嗚呼今すぐにでも羽のように軽いこの口を縫ってしまいたい。手芸針なんて生やさしいものではなく、工業用ミシンでガッチリ縫い付けてやりたい。
あまり干渉することは良しとしていないくせに、推しに何か聞かれると素直に答えてしまう口が憎い。目覚めた場所さえすんなりと答えてしまったし、千空は何故私の方が先に起きたのか既に気付いているだろう。
なるべく挙動不審にならないように口角をあげて微笑みをキープし、これ以上変に思われないように細心の注意を払う。
だがしかし、この世界は私には危険すぎたのだ。
目の前の推し、つまりは千空が身に纏うのは私が縫った服で、日々の生活用品も食事も私が用意したもの。ただでさえ顔面偏差値が高い推しといるだけで辛いというのに、私がお世話している感があると尚辛い。
ニヤけそうな顔を保つのが本当に辛い。
必死に空を仰ぎ心を落ち着かせるも、うっかり名前を呼ばれようものなら筋肉が固まる。
名前覚えててくれたんですねご馳走様ですと言い出しかねない口をぎゅっと閉じ、私はただ微笑むことだけに専念した。
「デカブツを洞窟まで運ぶ。 テメェも手伝え」
「んー、いいよ」
いつの間にか大樹を見つけていた千空の跡を追い、その先の洞窟まで私よりも大きな石像を二人で運ぶ。途中でへばったのはミジンコ体力の千空で、用意しておいた水筒を差し出した。
「ハイお水。水分補給はしっかりとね。 塩もなめとく?」
「いらねぇ。 ──動物の胃袋の水筒か、よく作れたな」
「まぁ、伊達にサバイバル経験は積んでいないので」
普通のサバイバルじゃ水筒なんか作らないがな、と心の中で自分へツッコミを入れた。
石化が解けて3年も有れば元からあった知識と経験を合わせて作り上げる事は可能だ。もちろん何度も失敗した上の成功でもあったが。
もう一つ用意しておいた水筒で私自身も水分を取り体を休め、千空の息が整ったところで運搬を再開。私の方が体力がある事に不服そうな顔をしていたが、それこそ今日までのサバイバル生活をしていれば贅肉は削ぎ落とされていたし筋肉はつくので体力はあるのだ。そこは理解してもらわなければ困る。
多分3700年前だとしても実験大好き千空さんより体力はあったと思っているけれども、今となってはそんな事を調べる術はない。
「よいしょっと。 これで起きればいいね大樹君」
「俺もテメーもこの洞窟でできた硝酸で石化が解けたにちげぇねえ。 何せ俺より洞窟の真前にいた茉莉、テメーの方が早ぇんだからまず間違いねぇだろう。 あとはこいつが意識失ってなけりゃ完璧だ」
「まぁ、大樹君なら大丈夫だろうね」
この後は狩りにでも行くかと千空へと振り向くと、じっとこちらを見つめる真っ赤な瞳とかち合った。そのキラキラとした瞳に意識を吸い込まれそうになりそうになりながら、私はただあることだけを思っていた。
顔面偏差値高ぇ。
どうあがいてもイケメン。推しがイケメンすぎて辛い。目に焼き付けていたくなるお姿。
つまりは千空さんマジ最高。
上がりそうになる口角を必死に止め、小さく息を吐く。そして何事もなかったかのように狩りに行ってくるとだけ千空に告げた。
「穀物が取れない以上腹に溜まるものを食べなきゃね、栄養は偏るかもだけど腹ペコよりマシだし。 って事で私は行くので千空君は石化を解く実験でもしてなよ」
「嗚呼そうさせてもらうわ、途中に石化したツバメがあったら拾ってきてくれ。実験に使いたい」
「了解、じゃあまた後で」
小さく手を振り感情のままに走り出す。
そうでもしないとこのどうしようもない衝動を抑えきれそうにない。
だって推しが、綺麗なお顔をした推しが、私を頼ってくれている。多分千空でなくても3年ぶりにあった人間に何かを頼まれたら凄く嬉しいとも思うが、それが推しであり神である千空様だったらもう居ても立っても居られない。
一人でいたせいで人肌が恋しい私からすれば、今この状況はまさに天国。話せる人がいる天界。
せめて大樹が目覚めるその日まで、私は私の欲を優先させていただこう。
森を走り獲物の痕跡を探して、自作の投石機を構え息を殺してその時を待つ。毎日狩れる訳でないが小物なら出来るだけ数をとらなければ二人分にはいずれ足りなくなる。キノコや山菜は採れる季節が限られているし、作りおいた塩漬け肉もそこまで量はないし、日持ちもしないだろう。半年後に大樹が起きるとすれば捕れる時にとって、肉の夢を見るという彼のためにも少しでも肉を用意しておいてあげたい。
「────っ!」
運が良く今日は鹿が一頭仕留めることができたので痙攣している鹿の頭を拳大の石で殴り、息の根を止める。
生きるため可哀想など言ってはいられないのが今の環境だ。ならばすぐ楽にしてやるのせめてもの情けだろう。
