凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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36 凡人、伝言をうたう。

 

 

 

 まるでスピーカーですね、とルリが告げたことにより現代組である千空とゲンはその百物語の意味を考え、そして百夜が眠っているとされている墓地へと駆け出していった。

 

 一方私といえばこれでリリアンの美声が聞けるのかとにやけそうになる頬に力を込めているわけだが、何というか、吹き出し笑いを電話越しに聞いていただろうルリから生暖かい視線を向けられている。

 一体なんだというのだ。

 

「茉莉さん、私は少し貴女を誤解していたかもしれません」

「ぅえ、ドユコト?」

 

 いきなり申し訳なさそうに眉を下げるルリに対して変な声が出る。

 誤解とはどういう事かと聞き返せばルリは俯いて、そして小さな声で言葉をこぼした。

 

「……私ははるか昔から貴女を知っていました。そして私は勝手に貴女を私と同じ弱い人間なのだと思っていたのです。でも実際の貴女はずっと強かな女性で、私のような弱さなんてなかった──」

「──知ってたって、どういう事?」

「千空にはお話ししましたが、懐古談として貴女の話がありました。知っているのは歴代の巫女と、千空だけですが」

「……懐古、談」

 

 そんなもの知らない。

 そんなもの物語になかった。

 嗚呼、やはり、私がいる影響が何処かしらに湧いて出る。

 

 自分でも顔に血の気がなくなっていくのが分かるくらい、私は吐き出したい気分になっていく。

 だがそれでも"間違い"は正すべきだ。

 

「私は、強くないよ。それにルリちゃんは弱くない。村の存続の為に好きでもない男と結婚することも厭わないとか、百物語だって今の今までちゃんと繋げてくれてたじゃん。──ルリちゃんだけじゃなくて、ずっと命を繋いでくれていた石神村の人間は等しく強い。ただ逃げてるだけの私と違って」

 

 百夜がどんな伝え方をしたのかは知らない。

 むしろ知りたくはない。

 でもルリが私が弱いと知っている事はそういう伝え方をされていたのだろう。文句を伝えられないが、心の中で言う分には許してもらいたいものだ。

 

「誇ってよ、ルリちゃんが生きてる今を。繋がれた強い意志を」

 

 もし途中で誰かが挫けてしまったら3700年もの間残っている話ではない。

 現代人が知っている童話や昔話だって、昔からの話がそのまま残っているものは少なかったはず。グリム童話なんてエログロで差し替えられた話が多かったと記憶している。

 書面で残していてもそうなってしまっていたというのに、たった百の、されど百の物語を後世に伝えてくれたなんて健気な話だろう。

 

 そういえばと、ふと嫌ではない記憶が蘇る。

 関わりたくないと目を逸らした私の顔を覗き込む百夜、私を笑わそうと奇抜な格好をする百夜、毎日めげずに声をかけてくる百夜。

 宇宙に行けると決まった日わざわざ電話してきて、千空を頼むと一方的に約束する百夜。

 

 もう、会えないと分かっている、隣に住んでいた、愛しき隣人。

 

「──そっか、もう、遅いのか」

 

 無視してごめんねと謝りたくても、声を聞きたくても、もう全て無駄なのだ。

 私は私の為に人間関係を投げ捨てて、そのせいで心配してくれる人を悩んでくれた人を切り捨てた弱い人間でしかない。

 今更気付いたわけではないけれど取り繕った笑顔の下で、心の奥底で、またも罪悪感が芽生えてしまう。

 全くもって弱い人間で嫌になる。

 

「千空達が帰ってきてみたいですよ。行きましょう?」

「そうだね」

 

 また必死に笑顔を作って、偽って、私は泣きたくなる感情に蓋をする。

 泣いてる場合でも、泣ける立場でも私はないのだから。

 

 小さく息を吐き前を向き、私はルリの後に続いて千空達の輪の中へ入り込む。千空がスピーカーという言葉のもと見つけたのはガラスのレコードで、百夜達クルーが残した遺産だ。

 

「このガラスの瓶の底に音が入ってんのか!!」

「でででも音なんてつかめもしないんだよ??」

「みじんもわからない、どうやって……!」

 

