「うっわ、水車じゃん。よく作れたねぇ」
「っ茉莉も知ってんのかよ!」
「いや、現代人で知らない人はいないと思うよ? クロム君には悪いけどね」
川の隣でぐるぐると回る水車を見ながら私は考えを巡らせる。ノートには記載されていなかったが、多分これで電気が蓄電される、はず。
ふと何やら作業をしている千空に視線を移すと、ちょうどバキリと音を立てて丸太が割れたところだった。きっと何かの部品を作ろうとしているのだろうが、何せ千空は不器用だ。そう簡単に作れるはずもなく。
「クッソ、また割れた。設計図から写し直しだ!」
「うっわ。これを手作業で作るとか鬼畜作業だわ、職人に任せよ?」
設計図を見ながらヘロヘロのクロムとカセキを呼べば、二人はキラキラと目を光らせてその設計図を考察する。
「円の半分だけつけたギザギザが上下交互に引っかかって、ただの回転が往復の動きにすり変わんのか。よくできすぎだろ、人類の考えたカラクリ。これはヤベー!」
「工作がもうめっちゃワクワクしちゃって腹立たしいのー。ほれ、こまい細工は職人に任せんかい!!」
目の色を変え、生気をまた宿した二人と指示を出し始める千空を前に、私は小さく息を吐く。
いくら物作りが好きでも私はあそこまでやれる気はしない。
たまたまそばにいたスイカと共に三人のサポートをしつつ完成したそれを見た時、私はやっと欲しいものが作れるとほんの少し心を躍らせた。
「火ー、燃やしまくるフーフー装置もついにレベル3だぜ!」
水車を使い炉に空気を送る装置を見た村人は泣いて喜び、互いに泣きながら両手を合わせた。
「動力ばんざぁぁぁあい!」
「だから楽するためじゃねぇってつってんだろ!」
「非戦闘員は冬備えに集中できるな!」
「そうだな。って事で茉莉、テメーの出番だ。バンバン狩ってこい」
「えー、私、炉を使って欲しいものあるんだけども」
「カセキに頼んどいてやる。だからちゃんと血抜きからなんやら教えとけ」
面倒だなと思いながらもやはり推しのお願いに勝てることはなく、私は渋々頷いた。
獣を狩るようにナイフとハンマーを装備し嫌々ながら村人たちの輪に加わる。
私の姿を見つけたコハクはにっこりと笑ってくれたが、いかせん他の人の視線が気になるところだ。
「んーあー、コハクちゃん。一つ聞きたいのだけれども君たちは食肉にする為にどういう処理をしてる?」
「どうって、殺して血抜きして、食べられる部位を分けるくらいか? 毛皮はもちろん取っておくが」
「じゃあすぐ息の根止めちゃうって事でオッケー?」
「うむ、そうだな!」
薄々気づいていたのだがやはり石神村は漁文化だし、そこまで獣の食肉の為の処理は継承されていないのだろう。否、百物語がある訳だし処理が伝わっていないわけではないのか?ただそれが簡略化されてるだけかもしれない。冬に備えるためは血抜きはガッツリしていただきたいし、ほんの少し口を出しても問題はないだろうか。
「んー、魚の処理に関しては村の皆さんの方が慣れてるからそこまでいう事ないんだけど、猪はともかく鹿を捕まえたときはすぐに殺さずに気絶させて持って帰ってきてもらってもいいかな?」
「あ"? なんでそんな面倒なことしなきゃなんねぇんだ。余所者が口出すんじゃねぇ」
「マグマ! お前は少し黙ってろ!」
まぁ、そうなるよね。
千空が気に入らないマグマは勿論私も気に入らないわけで、ギロリと鋭い視線を投げつける。コハクがマグマを止めるも、やはりマグマ以外にも私に視線を向けるものもいるわけでいい気分ではない。
村のために何かしらやってる千空やゲンなら兎も角、何もしてない、それも女の指示には従いたくはないのだろう。
「んー、私が気に入らないならそれでもいいけど冬の間美味しいお肉食べたくない? ちゃんと血抜きするだけでも腐りにくいし生臭くない肉が食べられるんだけど? 処理もそこそこ簡単でまだ生きてる動物逆さまにして、頸動脈切って心臓止まるまで吊るしとくだけ。あとは内臓取って川の水で冷やす。ただそれだけだよ? 私でもできる単純作業なのにできないんだー、そうかー難しいかー。めんどうかー。
私みたいな女でもできるのにできないんだー、ならしょうがないかー。できないんだもんねー。面倒なんだもんねー? しょうがないね、できないんだもんねー?」
「テメーにできんならできるに決まってるだろ! なめるんじゃねぇ! 俺の方がテメーより多く狩ってきてやるぜ!」
「そっかーガンバッテー」
マグマさん、単純で大変助かります。
槍やらなんやらを持って森に向かう村人を見送り、私も森の中へ。
