やはりというべきか帰ってきた三人の中に杠の姿はなく、代わりにあったのは長髪の顔面偏差値の高い男が一人。
素っ裸の上にライオンの毛皮だけを羽織っているだけなので下に着れる衣類をツリーハウスから投げ渡した。
「とりあえず見えちゃまずいものがありますので、服着てください」
一応女もいるんですと注意を促すと素直に頷き渡した服を着だす。が、その場で毛皮脱いだら素っ裸っていうことが分かっていないのだろうか?
逞しい筋肉を見たいのは山々だが、女として見ちゃいかんものがあるので目を逸らしておくとしよう。
「あらためて獅子王司だ! 司で構わないよ」
「この世界じゃあ苗字も意味もねぇわなぁ。アタマがマトモな科学担当千空と、アタマが雑な体力担当大樹。それと生活基盤担当の茉莉先生だ」
「アタマが雑な大樹だ!」
「──生活基盤担当の茉莉デス、ドモ」
「なら俺は武力、狩猟担当だね」
ついに武力担当が出てきたら、本格的に私の存在がいらなく感じてきた。
だがしかし!千空さんに生活基盤担当と言われたということはまだお世話してていいということだろうか。ならばもう少し頑張ろう、神のために。断じて私のためではない、断じて。
司が復活してからというもの私が狩りにいくことはめっきりなくなった。二、三度行こうと試みたが、何故だか推しに止められる。
まぁ確実に仕留められる司がいれば私は不要だろうと理解し、最近は塩作りに没頭させてもらった。保存食問題で塩は大量に必要なわけだし、役割があるならそれをこなす事が私の責務だ。
そして今日は四人で海まで赴き、浜辺で燻製をしている最中である。
何回言っても司は目の前で素っ裸になるので諦めという名の目の保養とさせていただいた、ごっちゃんです。
「俺と千空、茉莉で組めば保存食は心配ないね」
「あぁ、これでやっと文明の一歩目に進めるな」
首をゴキゴキと鳴らしながら千空はそう言い、そして私たちへとクイズを出した。
科学文明で欲しいもの、これは私が既に持っているものでもある。
「スマホか!?」
「いいなスマホ!うん欲しいけどなスマホ!何百万年ワープしてんだデカブツ!」
「鉄……かい?」
「鉄も欲しいがまだ先だ。 で、テメーは俺が欲しいものが分かってんだろ茉莉」
「んー、硝酸カルシウム?」
「炭酸カルシウムだバカ、混ざってんだよ名前」
「サーセン」
千空みたいに全部覚えられるわけじゃないと言い訳したいが、うっかり司の前で硝酸と言ってしまった自分が憎い。
「ククク、炭酸カルシウムほど唆るもんもねぇ。4つも!死ぬほど重要な使い道がある」
その1は私がやりたがっていると思わせている、畑に使う石灰に。
その2はツリーハウスを強化するモルタルに。
その3は清潔面で重要な石鹸。
流石にサボンソウでは限りがあるので人数が増えた今なら作ったほうが良いだろう。
「病気=ゲームオーバーのこの世界じゃバイ菌浄化するこの小せぇ塊が医者がわりの命の石、Dr.ストーンだ!」
ハイ推しからタイトルコール頂きましたー!アザース。
なんて脳内では思っていたがそれどころじゃない。
チラリと視線を司に向ければその顔は驚いたように目を見開き、額には脂汗が浮かんでるように見える。重々しい雰囲気に呼吸が上手く出来ず、私はただ二人の会話に耳を傾けた。
千空を褒める司に、司を疑い始める千空。
張り詰めた空気を打ち切ったのは4つ目はなんだと問いかける大樹の声で、そこでようやく私は息を吐く。
どうもこの緊張感には慣れそうにもない。
3つと言わなかったかと訂正する千空にいくらなんでも無茶があると言いたくもなったが、言ったところでどうにもならないのだろう。
だってすでに司は千空を警戒しているのだから。
「マジつら」
なんて呟いた言葉は空気に埋もれて誰にも届かなかった。
普通は転生したぜイェーイ!とか二次創作ならあると思う。
