うげぇ、気持ち悪い。ついでにいえばお腹いたい。
どう考えたってストレス過多です。
そんなことを思いながら私はひたすら貝を砕きすり潰す。これらはサイレントボムの材料の一つで、そこそこの量が必要となるのだ。
怪我したのが足で良かったなと思いながらゴリゴリとすり潰し、千空の声にたまに反応しておく。
どうやらパイセンは私が気落ちしている事に気づいているようであるが、そこまで踏み込んではこないので大変助かる。下手に何故どうしてと聞かれまくっても、何も言える事はない故に。
正直言って、いまの私にとってこの空間は地獄でしかない。早々に離脱したいが此処は宝島だし、足が折れている以上好き勝手に動けるわけもなく。
どうしようもなく、ストレスが溜まるこの場に留まるしか選択肢は残っていなかったのである。
もし仮に私の足が無事だったとして、私が選抜に向かう可能性は一握りほどだったと思う。が、選抜に行ったとして万に一つ、あの守備範囲がクソザルなぐるぐる髭野郎が私のような凡人を選んだとして、コハク達のように動けるかと問われればそれは無理だし精々未来を変えない為に大人しくこの身を捧げる程度しかできる気がしない。
それに何よりコハク達が侵入者とバレた時点で、私が後宮から逃げ出せるとも限らないのだ。つまりは拷問エンド。
次の人生にご期待ください、となりかねない。
此処にいようとあちら側にいようと、どちらにせよ地獄でしかなかったと思えば気も楽になる。わけもなく、さらなるストレスが私の胃にダイレクトアタックをかましてくれやがるのだ。
キリキリと痛みを訴えてくるお腹をこっそりと撫でながら千空達と夜通し作業を行い、翌る日の朝にはサイレントボムの素は完成した。
若干血走った目をしている千空を横目で見ながらも、私はそっと息をこぼした。
それから私以外の四人は作りたてのサイレントボムを届けにコハク達の元へ向かった。残された私は足を引きずりながら入り江の端まで移動して、胃酸を吐き出して口を拭う。ストレスが溜まるとすぐ吐き気を催すこの体に苛つきを感じるとともに、このまま胃に穴が開いたら確実に死亡ルートを辿るだろうなと察した。
けれども、前と違ってそれが怖くない自分がいる。
あんなに石化後の世界で無惨に死ぬのが怖かったというのに、今では死んでもしょうがないかと脳が諦めているのだ。
むしろこのまま消えるように死んでいければ、この苦痛とおさらばできるのではないかと考えてしまう。
揺れる水面を見つめれば目が死んでいる、隈のできたバカな女が一人こちらを見つめている。
嗚呼、こんな酷い顔をしていたのかと前のめりの身体はそのまま、ドボンと海へ落ちた。
ひんやりとして冷たい水は私の体にまとわりついて、このまま意識ごと海に沈んでしまえたらいいのにと思考が歪む。
カポリと口から空気が溢れ、白い砂が雪崩れ込む。ざらざらとした感触は新鮮で苦しさなんて二の次に感じる。
このまま息が苦しくなって、そのまま海に溶けて逝けたならどんなに素晴らしい事だろう。
しかしながら、人間というものはそんなに簡単じゃないらしい。
「っは、は──、ふっ」
どうしようもなく苦しくなって、私は無意識にその身を起こした。
いくら消えてしまいたいと考えていても、身体は生に執着しているようである。
「ふ、ははっ。情けねぇ」
私のどうしようもなく残念な思考に笑えてきて、瞳が滲んだのを海のせいにした。
それから私はラボの中で着替え、皆が帰るのを大人しく待っていた。
案外早い時間に帰ってきた千空達は私の服装が朝と違う事に気づくと首を傾げる。
私はそれに正直に答えたのである。
「あー、海に落ちて?」
「は?」
「え、ちょと茉莉ちゃん‼︎怪我してるんだから気をつけてよ〜」
「めんごめんごー」
大丈夫なんだよと心配そうにするスイカをひと撫でして、私は笑顔を作る。
落ちたというか、入水したのが正しい言葉な気もするが訂正する必要はないだろう。