マグマには悪いが既に罠を張ってるところもあるし獣道も見つけているし、負ける気はしないのだけど。
「で、なんでコハクちゃん達は私についてくるのかな?」
「ん? 駄目か?」
「いや、駄目じゃないけども」
狩りの手伝いをしてくれるのならば問題ないと伝え、コハクと金銀兄弟と共に罠を張った場所へ向かう。その間の会話なんてなく、やはり気まずさ倍増だ。
ありがたいことに罠には一匹の猪が掛かっていて、鼻息荒く私達をギラついた瞳を向ける。
猪は猪で自分の命がかかっている事がわかるのだろう。だからといって怯む私は既にいない。
槍を持ち近づこうとする金狼を止め、代わりに私は一本の木の棒を構えた。それはいつも使っている堅い木の枝で、気絶させるために使うものだ。
呼吸を整え距離を詰めそして隙を見て猪の眉間にどついて失神させ、そのまま押さえ込んで気管ごと頸動脈を掻っ切った。
ドクドクと流れ出すモノに気をつけながら後ろ足を縛り、ロープに繋いで逆さまに吊るして心臓が止まるその瞬間まで血を抜く。
「血が抜けたら水車付近まで運んで内臓出して肉を冷やそうか? ってなんでそんな顔しての?」
一仕事終えて一息つくと、後ろで控えていた三人は目を見開いて驚いていた。特に銀狼は面白いほどに目が泳いでいて、私と視線が交わらない。
「千空から聞いていたが、思っていたより手際がいいモノだな」
「コハク以外にも動ける女がいるとは、驚きだ……」
「むしろなんで茉莉ちゃん平然としてるの!? 猪でも下手したら死ぬのに!?」
「んー? いや、狩りは慣れだよ、慣れ。狙い場所とか仕留め方とか、経験積んどけば女がとか関係ないし、生きるために必要な知識でしょ?」
別におかしい事じゃないよねと首を傾げれば、それはそうなのだがと三人ら頭を悩ませてるようである。
「生きるためと言われればそうなのかもしれんが、茉莉が生きてた時代でもそうだったのか?」
「何が?」
「狩りすることが、だ」
金狼が言いたいことはつまり、この行為が当たり前であったのかということだろう。
そりゃぱっと見何も出来なそうな人間が当たり前のように獣を狩って仕留めていれば、そう思ってもしまってもおかしくはない。それに千空はこの時代の男としたら弱いし、もしそれが当たり前だとしたら尚更疑問に思うのだろう。
「殆どの人は狩りなんてしたことないと思うし、生き物を殺すのだって躊躇う時代だよ。まぁあれだ、私が異常なだけ」
「異常? 狩りがか?」
「私たちの時代では、お店でスライスされてたのを買うのが当たり前だからね。魚も切り身になってるのが殆どだし、子供なんかは切り身が泳いでるって思ってた子もいるくらい。それなのにわざわざ野生動物を狩るのは野蛮だっていう人間の方が多かったよ。────私の両親も、多分そうだった」
親から見た私は、きっと気味の悪い子供だっただろう。
愛情がなかったわけではないがやはり困った顔をよくしていたし、扱いにくいこどもだったと思う。狩猟を始めた頃なんか女の子なのにって止められたし、私のすることを理解してはなかったと思う。
やめろと強く言わないだけで、いや、言えないだけで。
きっと嫌だっただろうに。
「色々あって私は生きるために学んだ結果がこれで今役に立ってるけど、現代に生きてたら社会不適合者だよ。今もそうだけど」
「不適合って……」
「人ってさ、自分とちがうモノを排除したがるじゃん? つまりソレが私的な。ってそろそろいい感じに血も抜けたので帰りますかー」
にへらと笑ってロープをおろし、木の棒にイノシシの手足を縛って金狼銀狼に運んでもらう。
微妙に気まずい空気が流れていたが、あまり気にしないでいいのになと小さく息を吐いた。
うっかり昔話をしたせいで仲の良い爺さん達に会いたくなってしまったが、今はまだその術はない。友達といえばお年寄りだった私からしてみれば若者が多いこの村も、司帝国も、どちらにしろ居場所はないのかもしれない。
「──茉莉は、異常ではないぞ」
不意にそう口に出したのはコハクだった。
「生きたいと思うのは動物の本能だ。だから腹は減るし私たちは狩りをする。何もおかしいことはない。だから茉莉は異常でもないし、不適合者でもない。まぁ、もう少し私達を頼ってくれればいいと思うがな」
「……コハクの言う通りだ。男に劣らず狩りの腕があるのは誇るべきことだ。何も気にすることはない」
「そうだよ! ほらみんな美味しい肉食べられて喜んでるしぃ? 茉莉ちゃんの頑張りは無駄ではないよ! ね!」
「ん? んー、ソダネ」
もしかしなくても、私は慰められているのだろうか?
