「君は、自分が置かれている状況がわかっていないのかな?」
「えー、わかっていたとしてもやることは変わらなくない?」
呆れた顔で私を見つめる羽京の目の前で、私は淡々と火を起こした。
腰から下げていた刃物セットは司預かりになってしまったが鞄の中身は点検後戻ってきたし、暖を取るためにファイヤーピストンを使用することを躊躇うことはない。
それに何より私はクロムと別に隔離され、その監視役は羽京なのである。故になんの懸念もなしに行動するのは当たり前だろう。
「……にしてもよく、この設備で冬を越せたものだよ。死人とか出てないの?」
「そこはなんとか、杠のお陰かな。彼女がいなければコートなんてなかったようなものだから」
「確かに、裁縫できるあの子の存在は強い。でもそれだけじゃこの先はどうもならないだろうけどねぇ」
私が軟禁されている場所は木で作った小屋で、モルタルで強化されてはない。そのために隙間風も入り室内と外でも似通った気温だといえよう。いくら火をつけたところで暖かいのは近場だけで、一つの家屋に一人では簡単に凍死するレベルだ。
モルタルの作り方なら大樹か司が知っていたのではないかと羽京に尋ねてみるも、全員が住める家屋を作るだけで精一杯でそこまで手が回らなかったらしい。
司が復活させているメンバーも武力に偏りがあるようだし、杠のような生活基盤を作れる人間はそういないようである。
彼が私を仲間にしたい理由はそこにあるようで、戦争後を見据えて生活基盤を底上げしたいのだろう。
「あ、そいえば聞いておきたいのだけれども、調味料は塩だけ? 肉や魚だけじゃなくて野菜も食べてる?」
「……主に肉食の方が多いかな」
「ほんとに、武力に偏りすぎだよ、戦う前に死ぬよ? そこんとこ気をつけてって司くんに伝えてもらってもいいですかね?」
必要栄養素取れなくて病気になったら即終了。
それも医師なしだから延命なんて無理ゲー。
そう考えると司が如何に理想の世界を作り上げようとしているのか浮き彫りになってしまう。
少なからず千空といい大樹といい杠といい、何かに特化している人間を復活できている今はともかく、早いうちに農業やら漁協やら、畜産に特化した人間も復活させなければいけないとはわかっているのだろうか?
否、番号が書かれた石像を思い出してもみんな武力派だった。そこまで考えが回っていないのだろう。
となると、早い段階で食生活を整えるのがベストか。
「んー、私は何故か自由が利く軟禁だし、このまま作業に取り掛かろう」
「それは、こっちに寝返るってこと?」
「いや、少なくともここで生活する以上、それなりの基盤を整えるだけだよ。どうせ大樹君と杠ちゃんとは会わせる気はないんだろうし、私も会う気はない。けど、二人が苦労するのは嫌だから」
主に大杠的な意味で。
敵地にいる以上、安息なんてないだろうし。
でも二人の性格なら、大丈夫、なのだろうか?
「ともかく、羽京さんは敵になりそうもないし手伝っていただいても?」
そうとだけ言って私はにっこりと笑い、彼に手を差し出したのである。
羽京は私の行動を怪しみながらも、大樹と杠に会わせないようにしながらもこちらの現状を私が把握できるように回って見せ、その都度どんなものが必要かどれほどの時間がいるかと細かく聞いてきた。多分これは私の答えがそのまま司にまで届くと思っていいだろう。何故だか知らないが、司はクロムと違い私を監視付きの軟禁で済ませているし、ある程度の自由が効く。
ついでに言えば私が名前を知らないモブ達との接触を許していた。
彼らと出会った際には私もすぐにそちら側に行くよと思わず満面の笑みになってしまったが、羽京に怪しまれたためすぐに作り笑いしたのは言うまでもないだろう。
杜撰だった家屋は彼らと共にモルタルを作り補強し、持参した干物とベーコンの賄賂を渡しておいたので私への態度もそこまで警戒心はない。
中には杠たちから私の話を聞いていたメンバーもいるようで、"仲間"として扱ってくれる人もいた。
私がチマチマと行動をすると共に食卓には彩りが増え、魚醤を使った料理もたまに出る。そのせいか若干科学王国寄りの人間も出てしまったが、羽京は何も言ってこないので問題ない。
むしろ羽京は司が全面的に私の意見をとりいれている事に驚いているようで、何故だが微笑ましい顔をされている事があるぐらいだ。
「司の話を聞いていたときはまさか君がここまで出来るとは思っていなかったけど、目の前でやられると疑う余地もないね。確かに君の存在は大きい」
「褒めても何も出てきませんが? それに私は出来ることしかやってない。これ以上のことはできやしないし、もし仮に千空君が死んだら全部ぶっ壊してくから安心しなよ」
私はこの世界で出来るために学んできたのだ。出来ない方が恐ろしかった。
無様に死ぬことがないように、恐ろしい死に方をしない様に、ただ必死にやってきた事をこなしているだけ。
それ以上のことは、本当に何も出来ないのだ。
「……茉莉、君は何故そこまで千空を、彼を生かしたいんだい? もちろん僕だって誰にも死んでほしくはないけど、君と僕とじゃ願うものが違う。人の死を見たくない僕と、"彼"の死を止めたい君。だからこんなにも君は、自分は役に立つって見せつけてるんじゃないの? 司に、千空を、彼を殺されない為に」
「────それはどうかなぁ、貴方にそう見えたら、そうなのかもしれないしそうじゃないかもしれない」
「君にとって彼はとても大切な人なんだね」
「さぁ、どうだろう。大切の意味が分からないね」
「守りたいんじゃないの、千空を」
「守るのは、私じゃないよ」
石神千空が本当に大切だったら、私は彼を見殺しになんてしなかった。
守りたかったら、全部を話せていたのかもしれない。
「──羽京さんは、このあとどうするの?」
「あからさまに話題を変えてきたね。でもまぁいいや、時間はまだたっぷりあるし。この後は……狩りでも行く?」
「そうじゃなくて、裏切る覚悟できたのかって話。司君のこと、裏切れそう?」
人の死を見たくないと、そう言い切った羽京の事だ。もうすでに心は決まっているのだろうけれど。
首を傾げにこりと笑ってみれば彼は一瞬キョトンとして、そしてため息を吐きながらも笑った。
「そうだね、僕も条件次第で協力するよ。あ、でも、他の人達も割と協力してくれるかもね」
「それは、どういう──」
「気づいてないの? 計算かと思ってたんだけどなぁ。茉莉がした事であっちにつけばもう少し"まとも"に生きられると理解してる人もいるって事。みんながみんな、司の武力だけを頼れないって気づいてはいるんだよ」
「……じゃぁ問題ないね。近々反乱があっても優位に動きそうだ」
「という事はあっちからコンタクトがあるんだね」
「さぁ、どうだろう?」
敵ではない、だからうっかり話してしまっても問題はない。と思いたい。
耳がいい羽京のことだ、近場に怪しい人間や盗み聞きしてる人間がいたのならこんな際どい話はしなかっただろうし。
山菜でも取りにいこうかと私は朗らかに笑い、くるべくその日までただモブとして生きることに徹した。
だがしかし、束の間のモブ生活も終わりが来るものだ。
電話って作れるんだねと若干引いた顔をした羽京が私の前にきたその日、私はにっこりと笑い『千空君だよ? 作れるに決まってるじゃん』とそう告げたのである。
全くもって、彼は千空を軽く見過ぎだ。