はぁ、もうしゅき。
なんて口に出して言えやしないが、本当になんだこのイケてるメンズは。
うっかり最推しの肩に寄りかかったまま寝てしまい尚且つ悪夢を見なかったせいか、やけに私の思考は冴えている。
まだ朝日の登る前だから原作軸には問題ないと思うが、ここに千空様がいらっしゃるのは大変まずいのではないだろうか。
だがしかし、今のこの状態が幸せすぎてキープしていたい。それがダメだと分かっていても、この天国にいたい。
はてさて、どうしたものか。
「……茉莉、テメー起きてんな?」
「────ウッス」
「なら戻るぞ」
「ウッス」
千空の声と共に背筋を伸ばし立ち上がる。
なんでバレてしまったのだろうと思いつつも聞けやしないので黙るしかない。
長い間座って寝ていたせいか足が痛むが、今は寝る前よりも体が軽く感じることが不思議に感じる。
二、三日寝ていなかった後の睡眠が心地よかったのもあるのだろうが、なんとなく、悩みがほんの少し軽くなったからかもしれない。
言葉に出して言えやしないがそれでも千空ならなんとかしてくれるかもと思い込みができてしまったせいなのなろう。
かもかもの例えだが、そうだとしか言えないのである。
「ホラ、行くぞ」
「ん、ん?」
そう手を伸ばされて、掴んで、これはどういった状況だと首を傾げる。
伸ばされたから掴んだ、それが全てだが私に手を伸ばしたのは千空で、掴んだのは私。
つまりは手を繋いでいるわけで?
なんというか、しゅき。
極度のストレスの後だから語彙力やばい。
当たり前のように繋がれた手の温度を感じつつも頬の筋肉が崩壊しないように無表情を貼り付けて、手の引かれるままに村へと足を向けた。
「千空達が帰ってきたんだよー!」
「おースイカ、望遠鏡で太陽みんじゃねぇぞ」
天文台からブンブンと手を振るスイカに手を振りかえし、私たちは千空達がとってきた石を確認していく。
太陽光に照らされたほとんどの石はキラキラと輝いて美しい。
「おぉおぉおお!」
「すごい! 宝石の山みたい……」
「みたいじゃねぇ、宝石の山なんだよ。ククク、超〜絶レア金属が中に入ったお宝だ!」
綺麗な石を眺めているコハク達とは違い、マグマはただの石になんの価値があるのかと呆れているようだ。コクヨウに至っては投石に使うと言い切っていたし、まぁ、科学に馴染みのある者でもそれを加工して使おうなんてそうそう考えつかないだろう。
司軍とやり合うためにはケータイが必要で、ケータイにはこの石の中にあるタングステンが必要で、まずそれを取り出さなければならない。
千空達の会話を頷きながら聞いているといつのまにか両隣にはルリとスイカがいて、何故だか私の手を握っていた。
「お帰りなさい、茉莉」
「天文台、千空喜んでたんだよ!」
二人は私の手を離すことなく、ただ笑ってそう言った。
なんとなく私は気不味くて何にも言えやしなかったが、ただ笑っておくしかない。
私が辛気臭い笑顔をしている最中にマグマが石を木っ端微塵に砕き、それを千空がかき集めて同時にクロム達へと指示を飛ばす。最低1000℃以上の熱が必要となる加工作業、それを二人へと増させるためだ。
「オホー、そんなの炉で焼けば一発じゃないの」
「なんだ意外と簡単じゃねぇか!」
「アホかテメーらは。ガラス容器ごとクッソ熱い1000℃の炉にぶち込んだらどうなる?」
「あ"」
「ガラス容器だけ溶けちゃうね?」
ガラスの中のタングステンだけを熱するための装置、それが必要になるわけで。案の定二人はその事実に気づくと頭を悩ませ始めた。
私は一旦スイカ達と手を離し、あっちに混ざるからと二人から離れた。二人は手を離してもニコニコと笑っていて、なんとなく変な感じはするが、今は気にしてる場合ではないだろう。
「時間ねぇんだ手分けすんぞ。なんやかんやの歯磨き粉作りの方は俺がやる」
「じゃあピンポイント加熱装置は誰が創んだよ?科学使いが他に──」
とそこまで自身で言ってからクロムはピタリと動きを止めた。
自分でそう言っておきながら、その事実に気づいたのだろう。
「クロム、テメーならもう0から創れんだろ。覚えた科学技全部ブチ込め。ククク、それとも千空先生の助けがいるか?」
「おぅ、笑わせんじゃねぇー! そっちこそラボで助けてーって泣きつくんじゃねーぞ!」
「あ"ぁ、ラボは任せろ。加熱チームはテメーに任せる……!」
嗚呼、ほんとに好き。
うっかりにやけそうになる頬を緩めぬように唇を噛み締めて真顔をキープする。がしかし、やはり好きなものは好きなので若干頬が緩んではいそうだ。