私に狩りを教えてくれた方々と私の糧になる鹿のために合掌し、来た道を引き返す。
司の思惑どおりに進めば私の恩師は殺されるのだろうとそう思いながら、沈む夕焼けを眺めた。
三日に一度は大樹に変化があるかを確認する作業が私の仕事に加わること半月、その日はやけに体調が悪かった。
これは例のやつが始まるなと思い苦笑いをするも、それは避けて通れぬ生理現象とも言える。石化を解く復活液の実験に忙しい千空にその間の仕事を代わってもらうのは忍びないが、黙ってサボるよりはいいだろう。
その日の作業を終え持ち帰ったツバメをラボにしまうと同時に、そこにいた千空へと声をかけた。
「千空君、一週間あまり大樹君の様子見代わってもらってもいい? ちょっと諸事情で遠出するので」
「あ?それはテメーに任せただろ。 ってか顔色悪ぃぞ、怪我でもしたか」
「あー、怪我じゃないから大丈夫。 んで様子見は変わってもらえる?」
「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ。 医者も薬もないストーンワールドで無茶するとそれこそ死ぬぞ、休んでろ。 諸事情とやらは俺がやるから言え」
「あー、んー。 病気じゃなくてさ、あーあれだ。 俗に言う生理というやつで、流石に垂れ流しにするので違う場所に行ってようかと?」
とそこまでいえば一週間という諸事情の意味を理解した千空はただでさえ悪い目つきをさらに釣り上げた。
推しである千空さんに私の生理現象を伝えるのは避けたかったが、こればかりは私の意思で止められないので致し方ない。
家を汚さないためにそれ用の小屋は用意してあるし毎度のこと故に私は何ちゃないと説明もしたのだが千空はそうではないらしく、深く息を吐く。その様子には若干の苛つきが伺えた。
「そう言う問題じゃねぇだろ。 むしろここはテメーが作った家なんだから俺がそっちに行くのが合理的だろうが」
「んー、でも小屋汚れてるし見てほしくはないかなぁ。 それでも合理的にってなら隅っこでまるまってるのをほっといてくれればいいよ、それなら千空君の邪魔にもならないでしょ」
そうとだけいって推しの返答を聞く事はせず、大量に保管していた毛皮を持って部屋の隅へ。この世界に吸収力のあるもんなんてほぼ無いと思うので、毛皮に滴るものを吸っていただくしか無いのだ。ほんと、布の作り方を覚えなかった私が完璧に悪い。
なんでコレがある事が忘れていたのだろう。全くもってダメ人間すぎて泣きたい。そして精神的に弱るコレ、マジで嫌い、なくなんないかな。
推しになんてもん見せてんだ私は。
あー痛い。クソ痛い。そして尚且つクソ泣きたい。
時間が経つにつれて足に伝う嫌な感触とジクジクと痛む下腹部。微かに鼻につく鉄の匂い。そのどれもが私の精神を蝕んでいく。これが家ではなく小屋であったのならまだしも、すぐ近くに推しがいると知っているとこの体の仕組みが酷く憎く思えた。
弱った私の姿を見せるのももちろん嫌だが、それ以前に男の子に、千空に、推しに、神に、蝙蝠女の血なんて見せていいわけがない。
彼は崇高なる科学の子だぞ。そんな子に転生しましたテヘペロ、なんて言ってる頭のおかしい人間の汚物なんて見せたくない。
苛々としながら痛みに耐え、お腹をさする手に力を込める。ストレスに弱い私の体なんだから、このまま止まってしまえばいいのにと切望した。
痛みに耐えるように深く呼吸をしていると背後から気配を感じ、言わずもがなそれは私の敬愛する千空である事が分かる。
横になって丸まっている私の前にコトリと音を立てて置かれたのは土器のコップで、ほんの少しの湯気が見えた。
「これでも飲んで暖まっとけ。 それと一応聞いとくが、茉莉、テメェはひでぇ方なのか?」
「……んーソダネ」
「そうか、なら次までに鎮痛剤でも用意しといてやる。 とは言っても設備も材料もねぇから漢方になっちまうがな。 とりあえず終わるまでは大人しくしてろ。 無茶はするな、いいな」
「んーソダネ」
千空は単純な返事しか返せない私の頭に軽く触れ、すぐに作業へと戻っていく。
あまり動きたくはないが推しが持ってきてくれたものだ、是非ともいただきたいとコップに手を伸ばし少しずつ口内へと流し入れる。
熱すぎないように調整された白湯は飲みやすく、ほんの少しだけ痛みが引いたような気がした。
にしても本当にヤバいなと思う。
いやマジで、千空さんイケメンすぎんだろ。漢方だけど薬作ってくれるとかマジ神か。
いや神だった。
生理痛で弱ってる女の子に優しくするとかモテ男じゃないですか。減点されるべきは女の子じゃなくて私なとこだけだわ。
ほんの少し体があったまってきたからかそれとも推しのお陰かわからないが、目覚めてから初めてその月の痛みだけは柔らかく感じた。