なんというか、私は本当に推しに弱い。
何故弱いのかと問われれば、そりゃ顔がいいからだろうと答えられる。が、それだけではない。
何せ私の推しである千空パイセンは、人間としても素晴らしいからである。
「まさか千空から言われるとは思わんかったわ」
海辺で子供が大好きであろう燻製ベーコンと、大人のおつまみ鮭とばを数匹背負い籠へ詰め込んで千空達の元へと向かう。
前々から出来上がったら披露しようと思っていたこの塩を用いた贅沢品だが、まさか千空に今日を指定されるとは思わなかったのだ。
本格的に冬になり始めたこの島国は今、シトシトと白い結晶が降り始めている。
私の知るところの日本じゃそれほど雪が降ることはなかったというのに、この時代の冬はそれこそ人が埋まるほどの雪が降りつもってしまう。3700年の月日はやはり途方もない年月だったのだと感情に浸りつつ空を見上げれば、キラキラとした光が瞳に映り込んだ。
「綺麗──。ってことは電球できたんだ」
雪が降り始めた冬の夜空、そこには現代人ならよく知るイルミネーションの光がある。科学使い千空がいたからこそまた見れた、科学の光でもあるといえよう。
「さて、急ごう。今日は家族みんなで過ごす日だ、千空と百夜さんの子孫、時を超えた家族の日。……ゲンは兎も角、私はお暇しようと思ってたんだけど、多分コレ焼けって言われるよなぁ」
元からぼっちで過ごす気だったのだがこれでは無理そうだとため息をはき、私は重い足を必死に動かした。
千空の元へつくと、何やらクロムがおかしな動きをしていたのだがそこは気にすることをやめスルーする。そしてイルミネーションを見ている村人の中からジャスパーとターコイズを探しだして声をかけた。もちろん二人を選んだ理由は元村長の幹部だったことを踏まえ、人管理するのに長けていると判断したからだ。
「すいませんが、コレとコレを焼いて配りたいんですかいいですかね?」
「ん? 嗚呼、別に構わんが、それは?」
「食べ物です。そしてお二人にも手伝っていただきたいのですが、いいですか?」
「それは構わないが、コハク達ではダメなのか?」
「若い子らはアレから目を離せなそうなので」
イルミネーションを知らない二人も目を離せなそうだが、わちゃわちゃと喜んでいる若い衆より落ち着きのある二人の方が頼もしい。
二人に必要な火種と鉄板、人数分の皿を用意してもらっているとどこからともなく老人達も集まりだして、私の仕事を手伝い始めた。
コレが人徳者の力かと感心していると、老婆が一人私の隣に立ちありがとうねと言葉をこぼした。
「千空から聞いているわ、いつも食料を届けてくれるのが貴方だったと。今年は冬の食べ物に困らなくて済むわ」
「え、あ、いや。私はただ塩造りしてただけなのでそんなお礼を言われることは……」
「でもみんなが言ってたわよ? こんなに多くの塩を用意してくれるなんてって。 本当にありがとうね」
ニコニコと笑いながら私の手を取る老婆ことあるみに、私は思わず口をつぐむ。
だって私が塩を大量に作れたのは寝れなかったからで、暇潰しで、食料だって村を駄目にしたという贖罪からでもある。もし仮に村の危険性を千空に話せていたら、老婆の、あるみの不安ももう少し少なくて済んでいただろう。
「これも貴方が用意してくれたのでしょう? 楽しみだわ」
「あ、ぅ、ハイ──」
どうしようもない後ろめたさと、何故だが心臓を締め付けられるような痛み。ただ不思議と不愉快感はなく、あるみの笑顔に私の心は癒された。
もしかしたら私はあるみ推しになってしまうかもしれない。
元から同世代よりご年配世代と縁が多かった私だ、なんとなく心が落ち着くのも頷ける。そして何よりこのあるみの裏表のない温かな笑顔が記憶の中の祖父母を思い出させてた。
「あ、あの、食べ物とかで何か困ってることとか、ありますか?」
「困ってること? そうね、歳だからか硬いものが食べられなくなってきたことかしら? でもそれは仕方ないことね」
「いえ、仕方ないことではないです。だから、来年あたりには柔らかくて美味しいもの、作ります、必ず」