私の事はさておきそんな熱い二人の関係を間近でみていたカセキは自分にもモノ作り仲間の友達が欲しかったと、羨ましいと言葉をこぼす。その言葉を拾ったのはクロムが当たり前のように"三人"も友達がいるじゃないかと言ってのけたのだ。
「オホ? 三人? どこに?」
「ここに」
クロムが指さしたのは千空とクロム自身とそして私で、それには私も驚いて目を開かせた。
「ワシ、歳50近く離れとるのに?」
「歳? 何か関係あんのかそれよ……?」
「むしろ私は友達よりも弟子な感じでお願いしたいのですが?」
「いや、意見言い合ってんだから友達だろ?」
「ん? そんなもんなの?」
てことは私もクロムにも友達扱いされているのかもしれない。
そんな新事実に驚いたのは私だけではなくカセキも一緒で、嬉し泣きをしながら半裸で早速作業に取り掛かっていた。それを横目で見ていると私はゲンとともに千空に襟元を掴まれてラボまで引きずられ、なんやかんやの歯磨き粉作りのメンバーにされてしまったようだ。
「現代人のテメーらはこっち手伝え。村の連中よりまだ化学わかんだろ」
「そうかな〜?」
「指示されたことしかできないよ?」
千空はラボの中にある実験道具を次々と取り出して、私たちにわかる様に簡単な説明をしてくれた。
水酸化ナトリウムでタングステンを煮て、それを貝、塩酸、アンモニアで結晶にしたら焼いてハチミツと混ぜる。ただそれだけ、とでも言いたそうに言い切ってくれてしまった。
「オッケー、もう完璧に分かっちゃったよ千空ちゃん。ハチミツ! 焼いてハチミツ! そこだけは分かっちゃった♫」
「じゃあ私は出すもん出してくればいいのかな? アンモニアでしょ? ちょっとトイレ行ってくるよ。出るかわからないけど」
「……茉莉、それはテメーじゃなくていい。むしろ今はやめろ。……やっぱクロムの方が100億倍マシか──」
「いや〜誰が来てもリームーだと思うよこれはもはや、千空ちゃん以外。茉莉ちゃんも女の子なんだからその発言はやめようね?」
「え、合理的なのに」
アンモニアが小水なのは分かりきった事実なのに二人してそれを止める。やはり男と違って狙って出せないのが問題なのだろうか。ビーカーについてしまったら洗っても躊躇うのかもしれないし、ここはやめておくとしよう。
「んで、私もそこまで役に立たないけど何すればいい?」
「俺が出す指示通りにやりゃいい、大抵のことならテメーならこなせんだろ」
「私じゃなくてもいけると思うけど?」
「杠を除けばテメーが一番器用なんだよ、やれって言えば文句もでねぇしちゃんとやるし、使いやすい」
たしかに私は文句なんて言わないと言いかけたところで、ゲンから横槍が入った。
「──千空ちゃんその言い方はあんまりなんじゃない?」
「あ"?」
「使いやすいって茉莉ちゃんに失礼だよ。ね、茉莉ちゃん」
「いや全然。もしろモノの様に扱っていただいて感謝するレベルです?」
「え、ジーマーで? 流石に文句とか言ってもいいのよ?」
「いやジーマーで文句なんかないよ、私はやれと言われたこと"だけ"をこなすだけ。それ"だけ"しか出来ないんだから、文句なんかあるわけないでしょ」
何を当たり前のことを言っているのかと首を傾げると、ゲンだけでなく千空さえも眉間に皺を寄せていた。
「──あ"ー、確かに言い方が悪かったな。茉莉は大抵の事は人並みにこなせる器用貧乏ってやつだ。できるって分かってっから頼みやすい」
「……千空ちゃんの言い方はアレだけど、茉莉ちゃんはもうちょっと自信持った方がいいんじゃないかな? 茉莉ちゃんはゴイスーできる子だからね?」
「いや、できない子だよ。できる子だったらどんなに良かったことかね」
例えば無限に知識がある子に生まれていたら、医療を学んでいる子だったら、もう少し科学に詳しい子だったらなんて思いもする。
全て記憶なしの話だが、やはりできる子であれば役に立てたかもしれない。
しかしそれもまたたらればの話で現実的ではないのである。
「私は突き出た何かは持ってない、だからいつまで経っても"こんなん"なんだよ。……さて、さっさと仕事を始めよう?」
なんとくなく気まずい雰囲気の中にこりと笑みを作って、私は千空の腕を小突く。
今やるべきことを止めてまで私の話を聞く必要も時間もないのだからさっさと行動に移さなければなるまい。
全くもって何故こんな話になってしまったのだろうか頭を悩ませながら、私たち三人はクタクタになりながらタングステン歯磨き粉の製作に勤しんだのである。