凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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3 凡人、やらかす。

 

 

 

 

 千空が現れなかった春、私は一人で絶望し悲しみに包まれた。

 なんの根拠もなかったけれどすぐ千空と会えると心の片隅では信じていたからだ。

 

 しかし一向に現れることない千空に過度な期待することをやめ、来年こそはとその年一年は生活基盤を作ることに勤しんだ。

 長年積み重ねてきた経験により石器の作成。そこからの雨風の防げるツリーハウス作り。火起こしは弓切り式火起こし器で着火し、石で囲炉裏を作りなるべく火が消えることのないように過ごした。土器が完成するまでは運良く手に入れた竹を食器として使い、お湯は石焼で沸かす。

 もし夢の件がなければ復活して数日で死んでいた気がするほどこの生活は大変だったし、絶望するほど辛い。何が辛いって朝から晩まで生きるために全ての工程を一人でしなければいけないことだ。毎日の働きでもはや体中の筋肉は悲鳴をあげている。

 

 

 それに何より食べるものも色々と辛い。

 最初こそ山菜で過ごしていたが徐々に飽きて肉食へ思考をシフトチェンジするも獲物を獲るために投石器を作ることからの開始。肉が食えるまでに一ヶ月は軽くかかってしまった。それも焼いて食べるしかないが塩もない状態なので食べにくく、文句は言ってられなかったがそれでもそれが続くと精神的に死ねる。

 獲物が獲れることですっぽんぽんに近かった服装を脱却できることはできたが、色々工程はある上失敗も許されない状況でやはり精神的に死ねた。ようやく一着できた頃にはツルピカザルを卒業できると安堵したものだった。

 

 

 衛生面では石鹸こそ作れなかったがサボンソウを発見しことなきを得た。

 石鹸よりかは汚れは落ちないが、これでひとまず生活は保てただろう。千空まで手早くとはいかないが、そこそこ人間らしい生活基盤は作れていたと思う。

 

 

 

 

 目覚めた春から季節は流れ、衣服や装備を揃えた夏は過ぎ、保存食作りに走り回った秋は遠のき、一人震える体を抱えて寒さを凌いだ冬は巡る。

 

 そうしてまた春はやってきた。

 

 けれども残念なことにその年の春も私の推しは現れる事はなかった。

 落胆しながら私はようやく余り始めた皮を使い、インク代わりに動物の血を使って覚えている限りの物語を記していく。

 もちろん記し方は私にわかるように所々暗号化したもので、万が一誰かに見られても判りはしないだろう。まぁ、万が一があるかはわからないが。

 

 起きてしまった以上記憶が薄れるまでにこれを書き終えて、それを元になるべくこの世界に介入することを防ぐための予習をしておかなければなるまい。

 

 なんて踏ん張って考えてみたもののもし来年も千空が現れなかったらという不安で心がざわつく。

 

 千空と大樹が起きた時の誤差は半年だが、私とはすでに一年空いている。もしかして私が早く起きすぎたという非常事態も考えられるし、そうだとして今が何年前かもわからない。

 硝酸を取りすぎて10年以上前とかそれ以上離れているパターンは流石に考えていなかったので、今ここに一人しか存在していないという恐怖が寝ても覚めても襲いくるようになっていた。

 

 もし来年も現れなかったらここじゃない何処かを拠点にしたと仮定して探しに出てもいいかもしれない。

 私が見落とした似たような場所があって、もしかしたらそこで推したちが過ごしていて、私もそこに混ぜてもらえるかもしれないなんて。

 いくらなんでも一人は寂しいし、それぐらいの関わりならきっと影響はないと既にそう考え始めていた。

 

 

 

 

 結局私の意思は弱く、物語を壊したくないと思いながらも自分の身が優先で、可愛いのだ。

 

 だからだろうか、その年の冬を越し三回目の春が終わっても千空は現れてはくれなかった。

 

 

「──詰んだ。 これ絶対詰んだ。 絶望するしかねぇ、むしろ絶望しかなくない?」

 

 

 流石に三年も復活時期がズレれば現状が最悪だと認知しなければならない。最後の悪あがきとして後一年、つまりは来年の春までをリミットとし、それをすぎて千空が現れなかった場合は一人寂しく死ぬ決意をしなければならないだろう。