 現代人の私でさえわからないレコードの仕組みを千空は簡単に説明し、そしてそれを聞くための再生装置作りに取り掛かる。有難いことに再生側は楽に作れるようで綿飴機に使用したコハクの盾の歯車と、骨の針が有ればなんとかなるらしい。

 

 さすが千空パイセンと心の中で合掌しておくのは忘れない。

 

 グルグルと銀狼が歯車を回し、少し緊張した顔で千空が針をレコードに通す。

 すると雑音と共に懐かしい声が私たちの鼓膜を震わせた。

 

『これを聞いている何百年後か何千年後のどなたか分かりませんが、私は宇宙飛行士の石神百夜と申します』

 

 そう百夜の声が流れると村のみんなは一斉に声を上げて驚き、この村の創始者である百夜の声にさらに聞き入る。

 

『なーんてな! 堅っ苦しい建前ハイ終わり! 千空、石化復活とげて今このレコード聴いてんのは千空、お前だろ。わかるんだよ俺には』

 

 3700年前からようやく届いたメッセージ。

 3700年経ってようやく再会を果たした二人の親子。

 

 一方はもうこの世にいなく、そしてその遺骨ですら何処にあるか分からない。あったとしても時の流れで既に骨の方すら残っていないだろう。

 だというのにそこには確かに形では表せない深い絆のようなものが感じられた。

 

『千空、もしもお前がまだ村の仲間達の心を掌握出来ずに困っていたらこれを聴かせるといい。音楽の灯の消えた彼らに──』

 

 瞬間流れ始めたのは強く胸打つような歌声。

 力強くも儚げに、言葉の意味が分からなくとも脳を揺さぶるリリアンの歌声が響いた。

 ガラスのレコードのせいで本来の歌声よりも劣化して聞こえるが、ちゃんとした音楽を知らない村人達にはかなり刺激が強かっただろう。

 私もテレビ以外で初めて彼女の歌声を聴いたがやはりこう、クるものがある。

 今更になって一枚でもCDを買って聞いておけばよかったななんて後悔するが時既に遅し、彼女ももうここにはいないのだ。

 

「歌……」

「でもこんなの、綺麗すぎるんだよ」

「天女の声じゃい──!」

「リリアンちゃんは俺らの時代でも歌唱力世界トップの一人だから、そんなのいきなり聞いちゃったらねぇ〜」

 

 多分、歌唱力云々の問題だけではない。

 彼女の歌声には過酷な状況にありながら必死に生きて、それを繋げるという強い思いも込められている。

 そして彼女の思いを受け継いだ者達からすれば、血を引き継いだ者達からすればその歌声は自分たちの原点でもあるのだ。

 チラリとルリに視線を向ければ彼女の目には涙が溜まっていて、私には感じられない何かを感じ取っていてもおかしくはないだろう。

 

「うぉぉおおん! すごいよぅ! 歌がもう、すごくものすごいすごいんだよぅぅ!」

「語彙」

「──千空達の、昔にはこんなすごい音楽が沢山あったのぅ……?」

「あ"ぁ、音楽だけじゃねぇ、ゲームテレビ漫画映画、どいつもこいつも科学の進歩で作れるようになったエンタメどもだ。世界には超絶面白ぇもんが山ほどあった。現物は消えちまったが、全部人類の記憶ん中に残ってる!」

 

 たとえ物が消えてしまっても作者が復活すればまた一から作り直すこともできる。

 既に故人の作品も覚えていてくれる人がいれば蘇らせることができる。

 それこそCDもつくれるようになるかもしれないし、復興を遂げれば遠くない未来テレビなんかも観れるかもしれない。七十億人まるっと復活できれば、失った文化も少しは取り戻せるのだろう。

 

「先がまだ遠いなぁ」

 

 まだ、今は序盤だ。

 まだ司との戦いは終わっていない。

 だというのにそんな未来の事を思い描くなんて私の思考には呆れたものだ。もしかしてその先の未来が私のせいで崩れるかもしれないのに。

 

