凡人は石世界で推しを推す   作:燈葱

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茉莉ちゃんが、色々ドーン。


77 凡人、限界オタ。

 

 

 どうしよう。本当にどうしよう。

 

 ズビズビと鼻はなり続けるし、未だに止まることない涙のせいでお腹も痙攣している。そのせいか呼吸も怪しくうまく話せる自信はない。

 だが問題はそこではないのだ。

 話す話さないはひとまず置いておいて、離れられないのが問題なのである。

 

 愛しの千空さんが背中を撫でてくれているから離れられないとかではなく、彼の右肩らへんが私の涙と鼻水でぐちょぐちょになっているのが大問題なのだ。

 これでは物理的に離れられない。離れたら大惨事になるに決まっているのだから。

 

「ふーっ」

「落ち着け落ち着け。まだ泣いてたって問題ねぇよ」

「そで、なく。ひぅっ、服、汚れっ」

「あ"ー、気にすんな」

 

 神かよ。

 さわさわと右手で頭を撫でてくる千空に全力で甘える体制になっていることに気づいてはいるが、体と涙の制御がつかないんだもの。あとで土下座して許してもらおう。

 ヒグヒグとその後も子供のように泣き続け、もうどうにでもなれと顔を離し腕でゴシゴシと色んなものを拭う。それを見た千空は楽しそうに鼻で笑い、なんだかいたたまれない気持ちになった。

 

「ククク、ひっでぇツラしてんなぁ。ほれ、見してみろ」

「──やめ、ひぐっ」

「っクク。ホントに、ようやく泣きやがって」

 

 千空はするりと自分の腕についている布を外すとそれを使って私の顔を拭い、捨てられた子犬を見るようななんとも言えない表情で私を見やる。

 どうやら彼の目に映っている私はバブちゃんらしい。

 今の今まで頑張って泣かないようにしていたというのに、こんなところで涙腺がバグってバレてしまうなんて遺憾である。

 

 だけれど少しはそれでも良かったと思えている自分もいるのは確かでもある。

 

 千空の言っていた通り、泣いた後の方が心なしかスッキリとした気持ちになっているのだ。チラリと見知った石像達を見てもぼっちで眺めていた時より苦しい気持ちにはならないし、全体的に気分も体調も良い気がする。

 泣く事って意外と大切な役割があったのねと納得しつつ、歪んだ瞳でジトッと千空を観察して見ると左肩らへんに紅いシミを発見。私は思わず目を見開いて、わずかに残っていたアルコールでその傷を消毒することにした。

 ズビズビと衛生面的には大変よろしくない奴が手当てする事を了承してもらい、アルコールで傷口を拭き綺麗な布で巻きつける。石化してまえば治るのだろうが、そんな事している余裕はないのでこれで様子を見るしかないだろう。

 そういえば折れて腫れていた足も動かせるようになっているし、こちらは石化の効果で治ったようである。

 

「そいや、ほかのひと、は?」

「手元に残ってたのはオメェの分だけだったかんな、これから作んだよ復活液を」

「──クロム、とかにしてけばっ、よかったのに?ひぅっ」

「作り慣れてんのは茉莉しかいねぇだろ?それに、テメェとなら復活順番気にしなくても問題ねぇだろ?期待してんぞ」

「ん。わぁーた」

 

 食料問題とか体力とか、その他諸々問題だね?今まで働けなかった分、頑張らせていただきます。

 

 私が泣き止むまで復活液作りを待つという千空にいつになるか分からないと説明し、スンスン鼻を鳴らしながらラボカー(千空はこれに乗ってきたらしい)に乗り込んで二人でペルセウスへ向かう。その間千空は当たり前のように私の頭を撫で続けるし、その安堵感からか不意に涙が出ると抱え込まれるし、アレ?私はバブちゃんだった?と何度も意識を飛ばしかけたのは言うまでもないだろう。

 

 いや、泣き止まない私が悪いんだけどね。止まらない涙が悪いんだけどね。そんなママみのある顔で見られるとまた涙が溢れるんでおやめになって?

