「ぜぇ、ぜぇ……。もう、ムリ」
私が必死に岸にたどり着いた頃には、すでに体力の限界が訪れていた。
いくらストーンワールドで一人で生きることができる私であっても、着衣水泳は専門外。それも衣類は革製品ときた。水に濡れてしまえばそりゃもう重くなる。
ふらつく足を必死に動かし陸に上がるも、このままじっと休んでいては見つかる可能性もあるわけで。早急に移動するのが吉。
プルプルと震える体に鞭を打ち、岩場に隠れる様に移動していく。
しかしながら、この行動が悪かったようだ。
衣類が濡れているということは、勿論革靴も濡れているわけで。
そして尚且つ、排水性がないければ水も溜まる。
「──っあ」
ズルっと、石にかけた左足が滑り落ちる。そしてそのまま、私の体も傾き落ちた。
それでも体制整えようと右足で踏ん張るが、限界を超えていた体がそれに耐えられるわずもなくグルンと視界は揺れてポキンと小枝が折れる音が脳に響く。
その音が何を示しているかなんて、私は何度も体験していたため知っている。
後から訪れてくる痛みに体を抱えうずくまり、やってしまったと自分の不運を嘆いた。
「っあ──っ」
まさか転倒して骨折るとか、そんな事ある?
あっていいわけないじゃん。一応スイカのこと頼まれてるのだけれど?
震える喉で深く息を吸い込み、そして吐きだす。
ありがたいことに小型ボートまでは近いし、そこまで移動できればスイカが来るはずだ。
彼女に迷惑をかけるわけにはいかないが、このままじっとしているのも問題でしかない。
痛みに震える体で足を引きづりながら、私はその場に向かったのである。
「茉莉!こんなところにいたんだよ!」
「あー、スイカちゃん。よかった無事で」
ま、私は無事じゃないんだけど。
スイカと合流するまでおおよそ一時間足らず。その間に木の枝やら蔦で骨は固定し、集められるだけの葉を私は集めていた。
私をみて首を傾げたスイカにヘマをして怪我をしてしまったと告げればアタフタとし始めて、私はそれを落ち着かせるために近場へ呼んだ。
「怪我をしたのは私のミス、スイカちゃんが気にすることはないよ。ってことで動きづらい私の代わりにお仕事を二、三頼んでもいいかな?」
「な、なんなんだよ!スイカはお役に立つんだよっ」
ぐっと手を握りしめるスイカの頭を撫で、私は小型ボートを葉で隠して欲しいとお願いをする。足りない分は取ってきてもらわなければならないが、私一人でやるよりかは早く終わらせることはできるはずだ。
それが終わると、今度は重大なお願いをする。
こうなることは知っていたが、まだ子供であるスイカにこんな事を頼まなければならないのは少々心苦しい。
「あのね、これはすごく危険な任務になると思うんだ。でもスイカちゃんにしか出来ないことでもある」
「それは、なんなんだよ?」
「船に、戻って欲しいんだ。千空君達のために」
私の言葉にスイカはポカンと口を開けてピタリと止まり、そして少し不安そうな声を出す。
私とてこんなことは言いたくないのだが、彼女がいなければ始まらないのだ。
ここは心を鬼にするしかあるまい。
「船のみんなは石にされた。先に陸上に上がったメンバーはその事を知らないし、いずれ知ることになっても助けに来てくれるかわからない。でもね、スイカちゃん。私たちには一つだけ、この状況を打破できる術がある」
「だは、できる術?」
「そう、それは科学の力。どうにか千空くん達ににラボを届けさえすればなんとかなるかもしれない。その為にスイカちゃんには一度船に戻って欲しいんだ」
こんな事を頼んでごめんねと深々と頭を下げて、私はスイカの返答を待った。
私が知る未来ではスイカは船に戻っている。
そうなるのが正しい未来なのだが、危険であってもスイカには船に戻ってもらわなくてはならない。だから私はスイカの答えを待つしかない。
「──やるんだよ!スイカは、お役に立つんだよ!」
「……うん。ありがとう」
ここに私がいなければ、スイカは自分の意思で船に戻ったのだろう。
でも今は私がそれを頼み込んだ。
スイカより大人である私が、子供に危険な行為を押し付けたとも言える。
スイカには夜になって視界が悪くなってから行動しようと思ってもいない事を言い聞かせ、私達は日が暮れるのを待った。
「行ってくるんだよ!」
「……うん」
そして彼女は偵察をするようにスイカの皮に身を隠し、プカプカと海の上を進んでいく。
一方わたしはといえばそれを見送った後、小型ボートの中に身を隠した。
頭も若干痛いし、ぼぉっとする。骨折してしまったせいで熱が出ている気もするし、濡れた服のまま行動したのも原因でもあろう。
これは確実に、熱が出ている。
「あー、使えない」
骨折していなくて、熱も出てなくても何かしたかと問われればしないと答えただろうが、何も出来ないのはこうもつらい。
何せわたしは千空に求められて船に乗った。必要だといわれて役に立つと思われて船に乗ってしまった。
だというのに、宝島に来て早々怪我をするとか笑えない。
役になんか、立てるわけがなかったのだ。
「──しんど」
どうせ何もできないのなら、ここに来なければよかったのに。
どうせ何もできない子なのだから、龍水も私にスイカを頼まなければよかったのに。
何かができる子は、スイカだけだというのに。
「もぅ、嫌だなぁ」
なんて弱音を吐いて、わたしはボートの中で身を屈める。
相変わらず折ってしまった左足は腫れてて痛むし、体のだるさはまだ抜けない。病気は気からというものだし、私のこの辛さは気持ちの問題なのかもしれないと考えながらゆっくりと瞼を閉じたのである。
「ラボだ‼︎‼︎絶対にラボが欲しい!それだけでいい、なんとか……」
次に瞼を開けた時、私の耳に届いた声はコハクのものであった。
あたりはすでに暗く、コハクの言葉から時間を推測すればあれから一時間は経っているのだろう。
未だ頭の回転は悪いし、熱が出ているのは間違いない。
しかしながら軋む体を起こして葉っぱの影から外をのぞいてみれば、そこには二人の姿が見えた。
「──ふは、お似合いカップル」
シルエットだけ見れば確実にチューしてるし、そりゃキリサメも勘違いするわ。
お幸せにぃなんて思いながら私はもう一度ボートの中に身を潜め、ことが過ぎるのを待つ。すると数分後にはペルセウスの方からガヤガヤと騒音が聞こえ始め、何かが水に落ちる派手な音が聞こえてきた。
私はその音を聞きながらスイカは無事に任務を遂行したのだと安堵し、もう一度意識を飛ばす事となったのである。