酒は飲んでも呑まれるなと言われますが、私はどうやら呑まれてしまったらしい。
有難い事に二日酔いや体に不調などはないのだが、昨晩の宴の前半は記憶があるものの後半の出来事はあまり覚えていない。
辛うじて覚えているのは氷月が来たということだけだ。
やほい!半裸ニーソ見たす!
腹筋セクシー!
などと考えていた記憶はあるのだが、何をどうしたかは全くもって覚えていない。
ただ一つわかる事は私が何かをしでかしたという事。
目覚めてからというもの千空と金狼の目は鋭く光り私を見ているし、コハクやクロムもチラチラと私の様子を伺っていることが嫌でもわかるのだ。
本当に、昨晩の私は何をしでかしてしまったのだろうか。
ぐぬぬと頭を悩ませていても埒が明かず、私はただ表面だけ繕ってにっこりと笑い千空の指示を待つ。こちらが気にした素振りを見せなければ、きっと向こうも私の痴態などスルーしてくれると踏んだからだ。
だがしかし、どうやら私は千空すらスルーできないほどのことをやらかしてしまったようだ。
「茉莉、テメーは今後一切酒飲むな」
「え? いやそれはちょっと。飲みたい気分も出てくると思います?」
「じゃあ呑みたくなったら一杯にしろ、そんで俺の側から離れんな。いいな」
「んー、うん? 分かった」
やけに真剣な顔をしてそういう千空に逆らう事は出来ず、私はただ頷く。
あの千空さんがそこまでいうことの痴態をしたという事は分かったが、逆に何をしでかしたのか本当に気になるところだ。
なので私を凝視している金狼に声をかけてみたものの、何故だか鋭い目つきで睨まれる。眼鏡をつけてボヤボヤ病が治っていると言うのに、金狼は睨むだけなのだ。
本当に何をやらかしたのだろうか、私は。
一度深くため息を吐き出し空を仰ぎ、もう一度にっこりとした笑みを作り出す。
そしてやってしまった事は仕方ないと諦めて、改めて千空の指示を仰いだ。
「んで、私は何をすればいいの千空君」
「あ"ー、茉莉はカセキの助手だ。そんで技術を目で盗め、職人は多いに越した事はねぇ」
「りょーかい」
そして取り掛かったのは日本刀の製作である。
簡単に言えば鉄の塊を温めて折り返し、金槌で叩いてゴミを飛ばす。この作業を10回は繰り返す事で日本刀は出来上がる。しかし今回はその作業を2回に短縮し、計5本の日本刀を作り上げた。
私の担う作業は鉄の折り返し鍛錬でそこそこ筋肉量があった事と、日本刀たるものが何か分かっていたから故に任されたと言ってもいい。
そういえば日本刀を付喪神化させたゲームなんてのもやったななんて考えて金槌を振り回していたが、出来上がりに問題はなく、思考回路は品質に比例しないことがただ分かった。
日本刀制作に重要な焼き入れは職人であるカセキに任せ、私はただその工程を眺めた。流石に私も馬鹿ではないので自分でやりたいだなんて言うつもりもなかったが、やはり創作意欲は湧いてくるわけで。
「──千空君、ものは相談なのだけど」
「なんだ? サボる相談なら聞けねぇぞ」
「いや、サボる気はないよ。鉄が残ってるようならば自分用の刃物作ってもいい? 解体用ナイフとか採取用のハサミとか、やっぱ石よりちゃんとした刃物使いたい」
「──この件が終わったらな。あと言っておくが、茉莉は戦闘要員じゃねぇんだから氷月の前にはぜってぇ姿出すなよ。ってかラボの中にでも隠れてろ」
「ん? そりゃそうするつもりだけど、何で?」
「何にも覚えてねぇおめでてぇ茉莉先生に教えといてやるがな、氷月って奴にテメーがド派手に喧嘩売ってんだよ。そりゃこっちがどん引くレベルにな」
「……マジッスカ」
昨日の私、本当に何やってんだ!?
