凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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26 凡人、やるときゃやる。

 

 

 

 それからというもの、私の主の仕事は塩造りとなった。

 塩の作り方は至ってシンプルでただ塩の結晶ができるまで海水を煮詰める、だだこれだけ。とは言ったものの本来ならば海水を二度濾過する工程もあるのだがフィルターになるものなんて私は持ち得てないし、ただ煮詰めて作るだけだ。これが千空の作業であったのならばフィルターなんかも作ってしまうのだろうが、作業を任されたのは私なので諦めていただきたい。

 

 おおよそ2リットルの海水で出来る塩が50グラムだと記憶してはいるが、保存食を作るならばかなり多くの塩が必要だとわかりきってはいる。村の人口は大人が約四十人、それを養うだけの食料を生み出さなければならない。もう少し冬に近づいてきたら狩りを本格的にしていくとして、当分は塩作りが最優先事項だ。

 

 てなわけで、私は朝から晩まで鍋と睨めっこ耐久戦をやっているのである。

 火をつけたままうっかり寝落ちする事もあるが、大体悪夢で目覚めて丁度いいとそのまま海へ寝ている魚を獲りに向かい、その後とれればカンタンに一夜干しをつくる。そして薪拾いをしながら罠を見回り、獣がかかっていたりありがたいことに出くわした場合は即座に仕留める。千空パイセンからいただいたボウガンのおかげで脳天ずぶり出来るので仕留めやすくはなった。血抜きをして川で身を冷やしたあと部位を切り分け村へとお届けし、畑があるのならば内臓を肥料にして使えるようにするのだけど、村ではそこまでしてないので以下略、だ。

 

「さてと、本日分もお届けしますか」

 

 よっこいしょと背中に肉や魚の入った籠を背負い、千空達の元へと向かう。そこそこぎっしり入ったり籠は重いが、これが贖罪だと思えば耐えられるというものだ。

 少しずつ村へと近づいていくと仄かに甘い香りが鼻腔をくすぐり、思わずすすむ足取りが早くなる。

 この匂いはなんだったけと記憶を思い起こすもなかなか思い浮かばず、その匂いの正体が分かったのは可愛らしい二人のおかげでもあった。

 

「ふわぁぁあああ!!」

「こ、これはなんという! 骨の髄までとろけそうだ……!」

「わたあめ、か──」

 

 まともな菓子のないこのストーンワールドで綿菓子は贅沢品であり趣向品ともいえる。

 砂糖をそのまま食べるならば石神村でもあっただろうが、それをいちいち溶かして食べるなんて発想なんて出来るわけもない。

 

「ちょーどいいところに来たな、茉莉。ほれ、テメーの分だ」

「ん、ありがとう。こっちも食料のお届けね」

 

 物々交換として千空に籠を渡し、そして受け取った綿あめをひと舐めする。

 糖分が足りていない体に染み渡るような甘さで、すーと頭が冴えていくような感覚すら覚えるほどそのわたあめは美味しかった。

 

「わざわざ火事で材料作ってくれちゃったほむらちゃんにも感謝だねぇ」

「ん? 材料は糖、それでわたあめ、ってことはあれも作れるんじゃない?」

 

 ゲンと千空、村の女衆が恋バナかと耳を澄ませる最中、私はカセキの爺さんの元へとコソコソと向かう。そしてそこで半円球の金属のお玉を作成してもらい、ついでにみりんの固まった糖と重曹をラボから拝借。

 私が今からすることを気にするカセキを隣に控え、お玉の中で糖を溶かし煮詰め、重曹を少し加えてぐるりと混ぜる。 

 

「なんと!? 膨らんだぞい!」

「ムフフ、これはカルメ焼っていう砂糖のお菓子デス。ちょっと苦くなるけどかさ増えるし最高でしょ?」

 

 膨らみ固まったカルメ焼をお玉から外し、半分こしてバリバリと食べる。カセキもわたあめと違ったお菓子に嬉しそうで、私も思わず笑みを浮かべた。

 甘いが少し苦くて、歯応えも良い、最高。

 ムフフと笑いもぐもぐと食べていると腰あたりをツンツンと突かれ、振り返るとそこにはスイカ達お子様集団がキラキラとしたお目までこちらを見ているではないか。

 ここで無視するのはよろしくないなと千空に断りを入れて糖分と重曹を貰い、いつの間にか列を成す村人達へと新たに作って配ることになった。もちろんそこにはゲンや千空、ほむらも含んでいるわけで相当な量となってしまったのはいうまでもないだろう。

 

「茉莉もやはり科学使いなのだな!」

「あー、いや、違うよ。──私たち、旧時代の人間は15歳までは義務で知識を学んでいて、これもその知識の一つなだけ。科学使いとは程遠いよ」

 

 にっこりと笑って私を見つめるコハクから目を逸らし、私はいそいそと帰り支度をする。

 あれから何度かコハクは私に声をかけてくれているのだが、どうも気不味くて仕方ないのだ。

 

「そうだとしても、その知識を使いこなせる茉莉は凄いではないか。それに今じゃ茉莉はこの村の台所番とも言えるし、本当に助かっているのだぞ? 茉莉が男であったら嫁に行きたいともルビィが言ってたしな」

