翌る日、私の体は不調を表していた。
ああ、そういえばそろそろだった気がすると原因がすぐに思い浮かんだが、私の場合、ストレスでずれ込む事が多いので気にしてはいなかったものだ。
「──今日一日、もてばいいなぁ」
なんて独り言を吐き捨て、ガスマスク作りに加わった。
作業は割と簡単で竹を蒸し焼きにし、それに炭酸カリウムを入れてあとはひたすらすり潰すだけ。あまりに簡単な作業なのだが、今日に限り私には少しつらい作業であったようだ。
「……茉莉、大丈夫か、顔色が悪いぞ? ここは私たちがやるから少し休んでいたらどうだ?」
「んー、まだ、平気。 これ終わったらお言葉に甘える」
私を心配するコハクの言葉に小さな声で返し、ゴリゴリとひたすら炭をすり潰す。徐々にお腹や背中の痛みが現れ、体も怠くなってくるのが嫌でも分かる。だがしかし、せめてこれくらいはどうしても手伝いたかったのだ。
私は硫酸を取りにいけないし、いけたとしても役に立てるとは思えない。これは私みたいなモブが同行できる問題ではない事が分かりきっていたし、助けが必要だとしてもそれは私ではない。
だからせめて、ガスマスク作りだけは手伝って命の危険を減らしておきたい。これくらいならモブが手を出したところで大幅な改変が起こることはないだろう。
最後に濾過装置にすり潰した炭を入れればガスマスクは完成で、私は完成した事を確認したのちみんなから離れた木の下に身を丸める。
キリキリと痛み出した腹にイライラすると同時に、私特有のマイナス思考が沸々と湧き出てきて嫌になった。
自分の思考と不調で苛々としながらその場に横になり、丸くなる。早い段階でこの場から抜け出し排出されるものに備えなきゃならない事は分かったのだが、体がうまく動かない。
面倒くさい、嫌になる。このまま消えてしまいたいとぎゅっと目を閉じて息を吐いた。
ふと、あれだけ私を照らしていた太陽が隠れてしまったのかのように、目の前が暗くなった。これはなんだと顔に被されたものを手に取ると、お馴染みの毛皮布団ではないか。
いったい何故ここにと首を傾げると、頭の上から声が落ちてきた。
「辛ぇなら体冷やさず丸くなってろ。 それとホラ、これでも飲んどけ」
「んー? んー、ん」
渡されたのは千空先生特性の漢方薬と、お湯。お湯ははちみつが入っているのか、ほんのりと甘い。
「無理な時は初めっから無理って言え。 その方が合理的っつーことぐれぇテメーも分かんだろ。 取り敢えず働くんじゃねぇぞ、いいな」
「んー、ごめ。 ありがとー」
「なんかあったらコハクにでも言えよ。 同じ女なんだ、なんとかしてくれっだろ」
「んー、りょかーい」
面倒くさそうにそう言った千空はクロムを引き連れて硫酸を取りへ向かい、残ったコハクは好奇心で瞳を煌めかせながら私の方へと近寄ってきた。
どうしたと問いかける声に生理痛といえば頭を傾げられ、仕方なしに女特有の月のものだと答えれば納得したように頷く。
変態プレイという言葉が伝わってるなら生理痛という単語も後世に伝えて欲しかったが、残った子孫がほぼ外国の血を引いているなら仕方ない事かと諦めた。
「薬飲んだ、から、気にしなくてオケー」
「そうか? あっちで金狼に稽古をつけているから何かあったら言うんだぞ? にしても、千空にも人に気を使う精神があったとはな」
「センクー、もとより、優しい」
そうとだけ言葉を返し、しばらくの間目を瞑ってコハク達の稽古の音だけを聞いていた。
「おかしいよ、千空もクロムもさぁ。 怖いに決まってるじゃんよぅ、死ぬかもなんだよ?? あー、やだなぁ! ホント! ああいうの、ただのムボーなのに勇気あるぶっちゃってさぁ!」
千空達がいなくなってそれほど立たぬうちに、そう悪態つく声が聞こえた。
むくりと毛皮から顔を出して見てみると、銀狼が寂しそうに膝を抱えて落ち込んでいる。私が声をかけようか迷っているとカセキが銀狼の怯えを庇うように、怖さは弱さではないと呟いた。
「むしろ怖がりは長生きの秘訣じゃ! ジジィが言うと説得力ビンビンじゃろ? ワシも怖がりじゃった! 皆だって内心実は──。 怖がりじゃない人間などおらんよ」
カセキが銀狼に向けた言葉だと言うのに、その言葉は私の心にも響く。
恐れている事、怖がっている事が悪いとではないのだとずっと誰かに言われたがっていた。これが間違いではないのだと、私は誰かに肯定してもらいたかった。
