凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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22 凡人、村へ。

 

 

 

 サルファ剤をルリへ投与し始めると初期の段階で効果が出た。

 ルリが助かるのは知ってはいたが、やはり命がかかってるといやでも気が滅入るものだった。

 

 ラボの隣でひっそりと記された記憶を確認するとルリの病の完治とはっきりと明記されていて、今の状況を当て嵌めても物語は変わりなく進んでいくだろう。だがしかし、変わりないのならばその後に目にはいる嫌な文字も、確実に起こりうる未来だという事なのだ。

 

「──月と綿、かぁ。 もう、なんで……」

 

 ぶっちゃけて言えば逃げ出したい。

 死人が出ない事は分かってはいるが、態々戦いに巻き込まれるなんて御免だ。

 

 ルリに投薬をはじめて既に一ヶ月、明日は村の外へ連れ出すとコハクが張り切っていたような気がする。わずかに脳に残っている記憶が正しけれは、その後すぐにでも事は起こってしまうのだろう。

 

「どうしたものかなぁ」

 

 なんて一人で月を眺め呟くと二つの影が私を覆った。

 

「何をどうしたいんだ?」

 

 そうキョトンとした顔で私に問いかけたのはクロムで、出会った頃よりは打ち解けている、と一方的に思っている。

 隣に並ぶ千空は面倒くさそうに耳をかいていたが、視線がこちらから外れる事はなく私の言葉の意味を考えているのだろう。もしかして月と綿という言葉を聞かれてしまったかと一瞬怯んだが、その単語であの二人だと気づかれる事はまずないと思いたい。

 将来的に記憶を振り返られたらバレるかもしれないが、今はまだ、単語の意味なんて考える余裕なんてないはずだ。

 

「んー、今後の方針、的な?」

 

 当たり障りのない言葉を吐きつつ急いで広げていた記憶ノートを丸め、肌身離さず持っている鞄にしまう。いくら千空でも私の持ち物には踏み入ってこないし、ここに入れてしまえば取り敢えずは安心なのだ。

 そこから奪い取って見られる事はないし、突っ込まれて聞かれることはない。流石の千空様も人の持ち物にそこまではしない。

 

 そう、千空はそんな事しなかったし今まではこれで、取り敢えずは、安心だったのだ。

 ここにさえしまってしまえば。

 

「なぁ、今見てたのってなんなんだ? 茉莉も千空みてぇに科学使いなんか?」

「え、いや、チガウヨ」

 

 文字文化のないクロムからしたら羊皮紙に文字を書く、イコール何かの工程と捉えられていてもおかしくはない。ただおかしくはないが、見せられるものではないし、見せられるわけがない。

 仕舞い込んだそれを気にするクロムから必死に鞄を隠し、キラキラとした瞳から目を逸らす。

 

「これは、その。 日記みたいな記憶を残しておくもので、千空君のようにロードマップではないのだよ、うん」

「日記ってなんだ?」

「あー、そこからか。 えっと日々起こった事を文字として記録しておくこと? だからこれは私の記憶で感情、人様には見せられないわけよ。 それにクロム君は文字読めないでしょ、見てもしゃーないよ!」

「──俺は読めるがな」

「いきなり会話に入ってこないでよ千空君」

 

 クロムだけではなく千空さえも興味津々に私の鞄を見つめるが、見せるわけにはいかず前に抱えて抱きしめた。

 

「これは私にとって命の次くらいには大切なものなの、だから千空君にも見せられない。 それにこれは、私だけの記憶だから!」

 

 そうとだけ言い残し、私はラボから離れるために駆け出した。とはいっても夜中に一人で森の中へ行くのは危険なのは分かりきっているのでラボから見える程度の距離までだ。

 木にもたれかかり呼吸を整え、ラボの方に振り返り二人の様子を探る。有難いことに二人は私を追う事はなく、一分もしないうちに寝床へと帰っていった。

 

「──全く、油断も隙もありゃしない。 いや、私が隙だらけなのが悪いのか」

 

 もう少し気をつけて行動しなくてはいけないと心に刻み、私も少し時間を置いて寝床へ戻った。

 もちろんその晩は鞄を抱えて寝たのである。

 

 

 

 翌る日、私は初めてルリの姿を見ることができた。

 コハクとよく似ていて、格好を同じにすれば双子と言っていいほどだ。ただコハクとは違い、お嬢様、的な優しい雰囲気を醸し出している。

 

「もう何年振りかも忘れました。 村の外に出たのも、走れるのも──!」

 

 

 穏やかに笑いながらまるで海辺で追いかけっこをするような走り方で、ルリは森の中を駆け回る。村長を含めたその場にいた人はみな、コハクのお転婆は姉妹の血筋なんだと納得した瞬間である。

 

 ルリが満足いくまで走り終えると、私達は村へと向かった。それはルリの病が完治したことを知らせるためであるとともに、千空が正式に村の長となる為に必要な事柄だった。

 私がそこに居てもいいものかと考えたが、コハクとスイカに手を引かれるまま私は初めて村へと入る。

 記憶で知っていたような作りの家や村人に、ここは本当に現実なのかとこころが騒ついた。

 

