凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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39 凡人、切望する。

 

 

 

 

 メーデーメーデー。

 誰かたっけて。

 今目の前に超怖たんな氷月たんがいるの。

 たっけて。

 

 

 

 

 にこやかな笑みを浮かべる私と、挑発的に笑うクロム。

 何故こんな状況になってしまったかは単純明快。私も羽京に捕まってしまったからだといえよう。

 

 

 

 

 私は、否、私達はあの時無事にケータイを千空の墓標とされる場所に埋めることに成功した。だがやはり、そこまでしか成功しなかったのだ。

 ケータイを埋めるためにマグマが岩盤を叩き

 割るとその音を聞きつけた羽京に私たちの存在はバレてしまい、そのまま大樹と杠に伝えることなく逃走。朝方まで命がけの追いかけっこをし、茂みへと誘い込まれてしまったのである。

 

 知ってた展開だったが、誘導できる羽京さん、マジぱねぇ。

 

 それはさておき。

 

 弓で狙われる最中、クロムはゲンを逃すために電池を使い火を起こして大声を上げて、音を立てて走り出す。同じくマグマも大声を上げてクロムを追い、私はただそれを見ていた。

 ゲンは眉間に皺を寄せながらも私の手を握って反対方向へ走り出したが、私はその手を振り払った。私の名前を呼んだゲンに背を向けて手を振り、この機会にストーンウォーズが終わるまでお暇させていただこうと走り出したのだが、どうやらこれが間違いだったようだっと今なら思える。

 

 ヒュンと音を立てて、風を切って私の足元に刺さった三本の矢。

 視線を向ければそこにいるであろう羽京と視線があった気がした。

 

 もしここで私が下手な行動をした場合、物語に変動が出る可能性はないのだろうか?

 ゲンの誕生日の計算が遅れたように、天文台の発端が私になってしまったように、私の予期せぬところで何かが変わってしまう可能性はないのだろうか?

 

 羽京と目があった瞬間、低俗な私の脳はそう思考せずにはいられなかった。

 

「あぁ、もう、クソが」

 

 悪態をついたところで何も変わらない。

 もしも、がある以上私には何をすることなんてできやしない。そもそも千空に頼まれたからと言ってここまで来てしまったのが間違いだったのかもしれない。

 故に私はその場に座り込み両手をあげて事がすぎるのを待つことにしたのである。

 

 そして私の次に捕まったのはクロムで、なんで逃げていないんだと私に呆れた顔を向けてきたがスルーさせていただこう。

 私だって逃げたかったが、羽京さんが逃げ出すのもよしとしなかったのだよ。

 私だって本当は逃げたかったんですよ、君たちとも羽京とも。

 

 戦争とかマジ無理なんです、私。

 痛いの嫌い、戦うの嫌い。

 そして何より、関わりたくないのだ本当は。

 いくら君達が千空が、恋しくとも。

 本当は関わってはいけないのだ、寂しくとも。

 

「ごめんね、拘束させてもらうよ、君が茉莉ちゃん、かな?」

「──ん? 何故名前を?」

「あぁ、君を気にしてる奴がいてね。特徴的にそうかなって」

 

 とても嫌な予感がしたが、それを追求する気すら起こらなかった。

 

 クロムと羽京と坂を登っているとこちらを発見しただろうマグマの叫び声が聞こえた気もするが、ここも予定調和なので気にしない。

 ロープでグルグル巻きにされたまま長い坂道を三人で登っていると、羽京は不意に立ち止まり、そのロープをほどき出した。その行動に思考を止めるクロムの隣で私は一度深く呼吸をし、ただことの成り行きを見守る。

 

「あはは、もういいや縄なんか。だって君ら今逃げる気ないし、わざと白旗あげたでしょ? 脳筋くんとあともう一人逃げた人、仲間を助けるためにさ。あのまま煙幕晴れたら俺も脳筋くん撃つしかなかったしね」

 

 笑顔でクロムの行動を褒める羽京に、その言葉を褒め言葉として受け入れにやけるクロム。私はニコニコと笑っていたが、内心穏やかではない。

 

