千空さんはやはりイケメンモテ男だが時と場合を考えて行動した方がよいと素直に思う。
お腹の痛みが落ち着き始めた朝方、ゆっくりと瞼を開けるとそこには麗しいお顔が目の前にあった。
ぼやけた思考でまつ毛長いなとか顔面偏差値高いなとか相変わらず美しい推しの顔を見つめ、数秒たってこの異常事態に気がつく。
何で目の前に神がいらっしゃる?
ふぇっと変な奇声を上げ飛び起き千空から距離を取る。キリリと痛みが走ったがそれどころではない。大悲惨確定の日にうっかり推しの寝床に忍び込んだとかマジ死ねる。軽蔑した視線向けられた日にゃ精神崩壊して死ねる。
どうやってバレずにこの状況を切り抜けるべきかない頭を必死に使っていると、ん、となまめかしい息を吐いて千空が寝惚け眼で私へ視線を向けた。
「──まだ夜じゃねぇか、寝てろ。 んでさっさとこっちこい、さみぃ」
「んんー? いやなんで同衾? もしかして私が潜り込んだ? それならごめん、一人で寝る」
「あ? 違ぇよ。 テメーがウンウン唸ってたから暖を取るために俺が潜り込んだだけだ。 寒さ対策としては合理的だろう。 ほら寝んぞ」
そう言って寝る体勢を整える推しの言葉がうまく理解できない。
ウンウン唸るから暖をとる?あれか、湯たんぽ的なやつ。寒いと痛みが増すし無意識で唸っていたのなら納得はいく。
だがだからといって千空が一緒に寝るとか死ねる。なんだこの天使。いや神か。
自分も寒いから合理的とかいって然程仲良くない人間をナチュラルに気遣うとか、なんでこの推しには女の影がなかったんだ?
まぁ、非合理的な恋愛脳なんか千空様にはなかったのだろうけれども、周りの女子がほっといたのも謎だ。研究馬鹿だが将来有望すぎるのに。もし今後恋愛のレの字が出てきた時は全力で応援させていただこう。推しの幸せは私の幸せ、神の幸せは私の幸せなのだから。
精神的に弱っている私の頭はそんな事を考えて、無意識に推しの隣へ滑り込む。
内心推しシーツってこんな感じなんだろうなと心の隅っこで思ったが、それが月に二、三日、それこそ大樹が起きるまでくり返されてしまいいつしかそれが当たり前になっていた。
慣れとは怖いものだ。
怖いといえば私というモブの存在のせいで、既に物語が少し改変されかけているのか恐ろしいところだ。
本来ならば大樹と司が起きた後に作られるはずだった硝酸カルシウム。これが既に少量だが手元にある。千空に言わせてみればこれで石鹸やら何やらを早めに作りたいと言ってはいるが、なんとかそれを阻止している最中である。
言い訳としては野生化した大根やじゃがいも、その他野菜を長期的育てるため肥料にするための備蓄、としている。流石に私一人が生産した量はたかが知れてるので、千空自体も大樹が目覚めてからといったん諦めているようにもみえた。しかし隙あれば狙ってくるので何処に隠すべきか模索中。
そしえ怖いといえばもう一つ。
推しが優しすぎて怖い。
いやね、推しが優しいのはとても嬉しい事なのだけどいきなり縁切った元幼馴染にまで優しいのはどうしたものか。
物語から察するに私の神は父親、百夜にとても良い育てかたをされたからかマッドサイエンティストにならずとても良い子に育っている。
故に基本誰にでも優しいのだ。
やろうと思えば石灰だって実験に使いたいと言って私から奪うことも可能なのだが、家から何から私が作ったのものだからと一応所有権は譲ってくれている。マンパワーがないと言っていた時でさえ、無理矢理手伝わせる事はしなかったのはやはり優しさからなのだろう。
その優しさを身をもって体験してしまっているせいか、最近は口を噤む事に罪悪感を抱く事が多くなった。
大樹が目覚めなくてもやろうと思えば二人だけでも既に酒は作れる。それこそ芋を見つけるか、蜂蜜さえゲット出来れば山葡萄を待たずにそれこそ今からでも。
でもそれをしないのはこれ以上の歪みを作らない為で、自分を危険にさらさない為でもある。
さっさと復活液を作って大樹と杠を起こしたとして、その後私の知らないイレギュラーが発生した場合今後の身の安全が保証できない。
このままいけば三人が、特に推しの千空が死ぬ思いをするというのに私はなんて薄情な人間なんだろう。
助けたいとか守りたいとか言ったって、結局誰だって自分の命を一番に思うのが当たり前で、千空のように全員助かる、なんて選択は出来やしない。それが出来るのは限られた人間で、私でない。足掻いたところで歴史の修繕力とやらで似たような結果を生むかもしれないのだからやるだけ無駄だ。
