私はいつだって逃げてきた。
記憶が入り込んだ日も、全人類が石化した時も。そして千空が復活して司に殺された時も、石神村が襲われた時も。
私はいつも逃げてきた。
だから私は、また逃げることを選択する。
もしも私に世界を変えるだけの何かがあったとしたら、こんな気持ちになんてならなかっただろう。
私はまた千空を苦しめる選択をするのだ。
氷月が司を殺そうとするのを知っていながらそれを止めず、千空が司を殺す選択する道しか選ばせるつもりはない。
心底私は非道な人間なのだ。
千空が推しだの神だの言っておきながら、私は私のためだけに彼を苦しめるだろう道筋を歩ませるしかないのだ。
これが世界のためだと、これが正しい行為なのだと自分に言い聞かせ、私は考えることを今日もまたやめた。
「──茉莉ちゃん!」
「……お久しぶりだね、杠ちゃん」
約一年ぶりにあった彼女の髪は相変わらず短いままで、その姿を瞳に映すだけで罪悪感に苛まれた。
あんなにみんなの、千空の役に立ちたくて会いたくて戻ってきたというのに、私の思考はすぐその考えは間違っていたのだと改めさせる。いくらこの先役に立とうと、私がしでかした事が覆ることはないのだと。
この先一生、この罪悪感から解放されることはないのだと。
それなのに私は、それでも私は、彼らをひどく愛しく思ってしまうのだ。
「元気にしてた? 少し前からこっちにいることは知ってたのだけどなかなか会えなくて……。あ、千空君なら向こうの山の方にいてね──」
「あのね、杠ちゃんにあげたいものがあってきたんだ。もしよかったら貰ってくれる?」
杠の話を途中で切って、私は彼女に小さな革の包みを渡した。その中に入っているのは石神村のご老人たちに習って作った針が数本。
細かな記憶は記録していたが、それ以外でも脳に残っているモノはあるわけで。きっと数日のうちにことは起こり、杠が何を縫わなきゃいけないかは覚えていたのだ。
だからこそ少しでも役に立つように、私はそれを用意していた。
もしかしたら使わないかもしれないし、これよりもっと細い針を既に持っている可能性もある。所詮私の自己満足だと理解はているが、それでもささやかな贖罪として受け取ってもらいたかったのだ。
「うわぁあ! ありがとう茉莉ちゃん! 針はいくらあっても足りないくらいだから嬉しいよ! 大切に使わせてもらうね!」
「……うん」
「じゃあ行こうか、茉莉ちゃん!」
「へ?」
「行こう! 千空くんたちのところへ!」
渡すべきものを渡してまた何処かに隠れ過ごそうとしてたなのだが、どうやら彼女はそれを許してくれそうにない。
繋がれた暖かい手を振り払うことなど私にはできなくて、私はそのまま彼女に連れられて千空たちがいるところへと足を運んでしまう。
それがどこだか正確には分からないが、千空や大樹、その他大勢が土を必死に掘り起こしていてここに何が埋まっているのか私は嫌でも理解できてしまった。
それが見つかり復活できれば司の心は救われるだろう。
だがその先は?
そのあと待っているのは?
「大樹君! 千空君! 茉莉ちゃん連れてきたよー!」
「おぉ茉莉! 久しぶりだな!」
「来んのが遅ぇんだよ、さっさと作業に取り掛かれ」
にこやかに笑う杠に大樹。
千空はチラリとこちらを見てすぐにまた発掘作業に戻っていく。近場にいた銀狼やコハクも私の存在を目視すると状況を確認するかのように話かけてくれたが、正直既にこの場から逃げ出したくて仕方がなかった。
知っているから怖い。
近くにいるから、見たくない。
司の顔を、氷月の姿を。
「茉莉ちゃん、おヒサー? 取り敢えず今の状況の説明してもらった?」
「まぁそこそこ。司くんの妹を探すって話だよね? 了解了解。掘って掘って掘りまくるよ」
「ハイパー話早くて助かるわぁ。──それで、茉莉ちゃんはどこも怪我とかない? 一応人質扱いだったでしょ」
「……人質とは言えなかったと思うけど。割と自由に動き回ってたし、羽京さんから聞いてない?」
「んーまぁ聞いてたけど、一応ね。確認だよ確認。でも本当に、無事でよかったよ」
ゲンにここまで心配される要素はなかったと思うのだけれども、私がいない時に何かあったのだろうか。
アレか、前に氷月に喧嘩売ったことが原因か?もしくはクロムと共に殺されかけた事が知れ渡っているとか?
まぁ、考えていても仕方がない事だろう。
私はゲンと共に与えられた仕事をこなし、発掘された石像を運んでいく。最中壊れたものも見つかったが、修復可能なものはまた別に避けておく。今は司の妹優先らしいので、取り敢えず石像パズルは一旦休止しているらしい。
そして司の妹が見つかったのはそれから三日後で、月が見え始めた夕暮れには復元までされ終えてしまっていた。
杠が司の妹、未来に服を着せると千空は復活液を彼女へかけていく。石像であった彼女の体はピキピキと音を立てて崩れ始め、所々肌の色が見え始めた。
「すごぉぉおお! 石像がピシピシわれてどんどんホンモノの人に──」
「そっか、村のみんなは見んの初めてね、コレ」
「こっからだ問題は!」
千空や杠、司が祈り望むのは未来の病気が治る事。
千空の首を治したように、脳そのものを修復する事。
みんなが彼女を見守る中、私はただ一人その奇跡に目を逸らしていた。
この先に起こってしまう悲劇を思って。
「……ここ、どこ? 私────」
「未来……!」
通常なテンションであれば感動的な再会でよかったねと一人ほくそ笑んでいたかもしれない。何も知らなければよかったねと涙ぐんでいたかもしれない。
でもそれをする権利すら、今の私にはあるとは思えなかった。
「未来クン、石片がまだ沢山付いている。美女が台無しです。顔を洗ってくればいいですよ、そちらの川で」
「──ッ」
やけに氷月の声だけがよく聞こえた。
見たくない、聞きたくない。もしここで私が声を上げればどうにかなるのだろうか。
あんなに私を睨みつけていた氷月の姿は今はなく、彼の目に写っているのはあの兄妹のみで私にすら興味を抱いていない。
無謀だ無茶だ。私なんかが世界を変えられるわけもなく変える気もなく、背後から轟いた爆音に吐き気を催した、ただそれだけ。
耳を塞いで、聞こえないふりをする。
瞼もいっそのこと閉じて仕舞えば良かったのかもしれない。
「ぁ──」
でもそれはできていなくて、私の弱い心とは裏腹に瞳だけは彼らを追っていて。
「待っていたのは私です、ずっとずっとこの瞬間を──」
氷月の槍は司の体を突き抜けて、ゆっくりと川へと落ちていく。
「千空……」
辛うじて司の手を掴んだのは千空で、彼もまた氷月により川へと突き落とされた。
結局私は司を見捨てたのだ。
千空を見殺しにした時と同じように、村を焼かれたように。知っていながら何もしない選択しかしなかったのだ。
そんな私がそばに居たいと願うのは、間違いでしかない。
私に居場所なんてあるわけない。
茉莉ちゃんはどんなに頑張っても地獄を自分で生み出すタイプです。
読み直して鬱主すぎて題名変えた方がいいか迷い中。石世界に転生しましたか、生きた心地がしません。とかがいいのだろうか。