 そしてわたしのお腹がキリリと痛む中、冒頭に戻るわけだ。

 

「テメーがあの……いや、自己紹介はいらねぇ。聞かなくてもわかるぜオーラが違う、会いたかったぜ。よぅ、はじめましてだな司。俺の名はクロム、石神村の科学使いだ……!」

 

 うん、そう言い切るクロムはカッコいい。

 だがしかし、そう、だがしかし。

 何故に氷月さん目を開いて私を睨んでいるのでしょうか。

 他の方々はクロムに釘付けなのに、何故氷月たんは私に釘付け?

 それも悪い意味で。

 誰かたすけて。

 

「──クロム、君はどうして自らを科学者と名乗ったんだい? 千空から現状を聞いていれば消されるリスクを恐れるのが普通だ」

「おうよ司! 科学絶対殺すマンのテメーに俺がガッツリ教えてやりにきたのよ! 科学がどんだけ面白ぇかをな!! いいか良く聞け! まずは──炎色反応!!!」

 

 デデンとバックに効果音が出そうな声量でクロムはそう叫び、私を含めた四人とその護衛達は表情筋の筋肉をぴたりと止めた。そして私たちが止まった事をいいことにペラペラと語りはじめたクロムだった。

 だがその語りも長くは続かず、司の指示の元私たちは引きずられるように滝の前まで運ばれたのである。

 

「さて、まずはクロム、と言いたいところだけれども先に君の意思を確認しておこうか茉莉。うん、茉莉はこちら側にはつく気は無いのかな? 君は科学者じゃないし、聞くところによれば君は技術者らしいじゃないか。今までのことは全て無かったことにして、一からこちらで働かないかい?」

「まず聞くのがそれなの? 来た目的とかじゃないの?」

「それは彼にも聞けるからね」

 

 と司はいい、同時に氷月の手によって滝壺の空上に吊るされたのはクロム。

 クロムにとって私は人質で、逆もまた然り。

 考えることが物騒で嫌になる。

 

「私は、そうだね。クロム君とのお話し合いが終わった後にしてもらってもいいかな。考える時間が欲しい」

 

 なんて嘘だけども。

 私の発言のせいでクロムを危険に晒すことだけはしたくないのだ。

 

 お願いとにこりと笑ってみれば鋭い視線が二つほど私に送られる。そのせいでお腹がまたキリリと痛んだが、私には笑うことしかできないのだ。

 

「──はぁ、科学者のクロムクンがここに来た目的を教えてくれますか? まぁ、口を割らなければこのまま二人して死ぬだけですが」

「なっ! 茉莉は関係ねぇだろ!?」

「彼女は君の意見で意思が変わりそうなので、運命共同体ですよ」

 

 そんなんあんまりだよ、氷月たん。

 私の何が気に入らないの。まぁ、言ってることは合ってるけれど。

 

「クロム、俺は科学文明全てを否定しているわけじゃない。現にここでも炎や道具を使っているし、生活を豊かにできる知恵を持っている技術者である茉莉が欲しい。だが歯止めが必要だ。既得権益者達が全てを牛耳る旧世界が、どれだけ科学武器で汚れ切っていたか君は知らない」

「この際です、我々につきませんかクロムクン?」

「うん────千空の首さえ差し出せば、炎色反応など君が楽しむ程度の科学と村人全員の安全を保障するよ」

 

 何かを得るためには、それ相応の対価を支払わなければならない。それはクロムだって分かりきっている世界のシステムだ。

 千空の命、たったそれだけを差し出せばルリやコハク、カセキといった大切な村の仲間の命は助けてもらえる。

 だけれども、感情とはいつだって不合理なものなのだ。

 

「……おぅ、悪くねぇな死ぬよりは──って言うとでも思ったか? 落とせよとっとと。悪りぃな茉莉、俺と一緒に死んでくれ」

「──しゃあないね」

「そうですか」

 

