凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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シュトーレン回。これがずっと書きたかった!


54 凡人、舌鼓を打つ。

 

 

 ちゅるりと麺を啜り、ゴクリと出汁のきいたスープを飲み干せば無意識にほっと息が出た。

 やはりというべきか、小麦粉でつくるうどんは美味しい。踏んでコシを作る作業ができなかったから少し残念な仕上がりではあったが、我ながらよくできたのではとにっこりと笑う。

 作っていて心底よかったと今日ほど思ったことのないであろう干しきのこ、小魚の干物。良い出汁になってくれて本当によかった。

 

 そういえば作ったものは千空達に献上しなければならなかったのだと思い出して席を立ち、だし汁の鍋だけを持って彼らの元へと向かう。

 作ったうどんは美味い美味いと村人全てで消費してしまったが、千空ならそれについて怒ることはないだろう。

 

「千空くーん、汁しか残らなかったけどすいとんなら作れる、よ?」

「──貴方様が、茉莉様でいらっしゃいますでしょうか?」

 

 私が旧帝国を出て約二日。そう考えれば復活したフランソワがいてもおかしくはなく、目の前には可憐な縦ロールの執事様がいらっしゃった。

 そしてその手には私が作ったと思われるパンが握られており、よく見ると噛み跡もある。

 つまりは、食されているのだ。

 

「確かに私が茉莉ですが、何か、問題ありましたかね?あー、素人の趣味程度の技術しかないので、ソレが精一杯で……」

「いいえ、とんでもございません。ここの設備で、そして短時間でお作りになられたのならばこちらは素晴らしいパンです。──あちらの産業廃棄物の比ではないほどに」

「それはよかったです?」

 

 フランソワってこの時だけは毒舌だよね、っていつぞやかの私も思ったであろう。

 

「それに、そちらは?」

「あ、これはうどん作った残りのスープみたいなもので。うどんは無くなっちゃったけど、すいとんなら作れるかなと」

「お味見をしてみても?」

「あー、どうぞ」

 

 まさかフランソワに味見されると思って作ってないので、鍋には本当に汁しか入っていない。こんなことになるなら具を入れておけば良かったと後悔したところで後の祭りでしかない。

 スプーンで掬ったソレをフランソワは口へ運び、そして小さく頷く。そして私に向かってにっこりと笑いかけたのである。

 

「あちらをみた時些か不安になりましたが、きちんと調理ができる方がいらっしゃるようで安心いたしました。限られた食材での手腕、お見事です茉莉様」

「アリガトウゴザイマス」

 

 褒められて嬉しいのだけれども、フランソワの背後にいる人達の視線が怖い。

 龍水は『はっはー!フランソワに褒められるとはなかなかではないか!その腕欲しい!』とか言い出すし、マジでやめてくれ。私はフランソワのようなシェフにはなれないからな。一般的な料理しかできないからな。キラキラした目で見ないでくださる?

 そして千空さん、なんでお目目をギラギラさせていらっしゃるの?

 私、今度から調理チームに配属されるのかな?

 お仕事復帰ですか?

 それならそれで大歓迎ですが、お願いだからフランソワの下につけとは言わないでね。

 

 

 私はそっとコハクの横に移動し、勝手にすいとんを作るねと宣言してから行動を開始する。多分これからバター作りとか始まるのだろうけれど、それは私がいなくとも何とかなるだろうし問題はないだろう。

 

 コソコソと動いて出汁をもう一度温めていると二日間ノンストップで歩いてきたであろうゲンがフラフラとこちらに近づき、スンスンと鼻を鳴らす。出汁の匂いって懐かしいよねと問い掛ければ、げっそりとしながらも頷いた。

 

「ほんっと、懐かしい匂い。俺の分もある?茉莉ちゃん」

「あるけど、一つ頼み事ありまして」

「なぁに?この際なんでも言ってよ、ゴイスー美味しいもの作ってくれた茉莉ちゃんにはお礼しなきゃならないしね!」

「……じゃあ、これフランソワさんに渡しといて?」

 

 私がゲンに渡したもの。

 それはドライフルーツのアルコール漬けである。

 

 私はずっとフランソワを待っていたのだ、それこそ復活した時からずっと。

 この原始の時代でどれだけ食べ物に関して苦労したか、語っても語りきれない。動物の血生臭い肉も食ったし、取れない時は食べられる虫だって仕方なく食べた。塩ができただけで歓喜したし、その後は魚醤を作り今は大豆を探して奮闘中なのである。

 ベーコンも鮭とばも保存食だから作っていたと思うか?

 いいや違う、私は美味しいものが食べたい。誰よりも、それこそ千空や龍水に負けないくらい美味しいものが食べたいという欲で溢れているのだ。

 

 よくよく考えてみて欲しい。

 昔からこの時代に生き抜く事を想定して苦労を重ねた人間が、石化前も美味い飯を食っていたと思うか?

