「聞いてくれ千空! 俺は決めた!今日こそ今から! この5年越しの思いを杠に伝える!」
そんな大声が聞こえた昼下がりの午後、ついにこの日が来たかとため息をついた。
何も知らない状況で有れば推しカップル誕生シーンをこの目に焼き付けに走りだしたのだろうがそうもいかない。
何せこのあと数分から数十分で全人類、70億人はもれなく石へと変えられるのだ。
おおよそ3700年意識を飛ばさなければワンチャン復活できるが、そうでなければ復活させられるまで石のまま。最悪石の体が壊れれば死亡確定で、なおかつ意識があっても復活はできない完璧な詰み。
そうならない為には石化光線が見えた時点で体を丸めて壊れるのを防ぐしか予防策はない、とおもっている。
一度深くため息をついて窓の外を眺めていると遠くの空が緑色に変わっていくのがわかった。
嗚呼ついにきたかと膝を抱えて丸まり、そのまま時を待つ。
すると数秒もしないうちに音は消え、体がピクリとも動かなくなった。
人は45分も無響空間にいると幻を見てしまうだか発狂してしまうだかとどこかのネット情報を見たことがあるが、これが3700年も続くのだ、漫画で時を刻み続けた千空の精神状態が知りたい。無響だけでなく暗闇の空間もついてくるのだ。まともな精神状態を保つなんてどれだけ鋼のメンタルをしているのだろうか。もし仮に、私がずっと意識を飛ばさなかったとしてまともに平常心を保っているとは言い難い。
私がどうなってしまうか知りたいとも思うが、これから嫌でも自身でソレを体験することになるのだから今は考えるのをやめておこう。
暗闇の中数分か、それとも数十分の間かはわからないが思い出せるだけ漫画の内容を思い出すことに勤しんだ。読んで書いてを繰り返していたからか、ある程度の記憶は所持したままだったし、こんなキチガイ空間でも推しを思い出すだけでなんとか平穏が保てる。
何度か意識が落ちそうになったが、その度私の恐怖心が強制的に死の恐怖映像を思い出させてくれるので意識が落ちる事はない。こればかりは己の豆腐メンタルに感謝したい。
発狂しそうになる時は推しの笑顔を思い出し、寝落ちは死の恐怖で打ち消す。
それをどれほど繰り返したかわからないが、私は運良く、否、悪く、意識を飛ばす事は出来なかったのである。
はてさて、石化してからどれくらい時間が経っただろうか、今はもう知る術はない。
私は推しである千空ではないので秒数を数えての時間の把握対応なんてできやしなかったが、ただある時、不意に背中あたりに風を感じた事だけがわかった。
風が当たる面積は徐々に増え、1分もしないうちに目の前には青々とした森林が視界に飛び込んでくる。
地面に近い鼻からは懐かしい土の匂い、皮膚に感じるのは太陽の暖かさ。
無音の世界にいたからか些細な木々の揺めきがとても大きく聞こえた。
一息ついてあーと声を出してみれば、確かにそこに音はあるし、ほっぺたをつねれば痛みは感じる。体の欠けはないかと確かめれば、首の後ろにヒビがあるくらいで問題はなさそうだ。
確認を終えたのちに誰が私を復活させたのかと辺りを見渡してみるも人の姿はなく、その代わりに見えたのは恐怖の対象である一つの洞窟。
嗚呼まさか、こんなことになるなんて。
なんて言うのは戯言かもしれないが、危惧していた復活パターンである事は確定だといえる。
洞窟の周りに護衛がいないからまだ司帝国は出来ていない。
恐る恐る洞窟内へと足を踏み入れれば多くの蝙蝠と、天井から滴るその液体でやはりここはあの洞窟だと推理し、思い違いではないことを確信した。
しかし問題は石化した人間、つまりは大樹はそこに存在していなく、土器で液体を溜めてる様子もないということ。
まだ千空が土器を作れていないと仮定して川を降っていくも、一向にツリーハウスは見つからず、代わりに見つけられたのはだだっ広い空間だけ。
よく見ればそこに生えてる木は千空がツリーハウスに使用していた木にも似ているような気がして、私の残念な頭でも分かるくらいに最も最悪のパターンを引き当ててしまったのだと悟ってしまったのである。
「────まさか、千空起きていない?」
考える事がまず石化をとく条件だというのならば、私は悪夢のせいで意識を失わなかったのでクリア。硝酸が必要だというのならば洞窟の前に転がっていた事でクリア。
千空より早く復活した理由を推測するに彼より吸収した量が早かったからかもしれない。
いや待て。吸収量が彼より早いとな?
