「分かってると思うが、お前はお留守番だ。いいな?」
「私は幼稚園児か何かかな?分かっているけれど」
黒フードを被って決戦に向かう千空達を私は見送り、ひとりぼっちでその時まで待機する。
右耳は真新しいインカムをつけているが、そこからは何も聞こえない。
もしこれが使用される時は良くも悪くも全てに決着がついた時だそうな。
「──なに、してよ」
もうすでに作れる分の復活液は作ってしまったし、硝酸を作ること以外することがない。
スイカもアマリリスも杠も、普段戦闘員じゃないメンバーも今回は駆り出されているというのに、私は怪我のせいでそれにすら関わることはできやしない。
いや、関わりたくなかったのだからこれでよかったのだと思いたいところだが、何もできない虚しさの方が勝つ。
もしも怪我をしていなければ連れていってもらえたかなと考えてしまうあたり、脳がいかれ始めているようだ。
ひょこひょこと杖を使って移動して、洞窟の隅にまとめられている石像を一体一体確認していく。彼らを見るのは怖くもあるが、何せ一年ばかり共に本土で過ごしてきた仲間でもあるのだ。
一緒に窯を作った奴、狩りに行った奴、革の加工を教えた者に、パン作りにハマっていた子。色々と教え体験してきた人間がこうも簡単に石化させられ、生きているのか死んでいるのか分からない状態でそこに在った。
脳が働いて思考できている状態ならば生きていると言えるのだろうが、すでに意識がないものは果たして生きていると言えるのだろうか?
その両手をもがれ足を砕かれ、海に捨てられてもなお人間だと言えるのだろうか。
見知った人間だからこそ人だと言い切りたいが、言い切ってしまえば自分が見て見ぬ振りをしてきたその理不尽な残酷さから目を背けることはもう無理になる気がした。
本土にいた時も破損された石像は沢山あった。でも私はそれを当たり前の結果だと流してきた。
世界中が丸っと石化したのだから仕方がないのだと、復活できない"石像"もいるのだとそう決めつけて。
だというのに今更思い出してしまったあの石像は、砕かれてもなお"人"なのだと脳は判定してしまっている。
直らないのに、治せないのに。
それは人としての確実な死だと、認識してしまっている。
今まで私が見て見ぬ振りをしてきた石像のその全てが、生きていた人間でしかないのだと。
そしてそれらを命と認めず、諦めて捨て置いてきたのは私なのだと。
たった一人で未来に立ち向かっていたとして、どれだけの人間が救えただろうか?
むしろ私が精神病患者として病院にぶち込まれていた未来があったかもしれない。
石化を逃れて未来を繋ぐために命を育み続けた六人と、その祖先達と。人類七十億人救うために、いまだに苦悩の道をいく科学少年と。
逃げ続けていた私とじゃ、何もかもが違いすぎた。
「──くる、しいなぁ」
私が知る未来は後わずかしかない。
きっとその先を知らない私は、前を進む彼らに取り残されることとなる。
知らないからこそ前を向ける千空達と、知らないが故に足を止めてしまうだろう私。
折角ついてこいと言われたのについてきていいと言われたのに、私はきっと役たたずに成り果てる。今の今までは知ってる知識を使ってうまく立ち回ってきたけれど、それすらできなくなってしまうから。
私は私の利用価値を見出さなければ、側にいられない。
「──っく、ふっ」
膝を抱えるようにしゃがみ込んで、私は溢れ出ようとする涙を必死に抑えた。
こんな自分勝手な理由で泣いてなんかいられないし、今まさに外ではみんなが戦っているのだ。そんな暇あっていいはずがない。
下唇を噛み締めて両腕に爪を立てて、ただひたすらに感情を殺す。
もう慣れたものだろう、泣かないようにするなんて。
遠くで聞こえた発砲音と、それからしばらく経ってから聞こえた大樹の声に私は安堵しながら独りぼっちでことの行末を見守る。
何にもできやしない虚しさと悔しさで気を緩めると溢れ出そうなナニカがあったが、今まだお呼びで無いのだから引っ込んでいろと唱えた。
それから一時間も経たぬうちに私の知る未来同様に島そのものが緑色の光に包まれていき、私の意識は暗転。
一度目の石化は、目様めた時の死が怖かった。
二度目の石化は、何も出来ずにそこに在るのが怖かった。
暗い暗い意識の果ての中、私は眠りにつく事など出来ずにただこのクソみたいな思考に取り憑かれるだけ。
