「アタシは反対だよ」
「で、でもさ。邪魔だし」
「確かに長いのは邪魔かもしれない。でも、私は茉莉の髪、好きだからね」
「茉莉ちゃんの髪って、すっごく綺麗な黒髪ですからな!それこそ──」
夜空みたいに!
目の前には悪意なくにっこりと笑う杠と、少し浮かない表情をしたニッキー。
私は右手に鋏を持ったまま項垂れた。
思い立ったら吉日と、髪を適当に切ろうとしていたその時通りかかったのは意外と乙女なニッキーだった。何してるんだいと声を荒らげたニッキーに気付いて近づいてきたのは杠で、私の手に握られていた鋏と珍しく結っていなかった髪を見て何をしようとしてたのかを直様理解したようである。
新人類も旧人類も等しく髪の長い女が多く、復活組で唯一と言っていいほど髪の短い杠は今のところ髪を伸ばそうとしていない。当人はどう考えているか知らないが、今ここにいない司を気にして伸ばさない可能性はある。
いくら霊長類最強の司とて、女の子の髪を不本意で切り落としてしまった自責の念はあったかもしれない。過ぎた事だと責めるつもりがない杠ならば、伸ばさないという選択肢をとるだろう。
したがって、伸ばしたい気持ちはあるのかも。前まで伸ばしていたから余計にね。
それはさておき。
「どうしても切らなきゃ駄目かな?」
「んー、紐で結ぶとたまに取れちゃうし、何より面倒」
「じゃあアタシがやってあげるよ!茉莉は黒髪だから似合いそうなやつがあるんだ!触ってもいいかい?」
「んー、ドウゾ」
キラキラと輝いた瞳で見つめられてしまえば断れるはずもなく、私は黙ってニッキーに身を任せた。
そういえば気にした事がなかったが、この世界に黒髪は少ないように思える。ニッキーは勿論金髪だし、羽京も龍水も陽も黒くない。大樹と杠は黒というより茶色だし、ゲンなんてツートンカラーで千空なんて白菜だ。
クロムや金狼も黒というには明るいし、本気で黒髪の人間が珍しく思える。
あれぇ、ここ日本ですよね?
「ほら!できたよ!」
「うん!茉莉ちゃんよく似合うよ!」
「ありがとう」
髪色の話は置いといてどんな風にされたのだろうと鏡で確認すれば、私の髪は一本の棒で器用に纏められていた。所謂簪、と言われるものなのかもしれないがこんな綺麗に纏められるとは驚きである。
「本当は可愛いのがあればいいんだけど、今はこれで勘弁しておくれよ」
「いやいや、可愛さなんて求めてないからね。これで十分だよ」
簪で留めてある髪は案外緩む事なく、頭を軽く振っても問題なさそうだ。
一度解いてニッキーにやり方を聞いて、私は当分これで過ごすことを決めた。紐で縛るより断然楽なのだ、棒切れ一本ありゃいい髪型だしとりあえず切るのは延期しよう。
「そういえば千空くん達から連絡があって、石油が無事見つかったらしいよ!ワォ!」
「ってことは今頃カセキのおじいちゃん大活躍してる頃かな?」
「活躍といえば、南がアンタを探してたけど……。いい加減撮らせてやんなよ」
「えームリー」
女同士の会話は話題などすぐ変わるもので、髪の話から写真の話へと移り変わる。
南は復興の記録を!と張り切って写真を撮りまくっているのだが、そこに私を入れようとするのだ。
絶対に記録に残りたくない私vs絶対に撮ってやる!な南との戦いは今のところ私の圧勝で一枚たりとも撮られてはいない。
周りの人たちにも写真嫌いだからとギャン拒否反応をしておいた為、南が来る前に知らせてくれるようにもなった。持つべきものは仲間だよね!