だが実際そんな摩訶不思議体験をしてしまうとそんな余裕はない。私が豆腐メンタルだから余計なのかも知らないが、いらんシーンを見てしまったらまた睡眠障害を再発してしまう気がする。
だから私は逃げることを選択した。
「今日は杠の服の仕上げするから二人で海に行ってきてよ」
そういって過ごす時間を減らす。
その結果夕方帰ってきた柔かな大樹と正反対に千空と司の雰囲気が悪く、鬱イベントが終わったことを悟った。
「茉莉、ちーと話がある」
すれ違う瞬間、千空が私へと声をかけた。
司に聞こえぬようこちらも小声で返答し、そして話していることがバレないように私は偽装行為を発動。
その名も茉莉ちゃんお腹痛い作戦である。
これをすれば千空が私にくっついて寝ることを大樹は認識済みなので、上手い具合に、いや、馬鹿正直に私って生理痛酷いから人の体温奪ってんだぜと司に伝えてくれるだろう。
案の定大樹パイセンのおかげで司は私達の行動を見逃した。といっても男である千空とくっつくのはどうかと問われたが、互いに湯たんぽ代わりにしかしてないので問題ないと即答し、尚且つ私が鉄の匂いが漂うかもしれないから入り口近くで寝て欲しいと懇願すると大樹を連れて外で寝てくれる。
いつもなら背中合わせに寝るのだが今回は作戦会議となるようなので向かい合わせに横なり、小声で話し合った。
「司は人殺しだ。はっきりいって俺たちの状況はかなり悪りぃ、それで持って武力でやり合えば勝ち目があるとは思えねぇ。それでテメーに頼みてぇことがある」
「んー、なんとなく予想はつくけどさ、多分大樹と杠を連れて逃げろってことでOK? 納得しないと思うよ」
「まぁな、だが万が一そうなったときはお前がいりゃなんとかなんだろ。 今この世界であのデカブツと同等に頼りになんのはてめーだけなんだ、頼む」
全くもってなんだこの推しは。
ちょっと眉を下げて頼み込むなんでどこで覚えたんだろうか、マジ天使。
なぜそこまで信頼されているのかわからないが、けしからんもっとやれ。
悶々とした気持ちを吹き飛ばす推しの威力に負けて頷き、万が一があったら二人を連れて生活基盤を作り直すことだけを約束する。と同時に、無性に自分の小ささが気になって小声で謝罪を入れた。
「あ? なんに対してだソレ」
「今までの事、色々だよ。 本当にごめん。そしてこれからのこともごめん」
主に脳内で神レベルに崇拝してごめんなさい。
そして、何もしようとしなくてごめんなさい。
多分明日、杠を起こすときにその万が一がおきることはない。だから私はそんな約束を受け入れることができた。
だがしかし、明日以降、千空が一度死んだその瞬間にはその約束を果たせないと私は確信している。
どんなに頑張ったって私では太刀打ちできない強者が司で、弱者が私。
三人で逃げようとする大樹と杠はある意味強者とも取れるだろうが、弱者である私はきっと、司と一緒にいることも千空と共に生きることも拒む未来が目に見えている。
推しを、神を、千空を見殺しにした精神が耐えられるとは考えられないし、そんな行為をした私が彼と一緒に生きる未来なんて酷なものだ。
結果私は誰にも知られぬよう、逃げる選択肢しか持ち得ていないのだのである。
「──茉莉、テメー何を考えてやがる」
「……生きづらい世界だなって。 なんでこんなことになったんだろうねって」
推しを見てるだけで幸せだったというに、二次創作だけでウハウハだったのに、現物で三次元の推しはマジイケメンでいい男。
これが夢であれば私が千空を守るんだって無茶でもやれたがソレは無理で、むしろやらかしちゃまずいという感情だけが溢れ出てきて辛い。
「千空君は私みたいに世界に縛られないで自由に生きなよ、んじゃおやすみ」
自由に生きてこその私の推し。
陰ながら応援してるのでひっそり見守らせてくださいなんて、言葉には出せなかった。
いや、出したら色々詰むな確実に。