翌朝になるとなんやかんやでタングステン歯磨き粉は出来上がった。
千空は目の下に隈をつくり、ゲンもげっそりとしている。私はというと徹夜になんて慣れていたし、先日千空さんの肩を借りて寝ていたのでそこまでの眠気はない。が、疲れていないわけではないのである。
ポキポキと首を鳴らし肩掛けからあるものを取り出し、私はそっとその場を離れた。
これからタングステンの加熱作業があるのだろうが一旦休憩を入れなきゃやってられないし、私がいなくてもどうとでもなるのだ。今は私がやりたいことをやらせてもらうとしよう。
コソコソと皆のそばから離れお湯を沸かし、手製の急須を準備する。そこに隠し持っていたモノを入れてお湯に注ぐ事数十秒、鼻腔をくすぐるなんとも言えない良い香りが立ち込めた。ラボにあるビーカーを拝借し中身を注げば、麗しの珈琲の出来上がりである。
「ウマー」
「相変わらずテメーは色んなもん隠し持ってんだな」
「それってコーヒー!? え、茉莉ちゃんどうやって作ったの!?」
「……なんちゃってのたんぽぽコーヒーだよ、良かったらどうぞ?」
相変わらず私の食い物を奪っていく現代人二人と、それを眺める現住人。
たんぽぽコーヒーを気にしているコハク達にも分けてあげれば、怪訝な顔をされた。
「──なんだコレは」
「コーヒー擬き。だから本物のコーヒーはもっと美味しいよ。コレはコーヒー擬きにヤギの乳を入れたカフェオレで、こっちの方がまろやかで飲みやすいかもね」
コーヒーと名のついているが、味は麦茶やほうじ茶に近い味でもある。しかしまぁ、休憩にはもってこいなお茶なのだ、白湯ばかり飲んでられない。
たんぽぽコーヒーを嬉しそうに飲んでいるゲンにフィラメントは作れたのかと問えば無事に完成したと返答があり、次の作業に移る前にコーヒーの匂いが漂ってきたとも言われた。今後も飲みたいと要望も聞けたので春先にでも。
たんぽぽ採取に出かけなくてはならないだろう。
「でもたんぽぽでコーヒーなんて作れたんだねぇ、ゴイスー」
「焙煎するより茶漉し作る方が手間だったけどね、そこは銅を拝借してうまい具合に。長夜の暇潰しになったよ」
「──そっか」
何故かしんみりとするゲンにうっかりため息を吐きそうになるもグッと堪える。
多分ゲンがしんみりするのはここ二、三日の私の行動の所為だと察しているのだ。わざわざそこに突っ込んではいけない。
千空とゲンがコーヒーを飲み終えた段階で私達はようやくケータイづくりを再開するのだが、やはり問題は山ほどあるわけで。
「材料は揃った! こっからが最後の山場だな。ざっくりいうとだ、ケータイの心臓部は真空管、ケータイの骨格はプラスチック、ケータイの血管は金の電線。この3つのボディパーツを揃えりゃ携帯電話本体が完成する……!」
「おぉおおぉお!」
千空からざっくり話を聞く分にはもうすぐだと思えるこの作業。どこからどうみても鬼畜そのものでゲンすらも真顔になってる始末だ。
プラスチックなんて普通の人間じゃあ、作り方なんて知らない方が当たり前。作れと言われて作れるものではない。
「んじゃまず順番に早速真空管から仕上げちゃおうかの!」
「おぅ! 宇宙最強の熱線もゲットしたからな!」
「──その真空管の仕上げにちーとややこしいガラス細工があんだ。カセキのジジィでも作れっかどうか」
「オホー言うじゃない。ワシってばこんなグニャグニャしたのとか鬼むずこいの作ってきたもん。そうそう驚かんよ! ほれ、見してみぃ設計図……」
なんて張り切るカセキに千空が見せた設計図はちょっとややこしいレベルとは言い切れない品物で、鬼むずなんて言葉でも生やさしい。
目を見開いて驚くカセキをよそに千空は真空管・ヒックマンポンプの説明を始めてしまうし、頭を悩ませるカセキにフォローが必要だろう。
だがそれは私の役割ではないし、フォローよりも焚きつけるのが上手い人間がいるわけで悩む必要すらないのが今の現実だ。
「俺らの時代でもヒックマンポンプだけはスゴ腕の職人が手作りしてたんだよね〜。あっでも職人って言っても時代が違うだならしょうがないよカセキちゃ〜ん♫ リームリーム!」
その言葉が事実だと知らないゲンはカセキを焚き付ける言葉を言っただけとか思ってそうだが、言われた方からしたら喧嘩を売られた様なもの。
もしこれがカセキじゃなくてもっと他のプライドを持ってた人間が聞いたらイラつきもするだろう。
だがここにいるのは物作り大好きなカセキの爺さん。
心配すら必要ない。
「オホホ、大丈夫じゃい、いらんよそんなメンタルケア。どうせワシややこいほどワクワクしちゃうし。そのかわりね、ワシもアレがいいなぁ、こないだクロムにやったやつ」
頭にハテナを浮かべる千空とクロムに向かって私が手叩きをし、続いたカセキの『モノ作り仲間として』との言葉で千空はそれを察しニヤリと微笑んだ。
そして──。
