その声が聞こえてきたのは、朝日が昇って少し経った頃だった。
「……ぇ、ねぇ。誰かいないの。えーと、そう!茉莉、だったかしら?」
コハクともスイカとも違う声音の少女は私の名前を呼び、辺りをキョロキョロしながら何かを探している。
その何かはきっと私なのだろうと、ボートから右手を出してこちらへ彼女を呼んだ。
「えっと、あなたが茉莉、ちゃん?」
「──そうなるけど、そちら様は?」
「私はアマリリス、千空達に言われてあなたを助けにきたの。ってことで着替えて!今すぐに!」
「……へ?なんで?」
「その格好じゃ浮くもの!私の貸してあげるから!」
マジですか。
美人の服を借りるとか、どんな公開処刑だよ。
アマリリスはどっからどう見ても可愛い系の美人でスタイルがいい。特にお胸は私の倍はあるだろう。
そんな人の服だよ、私にはストーンだよ。
だが確かに実際この服で移動するのは目立つだろううし、仕方なしに着替えていく。
足が動かせない分少々面倒だが、アマリリスに手伝ってもらい数分足らずで着替えは完了した。
そして支えてもらいながらボートから降り、アマリリスの肩に掴まって移動を開始。道中、侵入者がいるかもと探し回っている奴らと二度すれ違ったが、アマリリスさんが妹が怪我をしてしまってと可憐にかわしてくれた。
捜索隊は嘘泣きの彼女にあっけなく騙されて私をスルーしてくれたし、本当に演技が上手いのだなと一人納得したのである。
だがしかし私の方が年上なはずだが、まぁ、どちらかといえばアマリリスより幼い顔つきだから致し方ないだろう。こんなところで張り合っても仕方ないので、なけなしの自尊心は砕いてゴミ箱に捨てておくとしよう。
ぴょこぴょこと足を庇いながらアマリリスと向かっていった先には一艘の小舟があり、その中には果物が乗せられている。私はアマリリスに指示されるまま船に乗り、秘密の横穴へと進む。
なんとなく知ってはいたサファイアの洞窟と呼ばれるその場所は水面が青く輝いていて美しく、こんな時でなければ感動していたかもしれない。
「こんな非常時でも、後宮の美少女選抜とやらは実施するのか?」
「やるよ、モズがやらないわけないもん。モズは逆にもう強すぎて、宰相イバラと違って警戒とかなーんにも気にしないタイプだし。興味があるのはカワイイ子だけ。まぁ、それは置いといて、茉莉ちゃん、連れてきたよ」
「……ごめん、ヘマった」
テヘペロ。
なんでできないけど申し訳なさそうな顔はしておく。
なんとなくスイカが泣きそうな雰囲気だし、謝った方がいいかなと考えた次第です。
「茉莉ちゃん、怪我したって聞いたけど大丈夫?」
「んー、骨折ったくらいかな?」
「くらいじゃないよねぇ⁉︎」
私を支えようとするゲンとコハクの手を取り陸に上がり、そのまま少し大きな岩に座る。
それとともに千空が現れ、スルスルと固定した枝を外していった。
「ったく、なんでこんな事になってんだ」
「あー、マグマに海に放り投げられてからの着衣水泳。体力ゴリゴリに削ったところで岩場から転落して折った。面目ない」
「あ"?まだ骨折だけで済んでマシじゃねぇか。流石の茉莉センセェにも体力の限界があるって知って驚きだわ。──にしても、ド派手な色になってんな。固定し直すぞ」
「オネガイシマス」
バッサリと切られた革靴の中から出てきた私の足首は紫色に染まっていた。つまりは見事な内出血。細胞がゴッソリ炎症中である。
千空はチャチャっと応急処置を終えると、今度は私の首元に触れて眉間に皺を寄せた。
「テメェ、やっぱり熱出てんな?」
「免疫反応ですかねぇ?でもまぁ動けないわけではないよ」
「ったく、現状に問題なけりゃ寝てろっていうところなんだがな。手が無事ならなんとかなんだろ」
「うっす、お役に立ちますー」
本当に、怪我したのが足で助かった。腕だったらマジもんの役立たずじゃないっすか。
千空はアマリリスが持ち込んだ果物を見て、綺麗なコハクを生み出す為に実験を開始した。無論、私はそれを手伝う事となる。
千空がシャンプーを作っている間にココナッツを割り、コンディショナーを生み出している間に金雲母と絹雲母を砕く。
そして次々と生み出されていく化粧品を瓶や容器に詰め替えて、一旦は作業終了。
そこからがまぁ、難題なのだけど。
「ハ!これを顔に塗ればカワイイが科学で作れるのだな……⁉︎」
ギラァンと目つきを悪くするコハクに、ゲンの鋭いツッコミが入る。
そして、化粧をしてると思えない音を立てながらコハクはその作業を終えた。
「コハク、テメー」
ドキドキと高鳴る鼓動、キラキラと輝いて見えるその姿。だがそこにあったのは、ある種の化け物といえるだろう顔面。
普通にしててもカワイイのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。
「ピギャァァァアアア」
「これ、コハクちゃん、カワイイ選抜に選ばれない可能性あったりする……?」
「そりゃ潜入候補の弾は多い方がいいがな。他にはもうスイカと茉莉しかいねぇし、どっちも無理すぎる──」
「任して私に!」
コハクの形相に私たちが困惑する最中、アマリリスだけは諦めていない。
アマリリスはコハクの元の素材を生かしたメイクを行い、顔面凶器からルリ似の美人さんに早変わりした。
それを見たスイカは喜び、千空はアマリリスの腕に安堵の息を漏らす。しかしながら化粧品を使ってのコハクの変貌を知ってしまったアマリリスの目は怪しく輝き、その光は男性陣に向かったのである。
「これ使えばもしかして……。潜入候補は多い方がいいでしょう?一応試さないと」
「あ"??」
「あー……」
これは、たぎって参りました!