 羽京だって言っているだろう、舌が超えている現代人はそれだけで餓死するって。

 だから私は昔から、復活している現代組の中で一番粗食をしてきたのだ。あまりジャンク品やカロリー爆弾な品物を食べないようにしてきたのだ。

 だからいい加減、解禁したっていいじゃない!

 

 そんでもって千空さんにもこの世界で美味しいものをたくさん食べて、笑ってて欲しいんだが⁉︎

 

「……茉莉ちゃんって、実は誰よりもプロのシェフが欲しかったりしてたの?」

「うん、栄養素的にも問題あったし。プロがいれば食べられる物も増えるかもって思って」

「ほーんと、そういうとこあるよね茉莉ちゃんは」

 

 まるで私がそういうよく考えている人間であるのが分かっていたように頷くゲンだが、私はただ美味しい物が食べたいだけです。ごめんなさい。ちょっと話を盛りました。すいません。

 

 アルコール漬けを預けてくるねと嬉しそうに笑うゲンを見送り、そして私は僅かな罪悪感を抱きながらもすいとんを作る作業に徹した。

 だってほらねシュトーレン作りが二、三日早まったところで来年にしか出港しないだろうし、ちょっとくらい関わってもバチは当たらない、と思いたい。

 だってパン作りぐらいだし、大丈夫だよね?そう思わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 その後私とゲン、龍水にフランソワ、そして千空がすいとんを食べ終える頃、ヤギを捕まえに行っていたコハクと羽京、クロムが帰ってきた。

 

「ム!ズルイではないか!私も食べるぞ!」

「あはは、僕も欲しいかも」

「残してあるから大丈夫だよー」

 

 まぁ、龍水とゲンに食べられそうになるのを必死に確保しといたんだけどね。やはり出汁は偉大。

 

 フランソワがヤギの乳を搾り、休んでいるコハクの代わりに私がヤギ乳の入った瓶を振り少し時間はかかったがバターは完成。

 そのあとは事前用意したアルコール漬けを使ってシュトーレンの生地を作っていく。

 まぁ、今回分しかアルコール漬けはないから、明日以降にまた纏まった量を作り始めなければならないだろうけど。

 

 生地を必死にこねていればいつのまにか隣には千空が立っていて、関心したように呟いた。

 

「テメェ、やっぱり手慣れてんな?」

「パン作りはやったことあるし、こねる作業は煉瓦造りでもやったかなぁ。ま、結局足使った方が早いことが分かっただけだったけど」

 

 あの時作った竈もいつ崩壊したんだろう。

 

 そう無意識に言葉を吐き出してみれば、隣にいた千空はぎょっと目を見開いた。

 

「竈、作ったことあったのか?」

「──何事もトライアンドエラーってやつでして」

 

 死にたくない気持ちは人一倍だったものでと、にっこりとだけ笑っておくのは忘れない。

 

 シュトーレン作りはその後も順調に進み、あと焼き上がりを待つだけ。

 私は龍水が掲げる欲しい=正義の執念を小耳に挟みながら、その香ばしい匂いを堪能したのである。

 

 そしてついに、その時はきた。

 待ちに待ったシュトーレンの試食だ。フランソワに薄く切り分けられたそれは甘い香りがし、珍しくクゥとお腹がなった。

 みんなが口にする様子を見て、千空がその美味しさで目を見開かせたの確認してから私もパクリと口にする。

 

「──うま」

 

 3700年ぶりにちゃんと味わえるそのおいしさに、思わず涙が出そうになるのを堪えた。

 綿飴もカルメ焼きも確かに甘味であり美味しいのだけれども、私はずっとこれが食べたかった。砂糖だけの甘さではない、この文明の味が欲しかった。

 やっぱり本職の方が作るものは最高です。

 

 今日まで生きて来られて、よかったと思える美味さです。

 

「茉莉、そういやあれはどうなってんだ?」

「……あれとは?」

 

 何か頼まれていたものあったっけと首を傾げると、千空はニヤリと悪い顔をした。

 

「元素周期表」

「あー、それかぁ」

「んな唆るお勉強方とやらを首を長くして待ってんだがなぁ」

「あ、合いの手が入るので一人じゃ無理で……」

「誰がいる?」

「──少なくともニッキーちゃん」

「よし、呼ぶぞ」

 

 せっかく美味しいシュトーレンで気分は良かったというのに、千空からの爆弾で美味しさ半減です。

 うそです。モグモグ。

 

 明日の自分に全て投げ出そう。

 

 




番外編ができました。
https://syosetu.org/novel/319776/
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