「真空管はカセキ、テメーに任せる……!」
「オホー了解!」
嗚呼、なんて熱い展開。
まさに少年漫画。
手と手が重なった乾いた音がなんとも心地よい。
ムフフと必死ににやける顔を堪えていればこちらをみていたスイカもモゾモゾしながら千空へと近づき、そして子供チームにもそれが欲しいと強請っている。
「あ"ー、電線はスイカ、テメーらに任せる!」
なんとも子供にお優しい千空様。
たまに悪い顔をしているが、やはり人に頼ってくれる千空さんには千空さんのいいところが多すぎる。本当に最高です有難うございます。
私がにやけながら拝むのを我慢していると千空は私へ近づき、羊皮紙を一つ差し出した。これはいったいなんなんだと紐を解いて確認してみれば、そこには暖炉と思われるものの設計図を記されている。
もしかしなくてもこれは、私に作れと言う事なのだろうかと視線を向ければ当たり前のように千空はニヤリと笑った。
「テメーが前に暖炉を作れる様にしとけって言ったんだろうが。銅のある場所もクロムに聞いて地図に起こしてあっから誰かしら連れて行ってこい」
「ウッス、じゃあコハクちゃんと銀狼くんとマグマさんの力でも借りますわ」
「──なんでそのメンバーにした?」
「え、なんとなく? 力担当はコハクちゃんとマグマさんで、銀狼くんはなんとなく?」
クロムとの捜索メンバーがそれだったからだとは口が裂けても言えない。
「取り敢えず乱獲してくるよ。そっちもがんばってね?」
千空とクロムに背を向けて手を振り、私は早速コハク達へと声をかけに向かった。有難いことにコハクと銀狼はすぐ私の話に乗ってくれたのだが、問題が一つ発生してしまった。
マグマが、私の言う事を聞いてくれないのである。
「なんで俺がテメーの指図を受けなきゃなんねぇんだよ!」
「別に指図はしてませんけど、力を貸して欲しいだけですけど?」
喧嘩腰ではないが何故そこまで嫌われているのか謎なので、口調も強くなっていると自分でも分かってはいる。
だが頭ごなしに否定され、理由すら聴いてくれないといくら温厚な私でもそうなってしまうのだ。
「マグマさんが私のことを嫌っているのは承知の上ですが、銅の採取には人手が入ります。特に力のある人が、なので手伝ってください。一応千空くんにも了承をもらってますので!」
「んなこと知るか!」
「茉莉ちゃん!? もういっそ俺たちだけで行こう? ね?」
「マグマが来ないなら私が2人分仕事するぞ?」
「いや、そういうことじゃないんで」
別に私だってマグマを連れて行く理由はない。でもどう考えてもマグマを連れて行った方が効率はいいのだ。
暖炉を作るにしろ、その他道具を作るにしろ銅は多く採取しておきたい。三人より四人の方が運べる量も増える。だからこそマグマを連れて行った方がいい。
「──千空くんは暖炉を作るつもりでいる。そのためには力持ちが必要なの。だから手を貸して!」
「断る!」
「暖炉ができりゃ寒さで死ぬ人間が減るんだよ、理解しろよデカブツ!」
うっかり千空が大樹を呼ぶ言葉を使ってしまったが、必要な言葉を伝えたので問題なしとしよう。
マグマだけでなく私を見つめる視線が幾らか増えたところで、暖炉とは何かを改めて説明することにした。
室内を随時暖かくしておけて温かい料理も一緒に作れると、煙突があるから寝る時も寒くないと。
それがあるだけで、少なくとも凍傷になることも凍死する心配もないと。
「千空君が作るもの、本来君らがその知らずに生きて逝くはずだったもの、その一つが暖炉だよ。それに暖炉はそのうち戦車になるし一度で二度美味しいんだよ!」
「……そんなこと知るか。それにセンシャってなんだ!」
「──センシャはセンシャだよ、うん」
首振り自動車、だっけ。そのうち出来るの。まだ早かった発言だったな。
うっかり記憶が混ざり込んでくるのは本当にやばい。
「兎も角、私は千空君が作るものを手伝ってるだけでそれに必要なのがマグマさんの力なわけで、指図はしていない! なんなら土下座でもして頼もうか?」
「ドゲザ?」
「地面に額つけて謝ったり頼み事するやり方。そのくらいしてもいいくらい力を貸して欲しいのだけど?」
いっちょやってみるかと試しに土下座をしてお願いしますとお願いしてみるとコハクは息を呑み、銀狼は私の名前をいきなり叫び出した。
「っそこまでのことかよ! 行きゃぁいいんだろぉ!?」
「ん? そすね、きてもらえると助かります?」
石神村に土下座文化があったのか分からないが、土下座でなんとかなったんならいいことだ。
多分土下座のインパクトでうっかり口が滑った戦車のことも忘れているだろうし助かった。
「さて、じゃあ準備していきましょ」
さっと立ち上がり銅の採取の準備に向かった私なのだが、いやに静かな背後がやけに気にかかる。
かと言って振り返ってどうしたのと聞く必要性は感じられないし、ひとまずほっておくとしよう。