冷蔵庫は今まで千空が生み出してきた科学の結晶達を分解し、再度組み替えて作られていく。それらの工作をするのはカセキを含めた工作チームだ。
私もそっちを手伝うのかと思いきや千空に任されたのは石化し破壊された人々の修繕作業で、器用貧乏だからできるだろうと杠の元へと割り振られたのだと思う。
全くもっておありがたいことです。
今のこんな状況じゃギリギリのところで生きている司を見るのは辛いし、またぐるぐると嫌な思考が止まらなくなるに違いない。
それ故に工作チームを離れられるのは嬉しかった。
だがしかし、だがしかしだ。
「──これは多過ぎでは?」
「多いけど、一人残らずくっつけるのが私達のお仕事なんだよー。頑張ろうね!茉莉ちゃん!」
「うん、まぁ、うん」
周りを見渡せば既に呆れて遠い目をしている人間が一人二人、三人四人etc。どれだけ仕事をしても終わらない作業なんて苦痛でしかない人間もいるわけで、目が死んでいるヤツらは体を動かす方が得意な人種なのだろう。御愁傷様です。
でもこれは私には向いている作業だともいえる。
単純そうに見えて頭を使う石像パズル。
嫌なことすら考える暇もなさそうだ。
一度大きく伸びをし筋肉を伸ばし、杠からノリを受け取って石像達の前へと座る。当分糊を使う場面はなさそうだが、そこは気持ちの問題だ。
それからはただただ時間の許すままにパズルにだけに集中して石像を組み立てていく。それだけ。
そういえば今世でパズルなんてやったことなかったと思い出しやしたが、あったところでこんな他者の命をかけたパズルに見合う経験値も得られなかっただろう。
カチカチと石の断面を合わせ、あっていたら糊付けをし間違っていたらその次へ。頭を空っぽにしながらそんな単純作業をひたすら続けていればいつの間にか辺りは暗く、ポツンと置かれた蝋燭だけが手元を照らしている。
地面には杠が書いたであろう『声をかけたけど反応しなかった、ご飯の準備を手伝ってくる』とそんな内容の言伝が残されていた。
「──思いの外、やれるもんだなぁ」
もっとこう、ダメな思考にのまれると思っていたのに。そうはならなかった。
やはり私には向いていた仕事のようだ。
ぼうっと暗闇に浮かんだ星々を眺める為に寝転び、そしてクゥクゥ鳴くお腹を撫でる。
体は栄養分を欲しているのに、食欲はいまだにない。
この時代に目覚めてしまってからは無理にでも食べていたが、どうやらその感覚すら麻痺してしまったらしい。
もとより、私はストレスで食事を疎かにするタイプだったが今の今までは生きるのに必死だったんだよ、これでも。
それなのにもう全てがどうでも良いと思えるほどに、このまま眠るように逝けたらなんてとも考えてしまう。
「あー、だいぶキてるわ」
生きていたいのに死に逃げたい。
死んじゃいたいのに側にいたい。
本当はみんなと仲良くしたいのに、関わりたくない。
これじゃあ最強の矛盾じゃないか。
どちらかを選べないクソ野郎。
「あー、あー、あー。……ん?」
スンと、不意に香ったのは何処かで嗅いだことのあるジャンクな薫りで、漂ってきた方角に視線を向ければそこには特徴的な髪型の人がいて。
「よぉ、茉莉。メシ、食うぞ」
「──まさかのカップラーメンか。まだ残ってたんだね」
「夜食っつったらラーメンだろ」
「なるほど?」
手渡されたソレは暖かく、白い湯気がそよそよと揺れる。
香りはなんとも芳しいものなのにお腹も鳴っているというのに、最初の一口がなかなか進まない。
はてさてどうしたものからチラリと千空を盗み見れば、どういう訳か、千空も千空で空を眺めながら箸が止まっているではないか。
「──千空君?」
「……あ"ー、思ってたよりもクるもんだと今更ながら思ってな。でもまぁ、テメェは上手くいくって思ってるみてぇだし、俺もその気だがな」
「ん?」
「コールドスリープ」
「あ、嗚呼それね。うん、まぁうまくいくよ、きっとね」
未来を知っているから、とはいえないけれど。
よくよく考えてみれば千空はまだ十七歳で、子供に分類される年頃だ。行動も思考も大人びた雰囲気があるからつい忘れがちになるが、普通に考えればその年の少年が助けるためとはいえ仲間を手にかけるなんて情緒が乱れないわけがない。
そりゃ精神的にクるものもある、のかもしれない。
私はどうしようもない気持ちが溢れ出しかけ、それを押し込めるようにズルズルと少し伸びたラーメンを口へ運び咀嚼して無理矢理に全てを飲み込んだ。
何となくだが千空の顔色は悪そうで、それを見た私がどうしようもない不安を抱いてどうする。
つい先ほどまで私の情緒が不安定だったというのに、千空のそんなお顔を目の前にしたらそれどころではない。
何とかしてその表情を変えなくては。
私は千空には笑っていてほしいのだ。
どんな時でも、とは自分勝手な願いだが私は彼の自信に溢れた笑顔が大好きで、優しく細められた瞳が大好きでそんな顔をしててほしくて。
だからその曇った感情を私なんかでも払えたらと願ってしまうほどに、千空に焦がれているのも心情というもので。
「──『大丈夫』って不思議な言葉だと思わない?」
思わず思ってもいない言葉が口から飛び出してしまったのである。
「あ"?」
「石神村に行った時、私はそりゃぁひどい顔してたみたいでね。あるみさんたちに『大丈夫』って慰められたんだ。そしたらなんか『大丈夫』になった、気がする」
「……どんな顔して行ったんだよテメェは」
「さぁ?どんな顔だろうね、さっぱりわからん。──でもさ、だから私も言っておくよ。『大丈夫』だよ、千空君。大丈夫。ホラ、諦めたらそこで試合終了っていうじゃん。諦めなきゃ『大丈夫』なんだよ、きっとね」
なんてブーメランが私に刺さるが気にしない。
今気にすべきは千空の顔色と思考。
私の思想なんてゴミ箱に捨てておけ。
「大丈夫だよ、千空君。君にはみんなが居るからね、なるようになるさ」
私以外のみんなが居るからね。支えてくれるからね。
だから、大丈夫。
私が余計なことをしなければ、大丈夫なのだから。
「──テメェもいるだろ、茉莉」
「へ?」
「テメェもいるから『大丈夫』なんだよ、茉莉。だからさっさと食って寝ろ。目の下のクマひでぇ事になってんぞ。とっとと寝ろ」
「ん?」
「大丈夫だから、テメェもちゃんと寝ろっつってんだよ」
「ウッス?」
何かがおかしい。
私が千空を元気付けてるはずだったのに、いつの間にか私が元気付けられていた?
アレ?可笑しくない?
可笑しくないか、千空パイセンだもの神だもの。
私みたいなクズの心配をしてくれたのだろうおありがたい。
でもね、千空。
私は君が笑っていてくれれば大丈夫なんだよ。
それだけで、充分なんだよ。