 その返答でクロムの体は滝ぞこへ向かい落ち、同時に氷月の槍が私に向かう。

 だが司の意思でクロムを救ったのは羽京で、氷月の槍を止めたのは他ではない司だった。

 

 司は一度槍を離すと近場の木をへし折りクロムのいる方角へ投げつけて橋を作り、見下ろす様にクロムに視線を向ける。

 

「これ以上彼を責めても無意味だね、彼は飴でも鞭でも裏切らないよ。──さて、次は君の答えを聞かせてもらおうか、茉莉」

「え、今そこ聞いてくる? まずは来た目的じゃないの?」

「そうですよ司クン、彼女は生かしておいても仕方ないでしょう?」

「君はどんだけ私を殺したいの? 何がそんなに気に入らないの?」

 

 本当に私は氷月さんに何をしたんでしょうか。そんなに恨まれることしました?

 

 はて私が何をしたのだろうと首を傾げていると司は私を氷月から隠す様に背中に隠し、私の問いに答える様な形で羽京に私たちを何処で発見したのだと問いかけた。

 

「例の奇跡の洞窟に二人で偵察に来てたよ。まぁ狙いは硝酸かな」

「いえ? 私はただの案内人ですが、偵察はクロム君一人です」

 

 羽京の嘘に合わせて嘘を吐き、視線をクロムに向ける。

 

「だから見つかるよっていったのに。クロム君くらいだよ、あんな好奇心旺盛なのは」

 

 そこが千空とあっていいのだけれどもね。

 見てて幸せになれて私は好きよ、二人の師弟関係。科学使いのコンビ。

 うん、ごちそうさまです。

 

 のほほんと、現状を忘れて頬の筋肉を緩めているとすぐそばから鋭い視線を感じて背中がゾワリと小さく震えた。

 その視線はもちろん氷月のものともう一つ、司からのものだった。

 

「うん、彼は捕虜として拘束しておこう。それで茉莉、君はどうしたい?」

「……なんで司くんはそんなにも私を引き入れたいのかな? 後ろにいる彼は私の事嫌いみたいですが?」

「それはまぁ、仕方ない事だよ。人の好き嫌いまで俺は奪う権限はない。俺が君を引き入れたいのは今後の生活のためだよ、君があのツリーハウスを作ったのだろう? 狩りもしていたようだし、大樹が君を褒めていたよ。──それに杠も君ならばもっと獣の皮を上手く扱えると言っていた。君は科学を発展させるほどの能力はないけれど、生活を豊かにする知恵を持っている。違うかい?」

「成程、私のことを話したのはあの二人だったか……」

 

 まさか二人が私のことを話すなんて思ってもいなかった。千空について話さなくとも、私が違う場所で生きてる可能性を考えて司に話していたのだろうか。いや、大樹の場合は素直に答えていたのかも知らない。

 全くもって、理解が追いつかない。

 

「君はクロムが落とされた時、なんの行動も起こさなかった。死んでくれと言われて躊躇わなかった。でも君の瞳には死を目前とした覚悟を感じられなかった。うん、茉莉、君は死ぬ気なんてなかった、違うかい?」

 

 私はクロムが助かる事を知っていた。

 だから死んでくれと言われても軽く頷いた。

 氷月の槍が向かってきたのは予想外だが、殺されるとは考えていなかったのである。

 その思考を司に見通されてしまったのは不覚であった。

 

「そうだね、私は死ぬ気はなかったよ。でも死んでもしょうがないとはつくづく思う様になったかな、こんな世界で生活していて。生きていたいなんて、生きていていいなんて私だけの切望だから、多分私は簡単に理由なく死ぬんだと思う」

 

 なんてったってモブですし。

 異物である私は、この世界から弾き出されても文句の言える立場ではない。私がいるだけで、完璧な世界にヒビを入れているようだ。

 

 異物でしかない私だが、モブである私だが。

 それを理解している私だが、それだからこそ万が一の可能性を、起こってほしくない可能性を唯一理解してしまってる。

 

「条件次第で君側についてもいいよ」

 