このまま意識を保ったまま頭を割られたのならば、私はその時点で思考を失うのか。それともそれに気づかずに永遠と悩み続けるのか。もしもの未来になってしまっていたのだとしたら、私たちが日の目を見ることはもう無いだろう。そのときはまた、3700年たてば起きられるなどどうでも良いことばかり考えてしまう。
千空のことだからもしもの事なんてありゃしないのに、そう思いたいのに、マイナスに振られてしまった脳は思いたくも無い世界ばかりを見せてくれる。
もう嫌だなと思ったところで意識を飛ばすことは出来なくて、永遠と、長い時間。本当はそこまで長く無いだろうけれど、時間感覚のない暗闇の中で悠久の時を過ごした気にもなっていく。
どうせならこのまま意識を飛ばして、もう二度と目覚めない石像になってしまっても悪くは無い。
役立たずとして生きるよりも、これにて終演おさらばと消え行くのもまた一興。
となってしまえばいいものを、そうは問屋が卸さないようであった。
一度目は背中から徐々に石化から解放されていったが、二度目は抱え込んだ頭のてっぺんから生ぬるい風を感じていく。
「──またせたな、茉莉。いい子で待ってられたかよ」
その声に嗚呼全てがうまくいったのだと安堵しながら千空に向き合うために顔をあげてみれば、何かが頬を流れ落ちていく感覚と、目の前にいる彼の目が見開かれていることに気付いた。
はてこれはどうしたことかと思いきやどうやら鼻もぐずぐずで、上手く、声が出なかった。
「……オメェ、なんで、泣いてんだよ」
「っないて、ない」
「どうみたって泣いてんだろが」
「ちがっ」
「テメェの情緒どうなってやがんだ、全くよ」
泣いてないこれはただの汁だと千空にも自分にも言い聞かせ、どうにも止まりそうもないソレを両手で覆い隠す。
石化してたせいで我慢が効かなかったとか、笑い事にもならないじゃないか。
これが生きて石化が解けた安堵の意味の涙なのか、この先に不安を表した涙なのか、はたまた千空の顔を見て安心した涙なのかは分からない。
ただ、今泣くのは違うのだけは分かった。
「茉莉」
「違う、から」
「何も言ってねぇんだが。まぁいいわ、オメェはいっぺん泣いとけ」
「ちがう、から!」
「違わねぇだろっ、そうやっていつも胡散くせぇ顔しやがって!心配するこっちの身にも少しはなってみろ!」
「──っふ、心配、しないもんっ」
「してんだわクソほどな!オメェは怖ぇことも嫌なことも分からねぇことも、全部泣き喚いてどうこうする人間なんだよ、いい加減認めやがれ!それにプロラクチンやらACTH、コルチゾールっつったストレス物質が放出されて情緒が落ち着くんだ、テメェに必要なのはまず我慢しねぇで泣く事ってわけだ。だからさっさと、合理的に泣きゃいいんだよオメェはよ!」
「わけ、わかんないぃっ」
怒った表情の千空にそのまま抱きしめられて肩に顔を埋められても、それでも私は耐えようと唇を噛んだ。
だがそれも見越されたのか一度顔を離され千空の両手で固定され、目と目が向かいあってしまう。
「茉莉、オメェは十分頑張ってる。だから少しは休んでくれ。頼むから、泣いてくれ」
「──っ、だって、泣いたらもう、とまらないっ」
「なら泣き止むまで側にいてやる。それに、テメェを泣き止ませんのは俺の役割だったろ昔から。だから泣きゃいいんだよ」
「ふっ、んぅ、──っ」
ぎゅっと包み込むように抱きしめられて仕舞えばもうどうにも出来なくて、どうしようもない思いが迫り上がってくる。
怖いも苦しいも辛いも、溜め込んでいたもの全部を曝け出すように私は声を荒らげた。
ああそうだ、ずっと叫びたかった。泣きたかった。
あの日からずっと、泣いたらダメだと決めつけて堪えてきて。大丈夫と言い聞かせて、まだやれると決めつけて。
とうの昔に限界なんて来ていたはずなのに。
「せん、くーっ」
「ん」
「──ごめん、なさ、」
「謝るこたぁねぇだろ、俺は気にしねぇしな」
「ん、ごめ、ありがと」
ズビズビと鼻を啜って、ひたすら泣いて。
私の背中を優しく撫でる千空に全てを預けて、ただただ甘えた。
涙が自然に止まるまで、私は数千年ぶりに涙を流し続けたのだ。
アンケートの結果を踏まえ、どうにもならない感情をぶっ壊してやりました。涙っていきなり出るもの。そういうものだもの。