きっと銀狼の抱く怖さと、私の持つ怖さ。全くもって違う性質だと分かりきってはいたが、確かに私の心もカセキの言葉は軽くしてくれたのである。
未だキリリと痛む腹を撫でわたしはゆっくりと立ち上がり、荒く息を吐き出しながら二人に近づいた。
「じゃが大切なもののために、理屈と心で! 恐怖に勝とうとしとる。 よう知らんけど、ワシにはそう見えるのぅ。 ──おっと! うっかり勢い余ってガスマスクもう一個つくっちゃったわい。 とくに使い道もないし、ここに置いとくかの……」
そう言って銀狼の見える場所にカセキはガスマスクを置き、彼に背を向ける。
全く、わざとらしすぎだろうと口角がめずらしく緩んだ。
「──ギンロー」
「……茉莉ちゃん?」
滅多に人に話しかけない私が声をかけた事に驚いたような顔をする銀狼に、私は苦笑いをする。こんな反応される事は予想していたが、全て身から出た錆だ。
弱さを盾にして何も行動しなかった、私が悪いぞ。今後も動きすぎる事はしないだろうが、今は少し、役に立ちたい気持ちの方が優っている。
それはきっと、さっきのカセキの言葉のお陰だろう。
「私はね、ギンロー。 弱くて、怖いから、何もしないことを、常に、選んでいる。 でも結局、何も出来なくても、怖いんだ。 生きてるようで、死んでる気分。 君は、そうならない方がいい」
「──僕は」
「大丈夫だ、ギンロー。 心さえ強く持てれば、誰だって、君だって大丈夫──っ」
と。ここまで伝えたところでぎゅっと腹の底が縛り付けられたのかのように痛み出す。膝を抱えまた丸まれば、大丈夫と言って銀狼が私の背中を撫で、遠くからこちらを伺っていたコハクが走ってきて私を横抱きにした。
「無茶をするなと言っただろう茉莉! 全くもって君というヤツは!」
「ごめー」
「話さなくて良い! とにかく休んでいろ」
更なる迷惑をかけてしまったなとため息を吐きそうになるのをグッと堪え、コハクに運ばれながら銀狼へと視線を向ける。
彼は私を見ていたが、最終的には何かを決意したかのようにガスマスクを抱えて走り出す。
なるようにはなると知ってはいたが、やはり目の前で見ない事には安心する事はできない。
「──みんな、強いなぁ」
小さく呟いた言葉はコハクには聞こえてしまったようで、チラリと視線を向けられたが問い出される事はなかった。
コハクに運ばれてそっと降ろされたのはラボの隣のよく日の当たる場所だった。
そこにはすでに草や毛皮が敷かれていて、既に寝れる準備が整っている。
何故こんな準備がされているのだろうとボォっとする頭で考えていると、千空だ、とコハク言った。
「茉莉は気づいていなかったのだろうけれど、千空がせっせと作ってから出かけていったんだぞ? 動かすのは辛いだろうから、立てるようになったら此処に寝かせとけとも言っていたな。 捨ててもいいものを使ったから気にするなとも言ってたが、あの時は意味が分からなかったが茉莉が月のものになっていたのなら理解もできる」
「んー、ありがとー」
「礼なら千空に伝えるといい」
分かったと、そう言って新たな寝床に寝転び、体を丸める。本当ならば村ではどうこの滴るものを処理するのだと聞いておきたいが、今はそれどころじゃない。
後で聞いておこうと頭の隅に考えをメモして、私はまた眠りにつく。
それからどれだけ経ったかは分からないが、賑やかな声で私は目を覚ました。
心なしか腹の痛みは弱っているような気もする。
頭までかぶっていた毛皮から顔を出し様子を伺うと、すぐそばに水の入ったコップが置かれていた。ちょうど喉も乾いていた事だしコクリと飲んでみると甘く、これも多分お優しい千空先生が用意してくれたのだろうと察する事ができた。
どうせ起きてもまだ作業は手伝えないしとただみんなの事を眺めていれば、またまたこちらを見たのであろう真っ赤な瞳と私の視線が混じり合う。
数秒もなかった交わりだったが、なんとなくにへらと笑って右手を振る。
すると私の推しである千空も、呆れたような顔になり、背を向けながら手を振りかえしてくれたではないか。
痛みで壊れた思考になりつつあるが、取り敢えず、千空かっこいいな、推し最高。むしろ神と崇め奉っておくとしよう。
キリキリとまた痛み出した腹を抱えてまた横になるも、千空様の笑顔を見れただけでどうしようもなく幸せな気持ちになれたのであった。