「嫁? 何故に?」

「そりゃ茉莉の方が村の男達より狩りが上手いからだろう。安定して美味い肉を食えるなんて早々ないからな」

「──そういうことか」

 

 別に石神村の住人が狩りが下手だというわけではない。むしろマグマあたりはよく狩りをして肉を食べていたらしいし、ただ漁を中心にしていただけで頻繁ではないが食べてはいたのだろう。それにちゃんと血抜きをしてないから美味しくないだけで、そこんとこ忘れなければより美味い肉は食べられるのだよと教え込みたい。だけど、そこまでする予定は組めないし、今後手が余ったら知識を継承していこう。

 

 まぁ、あのマグマがわたしの言うことを聞くとは思えないのだけれども。

 

「──じゃあ私はこれで」

「待て茉莉! いい加減君もこっちに戻ってきてはどうだ? そろそろ寒くなりつつあるし一人では……」

「大丈夫だよ。それにまだ、やるべき事があるから。じゃあ、また」

 

 私を引き止めようとするコハクやスイカの顔を見ないようにして籠を背負い直し、走り出す。

 やはりまだ心臓はキリリと痛むし、どうしようもなく人の目が怖いのだ。ここに住むことなんてできやしない。

 コハクは気にしていないようだが私は嫌でも気にするし、それにちゃんと作り笑いを作れる気もしない。もう少し、いや、少しどころではない時間が弱い私には必要なのだろう。

 

 村から離れたところで立ち止まり、深くため息をついてしゃがみ込む。どうしようもなく痛む気がする左胸に手を当てて、私はもう一度深く息を吐いた。

 

 こんな事で泣き言を言ってはいられない。

 私は今やるべき事を淡々とこなさなければならないのだ。

 

 笑え。笑え。笑え。

 口角をあげて、自分の感情を隠せ。

 誰にも私と言う存在を感づかせるな。

 私は石ころだ。雑草だ。その他のモブだ。

 大丈夫、上手くやれる。

 3700年前からそうやってきたのだ、今更変えることなんて出来やしない。

 私は私の選んだ事をこなすだけ。

 それが物語どおりにするために誰かを傷つける事だとしても、それが、弱い私にできる唯一の事なのだから。

 

「──ッやってらんねーよ、全く。ここは地獄か、クソ喰らえ!」

 

 呆れ返るほど綺麗な青空に暴言を吐き出し、私一人、自分の今ある場所へと帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が帰る家は、家と呼ぶほどではない小さな拠点で海辺のすぐ側に簡易的に立てたものだ。

 私一人生活できるほどの大きさで、寝床も草がひきつめてあるだけ。屋根もあるからそこまで不便ではないし、人肌が凄く恋しくなることあるが、それはまぁ、目の前にいる彼らが和らげているので問題はない。

 

 いや、問題しかないのかも知れないが。

 

「茉莉ちゃーん、今日のご飯何ぃ?」

「久々に味の濃いもの食いてぇ」

「君ら二人はなんでここにご飯食べに来んのよ?」

 

 おかしな事に、二日に一度は千空とゲンは私のもとに夕ご飯を食べに来るのだ。

 人がいくらナイーブになっていようと関係なく二人は現れて、そして味の濃いめな私のご飯を掻っ攫っていく。

 初回はほぼ食い尽くされ新たに夕食を作り足したが、二度三度とこの行動が当たり前となれば事前に多めに作っておくことは出来るし、もし来なくても次の日のご飯に回せば問題ない。

 まぁ今の所、二日にいっぺんの行動は崩れた試しはないのだけれども。

 

「やっぱりさぁ現代っ子には濃い味付けが恋しいわけでね、村のご飯が美味しくないわけじゃないんだよジーマーで!」

「茉莉が作るメシは大体濃いめだからな。で、今日は何だ?」

「んー、猪汁だよ。はいどーぞ」

 

 一息ついてつくりたての猪汁をよそって渡せばゲンは嬉しそうに笑って受け取り、千空は喉を鳴らして早速食べ始めている。どれだけ濃い味に焦がれているのだと思うも、たしかに塩だけの味付けだと飽きもくるのだろう。私は既に四年もたっていて諦めの境地に立っているが、復活一年未満でありコーラ大好きっ子のゲンは特に辛そうだ。

 

「……え! これってこんにゃく!?」

「んー、蒟蒻芋見つけたからね、作ってみた」

「おー、すいとんもあんじゃねぇか!」

「ねこじゃらし粉とどんぐり粉混ぜて作ったすいとんだけどね。まぁ炭水化物は食べたくなるし?」

「ゴイスー豪華じゃんこの鍋! って牛蒡も大根もはいってるし!」

「季節的にとれるからね、野生化してたの入れてみた。出汁出て美味いよね」

 

 そう言いつつ私も猪汁を啜りつつ蝋燭に火を灯せば、何故だかゲンがじっと私をみているではないか。

 流石に驚いた素振りは見せなかったが、何かしらおかしな事を発見したのだと見当がつく。

 はてさて、それはいったい何なのだと思考してみるも思いつくものはない。

 