ならば私は何もしない。
否、何もできない。
例え非道だと非情だと罵られても、何もできやしない凡人なのだ、それを求めるのはお門違いだと胸を張ろう。
「おい茉莉、塩作りに行くから手伝え」
「んー、了解」
推しである千空の後ろ姿を眺めながらフツフツと溢れ出る恐怖に蓋をする。
もし全てを知っていたと知られたとき、私は向けられる感情に耐えられるだろうか。
あの優しい神様に嫌われてしまったら、私は生きていられないかもしれない。
なんて結局は戯言なんだろうけれど、胸の中に渦巻くどす暗い感情を知らぬふりをした。
「テメェはあのデカブツがいつ起きると予測する」
不意に問われた声に、私の口は勝手に反応して音を放つ。
「後二ヶ月もないんじゃない?」
全くもって私のお口は軽いものだ。
何故そう思うと聞き返す推しになんて答えようと頭を働かすも、ネガティブ思考に入っていた私の頭が直ぐに働く事はなく焦った口がまた勝手にやらかした。
「野生の勘」
なんだよ野生の勘って。自分で言って意味がわからない。隠すならもっとマシな嘘をつけ。
そう思ったのは私だけではなく目の前の千空を呆れた顔をしている。その顔をお綺麗ですねと言いかねない口をぎゅっと結べば、千空は少し眉間に皺を寄せてため息を吐く。馬鹿でごめんなと謝りたいが、なんとなくそんな雰囲気ではなかった。
「野生の勘はともかく、私と千空君のように3年もあくことはないとおもうよ、硝酸直かけしてるしね。 まだ石化を解くルールは分かり切ってないけど信じて待とう?」
そう言ってにへらと笑ってみせると、千空も釣られて小さく笑った。
その笑みはどこか寂しそうで、年相応なものを感じる。キュンとときめく胸の鼓動を落ち着かせ、ギャップの笑顔最高ですご馳走様と心の中でつぶやいた。
推しの意外な一面を見たから先程まで荒んでいた心は今や花が咲き乱れるほどの春模様。
推しの笑顔には精神安定剤効果があるみたいだ。
今度から辛くなったら笑顔拝むことにしよう。
そして金木犀が咲き出した頃、ついに物語が動き出す。
「千空……お前、ゼロからこれを!」
「まぁ作ったのは俺じゃなくて茉莉だかな。 人間二人いてもまだマンパワーは足りねぇ! 俺が実験する時間を減らしたとしても生活基盤制作だけで一日が終わる」
いつかはこんな日が来るとは思っていた。
それが今日だとは思っていなかったけど。
大樹を待っていたと言い切った千空の顔は勇ましく、この瞬間をずっと待っていたと理解できる。
女の私じゃできる事は限られていたし、千空にしてみれば漸く自分の思い通りに物事を進められる理解者が増えたのだ、嬉しいに違いない。
ここから全てが始まるのだ、私のお役目はもう終わったという事だろうか。少し、ほんの少し寂しく思うがそうなるように行動してきたのは私なのだから致し方ない。
ここに私がいないのが当たり前なのだから再会と決意は二人だけのほうがいいだろうと、二人に気づかれないように体を逸らしていく。だがそれを阻害したのは綺麗な赤だった。
「茉莉! 大樹が着れそうな服はあるか?」
「んー、私や千空君と体型が違うからすこし小さいかもだけど、袖切ればいけるかな。 持ってくるから待ってて」
「おぉ! 茉莉じゃないか! そうか! 茉莉も起きていたのか! 千空とも仲直りしたのだな、よかった!」
「んー、言ってる意味がわかりませんネー」
こちらに駆け寄って肩をバシバシ叩く大樹の言葉の意味が本当にわからないが、取り敢えず肩が取れそうだからやめていただきたい。
にしても起きて直ぐここまでにこやかで大樹の精神力には驚かされるものだ。少なくとも起きて直ぐこんな世界だとパニックになりそうな気がするのだが、笑顔になれるだなんてある意味才能だとも言える。
つまり私が言いたいことは、その笑顔、最高です。
私じゃなくて杠に向けて二人仲良く夫婦生活してください、だ。
漸く始まってしまった物語に安堵の息を漏らすのと同時に、どうしてここにいるのだろうという不安の汗が流れた。
大樹用の衣類を用意している最中男二人じゃアダムとイブにはなれんと声と、なら私と千空、杠と俺なら問題ないなという驚愕の叫び声が聞こえたが、千空と私、ほぼ同時に『ないな』とそう答えていた。
神と私とか、大樹の思考が全くもって理解できん。
千空もないと答えていたのが、すごくありがたかった。