凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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32 知る者、知らざる者。

 

 

 

 

「やぁ千空ちゃん、お帰〜」

 

 ついに来るその日、千空は目隠しをされたまま村へと帰ってきた。

 村の誰もが彼の反応を見ようと訪れているというのに、茉莉の姿はそこにはない。それに気づいた者も一人いたが、今はそっとしておくべきだろうと口を閉ざしていた。

 

「あ"ー? なんだこりゃ……」

「は! 助けを求めても無駄だぞ千空! 村のみんなも全員ゲンと茉莉のグルだからな!」

「──ククク、ひょっとしてテメーらも漸く気づきやがったか? 俺の首と科学さえ司に差し出しゃあ村は安泰っつう合理的な裏技によ」

 

 その理解できない千空の言い分に言葉をなくす人間と、そうでない人間。後者であるゲンは何を言ってるかわからないと正直に答えた。

 そしてスイカが千空の目隠しを外すと同時に、カセキとコハクが千空の誕生日が今日だということをつたえる。

 

「みんなからの誕生日プレゼントなんだよ!」

 

 千空の目の前に映し出されたのは少しぼやけた土星で、まさか石の世界で見られると思っていなかったものだ。望遠鏡ならば作ろうと思えば千空なら作れた代物だが、自分一人しか使わない娯楽品として後回しにしていたものの一つでもある。

 

「いやまぁね〜、俺のうろ覚えで筒にレンズ2枚入れてみただけっていうテキトーすぎなアレだけども、村のみんな総出で頑張ってくれちゃったからあとはホラ、千空ちゃんが自力で調整してよ♬」

 

 自分がいないたった三日。

 されどその三日で天文台を作り上げるなんて、科学の事を全く知らなかった石神村の人間達だけではまず無理だっただろう。

 だがそこにゲンと茉莉の現代人二人がいたからこそ作り上げられたのだろうと、千空は考えた。

 

「やるじゃねぇかテメーら、実に実用的だ! vs司軍の物見櫓につかえるな!!」

「お、おぉ、たしかに」

「相変わらず合理的なご感想」

「──ククク、男が自分の誕生日なんつーもんいちいち話すわけもねぇ。なんで今日ってわかった?……あ"ーあれが誘導尋問か。つっても俺の石化期間知らなきゃ逆算できねぇ──」

「覚えてない? 書いてたじゃない石化の解けた日付なら」

 

 奇跡の洞窟のそば、千空が目覚めたその場所に記された『西暦5738年4月1日』のその文字をゲンは初めから知っていたのだ。

 そして暗闇の中誰もが気を失う中、時を数えていた男を、石神千空という男をゲンは出会う前から認識していたともいえる。

 

「思えば俺は最初から、会う前から、わりと好きだったのよ、千空ちゃんが。損得は置いといてさ、そういう事でしょ村の皆も茉莉ちゃんも。──あ、それと俺じゃないよ、千空ちゃんの誕生日割り出したの。むしろ知ってたみたいだね茉莉ちゃんは、千空ちゃんの誕生日」

「……覚えてたのか、茉莉の奴」

 

 ゲンの発言に千空は一瞬目を見開いたが、すぐに表情は元に戻る。だがそれに気付かないゲンでもなく、すかさず今の今まで聞けなかった事を口に出した。

 それはゲンだけではなくコハクやクロム、その他の村人も気にしていたことでもある一人の少女との関係性。

 

「ゴイスー気になってたんだけど、千空ちゃんと茉莉ちゃんって元からの友達かなんかなの? 大樹ちゃん達とは違う感じ?だよね?」

 

 ゲンは司からも茉莉については聞いていたが、千空と親しい関係だとは聞いていなかった。

 むしろ茉莉自身が嫌われていると発言していたこともあり、仲は良くないのだろうと思っていた時期もある。

 

 だがしかし、やはり変なのだ。

 この二人の関係は。

 

 仲が良い悪いなんて簡単な言葉で言い表せられない何かがそこにあるのは察することはできる。だが何処まで触れていい話題なのかは分からないのだ。

 