 私のHPはすでにマイナスよ。

 

「あたま、なでるな」

「威勢がいいこって。テメェが泣き止んだらやめてやんよ」

「ひぐっ、いじめだ」

「ククク、いじめではねぇなぁ」

 

 おいやめろ、頭を撫でるな。私がキュン死にするだろ。

 逃げるわけにもいかず片手を千空の右手で拘束されながらボロボロになったペルセウスの中を探索し、無事であったアルコールの大瓶を幾つか回収。ついでに悪くなっていない食料もカバンに詰めておく。

 ある程度必要なものをラボカーに積み込んだら今度は島に戻り、クロムやゲン達の石像を一箇所に集めてからの硝酸作りを開始だ。

 とはいったものの龍水のみバラバラになっており、それは千空が組み立ててくれるそうな。ありがたや。

 

「んで、次は誰、ひぐ、起こす?」

「あ"ー、テメェが泣き止み次第クロムとカセキ、パワーチームだな。その後に現住人起こして恩売っぞ」

「なきやみ、しだい?」

「そのぐっちゃぐちゃの顔見られてもいいならソッコー復活させっけど、どうする」

「──なきやむ」

 

 流石に、こんなひでぇ顔他の人に見せられん。本当ならば千空にも見せたくなかったが、そこはもう諦めた。

 いい加減涙よ枯れはてろ。

 

 すびっと鼻を啜りつつ若干減ってきた涙を拭い私は硝酸を作り出していくのだが、泣いてスッキリした頭が当然の如く変に働いてしまう。

 硝酸に使うアンモニアってつまりは尿で、これから復活する奴らは私と千空の排泄物をかけられてしまうのだがそこんところはどう思うのだろうか。

 ただの過程に必要だった産物と飽きられるのか、それとも知らないと通すのかなかなかの見ものであろう。十中八九千空はンなこと気にするんじゃねぇと言いそうだから口には出さないが、この人数復活させるとなると大量の尿も必要ですよね?二人分じゃ無理があるのでは?

 採取しやすい男から復活させていこう。

 

 そんなことを考えつつようやく止まってきた涙を拭い、私は食事の用意にも走り出す。

 足が治っている故に自由に動き回れるので、集落から食べ物を拝借したり飲み水を頂いたりと大忙しだ。

 食べ物を盗むことに対しての罪悪感はないし、どうせ島民全員復活させる頃には腐っているものもあるだろう。お有難く使わせてもらうのが一番効率がいいに決まっている。

 

 その後はカチカチと龍水を組み立てている千空に声をかけて食事を済ませ、そのあとは互いの仕事に戻る。会話などあってないようなもので、案外その空気も心地よいものであった。

 集中して作業を進めていけばいつの間にか日は落ちて、辺りは薄暗くなり月の光があたりを照らす。そういや洞窟からほとんど出なかったし、空を眺めるのも久しぶりなものだ。

 流石に外に寝るのはとラボカー内へ寝る準備を運び込んでいると、ジジッと右耳につけてあるインカムが音を発し私は思わず飛び跳ねて驚いてしまったのである。

 

「──ッ!」

「んあ"?なんかあったのか?」

「あー、えーうーん。……あのさ、日本から連絡きたりとか、した?」

「あ"ぁ、一回な。──なんでんな事今聞くんだ」

「んー、なんといっていいのか分からないんだけど。コレ、渡しとくから着けててよ。その方が手っ取り早い」

 

 私が千空に手渡したのは勿論インカム。

 そして私が聞いてしまったのはルリの声ではなく、石化を狙うホワイマンであろうその声だったのだ。

 ボカロ並みに調教されている千空の声が耳元から聞こえたらそりゃあ驚きますって。むしろ発狂しなかったことを褒めていただきたい。そして願わくば、そのままインカムは私にください。センクウポイドとか誰得だよ私得だよ。

 

「──私より、千空くんが聞いてた方がなんだかわかると思うし」

 

 本当は、返して欲しいけど。

 定期的に声聞けるとかご褒美なので。

 

「……意味分かんねぇが、つけときゃいいんだな?」

「うん、そーして」

「わぁったよ」

 

 そういって右耳に装飾品をつける千空のお美しいこと。顔がよきよきの良きですよ。

 

 涙が止まったからかはっきり見えてしまう推しのビジュにニマニマしないようにギュッと表情を固めていると、それを見た千空さんは不機嫌そうにため息をついた。そして、私のその顔がうざいとはっきりと言い切ったのである。

 

「テメェが何を思ってその顔を作んのか知らねぇが、見てて気分のいいもんじゃねぇんだわ。隠すんならメンタリスト並みにやれ」

「そういわれましてもゲン君並みとか無理でしょ。それに千空君だって変な顔してる奴の相手はしたくないでしょ?」

「それとこれとは話が別だ。……あとその気持ち悪りぃその呼び方やめろ。背中がゾワゾワする」

「──へ?」

「昔みてぇに呼びやがれ。呼ばねぇならこっちも"茉莉ちゃん"って気色悪りぃ呼び方してやんよ」

「ふぁっ!?」

 

 なんでそうなる⁇

 先ほどまでインカムの話をしていただけなのでは?