少しばかり不機嫌そうな千空にも一応謝って、私はコハク達はどうだったのだと状況を確認した。おバカなことをしていなければインカムで把握できていたのだが、うっかり外していたので聞いてはいなかったのである。
別に、千空の声が聞きたくなかったわけではない。
多分、きっと。
そう、きっと。
「指示は出してきたから、早ければ夜に遅くとも朝には届くだろうよ」
「そっかー」
なかなか、早いな。
流石コハクちゃんだな。
コハクちゃん、だものね。
そう思って、ただただ海を眺めた。
「クッソ、モーターがゴミすぎて軸がブレる」
「ネズミニ四駆には使えたけどねぇ〜」
「作んのはドローンだぞ、墜落するわ。茉莉センセェでもダメならカセキしかいねぇ」
「力不足で申し訳ない。となると、必要なのはプラチナだねぇ」
さてドローンをどう作るかと考えた時、真っ先に思い浮かぶ人物はカセキだ。私のクソ雑魚な腕でダメならば職人に頼るしかないのだが、カセキは悲しくも石化中。
早急に復活液が必要となるわけである。
「ネズミニ四駆でコハクたちスパイチームがなんか届けてきたんだよー‼︎」
とそこに届いたのは宝箱ソユーズから出てきた砂金の山。
百夜が体力と命を削ってまで、千空へと繋いだ希望そのもの。
「ククク、天然の砂金には場所によっちゃアホほどたまにだがな混ざってんだよ、プラチナが──」
「おぉおおお⁉︎」
最初に見つかったプラチナは指先にちょこんとのる程度の小ささで、その次に見つかったものもまた同様な大きさで。
ただそれが次から次へと見つかっていく。
「どんどん、どんどん出てくるんだよ……⁇」
「──こんだけ集めるのに、何十年……」
千空の親だからという理由だけではなく、最後の宇宙飛行士として科学をつなぐ為に。
その身を粉にして、いずれ目覚める次の飛行士の為に。
「ずっと秒数刻んでた千空ちゃんと、何十年も砂集めてくれた千空ちゃんパパ。似てるね」
「ククク、血は繋がっちゃいねぇがな。百夜が言ってたのは『親友の子だった』。細けぇことは知りやしねぇし、興味もねぇよ。関係ねぇんだ、んなことは」
「──うん、関係ないね全然。だって繋がってんじゃないどう考えても。絶対に心折れない、そういうところで」
カヒュ。
不意に喉が変な音を鳴らした。
千空が何億秒と刻んでる間、私はただ私が死ぬゆく恐怖に怯えていた。
百夜さんが何十年とプラチナを集めている間、私は私たった一人の未来を案じていた。
同じ人間なはずなのに、同じ世界に生まれたはずなのに。
こんなにも、こんなにも、こんなにも。
私は、自分本位にしか生きられない。
彼らとは、何もかもが違いすぎる。
ヒュッと喉がなり、手足がひどく冷えた。
それなのに汗は出ていて、息が苦しい。
私が何か言ったところで世界が変わったかは分からない。信じる人なんていないかもしれないし、妄想に取り憑かれたと思う人間が大半だろう。
だって、そんな話なのだ。そんな話にしかならないのだ。
だから言わなかった今までも。
だから言わない、これからも。
でもその選択で、千空と百夜の生きる時間を引き裂いたのもまた事実。
千空が私の言葉を信じなかったとしても、何か言えてさえいれば行動を起こしていれば、百夜は冷たい水の中で命を落とさなかったかもしれない。
子供の妄言だと捉えない優しい百夜おじさんならば、もっと千空との時間を作っていてくれたかもしれない。
たらればのあり得もしない過去だったとしても、そうなる可能性を潰したのは誰でもない私だ。
こうなることを知っていて、こうなれば大丈夫だと安堵して。
私は今、必死に生きた誰かの命を踏み潰して生きている。
それが私が生きる為に選んだことなのだと、理解してしまった。
「───ッ」
ぐわんと頭が重力に引き寄せられて、私の体は倒れ込んだ。
誰かに名前を呼ばれた気がするが、私の意識はすでにブラックアウト。
あゝ、なんて無様なことだろうね。
番外編が幸せならば、本編は地獄にしないと……。