「あ"ー、俺と茉莉は幼馴染"だった"」

「だった? ちょっと意味わかんないだけど、幼馴染じゃないの?」

「そうだぞ千空! だったと今は違うということか? でもそれはおかしな事ではないか!」

「んな気にする事じゃねぇだろ。 別にちいせぇときから一緒に育っただけだっつうの」

「はぁ!?」

 

 驚愕の声を上げたのは千空以外のここにいるメンバーで、千空はぼりぼりと面倒くさそうに耳を掻いた。

 

「家が隣だったんだよ茉莉とは。それこそ兄妹みてぇに育てられたし、そんなもんだとも思ってた」

「じゃあなんで今はアレなんだ!? どうみたって兄妹とはかけ離れているだろう?」

「んなこと知るか。俺だって石化解けてからしかこんなに関わってねぇし、石化前も8年くらい挨拶すらしてねぇわ。だから幼馴染だったが正しいんだよ」

「あ、ありえん!」

 

 詳しく話せば話すほど、ゲン達の顔は強張っていく。

 ゲン達が知っている二人の関係はよそよそしさは無いもののそこそこの信頼関係は作れていたし、会話をしていた姿を思いかえしても不自然さはない。元からの知り合いであったと言われればそうだったのかと納得できるくらいの雰囲気は醸しだされている。

 だというのに石化前は会話すらなかったなんて、そう簡単に信じられるわけはない。

 

「まぁ、なんかがあって石化前から茉莉が俺を嫌ってたとしても、茉莉の性質上こっちについてんのが合理的なんだろ。ひと段落すりゃあまた前みてぇに戻んじゃねぇか」

「茉莉は千空を嫌ってないんだよっ! だって茉莉が天文台作るっていいだしたんだよ!?」

「そうだぞ千空! 茉莉が千空を嫌ってるなんてない! 茉莉が一番千空を信頼してるんだからな! それは君が一番分かってるはずだろう?」

「いや、わかんねぇわ。アイツの考えてる事さっぱり分からん」

 

 今更になって聞けやしない事が多すぎて、千空にしてみても茉莉という人物は謎のまま。それを聞いたとしても素直に答えるとは思えるわけもなく、ズルズルとした関係を保っているのが現状でもある。

 百夜の遺言があっただけに離れていた距離を詰めておきたいところだが、何をどうすれば合理的かが理解出来ずにもいる。

 人間の感情なんて不合理な化学反応のようなもので、どれが正解か不正解か、人それぞれ全く違うのだ。正しい答えがない故に、その一歩が踏み出せない。

 

 今更ながら大樹の事も馬鹿にできやしないと千空は隠れてため息をついた。

 

「──茉莉ちゃんといえばね千空ちゃん、誕生日にこんな事お願いするのはどうかなと思うんだけど、一つ、頼み事してもいい?」

「あ"? めんどくせぇ事じゃねぇだろうな」

「あー、頼みたいのは茉莉ちゃんの事でコレ作ろうとした時俺茉莉ちゃんの地雷踏んじゃったみたい。で、人嫌い再発させちゃったみたい、な?」

「テメーメンタリストだろ、なんでそんなヘマしやがる!」

「ごめんねぇ! 俺だって何がいけなかったかまだ分かんないんだよ。……茉莉ちゃん、一人で離れたところにいるみたいだからお願いね千空ちゃん」

「──ったく、しょうがねぇな」

 

 そう言って茉莉を探しに行く千空の背中をゲン達は見送り、彼が見えなくなったところで盛大に息をはいた。

 そして各々に二人に対しての考えを口に出して思考していく。

 

「幼馴染ってことはオレやコハクみてぇな感じだろ? ぜってぇ違ぇだろアレは」

「うむ、そんな風にはみえんな。茉莉は千空を信頼しているが遠慮もしているように見える。千空は、なんだ? ほっときすぎだろう茉莉を」

「なんで二人は仲良くないんだよ?」

「仲良くないわけではないんじゃろうが、よく分からんのぅ」

「──でもまぁあれだねぇ、千空ちゃんも"あんな顔"するくらいだし、仲を改善はしたいんだろうね」

 