来年、司に勝って順調に進めば麦が手に入る。そして麦さえあればパンは勿論、私のソウルフードであるうどんも作ることは可能だ。ご年配の方からすれば食べやすい食べ物となるだろう。
新たに決意を胸に抱いているとあるみは嬉しそうににっこりと笑い、私はまたありがとうと礼を述べたのである。
私とあるみがこんなやり取りをしているうちに鉄板の準備は終わり、あとは焼くだけの状態になっていた。
持ってきたベーコンの塊を一口大に切り分け温まった鉄板に放り投げていくと、ジュウと音を立てた後からなんとも言えない香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。無意識に溢れ出た涎に喉を鳴らしたのはどうやら私だけではなく、イルミネーションを見ていた若者たち迄もがベーコンに視線を向けていた。
「っと、上手に焼けました! ってことで銀狼君あーん」
「え! いいの! あーん!」
私の隣で涎を垂らしていた銀狼に初めの一切れを差し出すと、彼は嬉しそうにベーコンに齧り付いた。思わず飛びついたせいでベーコンの熱さをダイレクトに感じぴょんぴょん跳ねていたが、ある程度咀嚼すると美味しいと目を煌めかせて次を貰うべくもう一度口を開けて私の前へ。流石に二切れ目をあげることなく、興味を持ったメンバーへと焼けたベーコンを配っていった。
「ほー、なかなかのもんになってんじゃねぇか。流石は茉莉先生だわ」
「野生の猪で作ったから若干の獣臭さあるけどね、まぁ上手くいった方なんじゃない?」
千空パイセンにお褒めの言葉をもらって、次は薄く切った鮭とばを温める程度に焼いていく。これは保存食である前に酒のつまみだけ。まず初めの一切れは元村長コクヨウヘ差し出した。
「川魚で作った乾物のようなものですが、よく酒にあいます。よかったらどうぞ」
「ふむ、ではいただこう」
私のような怪しいものが作ったというのにコクヨウは躊躇いもなくそれを口に運び、そしてカッと目を見開くとジャスパーに酒だ!と指示を出す。そのあまりの声の大きさにベーコンに集っていたメンバーもこちらに視線を向け、贅沢品その2である鮭とばまでも全員に配るようになったのは言うまでもないだろう。
「ベーコン、鮭とば。なんと美味なものだ!」
「このベーコンってやつ腹一杯食いてぇ!」
「──まさかこの時代で食べられると思ってなかったよ、ゴイスーありがとね茉莉ちゃん」
「……贅沢品だから沢山はないけどね、今日はクリスマスだから特別に」
鮭とばは元から保存食として作られたものだからどうにかなるかもしれないが、ベーコンは塩気を抑え気味にしてあるし保存食としては機能しないだろう。流石にガッツリと塩きかせて作るとただの塩漬け肉に早変わりで、ベーコンと呼べる代物にはならないし。
だから今度作れたとしてもそれは狩りが成功したときだけになるだろう。でもそうなるとただの焼き肉が恋しくなるわけで、ベーコンを作る余裕はないと思う。
「茉莉、ちっとこっちこい」
「んー、何ー?」
冬の間どうにかして冬眠中の猪を見つけられないかなと考えていると、難しい顔をした千空に呼ばれた。
また何かやれと指示させるのかなと思いきや、やる、とずっしりと重い皮の塊を差し出されたのである。
「開いてみてみろ」
「んー、…………コレって! もらっていいの!」
「嗚呼、欲しがってただろ。後で必要な分は自分で作れよ」
「うん! ありがとー!」
皮の塊、もとい皮のケースを開いてみるとそこには様々な大きさの刃物が収納してあり、私が欲しがっていた鉄で出来たナイフやハサミが納められていた。
うっかり緩んでしまった頬を引き締めることなく貰ったばかりのナイフを掲げてみると、キラキラした刃紋がコレまた綺麗で。
それに何より何様推し様千空様が私にくれたこと自体が嬉しくて、本当に、素直に、嬉しくて。
「あ"ー、コレで今後も精々働いてくれや」
「勿論、馬車馬の如く働かせていただきます!」
珍しく、作り笑顔でない笑顔で、笑えていた。