顔に出さないように気をつけながら、アマリリスのやることを目で追う。麗しの千空の髪もシャンプーされた上にトリートメントを施され、二つ結びに。シャドウはピンクで、唇もプル艶で、ウエストで締めるタイプのドレスが腰の細さを引き立てている。
もう、なんか最高。
キャワワ!
「無理すぎんだろ百億パーセント!」
「黙ってればギリイケんじゃないの、千空ちゃん♪」
「やっぱり声でバレるか〜」
え、低音の声でさらにキュンとするんですが、私だけでしょうか?
いやぁ、千空は何着ても良い。かっこいいし可愛いとか誰得だよ。手足にちゃんと筋肉があるのがてぇてぇ。
「声だけなら誤魔化せるけどねぇ〜♪」
「⁉︎ヤバ!女子の声……」
「ゲンは華奢な方ではあるが、どうしても女子にしては長身に見えてしまうな」
けどまぁ、刺さる人には刺さると思う。
そして性癖を歪めそう。
「ぜ…全部無理でしょ」
「全部無理」
「ハ!小柄でかつ女声に近い男ならあるいは──」
とそこまでコハクが言うと、皆の視線は銀狼へと向かった。
「い、いやだよぉおおぉお!あ、茉莉ちゃん!茉莉ちゃんにもお化粧してみよ、ね?ね?」
「え、私は行かないし──」
「そうね!やるだけやってみましょ!」
「え"」
いや、私骨折れてるんだって。
ルンルンと化粧品を持って近づいてくるアマリリスから逃げることのできない私は、とりあえず大人しく化粧をされていく。
ニコニコしてるアマリリスは美人さんだなぁと、現実的逃避して終わるのを待つだけのお人形になったのである。
「んー、茉莉ちゃんは顔色を良くしてパーツを大きめに見せるようにラインを入れて──。唇にも色を入れて健康的に。どうかしら!」
デデンと効果音付きで皆の前にそのガンメンを晒せば、銀狼がギランと瞳を輝かせた。
「ホラ!茉莉ちゃんでいこう⁉︎」
「確かに、茉莉なら──」
「駄目だ、茉莉は選抜には参加させねぇ」
「ま、そうだよねぇ」
案外乗り気な銀狼とコハクを千空とゲンが止め、アマリリスはどうしてもと食い下がる。
「──人数が多いに越したことないじゃない?」
「まぁそうだがな、残念なことに茉莉は足の骨が折れてやがんだよ。そんな奴を連れてくのは合理的じゃねぇ。そんな事させんならよく動く手でクラフトさせてた方が断然合理的だっつーの」
「千空君の言うとおりだよ。私が上手く歩けなかったのはアマリリスちゃんも知ってるでしょ?行っても足手纏いになるだけだし、コハクちゃんみたいに戦えないしねぇ。……ってことで、銀狼君。次行ってみよ?」
「え、えぇええ!嫌だよぉおおお!僕男だもんンンンンンンン」
「3700年前には男の娘っていう文化もあってだな。大丈夫、君ならイケる!」
グッと親指を立てて応援し、銀狼がコハクに拘束されながらアマリリスの手に掛かるのを私は眺めた。
あー、すでにお可愛いくなってるなぁなんて思って気を紛らわせてみたが、どうも真横からの視線が気になるわけで。
「──えぇっと、何か?」
「……化粧で大分かわんだな、悪くねぇ」
「まぁ、化けるって書くし、私、平たい顔族だし?」
「テルマエロマエか」
「──それは知ってるのかぁ」
まさかのそこはあるんですね、驚きです。
是非ともそのあるなし作品の基準をお教えいただきたいものですね。
ってか、悪くねぇっていいました?
つまりは千空パイセンの好みは顔の濃い人って訳か。
──うん、確かに周りの人たちみんな顔も性格も濃かったわ!
心のノートにメモっとこ!