「なぁ、千空よぉ?俺が言うのもなんだが流石にアレは働きすぎじゃねぇか?」
「あ"?なんのことだ?」
「だから、茉莉のやつ、働かせすぎじゃねぇ?」
「あ"?」
唐突にそう発言したのは陽であった。
陽としては別に誰がどれだけ働こうと関係ないのだが、ここ数日間だけでも茉莉の働きぶりは異常に思えたのだ。それ故にこの発言に繋がったわけで。(余談だが茉莉は陽を陽くんと呼ぶ。陽さんだと某派出所の彼を思い出してしまうので)
「だってよぉ、朝は飯作ってから帆船作りに取り組んで、その後に布作り。からの狩りに行ったかと思えば調理メンバーに捌き方だの保存方法教えて。挙句に真夜中まで石像パズルってどうなのそこは?」
そのほかにも家の修繕とか色々流石に過剰労働じゃねぇ?と頭を掻いた陽を見つめるのは、千空を含めた数人。
千空とゲンは陽の話を聞いて頭を抱え、杠はポカンと口を開けたまま固まり。ニッキーと羽京は引いた瞳で千空を見つめて、クロムとカセキはそれがどうしたと首を傾げた。
石神村で茉莉の働きぶりを見てたクロムとカセキからすればそれが茉莉の通常運転であり、その働きぶりを聞いても『今日もすごく働いてるな』としか思わないことであった。が、司の元で動いていた杠達からすれば『なんで一人でそこまでやるの?』と思えてしまうほどの働きぶりだといえる。だからこそ復活組はそんなに働かせてと千空に非難の目を向けていたし、千空とゲンは茉莉がそんな人間であったと思い出して頭を抱えるしかなかったのだ。
「千空君、まさか、本当に……?」
「待て手芸部。俺はあいつに布作りと単純作業をしてくれとは頼んだが、修繕だの石像パズルだのは今は頼んでねぇ。つまり自発的だ」
「まぁ、茉莉ちゃんの事だからやれるからやってるって感じなんだろうけど。そこまでしてたかぁ〜」
よくよく考えれば分かることであった。
茉莉という人間はある意味働き者であるということを、そしてそれは時に自身の体に負担をかけるほどに働くと千空達は知っていた。
知っていたが、それがここでも発揮されるとは思ってやしなかったのだ。
何せ茉莉は人嫌いだ。率先して関わりに行くはずがないと思い込んでしまっていたのである。
事実彼女は石神村の住人に積極的に関わっていったことはそれほどないし、気づけば集団から離脱して一人で行動をしていたのだから。
だというのに何故今回はそうならなかったのか、それは茉莉しか知らぬことであるが、彼女はいずれモブになるのだからとその他大勢に紛れようとしていたのである。
石神村の人間は少人数で嫌でも千空達に関わってしまうが、此処ではそうではない。チーム分けされた際に上手い具合に溶け込めばそのままそちら側へフェードアウトできるかもと考えた行動の結果でもあった。
「ちなみに、だ。陽の他にアイツが何してたか知ってる奴はいるか?」
「うーん。あ、朝起きると前の日より糸が多く出来てる時があったかも!」
「そういえば狩猟メンバーが罠を教えてもらったって言ってたよ」
「僕もそれは聞いたかも。捌けない人にも教えたり鞣し方伝授してるっぽいよね。お陰で前より肉が無駄にならないって」
「──思ったより、茉莉ちゃんは溶け込んでいるわけねぇ」
それは、思っていた以上に。
千空は知らない。
司の元にいた大半の復活組は茉莉に対して好印象を抱いていると。
茉莉は元々科学王国からの人質扱いであったが、それでも彼女は立場など気にすることはなく意見し彼等の生活をほんの少し豊かにした実績があった。そして何より二言目には千空がやってたからと全ての発端は千空であり自分ではないと出来ることに対して誇ることも威張ることもなく、誰でも出来るようになると笑って答えていたのである。
武力重視で選ばれていたメンバーの中には生活力が乏しいものもおり、どれだけ茉莉の発言に励まされたことだろう。
しかしまぁ当の本人には励ます気なんてなく、同じモブ仲間だから一緒にいると少し気楽だなと、そしてただ『千空は凄いんだぜ!』と推しを布教してただけである。
それはさておき、石神村に属していなかった復活組からすれば茉莉は『千空』が教えてくれたからと誰かのために働ける良き隣人とされていたのだ。
故に千空に言われた通りにただただ働いている茉莉を見てしまうと、そんなに無理して働かなくてもいいのではと思うものが多かった。
そしてその一方で石神村から来たものからすれば茉莉が千空の言う通りに働くのは『当たり前』。だからカセキやクロム、ここにいないコハクやその他メンバーもそこまで深く考えることはない。
