慌てふためく皆の背中を眺めながら、私はただただ思考を巡らせた。
私はまたしても自分のために彼等を見捨てたわけだが、それが正解だったかなんて分かるわけもなく。兄さんと叫んで泣いている未来の姿を瞳に映してしまえば、後悔すら抱いた。
これが正しい選択なのだ、これがあるべき世界線だったのだと理解できていても何もしなかったという罪悪感は消えやしない。むしろ正しいであろう選択をするたびに腹の奥底に重たい何かが溜まっていくように、呼吸が苦しくなっていく。
一体どうすればこんな気持ちにならなくて済むのだろうと考えたところで、生まれてしまったことが、思い出してしまったことが全ての間違いだったのだから今の私がどうこうできる問題ではないのだ。
「ッ──コクヨウさん、水の流れを読めば彼等が流れ着く先がわかります?」
「無理ではないが──」
「じゃあそれで。無理のない範囲で追ってくださいお願いします。杠ちゃんは未来ちゃんのこと頼める?」
「ッえ、うん!」
「じゃあよろしく」
別にこの場を仕切りたいわけではない。
ただ見捨てておきながら何もしないなんて、今の私にはできやしない。
私だけが知っている、この先の未来を。
私だけが彼等が無事で、そして一方の命が儚くなってしまうことを知っている。
その後また逢えるのもわかっているが、まだ精神的に幼いであろう少女を暗闇に落としたのは氷月ではなく私だ。
何もしなかった私だ。
あの時千空を目の前で失った恐怖を私は身をもって体験したくせに、あの子にも同じ絶望を味わわせている。
なのに何もしないなんて、赦されるわけがない。
「クロム君少し聞きたいんだけど、千空君はラボで作ったものは全部こっちに持ってきてた?」
「あ、あぁ。大体は──」
「サルファ剤は」
「……村にいくらか残してきたはずだぜ?」
「なら私は今からそれ取りに行ってくる。四日以内には帰ってくるから、それまで司君安静にさせて清潔なところで寝かしといてね。多分千空君がどうにかしてくれると思うけど、村にあるものありったけ持って帰ってくるって伝えておいて。じゃ」
「ッちょっと待て! 俺も行く!」
「だが断る。もしもの時千空君と一緒に働ける人間は居なきゃダメだから、君はそっちに残って」
「でもよっ──」
「うっせぇ、司の命かかってんだよクソ」
私が言うべきではない言葉だが、口から出てしまうのは致し方ないことだと思う。
「サルファ剤は抗生物質だからあるだけありゃいいし、もし仮にこっちで作るってなったら手慣れたメンバーがいた方がいいの。それは誰ってなったら君でしょ? 必要なものがあったらソッコー電話してもらえれば持ってくる。あ、小刀セット置いとくからいざという時はメス代わりにしてね」
「……お前、アイツが助かると思ってんのか──?」
「少なくとも千空君は助けようとするでしょう、どんな手を使っても」
それこそ一度自分の手で殺すことになったとしても、千空は絶対に司を殺さない。分かりきった話だ。
「何処に流れ着いてるかもわかんねぇんだぜ⁉︎ それに氷月だって……」
「コクヨウさんたちが見つけてくれるし、氷月君のことだって上手いこといくよ」
「そんなの、わかんねぇだろ⁉︎ なんでそんな簡単に、なんでもねぇみてぇに言うんだよオメェは⁉︎」
「──なんでって、"千空"を信じてるから。それ以外に何かあんの?」
私の"知っている"石神千空は氷月を一旦退けるし、なんならそこそこ良い仲間みたいにするし。それが予定調和ってものなのだ。
私がいるせいで所々綻びは出ているけれど、ものすごく変わってしまったというのは今のところない。
だからきっと、私が無理に関わりにいかなければ私の知ってる"世界"になるはずなのだ。
そう信じるしかない。
じゃなければ、私が生きていていいわけがないのだから。
「誰がなんと言おうと"千空は司の命を守る選択をする"し、君らだってそうであればって思ってるでしょ。私はそれを信じてるだけ、だから私がすべきことをする」
私が知っている世界ではサルファ剤がどうこうとは書いてなかったはず。でもきっとルリだけを救う為ではなく、司を救う選択の一つであったかもしれない。
あったかもしれない未来を考えるなんて私らしくないが、少しぐらいそれに縋ったっていいじゃないか。
少しぐらい、自分から役に立とうとしたっていいじゃないか。
「じゃ、行ってくるね」
クロムがまた何かを言い出さないうちに私は駆け出し、たった一人で石神村へと向かう。有難いことに刃物セットがなくても遠出できる装備であったし、問題はなかった。
ただ、一人になった瞬間バクバクと心臓が激しく脈を打つ。
これが正しかったのか?
また何もしない方が良かったのではないか?
これで何かが変わってしまったら?
それに
あの少女の泣き声から。
自分が正しいと決めつけた世界から。
もしも全てを知られてしまったときの拒絶から。
この現実から目を逸らしたいだけだったのだろう?
嗚呼そうだ。
見たくなかったんだ。
それは悪いことなのか?
だってこれが正しいんだ。氷月は司を殺しかけるし、千空は司を死なせなきゃならないし。未来はそれを受け止めるしかないし。
それを阻止したとして氷月がまた何かを企まない保証はない。
むしろそのとき今回より状況が悪かったら?
司じゃなくて、千空が殺されていたら?
考えれば考えるだけ嫌なモノが浮かんでは消えていく。
「────ハハっ、ほんっと無能だな私は」
特に抜き出た才能なんてなくて、自分のためにしか生きられなくて。
この世界に生まれてきたのが私みたいのじゃなければよかったのにと、そう思わずにいられない。
これは永遠の疑問であり謎になりそうだ。
「っ感傷に浸ってる暇あったら足動かせ私、クソ人間はクソらしく惨めに生きてりゃいいんだよ。うん」
独り言は泣かないために呟いて。
「大丈夫大丈夫、きっと千空がなんとかする。大丈夫。だって千空様だよ千空。だから大丈夫」
大丈夫の単語は自分に言い聞かせて。
「だから、だからっ!」
未来が変わりませんようにと、私はただ何処かにいるであろう神に祈った。
じごじご地獄だよー。おかしい、本当はもうちょい進むはずだったしここまで鬱らなかったはずなのに?