「茉莉、テメェに任せてぇ仕事がある!」
「ング?」
モグモグと焼きたてパンを頬張っている私に千空は高らかに宣言した。
ちなみに食べているのは私とフランソワの合作パンで、隣で羽京も頬張っている。
私達は簡易パン好き同盟を設立しているのである。
それはさておき。
「ング、仕事とは?あ、羽京さん達と油田探し?撮った写真の確認?」
「最初はそのつもりだったんだがな、予定変更だ。茉莉、テメェにはパン窯を作ってもらう!」
「パン、窯?」
それは今ここにあるのではと後方に視線を送ると、千空はそれじゃないと即座に否定する。ならば何処にと一瞬考えたが、何処にってそりゃあ彼処しかあるまい。
「麦畑の近く、つまりは船を作ってる方に作ればいいってことかな?」
「あ"ぁ、理解が早くておありがてぇ」
麦を育て始めてしばらく経つが、通常収穫まで数ヶ月かかる。そして収穫した麦を挽いてから村まで運んでくるのは無駄な労力だろう。いくら気球と車で運べるといっても大人三人分の重量しか耐えられない気球では一度にそう多くは運べないし、それに何より気球を操縦する人間として挙げられるものはやや性格に難がある。操縦料としてドラゴを巻き上げられる可能性の方が高いだろう。車もまた然り、運転できるメンバーは限られ焼いたパンを持ち帰る手間もある。焼きたてパンが一番美味しいのに、それを食べられない地獄を見るものをいるだろう。羽京とか羽京とか。
そうなるとあっちで全てを完結した方が手っ取り早い。
「──設計図とかは」
「もう用意してある」
「なら問題ないね、期限は麦の収穫まででオッケー?」
「嗚呼任せた」
私と千空はパシンと手を叩きあった。
はわわ、千空さんとパシンしちゃった。死ねる、頑張ろう。
「ちょっと待ってよ千空、それは茉莉だけでやることなの?カセキは──?」
「カセキはこっちでやるクラフトがあんだよ、油田みつけた時に特にな」
「だからといって彼女一人じゃ……」
「問題ねぇ、本人に確認はとってある。やれんな?」
「もちろん、竈は作ったことあるし問題ないよ」
「つーことだ」
この前竈作った、っていったのが決定打だったのだろう。使えるものはなんでも使えの千空さんだもの、経験値がある人を使うのはあたり前の行動だ。
キョトンとした顔をする羽京やいきなり高笑いをした龍水に向けて首を傾げてみれば、なんでと問いかけられた。
「作ったこと、あるの?」
「ありますよ?」
「ハッハー!貴様はそこまで有能か、欲しいぞ!どうだ俺の元に来ないか!」
「あ、間に合ってます。それに私は有能じゃないし、ただやったことがあるからやるだけだよ」
生きていくためにサバイバル知識を身につけて、その延長線で身につけた術。何度も失敗して火傷もして怪我をして、美味い具合に石化でなくなった跡も多い。
それぐらいやらなきゃ私は使える人間になれなかったのだ。決して有能ではない。
「んじゃ早めにあっちに戻るね」
「あ"ぁ、送っていってやる」
「送って……?」
「便利なもんがあんだろ、写真のついでだ」
「ワァー」
急募、気球に乗らない方法求む。
「いやいやいや、気球乗るならニッキーちゃんでいいじゃん。ニッキーちゃんも送るんでしょ?収穫にパワーいるし、私は歩きでいいよ」
「何いってんだ、まずはテメェからなだけだ」
「いやいやいや、私で歩きでいいようん。歩きで」
「合理的に乗った方が早ぇだろ!」
「なんだ怖いのか?ならば俺に掴まっているといい!美女を支えるのは大歓迎だ!」
「あ、大丈夫です。お気遣いありがとう」
普通に考えて、普通に。
わーい気球だぁ、乗る!って言える人間じゃないんです、私。この気球って一度バードストライクしたやつだし、千空センパイと龍水を信用し出ないわけじゃいけど割と怖いでしょ。
あの時はクロムがいたからなんとかなったけど、次に何かあった時私じゃ何もできない。
だからこそ怖い。
ムリ、お空怖い。
「私は歩きで──」
「そら、」
「へ」
トンと背中を押され、気づくと体は気球のバケット内へ。その後から千空と龍水が乗り込んで、すでに逃げ場はない。
「よし行くぞ」
「──ワーイ」
もう、どうにでもなれ。
ビクつく心を出さないようにバケットの縁を握りしめて握り、私はなるべく下を見ないように体を固まらせる。
下を見ちゃダメだ下を見ちゃ駄目と、シンジくん並に心でぼやいているがそれを悟られるわけにもいかない。
「ホラ、テメェもバンバン写真撮れよ」
ポイと渡された物はもちろんカメラなのだが、写真を撮るには両手を使わなければならないわけで。
え、どう考えても終了です。
ここで両手を離して下を見ろと?ムリです。
とはいったものの推しの役に立てないなんてあってはならない。
お役に立たなければ、多分気球に乗せてくれたのも好意なのだろうだから。
クロムやコハクは喜んでいたし、千空なりの気遣いに違いない。村の子供達も乗りたがってたからね、私もそれを微笑ましく見ていたしきっとそのせいの勘違いだと思うのだ。私も気球に乗りたがっていると思われても仕方がない。
ごくりと唾を飲み、縁に近づいてしたカメラ越しに下を見る。
タッカッ。ココタッカッ!
落ちたら即死、ただし落ちるまで死ねない。
木から落ちるのと比じゃないワロタ。木からは何度も落ちて運ばれたことがあるが、ここで落ちたら終わる。全てが終わる。命が終わる。
「──ッ」
一歩後ろへ下がるとともに下方へ流れる私の体。それを支えてくれたのは千空で、なんだがとてもばつの悪そうな顔をしていた。
「あ"ー、悪りぃ。ここまで駄目だと思ってなくてな」
「あ、その」
「写真はいい、そこで座ってろ」
「……うん、ありがとう」
大変申し訳ない。
本当に申し訳ない。見栄を張らないで高いところ怖いといっていれば、千空にそんな顔させなくて済んだというのに。
元司帝国につくまでの間、私は小さく体育座りをして二人の邪魔にならないように努めた。時々千空がこちらを確認するように視線を向けるとにっこりと笑って、龍水が声をかけてくれた時は大丈夫と返す。
全くもって面倒をかけて申し訳ない。
にしても、相変わらず推しの気遣いが神なのだが?
無理矢理乗せたとか気にしないでいいんです。裏を返せば乗りたそうな私を気にかけてくれたわけですし、勘違いだったけれど。
そういうとこが大好きで仕方がない私は、千空の背中を見ながら微笑んだ。
はぁ、いっぱいしゅき。
心の中で拝んどこ。千空さんはマジで神。
カシャリとカメラの音だけがその場に響き、私は表情筋を緩めていたのである。
茉莉ちゃんにとって死に近づく行為は地雷。だって散々夢で見てるから。木登りは反復体験で克服したけど、空は飛んだことないもの。