「っ──まさか、そんな事、ないよね?」
土の中は染み込み大地に流れ出す硝酸が一定量だとすれば、目の前に転がっていた私は誰よりも早く、多く吸収している。だからここに存在している。でも逆に言えば本来千空まで流れるはずの成分が私の存在のあったせいで、私が吸収してしまったせいで届いていない可能があるわけだ。
ただ私が存在していたというだけで、もしかしたら、すでに物語は崩壊を始めているのかもしれない。そんな事実が突きつけられた気がした。
「いや、でも、もしかしたらだし、すぐここまでたどり着くかもしれないしっ。 またまた私の方から早起きしただけかもしれないしっ」
かもしれないという仮定、むしろ願望。切望。
嗚呼、思い出せ、私が知っている残酷な知識を!
私の覚えている限り千空はアメリカの科学者とほぼ同時に目覚めたはずだ。同じように意識を保ちなおかつ硝酸のお陰で。
もし私が千空分の硝酸を吸収していたとしたらその今この瞬間のせいで復活時期がずれ込んでいるかもしれない。かと言ってどこにいるかわからず石化してるかどうかも分からない千空を探し出し、物語のズレを直すために硝酸をかけるわけにはいかないだろう。もし今が物語通りの年月であり私の存在していても変わっていないので有れば、今度は逆に千空が早く目覚めすぎて物語が変わり、コハク達、つまりは百夜の子孫と出会う道筋まで壊す可能性すらある。
下手に行動するのは大変よろしくはない。
多分きっと、私の存在のせいでバタフライエフィクトなんておきやしない!
だって私は凡人モブだ、物語をかえる蝶なんてなれやしない。
そう強く願った。
いつのまにか浅くなっていた息を整え、私は今考えなくてはいけない事へと思考を切り替える。それは存在している罪悪感や不安から逃げるためでもあるが、私が生きる為に必要な事だ。
なんのために小中の休みを全て潰して学んできた?
こんな事が起きる可能性を見越して行動していたのだろう?
ならば生きる為にする事は決まっている。
家を作り狩りをし衣類を作り、生きられる環境を作る事を最優先すべきなのだ。
大丈夫。
きっと千空は二、三日後に目覚めてくれる。
そして仲良くはないけどテメェも起きれたのかとかいって文明を進めてくれるに違いない。
こんなことになるのだったら最初からお隣らしく仲良くしておくんだったと後悔するが後の祭りだ。
せめて目覚めて今日はした時少しは好印象でありたい。
関わって物語に影響を及ぼしたくはないが、少なからずとも嫌われたくはない。嫌われたら私の精神が詰む。
みんなの邪魔はしないから、ひっそりと生きていくから存在だけは認めてほしい。そして眺めさせて欲しい。
大丈夫。
私が何かやらかさなければ問題が起きてもそれは原作範囲内で、この世界に問題はないはずなんだ。
たった一人の凡人モブがやらかさなければ、きっと、きっと大丈夫。
なんて戯言でしかなかったけれど。
私が目覚めたのはアカツメクサが咲く季節。その花が枯れても尚、千空は私の前には現れてはくれなかったのだ。