「皆のもの!! 千空、この男こそ、今日から──石神村の新しい長だ……!」

 

 旧長の発言で村人達は声をあげ新しい長の誕生を祝い、そしてその長、千空は目を見開いて驚いている。

 そりゃそうだろう。自分と同じ"石神"の名を持つ村なのだ。驚かない方がおかしい。

 

「そう、千空。 私は悠久の遥か昔から知っていたのです。 貴方の名前は石神千空」

 

 だがしかし、千空はただの高校生ではないのだ。驚くだけでは終わらない。

 

「あ"ー、おかげでやっと話が繋がったわ。 一気に全部、謎が解けた」

 

 頭の切れる彼ならば、その小さな情報だけで残酷な可能性を、過去を、理解してしまえるのだ。

 

「いやすまない。 私には何一つわからないぞ?」

「おぅ、村と名前が偶然一緒とかありえねぇだろ。 てかルリは千空のこと知ってたのかよ?」

「ククク、おおかた巫女の伝承話に出てくんだろ、俺が」

「──はい」

 

 とても強くも優しい、一人の少年の話。

 ルリが語るのは百物語、其之百。

 石神千空。

 

 過去と未来を交差させる、優しくも虚しく、未来を託す儚い物語。

 

 語り出す彼女の声を、私は一人、聞こえないふりをしてその場を後にした。

 

 

 必死に千空に命のバトンを繋いだ百夜の話なんて聞いてしまったら、泣いてしまうじゃないか。

 親子の深い愛を知って泣かない自信がない。それに知っていながら何にもしなかった自分の弱さと比べてしまい、絶対に後悔する自信もある。

 

 なら私は聞かない。何にも聞かない。過去のことも、ここまで生きていた人々の旅路も聞きたくない。

 

 そして前を向く彼らを見ず、一人後ろを向いて生きていく。後悔と懺悔を胸に抱いて生きていくしかない。

 

 誰かに言える話じゃない。語れる物語じゃない。私が選んできた事だ、誰かに一緒に背負って貰うなんてしてはいけない。

 だから私は、言わずに聞かずに、見ずに。虚しく生きて、死ぬ。それが最善なのだ。

 

「──私が、ここにいるのがそもそも間違いかもね」

 

 近くにいて見ていたい、なんて、厚かましい。

 

 深く息を吐き、一度村から出ようと橋を渡っていると正面から蝙蝠男ことゲンがこちらに向かっているのがわかる。

 彼も私を発見するとにっこり笑って手を振って、小走り気味に私に近寄ってきた。

 

「茉莉ちゃーん! よかったー、みんな帰ってこないからここまできたんだけどさ、一人で村に入るの怖くてぇ」

「え、私、いったんラボへ帰るよ?」

「いやいやそう言わずに。 それに千空ちゃんにいい加減話さなきゃなんないことがあってさ、勿論茉莉ちゃんも関係してる事だしね、聞きたいでしょ?」

「んー、大体分かってるから聞きたくないわ」

「分かってるなら、余計にそばにいてよ」

 

 困ったように首をかしげるゲンにドキンと胸が鳴る。

 これはギャルゲーや乙女ゲーに出てくるキャラのテクに違いない。不安を見せれば優しくしてくれる的なやつ。

 こんなやつにかかる主人公甘ぇとか思っていたが、やはり顔のいいやつがやると破壊力ありますわ。

 

「じゃ、ちょっとだけね?」

 

 ちょっとナイーブになってたから、今のゲンの行動は癒しだったわ。

 なんて口に出せはしないが、そのまま私はクルリとターンし村へと戻る。あたりが薄暗くなる頃にはルリ達の話も終わり、皆が宴へと加わった。

 

 宴の最中、ルリと千空がどこかに向かったが私はそれを見ないふりをする。

 あの話は、千空以外聞かない方がいいのだから。

 

「ささ、アンタも酒でも呑みな! 新村長の誕生なんだから!」

「──アザース、いただきまーす」

「ちょっと茉莉ちゃん!? 俺はコーラ専門なんで! って茉莉ちゃんも何飲んでんの!?」

「いやだって、私もう二十歳だもん、呑めるもん」

 

 石化前16歳。

 そこから3700年たって、復活して一人で3年。

 千空が復活して、大樹と司、杠が復活して約1年。

 そしてまた一人になって半年以上経つ。

 誕生日なんていつだかわからないが、もう二十歳は超えているのだ。

 

「大丈夫大丈夫、そんな酔う体質じゃないよ」

 

 にへらと笑って酒を飲み干しまた注いで、それを繰り返したのちに私は意識を失った。

 

 どうやらこの身体は酒に弱いみたいである。

 まえは割と酒豪だったのにと、懐かしい記憶が浮かび上がった。

 

 

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