気球に乗ってどこまでもって合唱曲があったっけ、と私は浮遊するソレを見つめながら呟いた。
周りはいまだ薄暗く、夜が明けるまでもう少し時間はかかるだろう。頑張って起きていたスイカ達は空ろな瞳で気球を眺めている。
「……眠かったら寝てていいんだよ?」
「でも、見たいんだよ。飛ぶところ」
寝起きなため頭をこくこくとさせて必死に眠気と戦うスイカを私が抱き上げ、一緒にきたであろう未来はニッキーが背負う。そして気球が空へ登っていく姿を四人で眺めた。
石神村の住人も復活組も等しく空を漂い始めた気球の姿に見惚れ、そして驚きの声をあげた。
「マジで空、飛びやがった……‼︎」
「もうあんなに小っちゃくなっちゃったんだよ……」
「すごいのぅ、人って欲張りで翼がないなら諦めないんだもの。作っちゃうんだもの」
「人類ってのはそうやって発展してきたからねぇ。ある意味司との戦いも文明の針を進める役にはたったって事だろうね」
「そうなの?」
「まぁ、一概には言えないけどね」
3700年前に滅んでしまった私たちの文明だって戦争ありきで育んできたとどっかの誰かが言ってた気もするし、その結果失ったものもまたあって。
そして今現在も千空と司が仲違いしなければ電気やダイナマイトだって優先順位が今より後で、存在していなかったかもしれない。戦いがあったからこそ日本刀や戦車も作られて、司を冷凍保存するための冷凍庫も生まれた。
そう考えるとやっぱり私が臆病者で良かったのだと心底思うのだ。
もし関わってしまっていたらコハクと出会う未来は潰れルリは死んでいたかもしれないし、石神村の存在を知るのもずっと後だっただろう。そして何よりリリアンのレコードを聴くことも、百夜の声すら聞けたかすら怪しい。
だからやっぱり、私が関わるのは正しくはない行動で、今後もソレを心しておかなくてはならない。
「そういえば茉莉、アンタに相談があるんだけど」
「何かな、ニッキーちゃん」
「日本の歌、もしくは童謡何か知らないかい?音楽の授業ならやっぱり日本語のほうがいいだろ?リリアンの曲は大抵歌えるんだけど、そっち方面はちょっと疎いんだよ、私」
「なるほど?あー、私もちょこちょこ頼まれて歌ってたし、そろそろレパートリーがなくなる、とか?」
「──そんな感じでね」
なるほど、私のせいだったか。
石神村で言われるがまま歌っていた童謡の皺寄せがここに来るとは思っていなかった。でも村人の食いつき方凄まじいんだもの。ゲンや千空は歌ってくれないし、こっちに来るんだもの。私だけのせいじゃないと思いたい。
「んー、歌ねぇ?私もそんなに多くの有名どころを覚えていないというか、何というか……」
小学校から最低限の勉強しかしていないし、基本休みは山籠りをしていた故に世間の流行りに疎い。歌えたとしても前回生きていた時に覚えてしまったちょっと癖のある曲ばかりで、正直言ってもうすでにまともな童謡なんて覚えていない。
犬のおまわりさんもゾウさんも、チューリップもやってしまった。国歌も歌ってしまったし、さてどうしたものか──。
「……あ、そういやココって科学王国だったよね?」
「まぁ、そうなるんじゃないの?」
「じゃ、元素記号の歌とかどう?多分、一番だけなら歌える」
「そりゃいい!」
もしかしたら歌える人がいるかもなんてあり得ない期待をしながら、私は明るくなる空を眺めながら音を紡ぐ。
水兵リーベ僕の船、ナナマガリシップスクラークか。
全部覚えてノーベル賞。
テスト前には効果的な歌だったけれど、今じゃソレを使う機会もそうそうないだろう。
けれどまぁ科学王国って名乗ってるのならば覚えておいても損はないと思う。というか使うかどうかはわからないが一種の娯楽だし問題ない、と思いたい。
「二番もあるんだけどね、音程は覚えてるから千空君に教えてもらえば全部いける、と思う」
「……茉莉、あんたなかなかやるじゃないか!」
「──たまたま覚えてただけだよ」
ソレにこれは私の打算でもあるのだ。
この曲をきいて知ってる人がいれば、私の覚えている世界とこの世界とはどこかしら繋がりがあるのではと仮定できる。
私が世間に無頓着だったせいで知らなかっただけで、繋がりがあったのだと思えるしもしかしたらそういったマイナーな話のできるオトモダチができるかもしれない。
船に乗らないで日本に残るならば、話の合うオトモダチの一人や二人は欲しいものだ切実に。
とならば一旦羞恥心を心の隅っこに押し込んで、私はスイカ達に歌い元素記号を教えていく。同時にカタカナとローマ字に触れる機会もあるし、物覚えの早い人達は早々に歌えるようになるだろう。
まぁその結果二番の存在を知っているニッキー達に催促され、千空に電話をしなくちゃならなくなるのは盲点だったけれど。
『──テメェが連絡寄越すなんて珍しいじゃねぇか。何か問題でもあったのか?』
「問題って問題でもないんだけどね、あー、その、ストロンチウムの後って何だっけ?」
『あ"ー、元素記号の周期表か?』
「うん、まぁ、そんな感じ。メモるから記号と読みから教えてもらってもいいデスカ?」
『……仕事じゃねぇよな?』
「一応、娯楽?」
『なら問題ねぇ』
問題大有りなんだよな、私的には。
電話越しに元素記号を聞いて書き写しながらなんて事になったと小さくため息を吐いたが、ソレは千空に届くことはなかった。
『ランタノイドとアクチノイドも必要だな?』
「あー、うん」
そこらへんの呼び方は知らないけれど、多分ソレも歌詞にありましたね。
てか、千空パイセンは素で覚えてるんですね、語呂合わせとかしないんですね。ワーオ。
『んで、元素記号周期を何に使うつもりなんだ』
「あー、青空教室内で取り扱ってて?」
『あ"?ひらがなの前にか?』
「音で覚えるなら、割といけるんだよコレが」
何せ私が今の状況で一番は歌えるのだから、間違いない。
「後日スイカちゃんにでもお披露目してもらうよ、楽しみに待ってなよー」
『おー、待たせていただくわ』
電話を切って書かれたばかりの周期表に目を通し、音程と読みを合わせていく。
やはり歌いまくった歌は歌詞さえあれば生まれ変わっても歌えるようであるマル。絶対私しか知らない知識が増えてしまった。
もしかして細菌の名前を千空に教えて貰えばあの歌も思い出せるのでは?と考えたところで首を横に振った。
元素と違って細菌はより目に見えないものだし、それなーに?って聞かれた暁には答えられる気がしない。
ただでさえクロムって元素だったんだー!どうしてー?を体験してしまっているので、これ以上私の知らない知識に対しての説明を求められたくないのである。
「あー、細菌といえばそろそろ酵母作っとこ」
時期的にそろそろ麦が見つかったはずだ。
酵母は干し葡萄と水さえあればできるし、長期保存は効かないが美味しいパンは作れるはず。
そして作れたら、村のご老人にプレゼントするんだ。
作れなかったらうどんでも良い。
「あごに優しいごはん、食べさせてあげたいな」
だなんて、私は来るであろう出来事に備えて酵母の準備もはじめたのだ。
最近原作沿いと見せかけたオリジナルになりつつある。果たしてそこに需要はあるのだろうか。