 嫌っていると言った時、考えが分からないと言った時。

 面倒くさそうに彼女の元へ向かう時、千空の顔は僅かに寂しさを含んでいる表情へと変化した。それはほんの僅かな変化だが、普段から年相応の表情を見せない彼が見せた、子どもらしい顔でもあった。

 千空自身気づいていないが、やはり脳の片隅にあるのは幼い頃の泣き虫な幼馴染の姿なのだ、自身が知らぬ間に心配もしているのだろう。

 

「千空ちゃんも茉莉ちゃんも、拗らせてるんだね色々と」

 

 なんてゲンが呟いていたのを知るのは、その場にいた者たちだけであった。

 

 

 

 一方拗らせているとされている千空は着実に茉莉の隠れる場所へと近づいていた。

 流石に何処に行ったか分からない状況ならともかく、ご丁寧に村人が千空へと茉莉のいる場所の情報を伝えにきてくれている。彼らも彼らでここ数日の彼女の異変を感じ取っていたのだ。

 有難いことに村から数分もしないところで茉莉は膝を抱えて丸まっており、その姿を見て千空は思わずため息を吐いた。そしてそれに反応したのは他でもない茉莉で、ゆっくりと頭を上げると二人の視線が交わる。

 

「……お誕生日、オメデトウ」

「なんつぅ顔してんだテメーは。ちゃんと寝ろ」

「うっさいなぁ」

 

 誕生日を祝われた事よりも気になるのは、三日前にはみられなかった隈が、彼女の目元にできている事だった。

 目の下に濃い隈を作った茉莉はあの時からろくに睡眠が取れず、今日その日まで片手で足りるほどの時間しか寝ていない。もちろん原因は精神的ストレスによるものなのだがそれを知るものはいないし、茉莉にとってストレスによる睡眠障害は昔からの事なので気にしてはいない。

 

 千空は当たり前のように茉莉の隣に腰を下ろすと、ぐしゃりと彼女の頭を掻き乱す。

 いくら茉莉が気にしていないとしていても、その打たれ弱い精神を百夜から聞いていた千空には気が気ではなかった。

 

「なんかあったのか」

「──特に、何も」

 

 嘘だと分かりきったその返答に、思わず千空は眉間に皺を寄せる。

 

「ンな顔させて何もねぇわけないだろうが」

「……何にもない」

「吐いちまった方が楽だぞ」

「吐かない」

「何かあったか言え」

「言わないってばっ!」

 

 思わず、彼女がそう叫んだ。

 

 聞いて欲しくないし、言いたくもない。言えるはずがないと呼吸を荒くして歯を食いしばって茉莉は小さな声で千空の問いに争う。千空は千空でその答えを聞くとニヤリと悪事を考えているときの笑みを見せ、もう一度強く彼女の髪を掻き乱した。

 

「テメーからすれば言えねぇほどの何かしらあったんだな? 言わねぇんじゃなくて言えねぇ事があった、そうだな」

「あ、う、ちがっ」

「言えねぇなら無理矢理聞き出しゃしねぇよ。だが一つ、言っておく。どうしても無理になったら気にしねぇで吐き出せ。元からテメーが強かねぇのは知ってんだよ俺は。だから無理になったら言え。いいな?」

「う、嫌、だ」

「嫌じゃねぇ」

「信じ、ないもん」

「あ"?」

「信じて、もらえないもん──」

「ンなの聞かなきゃ分んねぇだろうが」

 

 そう千空がいうと茉莉はくしゃりと顔を歪めて俯き、ただ一言分かるもんと子供のように反抗した。

 その姿はかつて隣にいた泣き虫な幼馴染そのもので、呆れたように、それでも何故か懐かしむように千空の頬は緩んだ。

 泣き出しそうな彼女の隣に座り込み千空は何度も茉莉の頭を優しく叩き、そのうち隣から静かな寝息が聞こえてくると千空は茉莉に肩を貸す。

 横目で寝姿を眺めてみれば、そこにあるのは薄らと睫毛に涙を乗せた茉莉の姿。

 

 

 懐かしい、泣き虫の少女の顔であった。

 

 

 

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