 何故そうなったのだと首を傾げてみれば千空は喉を震わせて笑い、幼馴染だろとそう私に告げたのだ。

 

「おさ、な、なじみ?」

「何理解できねぇ言葉聞いたみてぇになってんだよ馬鹿。誰がなんて言おうとテメェは俺の幼馴染だろうが、この泣き虫が。……あ"ー違ったわ、泣き虫"茉莉ちゃん"?」

「うぐっ」

 

 破壊力がぱない。

 それはちょっとやめた方がいいのではと必死にその呼び方をやめるように説得しようと試みたものの、千空は焦る私を見て逆に面白くなったのか辞めることはなく何度もそう呼び続けた。最終的には私が折れることとなったのだが、今更千空を呼び捨てになんて恐れ多い。

 心の中でならなんとでも呼べるが、口に出して名前を呼ぶなんて羞恥心で死ねる。

 だって今の今まで君付けだったんだよ?簡単に呼べるわけないでしょう?

 というか、今日の千空は色々とおかしい気がする。イバラブチ倒して石化装置手に入れてテンション上がってるのかもしれないが、だからといって私を揶揄うのは違うと思うのだが?

 絶対に、違う。

 

「──っそんなことより、今日早く寝て明日に備えた方がいいんではないかな⁉︎ ほら、千空君だって疲れてるデショ、ネヨ!」

「千空な、"茉莉ちゃん"」

「ヒッ──、あーホラ見てみてお月様が綺麗ですよ?満月!お綺麗ですね⁉︎」

「──んなもん3700年前からお綺麗だわ。それに灯りがねぇぶん小せぇ星も綺麗に見えんだろ。な、"茉莉ちゃん"」

「──なんで、もうっ」

 

 そんなに私をいじめて楽しいのかと思っていればせっかく止まった涙が意味も分からなくポロポロと出てくるし、千空は悪い顔で笑い出すしどうしたらいいのか本当に分からなくなってくる。

 クソゥ、一体なんの涙なんだよコレは。

 

 一度バグってしまった涙腺は当たり前のように私の心が揺れ動くと涙が出てくる仕様になってしまったみたいで、この先はもっと気を引き締めていかないと変なところで泣きそうだ。

 

 クククと笑う千空は相変わらずに涙を拭い、そうして名前を呼べと私に命令を下す。

 従いたくはなかったが、従う気もなかったが推しにお願いされてしまえば拒否できない私もいるわけで。

 

 私は小声で彼の名を呼んだ。

 

「──せん、くう」

「ん、それでいい」

 

 くそぅ、推しがイケメンすぎて辛すぎる。

 うぐっと喉を鳴らして千空から目を逸らし、私はそこで漸くその涙の意味を理解した。

 

 コレはただの嬉し泣きに違いない。

 

 私はずっと、千空と幼馴染でいたかったのだ。

 そんな関係にならないと捨ててきたはずなのに、本当はずっと仲良くしていたかった。記憶が戻ってくる前の幼き"茉莉"からすれば、それは当然の願いでそれが漸く叶ったのだから、そりゃ無意識に嬉し泣きするわけだ。コンチクショウ。

 

「明日は朝から順次起こしてくぞ」

「──そうしょう」

 

 これ以上二人きりだと心臓も持たなければ涙腺ももたない。

 この時間はなんとなく心地よくあったが、情緒が乱れた私にはなんとも耐え難い空間であることも確かなのだ。はやく、はやく心を落ち着かせたい。

 

 だというのに──。

 

「テメェ、どういう感情なんだよその顔は」

「センクウには一生わからないと思うよ」

 

 左手で顎を捕まれ、右手の親指で涙を拭われれば誰だってグシャっと顔が歪むもののです。

 

 推しからのファンサが多すぎればこんな顔になるんだよ、限界オタはな。

 

 そんな事言ったところで科学推しの君にはわからないだろうけどね。

 

 

 




Q、何故千空はいきなりテンション爆上がりなの?
A、幼馴染が昔ながらの泣き虫に戻ったので。

Q、茉莉ちゃんのストレスはどこに行ったの?
A、涙と千空のお陰で、"一旦"身を潜めました。

Q、その言葉に意味はあったの?
A、…………さぁ、どうでしょう。
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