 頑張って石神村まで旅立とうと思えばいけるかもしれないが、土地勘がなく、それも今の位置すらわからない私が無事にだどりつけるとは思えない。

 ならばせめてこのツリーハウスで死に後世に復活するであろう推しの為に生活基盤を作って残しておくのが得策だと思えた。

 

 

 千空の体力はミジンコと呼ばれるほどでストーンワールドでは生活基盤を作るだけで一日が終わると言っていた。それがもし整っている状況であれば少しは実験に取り掛かるのが早まるだろう。砂糖の作り方はわからないが塩は作って保存して置けるし、100年単位で復活時期がズレなければなんとか持つはずだ。

 

 

 関わってはいけないという感情と、せめて推しのために何かしたいという自己満足な気持ち。

 矛盾している二つの感情だが、私はどちらかを優先になんて今は考えたくはない。

 

 

 この世界には娯楽はない。

 娯楽のない世界で毎日毎日生きるためだけに働けるはずがないのだ。

 何を目的に生きているのかわからなくならないように、私は私自身で娯楽を作るしかない。

 

 いつか、もしかしたら会えないかもしれない私の推しが喜んでくれたらそれでいいじゃない。推しの笑顔を想像するのが何もないこの世界の私の娯楽だ。

 それくらいは許してもらってもいいだろう。

 

 

 そうと決まれば私の行動は早かった。

 いつか作るであろう葡萄酒用に大きな土器を焼く。何度も何度も失敗したが生憎時間はある故に完成する事ができた。

 塩作りに欠かせない土器は割れることを前提に何十個も作り、七日に一度は海へ赴き塩を作る。その際に見つけた貝は持ち帰り、いつか千空が作るであろうであろう石鹸のために粉々にもした。

 これらの行動をしているとやはりというべきか、疲れ果て鬱にも似た症状が出ることもある。元から不安からのストレス性睡眠障害が出ていた私だ、精神的に強いわけがない。

 そんな時は推しを思い出しながら鞣した皮を片手に服を作る。

 もし推しが私の作った服を着てくれるならそれだけで死ねる、と心を奮い立たせるのだ。

 

 その結果私が着ている服は千空が着ていたものに似ているし、似たような服が何着かできた。もし布製品を作れたならば履き心地の良い下着を作りたかったが、そこまでの知識は身につけていない。故に諦めた。

 

 2年と半年を過ぎた頃には私は既に諦めていて、推しとは会えず一人で死ぬのだと覚悟を決めた。

 

 もし推しである千空と出会っていなければここまで生きてこれなかったのかもしれない。むしろあの夢のようにすぐにでも死んでいたのだと思う。

 何故か二度目の生を受け愛すべき推しに会えた、それだけで十分だったじゃないかと全てを受け入れたのだ。

 

 

 大した人生ではなかったがこれはこれで幸せだったと悟りを開き始めた4回目の春、私はいつものように狩りを終え帰路につく。

 今日は大物が取れたぞとウキウキとして我が家まで帰ると、そこには見覚えのある大根頭の推しが、否、神がいた。

 

「石神、千空──?」

 

 きっと現れることのないと決めつけていた私の推し。

 そして私をここまで生かし続けていた私の神。

 

 それが今、目の前にいる。

 

「────これを作ったのは茉莉、テメェか」

 

 やばい、神が話していらっしゃる。そして私を私として、人として左藤茉莉として認識していらっしゃるしゃる。

 嗚呼ここは天国か。

 

 凡そ四年近く人の話していない私からすれば対人は久しぶりで、その相手が推しであり神へと変貌を遂げた千空で、尚且つただのお隣さんである私を覚えていてくれたと知れば頭がバグるのは必然だといえよう。

 故に私は──────。

 

「3700年ぶりだね千空君、漸くお目覚めだね」

 

 あんれぇ?

 今言っちゃいけない情報言わなかったか、私。

 それ、千空しか知り得ない情報だよね?

 

 何言ってんだよ私。馬鹿かよ私。

 

 嗚呼、詰んだ。

 

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