一度銀狼に騙されて南の前に連れ出されたが、写真を撮ると魂が云々を銀狼に吹き込んで一緒に逃げ出した。
高性能ではないカメラ故に動いているものはブレてしまうので、私の姿を捉えるのはまず難しいであろう。
「一枚くらい、いいんじゃないですかな?」
「よくないっすねぇ」
「なんでそんなに写真が嫌いなんだい?折角カメラができて記念に残るのに……」
「──その記念に残るのが、嫌なんだよ」
私がいないほうが正しい世界。
私がいるのがおかしい世界。
そんな世界で記念写真なんて撮れるわけがない。
私がいた証なんて欲しくないし、むしろ残って欲しくないのである。
今後の自分のためにも張り切ってやった行動を褒められるのはまだ我慢できるが、それが人類復興の為にと記録されるなんてごめん被りたい。
南は記録だから記念だからとよく叫んでいるが、それならば頑張ってる人だけ写せばいい。
私にも肖像権があるのでいい加減本当に諦めて欲しいものだ。
「アンタがそれでいいならいいけど、アタシはアンタと一緒に写真撮りたいよ」
「私も!みんなで撮れればいいなって!」
「んー、杠ちゃんの結婚式には撮るよ」
なんて冗談を挟んで杠の顔を赤く染めて、私はそれを眺めて笑った。
ま、実際は眺めるだけで映る気は無いのだけど。
石油発見の報告を聞いて数日後、千空達は気球に乗ってこちらへと帰ってきた。
その時の私は現代組にパン作りを教えていて、背後から声をかけられて思わず飛び跳ねてしまったのである。
「おぉー、中々みねぇ反応すんじゃねぇか。調子はどうだ茉莉センセェ」
「背後に立たれれば誰だってびっくりすると思うのだけど?」
ズボリと千空の口に出来立てのパンを突っ込んで抗議する。
そういえば千空がセンセェセンセェ呼ぶせいか、そう呼ぶ人間が出てきたのは誤算であった。スイカ達お子様方に呼ばれるくらいならいいのだけど、同い年くらいの人に呼ばれるのはゾワゾワして変な感じになる。
モグモグとパンを食べる千空の姿にお可愛いこと!とどこぞの天才の決め台詞を心の中で叫び、私は真顔に徹する。
本当に君は美味しそうにたべるねと、美味しいラーメンの作り方を覚えておくんだったと今更ながら後悔した。
「──んで、どこまで進んだ」
「人によりけりだけど、ある程度パンを作れる人はできたかな。ついでに覚えたいって人には私が知ってる知識は伝授した」
「そりゃおありがてぇ。船ができたら人員が分かれるからな、それまでに技術の共有は必須だ」
「まぁね、可能であれば畑作って野菜も栽培したいんだけどねぇ」
「3700年経ってからな、野生化してるやつもあっから専門家がいりゃあ助かんだが……」
「いないっすね」
「だろうな」
何せ司が復活させたメンバーは主に武力に全振りされてますし。
気長に復興を待つしかない。
一度ため息を吐いてパンに齧り付き、千空に背中を向けて歩き出す。
言っておかなきゃいけない情報は伝えたし、そろそろ仕事に戻らなくては。
「──茉莉、オメェそれ」
「んあ?」
千空は自身の頭と私の頭を指差し、私はその意味を理解する。
「切ろうとしたら杠ちゃん達に止められて、ニッキーちゃんが教えてくれた」
「簪ってか、ただの木の枝じゃねぇか」
「ニッキーちゃん達が嘆いてたのでオシャレ道具も作ってあげるといいかもね。ドラゴ集めにつかえるかも」
「──クク、考えとくわ」
「ん、そうしてあげて。んじゃ、私はもう行っても?」
「あ"ぁ、問題ねぇ」
「んじゃ」
ひらりと手を振ってその場を後にし、私はぼんやりと空を眺めて見えもしない月を思う。
「──何処にいるんだろうね、君は」
ホワイマンとの接触はもうすぐそこまできていた。