それはちょっとした違和感であった。
なんとなく、そうなんとなく千空と茉莉の距離が近いとゲンは感じとったのである。宝島から本土に帰ってきてからというもの、基本あの二人は一緒に行動しているなと思ったのが始まりでもあった。
船を修理するにせよ必要設備に手をかけるにせよ、当たり前のように二人は共にいる。その異変に気づいたのはゲンだけではなく、鈍感と名高いクロムまでもが何があったのかと疑問にも思うもので。何も知らずに復活を果たした司からしてみれば何が起こっているのかすら理解できずにいた。
「うん、あの二人はあそこまで仲が良かったのだろうか?」
「いやぁ、あそこまでは仲良くなかったよ?あ、そう言えば司ちゃん。あの二人が幼馴染だって知ってたっけ?」
「──?」
「あー、そりゃあ知らないよねぇ。だよねぇ」
なら尚更、今の状況が不思議でならないだろう。
不思議といえば茉莉が千空の呼び方を変えたことも気になるところでもある。
宝島で石化する前は『千空君』であったのに対し、いまは若干違和感はあるが『センクウ』と呼び捨てにしている。恋バナの好きな女性陣たちの間ではそれはそれは良い話題になっていると南は興奮しながら語っており、その真実をゲンに聞きにくるものも多数いた。
幾ら何でも全てを知り尽くしているわけではないと皆を宥めるものの、ゲン自身も気になりはした。
「あ、千空ちゃ──」
フランソワの手伝いをし終えふらついている最中、視界の隅に千空の姿が映った。一度声をかけようとしたもののそばにはやはり茉莉がいて、彼女の顔は珍しく顰められている。
最近は割とおおらかだったのにねぇ。
何があったのだろうと少し離れた場所で二人を観察していれば、小さくため息をついた千空は茉莉に何かを告げて手を伸ばす。そして彼女もまた少し悩んだそぶりを見せながらも不安気にその手をとったのである。
「へ?」
幾ら何でも手を繋ぐことある?
本当に何が起こったの?
脳内にクエスチョンマークを飛ばしながら視線だけは二人を追い、ゲン以外にもその現場を見ていたものたちで顔を見合わせる。
「これは、ジーマーで?」
まさかあの科学少年がと、二人の間に何が起きたか何も知らない者たちは各々想像を巡らせた。
別に二人が幼馴染として成り立つ関係になったというのならば問題はない。
ただそう考えるにも不安要素もあるわけで。
やけにテンションの高い茉莉もいれば、今までないくらい無の表情を浮かべる彼女もいて。大抵その隣には千空がいて。
幼馴染というよりは千空の一方通行な気もしなくはない。
「って感じなんだけどどう思う?杠ちゃん」
「うーん、私的には千空君と茉莉ちゃんが仲良しなのはいいことなんだけどね。でもやっぱり、茉莉ちゃんが少しおかしいなって思うこともあって」
「そう、それもあるんだよねぇ」
「……きっと、千空君が一番それをわかってるんじゃないんですかな?」
立体ロードマップをカセキと作成していた杠は一度手を止めて、ゲンに向かいあう。
彼女から見た茉莉もまた、ほんのわずかな違和感を感じずにはいられなかったのだ。
凄く仲が良いわけではなかったが中学からの二人を杠は見ていたし知っている。だからこそ、ある意味陽気とも取れる茉莉に違和感を抱いた。
明るいことは何も悪いことではないというのに、その笑顔の下に何かを隠しているようで。
誰も踏み込ませないようにしているようにも見えなくはない。
「今は変に突っ込まない方がいいよね、きっと」
「多分、千空君が何か知ってるんだろうしね。もう少し様子見ですな」
そんな会話をしたのは昨日の夕方。
気になりはするが無理矢理聞き出すことはやめようと決めたはずなのに、やらかす人間は決まっているものなのだ。
「凝りすぎだろテメェら……」
「模型作りもちょっとハマってきた!」
天井に吊るされた地球儀にはそれぞれの街が設置されていて、これから向かう目的地が可視化されていた。
コーンの街や超合金の街、科学の街にゴムの街。その見易さからどこで何を入手すればいいのか分かりやすくなっている。
世界中から素材を集めるために石像を復活させまくり世界各地に新しい街を造ると千空は宣言し、その壮大すぎる発言に一定のメンバーは目を丸くして驚く。通常時であれば『千空君ならやりかねないよ』と同意する茉莉がいそうな者だが、彼女は今ここにいない。
ある意味重大な話し合いになぜ彼女がいないのかとゲンは首を傾げたが口に出すことはなかった。
そう、ゲンは口をださなかった。
「アレ?千空ぅ、茉莉ちゃんがいないけどどうしたのぉ?最近ずっと一緒にいるのにぃ」
「っちょ、銀狼ちゃん!?」
ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる銀狼を必死にゲンは止めるが、周りにも同様な疑問を持っていた者がいたためざわめきは止まらない。なんてったってあのコハクでさえも目を煌めかせて千空の答えを待っているほどなのだ。
「あ"ー、アイツはいま蓑虫になってる。気にすんな」
「蓑虫とはどういうことだ?何があったのだ!」
ハキハキとコハクが話し出せば、ルリやスイカまでもがキラキラとした目をして話の続きを待った。