 茉莉と、クロムが叫ぶ声がした。

 

「その条件は、なんだい?」

「なに、簡単な話だよ。この戦いが終わっても石神千空を殺さないでほしいッ──痛っ!」

 

 条件を言った瞬間、司は私の腕をへし折るような力で掴みそのまま私を組み敷いた。

 なんの感情もない目が私を見下し、思わず涙が出そうになる。

 

「可能性の! 可能性の話をしようよ司君! 別に私は君の理想を壊すために石神千空を生かしたいためじゃない、人を、誰かを生かすために必要な知識を残す選択をとって欲しいだけ! 科学を発展させたくないなら彼の両腕でも両足でも切り落とせばいい、人質をとって言う事を聞かせればいい、必要であれば私を彼の目の前で殺してトラウマの一つでも作ればいい! 私の命なんて好きに使って構わない! だから、人を救える知識を、誰かが助かる可能性を君が奪わないでよ!」

 

 物語を変えるつもりなんてさらさらないんだ。

 

 でももし、万が一、千空がこの戦争に負けてしまったら?

 宝島なんて行かないかもしれないし、アメリカにも行かない。そうしたらいつしか、いつの日か日本は科学武器にまた蹂躙されるだろう。

 司は目覚めている人間が他にいる事を知らない、彼らが科学を用いて行っている事を知らない。

 何十年先かそれとももっと先か、それでも千空が負けた場合必ずその日は訪れる。

 

 武力は科学の前に、敗れ去るのだ。

 

「誰かが怪我をした時、薬があれば治療できれば助かるかもしれない。それなのに君は何もしないまま死なすの? それは殺す事と一緒じゃないの? 君に大切な人ができた時、君はその人を見殺しにできるの? 他の人にもそれを強制させるの? もし私がそうなったら君を憎み恨むよ、大切な人を間接的に殺したのは君だと!」

 

 もし物語がこのまま変わらずに進んでくれるのならば、私の言ったこの言葉の意味を、司が正しく認識してくれる事を願う。

 

「科学は人を不幸にするためにあるんじゃない、幸せにもできるんだよ。いつの時代も、人を不幸にするのは人の意思や悪意だ。本当に科学だけが悪とは限らないでしょ? だから──」

「うん、茉莉の言い分はわかったよ。でも俺には俺の作るべき世界がある。……だから、少し時間をもらえるかい? 俺なりに君の考えにちゃんと答えたいんだ」

 

 私を地面に押し付けていた強い力は緩くなり、司の手によって私は引き起こされた。

 鋭く私を睨んでいた視線とはうってかわり、司の瞳には困惑の色が見えている。

 もしかしてしてはいけない意見を述べてしまったのかもしれないと肝を冷やしたが、私は私なりに万が一に備えたかったのだ。

 

 私は石神千空が好きだ。

 もちろんそれはキャラクターとしてだった。

 

 でも今は一人の人間として彼が好きなのだ。

 生き様も、思考も、誰かのために何かをなすその志も。

 キャラクターとしての推しが、何時しか現実世界の"人間"を思う気持ちへと変わってしまった。

 

 三次元に推しを作るなんてあるわけないと思っていたが、どうやらそれは私の考え違いだったらしい。

 推しは二次元から三次元へ移行しても推しは推し。尊いものに変わりない。

 だからこそ、万が一が起こってしまっても、たとえその結果私が恨まれたとしても、彼には生きていてもらいたいのだ。

 

「とりあえずその時まで考えてよ、どうせ村には帰れなそうだから色々手伝いはするから。万が一君が石神千空を殺したその時は私は何も言わずに此処を去るよ、いいね?」

「嗚呼、それで構わないよ。──うん、君は、俺達が思っていた以上に"強い"人間のようだ」

 

 うん、俺たちって誰よ。強いって何よ。

 もう何も聞きたくないと思いつつもにっこりとだけ笑っておいて、私はひとり溜息を飲み込んだ。

 

 全くもって、なんで生きづらい世界なのだろう。

 

 

 

 

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