「……茉莉ちゃんって、実はゴイスーな子なんじゃ──?」

「今更だろ、こいつのサバイバル知識は普通の女のソレじゃねぇんだよ。それにその蝋燭もテメーが作ったやつだろ? 他に作る予定なもんはあんのか?」

「んーそれ程すごい事ではないと思うけど? 覚えている事こなしてるだけだし。他に作る予定なのは──とりあえず魚醤かな。醤油と味噌は当分無理そうだし」

 

 山で採れるものの知識は祖父母に叩き込んでもらったし、蒟蒻の作り方も知り合いのおばさま方に教えてもらったものだ。そしてそれを繰り返し実行し覚えただけに過ぎない。

 蝋燭の作り方も同様に牛脂を買って作って試した事があるだけ。

 誰しもが慣れで覚える計算式と同じで、私じゃなくても覚えている人が復活していれば凄いことなんてない。

 

「魚醤ってそんな簡単に作れるもんなの?」

「塩と魚があって、冷蔵保存できればできるよ。そうすればもう少し食文化が生まれるねぇ。……来年あたりには麦がどうにかなるだろうし魚醤ラーメン作れるかな?」

 

 麦の前になんか嫌な出来事あった気がするから後で記憶ノートで確かめておかなきゃなんないな。

 

「あ"ー麦か。どこかには生えてんだろうがその前にやる事があんだろうが」

「やることって?」

「それは司ちゃん達のことに決まってるでしょ。茉莉ちゃんは不安とか、怖くはないの? 司ちゃんと戦うの」

「え、別に。千空君勝つの分かりきってるし不安にすらならんわ」

 

 ズバリとそう言い切って、二人の目を見開くさまを見て思わずにっこりと笑う。

 これ以上話すといらん事を話すかも知れないし、笑って黙るのか得策だろう。

 気を緩めたところにゲンはいつも唐突に話をぶち込んでくるからつい本音が出てしまうし、そう言う行動は控えていただきたい。じゃないと私の精神がさらに不安定になりそうだ。

 

「ククク、テメーは俺が勝つって"分かりきってん"のか。そりゃおありがてぇ。だがその根拠が知りてぇな?」

 

 まさかの千空さんからのツッコミが入るか。

 はてさて、どう答えたものか。素直に未来を知っています!なんて答えられるわけないし、当たり障りのない言葉の羅列をして欺くしかない。

 

「単純な話だよ。司君は一人だ、だから千空君が勝つのだよ」

「だからその根拠が知りてぇって言ってんだ」

「根拠って言ってもねぇ。いくら司君が武力で治めているとして、それで全員が彼の味方なわけないじゃん。肉体的強さだけでは人はついていかないんだよ、それこそその"強さ"に根拠がないのだから。そこに科学の力を持った人間が現れれば楽したい人間や娯楽が欲しい人間、3700年前が恋しい人間はなびくに決まってる。そしたらそれがまた違った"強さ"になるわけで。──つまり何が言いたいかと言うと、考える事をやめた猿人に、人間が負けるわけないだろう? 司君がやってることはそこら辺の猿と同じお山の大将で、きちんと統治してる人間の千空君が負けるわけがない。以上! 文句は聞かない!」

 

 これ以上の話はしないぞとそっぽを向いてやや冷たくなった汁を啜り、無視を決め込む。これ以上それっぽい言葉を並べるなんて苦行、私はしたくない。

 有難いことにその後2人はその発言についてツッコミを入れてくることはなく、大人しくラボへと帰っていった。

 

 全くもって散々な夕食だったとため息を吐き出し、私は1人夜空を眺めて寝転んだ。

 

「……考える事をやめた猿は、果たして司なのだろうか?」

 

 もし仮に私に知識が無かったとしたら、千空を見捨てて司についていた可能性は大だ。

 だってその方が楽に生きられる。

 科学がない不便さはあるが、がっつり働かされる千空の元にいるよりはと考えそうだ。

 そりゃ誰だって楽していきたいと、そう願うものだからだである。

 

 ただ私の場合は知識があって、結果がこのアリ地獄。

 もがいてももがいても知識という砂に足を取られ、結局はこうも簡単に自尊心に囚われて懺悔するだけの生き地獄に陥る。

 必死に生きることだけを考えていたのに地獄に落ちて、考えるのをやめてもそのまた地獄。

 

 いったいいつまでこの地獄が続くのだろうか。

 

「──結局、それを作り上げてるのは自分だというのに、何にも考えない猿は私なのかな」

 

 必要とされたいと願いながら突き放してほしいとも願い、側にいたいと思いながら彼らを見ていたくないとも思っている。

 

 全くもって、無様な人間なのだ。私という人間は。

 

「……今日もまた寝れそうにないなー。今日の夢はどんな夢かな、どうせ地獄だろうけど」

 

 キラキラと煌めいている夜空を眺めながら、私はゆっくりと瞼を下ろす。

 

 その先にあるのがどうしようもない拒絶という虚像だと、私は嫌というほど知っているというに。

 それでも私は仄暗い夢を見るしかない。

 

 

 

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