喧嘩売るって事はやはり半裸ニーソについてニヤけてたか、やらしい目で見てた可能性大だ。ちゃんとした人間好きな氷月にそんな痴女行為してたら本当に殺されかねないし、千空や金狼に睨まれるのも頷ける。そしてコハク達に引かれるのももっともな理由だろう。
今まで静かだったやつが痴女だなんてそりゃ距離を置くわ。
千空が酒飲むなというのは私の迷惑行為を塞ぐ為で、そばにいろってのは最悪私を抑えつける為なのだろう。
酒に酔いたい気分が今後もあるかもしれないが、そこのところはなるべく従おう。酒の魅力を知ってるから絶対とは言い切れないが、なるべく控えると心に誓う。
日本刀を作り終えたあくる日、山からは凄まじい風が吹き荒れてその時はやってくる。
戦いに出た千空を含めた六人の背中をラボから見送り、私はカセキと共に帰りを待つように言い聞かされている。理由としては村に向かってうっかり氷月とかち合うより、ラボにいて隠れていた方が合理的だと千空が判断したからだ。
私としてはその判断は有り難く思えるものなのだが、これから起こることを考えるとお腹がギュッと締め付けられるように痛くなってくるのだ。
「──ごめんね」
そう小さく呟いたところで誰かに気づかれる事なく風に打ち消され、残るのは一人俯く私一人。
「さて、茉莉ちゃん。なんか作りたいものあったんじゃないのかの? ワシ、千空に頼まれちまったぞい」
「んー、鋏とか斧とかナイフとか作りたいんだけど手伝ってくれる? カセキのおじいちゃん」
「ほほ! 任せろい!」
事前に書いておいた設計図もどきを鞄から取り出し、使用用途を説明する。斧やナイフでは服は破れなかったが、鋏を説明したところでカセキは興奮して服を破いた。どうやらハサミの発想にカセキは唆られたようである。
早速作ろうと試みるも鉄を溶かす為のマンパワーがまったくもって足りないわけで、結果すぐに取り掛かることは出来なかった。
「残念じゃのう、早くみんな帰ってこんかの?」
「……そのうち帰ってくるよ」
厄介ごとを引きつれて。
最後までその言葉を言えなかったが、すぐにでもわかる事だ。
カセキと3700年の科学について談笑していると、村のある方角から煙が多数上がっているのが確認できた。焦って村に向かおうとするカセキを止め、こちらへ逃げてくる子供達を科学倉庫へ誘導する。
「千空君! 子供らの事は私に私任せて君らは戦闘に──」
戦闘に集中して、と言い切る前にほむらが周辺に火を放つ。
水だと叫び消火活動を始める千空達を前にしたスイカは、自分が科学王国を守るのだと自ら囮へなりに森の中へと向かった。
その姿を見て尚更、私の精神はズタボロになっていく。
村が火事になる事を知っていた。
それでも何もにしなかった。
このまま何もしなくてもスイカは助かる。それは分かっている。
嗚呼、それでも。
「──千空! これ持ってスイカを追って!」
倉庫にあったガスマスクを持ち出し、私は水を吸い上げるコハクと入れ替わる。
「コハクちゃんも早くそれもって向かって! こんな事なら私にもできるから! 早くスイカの所に!」
「チッ、テメーもそう考えたか。コハク! ここは茉莉達に任せてスイカを追うぞ!」
「なんだか分からんが了解した! 茉莉、頼んだぞ」
コハクの言葉に頷いて、私は必死に腕を動かし水を吸い上げる。
有難いことに私の両腕はとうの昔に筋肉質になっていてそこまで苦に感じる事はない。ただ一つ、どうしても苦痛なのは嫌でも罪悪感で締め付けている心だけ。
その痛みはどう足掻いても消える事はないし、私が死ぬ時まで抱えなきゃならないものなのだろう。
苦しい。
辛い。
逃げ出したい。
それでも何処にも行けなくて、逃げられなくて。私はただそこにあるしかない存在なのだ。今更どうこうしたところで、生まれてきてしまった以上思い出してしまった以上もう遅い。
「クソゲーすぎんだよ、むしろ無理ゲーかっ」
どうしようも無い怒りを力へと変え、私は消火が完了する時まで必死に腕を動かした。
ラボ周辺の火事も無事に収まり、スイカを含めた三人も怪我ひとつなく戻ってくる事は出来たが私の心は晴れやしない。
ゾロゾロと村へ向かい切り落とされた橋をカセキ中心に直したものの、結局は集落は焼けてしまっていた。
「建物などまた造ればよい! 一人の犠牲者も出さずに輩を撃退した、我々石神村の完全勝利だ!」
元村長の言葉で皆大声をあげるが、私は一人、みんなの背中を見ながら口を硬く結ぶ。
彼等の住居を焼き払ったのはほむらではあるが、私にだって原因があるようにも思えたのだ。
私しか知らないとは言え、"知っていた"のに何もしなかった。する気さえなかった。
もし私が何かを言っていたならば、こんな未来を変えられたのかも知らない。
どう足掻いたって変えられないと分かっていながら、私は私の意思を恨んだ。
「つっても今度は司ちゃん直々に大軍でくるよ、どうすんの……」
「座して待つのか!?」
「いや、先制攻撃する。楽しい科学の発明品でな。現代戦ではこれを制したやつが勝つ! 人類200万年最強の武器だ」
千空の言うそれは、本来石器時代にあるはずのないもの。司さえ、氷月でさえ、考えのつかないものだ。
それを、私たちは作ることになる。