例え働きすぎと思われる行動でも、彼女は一人でひたすら塩を作り続け、森を走り回って狩りを行っていた事すらあるのだ。気にする方がおかしい。休めと言っても休まないのだ、千空に任せろと発言したコハクの意見が正しいとすら思っている。
「前々から思ってたんだけどね、千空ちゃん。茉莉ちゃんって凄くこの時代にとけ込んでるよねぇ。現代人っていうより石神村の人間ですって言われても納得できるくらいそっちの知識あるしさ?やっぱり昔からあぁだったの?」
「まぁな、俺が科学に全振りしたみてぇに、アイツはサバイバル知識一択だったからな。そのお陰で今ここにいるし、じゃねぇと一番最初にくたばってんだろアイツは」
「──え?ドユコト?」
「アイツ、俺より三年早く石化解けてっからな。知識なきゃ一年目で詰んでんだよ」
「……ワーォ」
さも当たり前のように、千空は爆弾を投下した。
先ほどまでは茉莉が働きすぎだという議題だっというのに、今はそれ以上の話題が上がり興味がそちらに向いてしまう。
「──っちょっと待って千空!それ本気で言ってる⁉︎」
「茉莉が千空より早く復活したって、そんなのあり得るのかい⁈」
「いや、ありえねぇだろ⁉︎」
「そうだったからあり得たんだろ。……んなことはどーでもいい。あ"ー茉莉の事だからどーせ睡眠時間削ってやがんな。ちーと釘刺しとくか」
「いやいや千空ちゃん!それも大事だけどサラッと驚愕な事実言ってない⁉︎ え、最初の復活者って茉莉ちゃんなの⁉︎ジーマーで⁉︎」
「──奇跡の洞窟前で目ぇ醒めたっつってたから、俺より早く硝酸取り込んだんだろ。そのお陰で俺はゼロからスタートしなくて済んだし、流石茉莉センセェ様様っつー話だ」
「──それ、ジーマーで事実?」
「そう言ってんだろ」
千空からすれば別に驚くべき問題ではなかった。
茉莉はそうなるべくしてなったのだ。万が一無人島に放り出されても生きていけるように幼少から知識を脳に叩き込んで学業を疎かにするほどに経験を積んで、その万が一が起こった世界で茉莉は生きてきた。生きてこれた。
だから別に、驚くことはない。
唖然として言葉をなくしたゲン達によそに、千空は早足で茉莉の元へと向かう。
時は夕暮れ、陽の話が本当ならば彼女は石像パズルを勤しんでいるはずだ。周りでは作業を終えて帰ってくるものが多いのにそこに彼女の姿はなく、案の定彼女がいたのは砕かれた石像達の前であった。
側には蝋燭と糊だけを置いて、カチカチと石を合わせて無心に作業している。千空が真裏に立っても気づくことはなく、真っ黒な瞳はただその石だけを見つめていた。
「……茉莉」
「っ!──なんだ、千空君か」
肩に手を置き声をかければようやくその瞳が千空の姿を映す。いつも通りの作られた笑みを浮かべて、何の用?と茉莉は首を傾げた。
「何の用ってなテメェ、どっかの誰かさんが睡眠時間削って作業してるっつーネタが上がってんだよ。んで、最後に寝たのはいつだ」
「寝てるよ?昨日も寝た」
「何時間だ」
「……正確にはわからないけど、空が明るくなってきてた頃までだから長くて三、四時間カナ。寝ようと思えば3秒で寝られてるから大丈夫だよ」
「それは睡眠っていわねぇ、気絶っつーんだわ。つーことで寝ろ」
「え、まだやることあるし。それに仕事してた方がよく寝られるし」
「寝ろ。パフォーマンスが下がんだろ」
千空は徐に茉莉の横に胡座をかき、彼女の頭を無理矢理その上にのせる。いつぞや、はるか昔に自分が父親にされたように彼女の髪を漉き、トントンと肩を叩く。
最初こそ戸惑っていた茉莉も直ぐ様黙り、それこそ10秒もしないうちに寝息が聞こえてきた。
「マジで気絶じゃねぇか。流石の俺でもそこまで働けっていわねぇんだがな」
思い返せば石化が解けて茉莉と二人で過ごしていた期間でも、目覚めればすでに彼女は起きていて寝るのも自分よりも遅かった。今更気付いたところでどうも出来ないが、きっとその頃から彼女の生活リズムは崩れていたのだろう。
本当に今更ながら、茉莉に意識を向けるのが遅かったのだと千空は悔いた。
「千空くん、茉莉ちゃん寝た?」
「あー、寝た寝た。悪りぃな杠、当分コイツ休ませるわ」
「うん、わかったよ!その方が茉莉ちゃんの体にもいいだろうしね」
二人の背後からひっそりと現れた杠は千空の膝の上でスヤスヤと眠る茉莉に出来立ての布をかけ、その寝顔をみて安堵の息を吐く。
「千空くん、茉莉ちゃん頑張りすぎですな」
「あぁ」
「だから、千空くんがついててあげてね?」
「──マァ、それなりにな」
スッと、千空は彼女の髪を撫でる。
その柔らかな笑みを見たのは杠ただ一人であった。
あれ、いつのまにか千空さんがちゃんと茉莉の方を向き始めていた?
自分でも驚きです。