「ま、いつまでも黙っとくわけにもいかねぇし、復活組には関わりつえぇし伝えとくわ」
「ちょっと待っ、千空ちゃんっ!?」
今この状況で、"そんなこと"言わなくていいのにとゲンは叫びたくなった。
その想像が全くもって異なっていることに気づかずに、そして聞かなければよかったと後悔するなんて思わずに──。
「茉莉の肉親の石像が見つかった」
「……へ?」
「詳しくいえば母親だな。その石像が見つかった」
千空の口から出た言葉は皆が思っていたものとは違い、そして淡々とした口調であった。
「えぇっと、つまりは茉莉の母親が見つかったってことか?それは良いことじゃないか!だがどうしてそれが蓑虫になるのだ?」
「もしかして復活させてほしいって頼まれた感じかな?復活液も量産できるし出来なくはないけど、そう簡単に復活させるわけには──」
「……そうだったら、マシだったんだかな」
もし彼女が身内を復活させたとなれば、この先我先にと知り合いを探し出す者もいないとは限らない。組織の限界人数も一気に超えてくるであろうし、秩序が完成するまではそう簡単に人数を増やすことはできないだろう。
それに何よりまだこの日本とて食料問題が改善されていないのだ。身内だからといって下手に復活させていけば食糧難が出てきても可笑しくない。
とそこまで考えれば千空が茉莉の願いを断ったと考えるのが妥当ともいえる。
だがその全ては、間違いでしかなかったが。
「この前現状を確認してきたが、見つかったのは頭部のみ。破損もひでぇし風化も進んでっから復活の見込みはねぇ」
「──は、なに、え?」
「どう足掻いても、蘇らせんのは不可能だ」
その言葉の意味が、一呼吸遅れて皆に理解されていく。
「えっと、つまり……」
「アイツはもう諦めた。諦めるしかなかった。その意味は考えりゃわかんだろ」
淡々と感情に起伏などつけずに千空はそう語った。
「少なくとも今後アイツと同じ状況になる奴がいねぇとは限らねぇからな、一応頭の隅にでも置いておけ。そん時はしゃあねぇから仕事はしなくても構わねぇし、踏ん切りつくまでは待ってやる。……茉莉でさえ飲み込むのに四年以上かかってんだ。そう簡単に振り払える問題じゃあねぇだろ」
「……四年って、そんな前から茉莉ちゃんは、それを抱えて?」
「正確には四年間記憶に蓋をしてたがな、解離性健忘って奴だ。人間様の脳は過度なストレスに耐えらんねぇから忘れることで平穏を保つっつうわけだ。──アイツの場合、折角都合よく忘れていやがったのに顔見知りの石像パズルしちまったもんだから思い出しちまったんだろ、残念なことにな」
顔見知り石像パズルと聞かされてしまえば、それがいつだったか理解できる。
宝島で乗組員のほとんどが石化され、何処かしら折られた。それを組み立てたのは誰でもない茉莉で。
その違和感の正体が、判明されていく。
恋だのなんだのとそんな甘いものなんてなく、そこにあったのはただの苦悩と苦痛。
どんな思いで彼女は震えながら石像を組み立てていたのだろうと龍水は考えてはみたが、同じ状況になってみないとそれがわかることはないだろう。
「あぁ見えてアイツは単純だかんな、無理やりテンション上げまくって自分にハッパかけてやがるが、崩れる時は一瞬だ」
「──だから、千空ちゃんはそばについてるわけ?」
「まぁ、アイツの母親とは知り合いだったからな。昔話程度なら付き合えんだろ」
「そう、だね。うん、そうだよ」
もしも自分の肉親が見つかったら、それがもう直らなかったらなんて、誰しも見て見ぬ振りをしてきた現実だった。中には司に親を壊されたものもいたが、風化していなければ問題はなかった。故に分かり合えることはなく。
もし仮に茉莉の気持ちがわかる者がいるとしたのならば、それは父親を破壊されたソユーズくらいだろう。
そこに在るのに、そこには居ない。そんな世界を体験したその二人だけ。
この先増えるかもしれないが、今はまだその域まで達しては居なかった。
「っつーことで茉莉は当分不安定になってっからな、あんま気にすんな。そんでもってその可能性があることも頭に入れておけよ。その方がダメージが少なくて合理的だ。──まあ、そうなんねぇのが一番なんだがな」
「……千空君」
「こればっかりは今のところの科学でなんとかできる問題じゃねぇ。どうにかするにせよ、まず復興させて文明進めてくっきゃねぇんだ。てなわけで世界旅行と決め込むぞ!」
あえて千空は楽しそうな声を上げたがそれについてくるものはそれほど居なく、大抵の者はそんなこと知りたくもなかったと後悔した。
下手に聞かなければ現実を見なくてもよかったのに、二人の変化の裏にある事実を知らなくて済んだのに、もうすでに全てを知ってしまったのだから。
ゲンや羽京、龍水といった茉莉と親しいものの脳には彼女の歪な笑顔が映し出され、それと同時に虚無を抱いた表情がチラつく。
あの時あの場所で、彼女はどんな気持ちでいたのだろうか。
思い出さなければ幸せだったと悔やんだのだろうか。
それを知る術はなく、ただただ己の身に降りかかるかもしれない可能性に人知れず恐怖するしかなかったのだ。