにニヤリとゲンは笑った。
「俺ね、聞いちゃったんだけど。 千空ちゃん、茉莉ちゃんのこと嫌いじゃないってさ」
「──まぁ、好かれてもいないだろうけど、それがドシタノ」
「ちょっとは喜んでよ。 嫌われてるって言ってたから一応聞いといたのにぃ。 ま、それはさておきさ、『マンパワー足んねぇからさっさと戻ってこい』だって。 だからもう、科学王国民になっちゃえば?」
「────うっせぇわ」
おっとうっかり声のトーンが下がってしまった。
しかしながらそんな事気にしていられない。
一度深く息を吐いて、ゲンから距離を取る。そしてもう一度息を吐き出し、トイレと嘘ついて森の中へ身を潜めた。
ゲンから私が見つからないように木の後ろに隠れ、再度深く深呼吸をする。
そして両手で口元を隠し、声を出さずに盛大に笑った。
推し様、神様千空様が私を嫌っていない!そして戻ってこい、だと!
よくやったぜゲン、100億万点やるよ!
何だお前も神だったのか!
嬉しさのあまり叫び出したいが、声を出せないからつらい。
でも幸せだからオッケーです!
うん戻る。神の元へ戻る。今すぐ、は無理だけどゲンを送り出し次第マッハで戻る。推しが呼んでるなら私の感情なんてクソ喰らえ!
必死に嬉しさを隠そうと何十回も深呼吸し顔の筋肉に力を入れ直してゲンのところへ戻ると、ほんの少し青ざめたゲンが私を見て小さく息を吐く。
もしかして野生動物でも出て不安にさせたのかもしれないと罪悪感を抱いたが、今なら慰めてやってもいいと上から目線で微笑んだ。
「あさぎり、ゲン。 寝れないなら子守唄でも歌ってあげようか?」
にっこりと、不安を和らげるような笑みを浮かべてみると、ゲンはにへらと笑ってお願いしようかなと答えた。
なのでそこで私は子守唄を、団子の歌を歌いながらゲンの頭を撫でる。
意外と可愛いところがあるじゃないかと思ってる事をゲンは知らないだろうが、君の推し度は上がったのだよと心の中で勝手に語りかけた。
「ねぇ、茉莉ちゃん。 子守唄?の歌詞が気になりすぎて逆に寝られないのだけれども……」
「んー、そう? ただの幸せを願う家族の歌なんだけどな。 じゃあやめる」
「──いや、止めないでいいよ。 おやすみ、茉莉ちゃん」
「んー。 おやすみゲン君」
なんて馴れ馴れしく呼んでみたが嫌がる素振りはなかったし、今度からはこれで行こうと決意した。
フルネームって言いにくかったんだよね、実は。