別に私は私のしてきた事を後悔しているわけではないし悔いているわけでもない。
両親に理解されない事は悲しかったがちゃんと愛情込めて育ててくれたのはわかっているし、子供だから全て受け入れろとは思ってはいない。両親の代わりに祖父やお爺さん集団が休みの度に面倒見てくれたわけだし、両親が私を避けていたわけでもない。
むしろ心を病んだ私を心配して、やりたい事をやりたいだけやらせてくれていた。
危険だから、女の子だから、子供だからと止めやしないで、私の弱い心を守るために行動してくれていた。
だから友達がいなくても、前世を覚えていても、不思議と一人だとは思わなくて済んでいたのだ。
あの時、あの瞬間、このストーンワールドで目覚めるまでは。
「──さっさと帰って猪捌こうねぇ」
一人虚しく目覚めて、時間の誤差を知り、イレギュラーが存在している故の未来への不安を抱えた三年。
それが何より私には辛かったんだと今なら思う。
だからその反動で関わってはいけないと思いながら、こうもみんなと会話をして生活を共にして、不安を和らげようとしている。
「そういえば、肉の保存とやらはどうやってするんだ?」
「ん? 塩で漬け込む、以上」
「え、簡単じゃーん!」
「その塩を用意するのが大変だったんだけどね。村中養うだけの塩だよ? 何日徹夜したと思ってるの?」
悪夢見るから徹夜も苦じゃなかったとは言わないが、少しは塩作りの大変さを知ってほしいものだ。
「──せっかくだし、ベーコンでも作ろうか?」
「ベーコンとはなんだ? 食べ物か?」
「うん、簡単に言うと塩漬け肉を燻製にしたやつ。日持ちはしないけどその分美味いよー」
「え!? 食べたい! 茉莉ちゃん作ってヨォ!」
食い意地が張ってる銀狼がニコニコと笑い、私も釣られて頬を緩める。
保存食を作るのは確定しているが、ちょっとした贅沢品を作っても問題はないだろう。何せ私が作った塩だ、文句は言わせない。
ほんの少し和んだ雰囲気のなか村へ帰ると、そこには既に鹿を捌き始めているマグマ達がいた。ニヤニヤと私を見て笑うマグマに対して、私はバカにしたように鼻で笑う。
「なんでそのまま捌いてるの? ちゃんと話聞いてたよね?」
さっと鹿の首元を斬りつけるが時既に遅く、そこまで大量の血は流れ出てこない。
仕方ないなとため息をつけば憤ったマグマが私を捕まえようと腕を伸ばすが、その手を三人が拒んだ。
「見ろマグマ! 茉莉は一人でこの大きさの猪を仕留めたぞ!」
「それもちゃんと生きたまま血抜きをしていたし見事な手捌きだった! やはり生きたまま血抜きをする方がいいのだろう!」
「もしかして茉莉ちゃんの方が狩りの腕前あるんじゃなぁい?」
私を褒めて庇うような仕草にほんの少し照れ臭がったが、あまりマグマを怒らせないでほしい。
私が言うのはアレだが、面倒だから怒らせないでほしい。
「テメェ、調子にのんじゃねぇぞ!」
「のらんわ。狩りと解体処理は慣れ。今までのやり方をやめろっていってる私の方が悪いのはわかってるけど、それでも少しはそっちも妥協して欲しい。血が残ってるせいで腐るとか笑えないもん。美味しいもの食べて、冬を越そう?」
そして村の食事事情を豊かにしたいのだ。
じゃないと私のご飯が現代っ子達に奪われる。
怒りをあらわにするマグマにニコリと笑いかけてみるが、彼はフンッと鼻を鳴らして私に背を抜けた。
やっぱりまだまだ馴れ合うことは無理なのだろう。
「とりあえず、肉を集めて保存食作りに取り掛かろう。今年は冬場でも肉が食えるよ──」
このためにだけに私が寝ずに作った、数キロ単位の塩の出番である。そしてついでに美味いベーコンでも作って、マグマ達に血抜きの大切さを学んでもらわなければなるまい。
分かり合えるとは思っていないが、そろそろ私もこの関係性に妥協しなければならないだろう。
いつまでも逃げてばっかりじゃいられない。
そろそろ潮時だ。