「司軍のみんなもこのレコード聴いたらいいんだよ……」

「綺麗すぎてビックリズッキューン! で攻撃の手止めてくれちゃったりしないかの〜」

「いや〜、現代人だとリリアンちゃんの歌とか有名すぎてね、今更ビックリズッキューンもないと思うよ? 大体こんな音質じゃあ──」

 

 とそこまで口に出して何かを思いついたかのようにゲンは口を閉ざす。

 その思いつきに私は心の中で大丈夫だよと無意味な励ましを送った。

 もし仮にその策でゲンと千空、クロムが地獄に落ちるならば私は既に地獄の奥底に落ちている。だから君たちは誰も地獄になんておちないよ、と。

 

「あ、歌といえば茉莉も歌えるのではないか?」

「そうなんだよ! 茉莉! 何か違う歌聞かせてなんだよ!」

「──へ? なにも今そんな事言わなくても?」

 

 一人寂しく鬱モードに入りかけていると、いきなりコハクとスイカ、その声に釣られた子供らが私の元へと駆け寄ってくる。

 あの歌声を聴いた後に歌えとか、何その嫌がらせ。

 リリアンと後に一般人の歌とか晒しもんレベルだとこの子らは知らないのだろうか?

 

「あー、うん、私はいいかなぁ? もっかいリリアンの歌聞きなよ?」

 

 そっと後ずさる私の肩を掴んだのはニコニコと笑ったルリで。

 

「私もまた茉莉さんの歌聞きたいです。それに、みんなもそう思っているようですよ?」

 

 そう言ってルリは視線を横にずらし、私も同じようにそちらを向く。すると若干目をキラキラさせている村人がチラホラいるではないか。

 

「いや、でも、私、リリアンのより下手くそだし?」

「でも茉莉の歌は意味がわかるんだよ!」

「確かに! 茉莉の歌は私たちと同じ言葉だもんな! さぁ! 聞かせてくれ!」

「マジデカー」

 

 助けを求めるように千空を見ればニヤリと彼は笑い、ゲンはまだ考えているようで私を観てすらいない。

 もういっそどんぐりころころでも歌ってやろうかと思ったが、このキラキラお目目な人たちに聞かせられる自信はない。それになんでドジョウとどんぐりが話せるの? なんて聞かれたら面倒で死ねる。

 ならばもう彼らが意味を考える歌か歌詞そのものに意味のある歌にしよう。

 

「じゃぁ、そうだね、一曲だけね? 先に言っとくけど、私歌は上手くないよ? リリアンと比較しないでね?」

 

 まさかこんな世界になってこれ程までの晒し者にされるとは私は考えていなかった。

 分かっていたらボイトレにでも通っていたというのに。

 

 後悔しきれない思いを抱いたまま私は喉を震わせた。

 

 

 日本語で尚且つ意味のある歌詞。

 多分千空もゲンもわからないであろうマイナーな歌。

 なぜその歌を選んだかといえば、やはり百夜の事を深く思い出したからだろうか。

 

 冬の日に生まれた子を思う母の歌。産めた事を誇りに思う親の歌。

 ついてない人生だったけどその子と会えたことが最高の幸福だったと、側で成長を見守れないのを無念がる気持ち。

 どんな苦難が訪れても諦めず、勇敢であれと最後まで願って逝く歌。

 

「幸せにおなりなさい」

 

 たった11文字、されど11文字の最愛の子へ紡がれたメッセージ。

 

 

 嗚呼そういえば、私はこの母親が百夜みたいだなと遥か昔に思って聴いていた気がする。母ではなく父から、遠い過去から未来の千空へと向けられた歌のようだと私は思っていたのだ。

 

 だからこの歌がすんなり口から出てきたのかもしれない。

 千空を産んだのが誰であれ、百夜と千空はたった二人だけの家族だった。

 父と子の、その本質は何千年経っても変わりやしなかった。

 

 今もなお愛すべき、愛おしい親子だ。

 

 千空がこの世界を愛してくれるなら、それが百夜が生きていた幸せで、人生の全てになる。

 

 私はただ、そう思うのだ。

 

 

 




茉莉さんが歌ったのは某幻想楽団の曲です。
聞いてみたい方は『11文字・幻想楽団』でお調べくださいませ。
この歌を歌わせたいがための36話でした。
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